リアルな「またナニかやっちゃいましたか」は多分これ
「満天ちゃん、だいぶ料理うまくなったわね」
「お! マジすか!」
「うん。最初はちょっと危なっかしいなぁっ、て思ってたけど。若いっていいわねぇ。どんどん吸収していって」
「いやいや『りょうこん』めっちゃ若いじゃないすか~w」
などと宇津木家のキッチンで気安いやり取りをしているのはもちろん不破と涼子だ。いつの間にか涼子は不破を下の名前、しかも「ちゃん」付けで、不破の方も涼子を「りょうこん」などとあだ名をつけて互いに呼び合っている。
下手をすれば実の姉弟である太一より仲がいいのではなかろうか。
今日は土曜日。
不破は白のシャツにハーフパンツ、髪を後ろで束ねている。
二人はキッチンでエプロンをつけて今日の昼食を用意していた。
ことの発端は一週間ほど前のこと。いつものように夕飯の席で広げられた宇津木家での料理について話している時。ふと不破が、
『家ではほとんど料理しないすね。やっても適当にレンジでチンとかお湯注ぐだけとかそんな感じかな。あとは焼きそば焼いたりとか』
と口にしたのだ。
それに対して涼子は『ねぇ、満天ちゃん。料理してみない?』と切り出した。
不破は「ええ~」という顔をするが、涼子は笑みを崩さず、
『ダイエットメニューを自分で作れたら、うちに来なくなってもダイエットの継続ができるし、痩せた後の綺麗な体型維持もできるわよ。それにリバウンドしにくくなるし、料理できて損はないと思うけどなぁ』
などと不破を焚きつけた。
不破は少し「う~ん」と悩み、脇腹の余った肉を摘まみながら「うん。やる」と短く了承した。
これに関して太一は少し意外だった。不破は学校での態度からもわかる通りけっこうな面倒くさがり屋だ。授業はサボりがち、学校行事に関してもどちらかといえば消極的な方だ。
だが、ここ最近、彼女は自分が興味をもった分野にはとことんまでつき詰めてのめり込む傾向があることも知った。
一ヶ月以上もダイエットを継続できている点を見ればその点は明白だ。
しかし、だとしてもそこから料理をしてみるということにまで発展するとは正直いって予想外だった。
だが蓋を開けてみれば、不破はこの一週間で確実にその実力を上げてきている。
最初こそ味付けがかなり極端かつ大雑把だったり、粉っぽい、焼き過ぎで真っ黒、生っぽいなどと惨憺たる有様ではあったが、今では普通に食べられるどころか素直に美味しいと思える成果物が出てくるようになっていた。
が、その裏には『満天ちゃんの作ったものは残さずに食え』という姉からの脅迫による、太一の失敗料理の完食、という苦行も大いに手伝っていたのは確実であろう。その度に太一は胃薬の世話になる羽目になったのは言うまでもない。お巡りさんDVの現場はここであります。
そんな苦労(うち一人は肉体的なダメージあり)を乗り越えて今がある。
とはいえ、こうしてみると不破は意外と飲み込みが早いことに気付かされる。
不良的なイメージから、料理の腕が上達していくにはもっと時間が掛かるのではと太一は勝手に思っていた。それがこうまで早い期間で腕前を上げてくるとは。
見た目だけでは何事も測れないという見事なお手本であった。
「宇津木、皿~」
不破に呼ばれて太一は食器の準備を始める。ここ数日でできあがってきたルーティンである。不破と涼子が調理し、太一が食器を用意する。
……ほんと馴染んでるなぁ、不破さん。
最初は違和感しかなかった彼女の存在がいつの間にか当たり前の光景になりつつある。人間なれる生き物なんだな、と太一は認識させられた。金髪に複数のピアス、付け爪(調理中の今は外しているが)、ラフで露出の多い服装。姿は勿論、言動の何もかもが派手、良くも悪くも視線を集めてしまう少女。
「なんか、バグってるなぁ……」
二人に聞かれないよう、太一は小さく呟いた。
交わるはずのなかった彼女と、今はこうしてひとつ屋根の下。多くの時間を共有している。
……でも、それももうすぐ終わりだ。
5月の初めから、今は6月の初旬。この調子でいけば、夏休みまでには確実にダイエットを成功させられているはずだ。
もっと順調にいけば、或いは今月中にでも目標を達成できる可能性が高い。
太一はテーブルに並んだ料理を口に運び、「おいしい」と小さく感想を漏らす。
「それ、アタシが作ったヤツ。ありがたく食えよ」
どや顔で胸を張る不破。発言の尊大さの割に顔が嬉しそうに緩んでいる辺りなかなか単純である。
「うん。ありがと、不破さん」
「アタシが作ったんだから当たり前じゃん。あ、この鶏肉アタシも~らい」
「ああっ! それ最後にとっておいたヤツ!」
「早い者勝ちだし~w」
彼女の傍若無人な振る舞いに太一は顔をしかめた。
……やっぱり、こんな関係、さっさと終わらせよ。
そう思っているはずなのに……少しづつ、太一は彼女のことが、わからなくなり始めていた。
(*´-ω-`)・・・フゥ
