ひどく甘いたかりもあったもんである
太一の人生に『彼女』という二文字はあっても、『カノジョ』と形容できる存在などいたためしがない。
陰キャだからカノジョができない、とか、そう言う話じゃない。
結局のところカノジョの有無というのは、得てして関係性の構築にどれだけ尽力したのか、という一点に尽きる。
たとえばの話。自分は誰からも相手にされることはない、などと、悲観的になって周りから距離を置き、接触を極限まで減らせば、それはカノジョなどできるはずもない。
街中でチャラチャラと女性を引っ掛けるナンパ師たちとて、女性と連絡先を交換するどころか、まともに会話してもらえる確率はかなりシビアと聞く。それでも彼らにカノジョと呼ばれる存在がいるのは、ひとえにアプローチの試行回数が多いからに他ならない。
つまり――
「女性の方から言い寄られてアピールされてるたいちゃんは、ものすごく幸運ななわけ」
などとのたまう大井暁良の声がコンビニのフードコートに木霊した。
霧崎と放課後にお茶をして帰ってきた太一。遅くなったが不破とプールで待ち合わせ、軽く泳いで帰ってきたのが二時間ほど前のことだ。いつもは彼女とそのまま夕食まで一緒なのだが、
『ママがたまには一緒に食べよう、って』
夏休みから、不破家では家族同士で食事をする機会が増えたらしい。
料理はもっぱら不破が担当。不破の母親である燈子も料理はできるが、あまり任せっきりにすると食卓のブラウン率がえぐいことになるそうだ。
ハンバーグに唐揚げ、コロッケからカレーまで……中々見事なセルライト製造布陣である。いわく、全て不破の好物らしい。俗に言うチートデイに不破は宇津木家で容赦なく先のラインナップをテーブルに並べる。
が、普段からそんなもん食ってたんじゃ、体形維持なんてできるわきゃない。よって、ダイエットメニューを不破自らが作る形に収まるのは自然な流れと言えよう。
そんなわけで、今日は宇津木家に不破は不在。
姉の涼子と二人で夕食を食べ、風呂から出たところで冷蔵庫のミネラルウォーターを切らしていたのに気が付いた。
自宅からコンビニへ出たところで大井と偶然遭遇。彼女もコンビニに用があるとついてきて、今に至る。
「そもそもの話。なんであーしがこんな時期にいきなり引っ越してきたと思いますか? はい太一君、どうぞ」
インタビュアーのようにエアマイクを向けてくる大井。拍子に彼女との距離感が詰まって甘い匂いが駆け抜ける。
色素の薄い髪は三つ編みでまとめられ、上下はスエット。足元はサンダル。見事に自宅感を演出している。
「え~と……」
言い澱む太一に「そこは即答してよ~」と非難の視線が突き刺さる。
「自分で言うのもなんだけど。あーしの愛は重いの。それこそ本当に質量があったら、重すぎて部屋の床をぶち抜いて、たいちゃんの部屋に落ちてくるくらいには重いの」
彼女は買ったフライドポテトを口の中に放り込む。傍らにはコーラ。これは随分と、これから本物の質量まで増えていきそうな予感をさせている。
「そんなわけで、追いかけてきました。たいちゃんのこと」
「そ、そうなんだ……ご、ごめん」
「いやそこは普通ごめんじゃくてさ~。嬉しい、とか、ありがとう、って言ってほしいんだけど」
「えぇ~……」
嬉しい以前に戸惑いばかりが先行中。もはや行動の勢いだけなら不破さえも凌駕していると言っていい。
ちなみに、大井の行動を全面的に支援しているのは、彼女の母親だとか。
小学校の時、彼女の家へ遊びに行った時に会ったことがある。いつもニコニコと笑顔を絶やさない人だった。が、正直なにを考えているのか分からない、といった印象の方が強い女性だった記憶がある。
「ちなみに、今はあーし独り暮らしなわけ」
「は、はぁ……」
「ちなみに、ベランダも鍵を掛けてないから」
「危ないですよ?」
「危ない思いをしてたいちゃんは夜這いを仕掛けてくるべきだと思うのよ」
「ぶぅぅぅっ!!」
飲んでいたお茶を口から吹いてしまった。なにを言っているのかこの女。
「あ、ロープこの前買ってきたから下げておこっか?」
「取り合えず、行くなら普通に玄関から入るからやめて」
それは太一ではなく別の危ない人が侵入していきそうだ。というか、大井はこんなぶっ壊れた性格をしていただろうか? もっとこう、親しみやすさと姉御肌を同居させたような、そんな感じだったと思うのだが。
「それ家の人に言い訳できる?」
「言い訳?」
