第一回作戦会議からこけてます
「はぁ……」
昨晩は疲れた。それはもう、本当に……
翌朝。太一は登校の準備をしながら肩を落とす。
『どうせお互いに真っ裸見た仲じゃん』
それで羞恥心がなくなるなら世話ないという話だ。しかし彼女の中ではなにか大切なモノが吹っ切れてしまったらしい。具体的には慎みとか貞淑とかそういった感じの代物が……
「おい宇津木~まだか~?」
「今行きます」
部屋の扉を開いて不破が入ってくる。相変わらずノックなし。彼女も彼女で、もう少しお淑やかさを持ってほしい……いや、仮にそんな彼女を前にしたら太一も涼子の全力で彼女を精神病院へ連れて行く。
「なに朝っぱらから陰気くせぇ顔してんだよ。もっとシャキッとしろ、っての!」
「ぐえっ!」
不破が後ろからチョークスリーパーを掛けてきた。やめろ余計に顔色が陰気くさいことになる。むしろ青を通り越して土気色まったなしである。
せっかく背中に当たったやわっこい感触を堪能する余裕もない。大井と不破でこうもサービスシーンに違いが出るか。
しかし物理的に接触している方がおいしくないというのはこれ如何に……
「あんま辛気臭くしてんなよ。おら行くぞ」
太一と肩を組んでそのまま玄関を出る。
……なんか、前にも増して距離が近い。
真横に迫る不破の顔。何度見ても、やはり彼女は綺麗だ。派手な化粧の中に光る銀のピアス。以前なら恐怖の象徴でしかなかった彼女の外見も、今では彼女を彩る要素として、自然と受け入れてしまっている。
「――おはよ、たいちゃん」
「お、おはよ」
マンションのエントランスに出ると、大井が待っていた。
「今日もご一緒させていただきます」
わざとらしく恭しくお辞儀をしてくる大井。隣の不破は「ふん」と鼻を鳴らして太一の腕を引き、大井は逆に並んでそのまま登校。
「ねぇねぇ。もしかして毎日朝から走ってるの?」
「まぁ、今年の5月頃から」
「うへぇ。二人とも真面目すぎない? あーしはギリギリまでベッドに入ってたいな~……でも、たいちゃんが走ってるなら、あーしも走ってみようかな」
「え?」
「朝活、っていうの? なんとなく健康に良さそうじゃん?」
「う、う~ん……」
太一は思わず不破を見遣る。すると、彼女は目を合わせることなく、
「好きにすりゃいいんじゃん? ま、早朝に起きられたらの話だけど。あと、ペース合わせる気ないからそのつもりで来いよ」
「ふふん。あの坂だらけの町で育ったあーしの足腰を舐めてもらっちゃ困るし」
確かに。あの坂を毎日のように上り下りしているなら、それだけで体力がつきそうではある。
「んじゃ、今日の放課後から走ってみっか? お前がどんだけ走れっか見てやるし」
「いいね~……逆にあーしの方が不破さんのこと置いてちゃったりしてね~」
不破と大井が太一を間に挟んで妙にバチバチやっている。なぜそんなことになっているのか、太一には意味不明。しかし二人の気迫に、今にもお腹に大穴が空きそうだ。見た目がビー○マンになっちまう。
「あ、あの~……」
「「あん(うん)?」」
「今日は、ちょっと用事があって……」
「「用事?」」
二回続けてはもる二人。意外と相性は悪くないのではなかろうか。
「なんだよ用事って」
「その……ちょっと霧崎さんと会う約束を」
「「は(はい)?」」
二対の視線に射貫かれて、太一の頬が引きつる。なんとなく、殺意に似た波動を感じた。
: (((;"°;ω°;)):ガクガクガクガクガクガクガクガク
「アハハハハハハハハハっっ!!」
放課後に訪れたファミレスで霧崎は大爆笑していた。周囲の客や従業員たちが顔を顰めるのもおかまいなし。
「笑い事じゃないんですが……」
「いや、どう考えても笑いごとでしょw」
霧崎は「おなか痛い~」と腹を押さえてクツクツと笑い続ける。そのドリンクバーに下剤を突っ込んで、別の意味で腹を押さえる羽目にしてやろうか。
「あ~、笑った~……でも、まさかウッディの周りでそういうネタが出てくるとは思ってなかったな~」
目端に浮いた笑い涙を拭って、霧崎は「意外」と含んだように言い放つ。
「なにがそういう、なんですか?」
「え~? う~ん……ごめん。それはもうちょい自分で考えよっか」
「はい?」