「――は? カラオケ?」
「うん。なんか調べたらカラオケで歌いまくるダイエットもあるって。曲によっては結構なカロリー消費もできるみただし、大声で歌うとストレスの発散にもなるって」
最近日常化してきた校舎裏での不破との昼休み。ここしばらく、料理を覚えてからの不破は意外なことに弁当箱を持参していた。太一の家で作った料理の余りを持ち帰って詰め込んだものではあるが、彼女が弁当箱の包みを持っていることにクラスの面々はかなり意外そうな顔をしていた。
同時に、5月にあった教室でのカップル解消事件以来、太一が不破にくっついて(実際は連れまわされて)いることに教室では色々と噂が囁かれている。最も有力なのは、不破が太一を鬱憤晴らしのサンドバックにしているというものだ。太一の見た目がだいぶ変化してきたのも手伝って、クラスメイトの間ではこの噂が半ば事実のように語られている。
中には不破と太一が付き合い始めた、なんて恋愛脳な連中の戯言も混じっているが、それはない、と周囲の者たちもほとんどお遊びの感覚で口にしているだけである。
いずれにしろ、遠巻きに二人を観察しているだけで接触してこないあたり、巻き込まれるのは御免、という考えが透けて見えるようである。
が、その一要因として、ダイエットによる太一の顔つきが(悪い方向へ)変化したというのもあるのだが……今のことろ太一がその事実に気づいた様子はない。元がぼっちであるが故という悲しい理由がために。
「カラオケねぇ。そういやここしばらく行ってねぇな」
「う、うん。計画書には書かなかったけど、ダイエットの足しになると思うし、腹式呼吸で歌うと腹筋にも効くらしいよ」
太一としてもこの提案はなかなかにうまいのではないかと思っていた。ただ歌うだけなら別に太一が一緒にいる必要もない。最近はひとりカラオケも主流になりつつある。これなら太一も不破と一時とはいえ離れることができるというわけだ。
「へぇ。じゃあ今日にでも行ってみっか。放課後のプールもねぇしな」
「う、うん。いいんじゃないかな。僕は先に家に帰ってお風呂とか色々準備しておくから」
「は? なに言ってんの? あんたも行くんだよ。なに一人で帰る気になってるわけ?」
「え?」
「いや、『え?』じゃねぇよ。逆にこっちが『え?』だわ」
まさか誘われるは思っていなかった。カラオケなどノリが合わなければ地獄の世界だ。過去に太一はクラスのカラオケに誘われたが、まるでその場の空気に馴染めず席の端でそれこそ空気になろうとしていたくらいである。
全然知らない曲が鼓膜をつんざき、いざ自分が歌えば誰も関心を向けてくることなく、なんとも居たたまれない気分を味合わされた。
トラウマというほどではないが、それ以来、太一はカラオケに参加したことがない。
「あ、あの、僕、知ってる曲とか、少ないし……」
「別になんでも歌えばよくね?」
「不破さん、聞いても分からないと思うよ?」
「別に歌ってカロリー使うのが目的なんだし曲なんて適当でいいじゃん」
「ぼ、僕が歌ったら、キ、キモイと思うよ? 多分」
自分で言ってて悲しくなってくる太一。
「ああそれはなんとなく想像できるわ。アニソンばっかあんたって歌いそうなイメージあるし」
そしてそれを肯定されてさらにダメージを受ける。実際のところを言えば、太一はアニソンすらまともに歌える曲がほぼない。そもそも歌に興味がまるでないのだ。
「う、うん……だったら」
「いや、一人で歌っても盛り上がねぇし。カロリー消費すんならテンションアゲていった方がいいじゃん。一人でアガッててもバカにしかみえねぇし」
「ぼ、僕は」
「ああもうなんでそうやっていちいちグジグジすっかな。見ててイラつくからやめてくんない?」
「ご、ごめん」
「別に謝れって言ってねぇし。ああもうめんどくせぇな! 自分で提案したんだから宇津木もやれっての! 今日はとにかく放課後カラオケ直行だから」
一方的に捲し立てられ、太一は「わ、分かりました」と頷くことしかできなかった。
ハッキリと断り切れない自分自身が本当に嫌になる。
「あ、そだ。なんだったらあいつも誘うか。ぜってぇ暇してるはずだし」
「え? あの、誰かほかにも一緒に行くんですか?」
「ん? ああ、今はクラス違うけど、去年めっちゃつるんでたヤツいるんだよ。最近全然ガッコ来てねぇし、久しぶりに誘ってみっかなって」
「……」
彼女の発言に、太一は額と背中に嫌な汗が浮かぶの止められなかった。
……え、ちょっと待って。
先日の、不破が宇津木家に通うようになってしまった一件の時といい、太一はまたしても不用意な発言をしてしまったのではと今更ながらに思い至る。
太一はふと、こんな時にバッチリ使える言葉を思い出していた。
……僕、またナニかやっちゃいました?
ヽ( ゜ 3゜)ノアレー?
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