「あーしの家でセッ○スしてくる言い訳」
「ぶふぅぅぅぅぅぅっ!?」
先程より大量のお茶を吹いた。この後にここを使う人のことを考えると罪悪感に襲われそう。
「ああもう汚いな~。どうした~風邪か~? 変なくしゃみなのか~?」
「げほっ、げほっ……」
咳き込む太一の背中を「大丈夫~?」と優しくさする大井。そもそも誰のせいでこうなったと思ってる。呼吸を落ち着け、太一はフードコートを拭いていく。
心なしか、商品を陳列する店員の視線が痛いような気がした。
「はぁ……ヤヨちゃん。そういう冗談はやめてほしいんだけど」
「いや冗談じゃないから」
なお悪いわ。
「まぁ、今のたいちゃんじゃ、そういう気分になれないのは分かってるから。それにあんまし急ぎ過ぎると、小学校の時みたいになりそうだしね~」
大井は窓の外に目を向ける。どこか遠くを見つめるような眼差し。すると、おもむろに横目で太一を流し見る。
「とりま、あーしの方はエッチ承認、ってことだけ理解してくれればいいから」
「え……う、う~ん」
首を縦に振ることもできず、太一は困惑することしかできない。いっそここでがっつくことができれば、ある意味楽だったのかもしれないが……
しかし、大井といい霧崎といい、太一にまとめて面倒事を持ってくるのは本当に勘弁してほしいところである。
「はぁ……」
「なんで溜息ついてんの? ここにかなり都合のいい女がいるんだからむしろ喜べばいいじゃん」
「無茶言わないで」
自分の手に余る事態。好きと言われて断って、それでも諦めずに自分を追いかけて来た異性に対し、どう接するのが正解だというのだ。
おまけに、これから霧崎と共に生徒会選挙に挑もうというのだから、なかなかどうして頭が痛い。
太一に積まれたCPUの処理能力を軽く超えている。誰か外からもっと優秀なパーツを持ってきてはくれないだろうか。
「一応言っておくと、たいちゃんがなんでこんな状況になってるのか。その失敗がなんなのかは教えてあげる」
「今度はなに?」
さすがに受け答えもぞんざいになってくる。しかし彼女は構わず、椅子をより太一へと近づけて、
「あーしを、はっきりと『嫌い』って言わなかったこと」
彼女の言葉に太一は思わず目を見開く。
「…………はぁ」
いたずらっぽく笑みを浮かべる大井。太一は溜息を吐いた。それは、もはや言い訳できないほど、的を得ていると思ってしまったのだ。
彼女のせいで、太一は小学校5年生の時に半年ほど不登校になった。嫌いになる理由としては十分……にも拘わらず、自分は彼女を嫌いになれなかった。
八方美人を演じようとか、そういうことではない。純粋に、太一は彼女に対し、『嫌い』という感情を抱けなかっただけのことなのだ。
太一にとって、彼女は色んな意味で、かけがえのない存在だったから。
「ヤヨちゃん、僕」
「ああやめ。また断るつもりでしょ。目で分かる。こっちも結論は急がないから、たいちゃんはもう少し、あーしに付き合ってよ。それで、あーしで一杯いっぱい悩んで、結論して」
「それで、ヤヨちゃんは納得するの?」
「さぁ。分かんない。でも、この前のフられ方じゃ、あーしは納得できなかった。ただ、それだけのことだよ。だから、もしも次に、あーしをフるつもりなら、有無を言わせないくらいの理由を用意しておいてね」
それが、たいちゃんにできるなら、ね……と、彼女は挑発的な視線を、言葉を浴びせ、更に距離を詰め、体を預けてきた。「はい」と、彼女から差し出されたフライドポテトに手を伸ばす。
塩辛い……一口食べたソレを、太一はそう感じた。
「ねぇ、たいちゃん」
「ん?」
「とりあえずさ」
「うん」
「おっぱい揉んどく?」
「ぶっ!」
「あ、でもまだ付き合ってないし、とりあえずひと揉みごとになんか奢ってね」
「いえ、遠慮しておきます」
彼女の提案を、太一は丁重にお断りさせていただいた。
どうやら彼女のアピールは、お色気という方針強めで行くつもりらしいことが判明した。とはいえ体を使ってたかるのはやめようか。
男して喜べばいいのか、ただの痴女としてドン引けばいいのか……
男女関係に疎い太一には、結論などでるわけもなかった。
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時間を分けて投稿しますので、ぜひお楽しみに!!
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