意味が分からず首が傾く太一。しかし霧崎は疑問に答えるつもりはなさそうで、「それはそれとして」と話題を切り替える。
「とりま、立候補用紙は提出してきたから。推薦人もウッディの名前で出しておいたからね」
「はい」
「それじゃ、ぼちぼち話し合いと行きますか。ウチが未来の生徒会長になるための作戦について」
ここに来た目的は愚痴を垂れ流すためじゃない。霧崎麻衣佳という少女を生徒会長に当選させるためである。
「で、当選するにはどうしたらいいんだろ?」
「まず、霧崎さんが生徒会長にふさわしい人だって、周りに認めてもらわないと……ですかね」
「ああそれ無理。断言できる。絶対、無理! ほら、ウチって不良じゃん?」
「……」
滑り出しからこけていた。
分かり切っていたことではあるが、霧崎の学校内での評価は芳しくない。見た目は派手だわ登校はボイコットするわ成績が下の下だわ……最近は外見に寛容な風潮ではある。多様性という名の免罪符。それでも限度というのはあるもんだ。
加えて、彼女の交友関係も、あまり好ましい印象を抱かせない。
その最たる人物が、不破と鳴無……あるいは太一も含まれているかもしれない。
不破と鳴無は言わずもがな。少しでも何かあれば退学まっしぐら。完全に崖っぷち。学年主任が倉島でなければ終わってる。命綱の代わりにされているあの教師も大概可哀そうではある。
とはいえ、
「確かに霧崎さんはちょっと不良っぽい感じはしますけど」
「おおう。自分で言っててなんだけど、ウッディもなかなかハッキリ言うじゃん」
「ああいえ。でも霧崎さんって、けっこう良い人、ですよね」
「お、お~う……その心は?」
「霧崎さんって面倒見良いじゃないですか。それに困ってるとなんやかんや助けてくれて……ああ、それと」
「ストップ。OK、とりあえずありがと」
珍しく彼女が赤い顔をしている。
しかし太一の言葉は本心だ。推薦人をお願いされてから、太一は霧崎について考えた。彼女の人柄を、自分なりに客観視してみた結果が今の評価である。
付き合ってみれば霧崎という人間は案外人がいい。相談事があれば話を聞いて助言もしてくれる。人当りも悪くないしコミュニケーション能力もなかなか高い。
不破に負けず劣らず、悪い部分と良い部分とのギャップが激しい彼女。
どうにか悪い部分の印象を薄くすることができれば、意外といい線いくかもしれない。
「でも、僕も霧崎さんの良いところをどう皆に伝えればいいのか、まだよく分かってなくて……すみません」
「いやいいって、てかウッディ、やっぱキララと付き合い始めてからちょいグイグイ来るようんなったね」
「そうですか?」
「自覚なしだもんな~」
自身の変化とは往々にして自分では気づき難いものだ。だからこそ、他人からの評価でしか自己を分析できないところがある。特に、性格や気持ち、内面といった数字化できない部分はなおさらだ。
「とりあえず、二人で次に集まるまで、PRを考えてくるってことで」
「わかりました」
「それじゃ、またよろしくお願いします」
わざとらしく腰を九十度に折り曲げた霧崎と別れの挨拶をしてファミレスを後にする。
時刻は6時。9月の空は入り日が早まったおかげか紫紺に濡れている。思い返すと、生徒会選挙の話よりも太一の身の上話の方が盛り上がっていたよう思う。
次はもう少し建設的な話し合いができればいいと思う。時間はまだあるように思えて、実際はあっという間だ。不破たちと付き合うようになってから、太一はなんとなく自分の中で時間の進みが早まったような気がした。
……はぁ~。帰るの億劫だな~。
今日は不破が来る予定……というか既にマンションに入っているらしい。先ほどLINEがあった。涼子からも。
二人して『早く帰ってこい』と……
「不破さん、機嫌なってるといいんだけど」
なぜか今朝から不機嫌をチラつかせていた不破。どうにも、最近の彼女の情緒はダンジョンを盛大に彷徨っているとしか思えない迷走っぷりだ。
「はぁ……」
憂鬱な気持ちを引きずって、太一は増え始めた帰宅者たちの波の中へと紛れていった。
本日!『ギャルゼロ2巻』が発売されました!!
これから5話、時間を分けて投稿していきます!!




