やれるからやるのではない
少しだけ前の話だ。
――私は、あなたの気持ちを知ることを諦めた。
対話による相互理解は望めない。
言葉にあなたの中身がない。それは空虚な伽藍の音色。
未熟な私では、あなたに深く潜ることができません。
いつも傍にいて、ずっと身近な存在だったけど。
それでもあなたの心は霞んでて、形を捉えることもできなくて。
いつしか、理解しようと思うことさえやめていた。
やめて、あなたが理解できる私であろうと思います。
切っ掛けは劇的で、ありふれたもの。
私はあなたを理解できないけど、あなたが私を『彼女』として見ていることは理解できた。
なら、私は私じゃなくていい。私はあなたの望む『ウチ』でいよう。
すると、今までの苦しみが綺麗に消えて、私も一緒にどこかへ消えた。
それでもあなたは喜んだ。だから『ウチ』になった私も喜んだ。
私は『ウチ』……それでいい。あなたが私を見えなくなっても、辛くないならそれでいい。私はいつまでも、あなたの『ウチ』でいてあげる。
それを、誰にも間違いだなんて言わせない。
それで、『ウチ』の中の私が泣いてても。
それが、絶対に正しいと、信じるしかないんだから。
( _ _ )..........o
夏休み明け二日目……太一は霧崎と共に学校近くの喫茶店を訪れた。
「いらっしゃ~い」
やたらイケメンな高身長美女。日焼けした肌が目立つ女性。この喫茶店の主に出迎えられた。
ところ狭しと漫画が並ぶ店内。太一でも知っている有名どころから、かなりニッチなマイナー向けまで多種多様。
太一たちと同じ学校の生徒もいれば、学生や社会人、少し年季の入ったナイスミドルと、客層も随分とバラエティーに富んでいる。
近くのチェーン店と比べて客数自体は少ないものの、ここでしか味わえない独特の雰囲気が心地いい。オシャレすぎず、庶民的ともちと違う。ひっそり佇む隠れ家的な、あるいは地元民たちにとっての憩いの場、そんな感じであろうか。
とはいえ特別どこかのメディアに取り上げられることもなく、ここを知るのはそれこそ地元の人間のみときた。それ故に、他所から来た人間が気軽に入店するにはちょいとハードルが高い。
もっぱらそんな悩みを抱えつつ、今日もマスターは人好きする笑みをイケメンな顔に張り付けて、給仕に勤しんでいる。
窓際の一番奥の席が空いていた。四人掛けの席、太一と霧崎は向かい合って腰を下ろす。
「ウッディはなに頼む?」
「僕はアイスコーヒーで」
「じゃあウチはレモンティー……あ、バイト代入ったし、せっかくだから久しぶりにメロンフロートとか頼んじゃおっかな」
「なんか聞くだけで口の中が甘くなりそうですね」
「ま、実際にめっちゃ甘いしね」
ここ数ヵ月、人口甘味系をほとんど口にしなくなった太一。以前なら太一も迷わずフロート系を頼んでいたかもしれないが、最近はほとんど手が伸びない。
「なんかウッディ、完全にダイエットに目覚めちゃってるよね~」
「まぁ、もう習慣になっちゃったと言いますか」
それは太一に限らず、不破も同様である。自分で食事を作れるようになってからというもの、飲む物ひとつとってもいつだってお茶か水である。たまに間食をすることもあるが。一週間のうち二回あるかないかだ。
「なんか二人とも、だんだんストイックになってきてる気がする~w」
「そうかな……あまり自覚したことはないけど」
「そういう発言が自然と出てくる時点でマメだよね~」
からかうような笑みを浮かべる霧崎。
しかし太一は霧崎とのダイエットの話題に次の言葉を継ぐことなく、「注文しちゃいますね」と、マスターを呼びつけオーダーする。
褒められることには慣れていない。それに、ここへは別に太一と不破のダイエットについて語りにきたわけではないのだ。注文を待つ間、太一は霧崎に本題を切り出す。
「霧崎さん、この前の生徒会選挙の件だけど」
「ん? もしかして推薦人、請けてくれる気になった?」
「い、いえ……それはまだ。まず、霧崎さんともう少し話をしてから、と思いまして」
「話?」
「はい」
まず第一に、霧崎が生徒会選挙に挑む明確な動機について。依然聞いた時は、『面白そう』というプチ炎上しそうな発言が飛び出していたが……実際、それが本音がどうかもわからない。
できることなら、もう少し『らしい』回答が欲しいと思ってしまう。
「前、霧崎さんは生徒会選挙が面白そう、と言ってましたけど……朝は早いうちに登校しないといけませんし、選挙管理委員会の説明会とか、色々と出席しなきゃですから……正直、僕的にはそんなに、面白そうには思えないんですが……」
他にも選挙ポスターの作成に、演説用の原稿の準備、などなど……実際に立候補したら面倒なことの方が多いような気がする。その辺り、霧崎はどう思っているのだろう。
まさか全ての作業を推薦人である太一にさせるつもりではあるまいな。もしそうなったら、獅子身中の虫として全力で対立候補側を肩入れすることも厭わない所存。
「う~ん……でもさ、学校であえて近い歳の人に対して、積極的に自分をアピしまくって、大々的に宣伝する機会ってそんなに多くないわけじゃん?」
「まぁ、そうですね」
少なくとも、高校で生活している中で、自分から「私は優秀な人間です」と喧伝して回る人間はまずいない。
なにせ学校という空間に限らず、人は横並びが大好きだ。一歩でも前に踏み出せば異端扱い。よほどうまく立ち回るか、あるいは不破のように周囲を強引に自分のペースへ巻き込む力強さでもない限り、出た杭として手ひどく叩かれ爪弾き。
選挙に出馬するというも大概だが。
少なくとも自分アピールをすることが前提のイベント。ナルシストとは違う。良いところを宣伝することがそもそも必然なのだ。
「霧崎さんは、生徒会長になりたいんですか?」
「どうだろ。そこはわかんない」
思わず眉が跳ねた。生徒会長選挙に出馬するというのに、生徒会長になりたいかどうか分からないと……それでは本末転倒だ。
「ただ、ウチって人間をもっと広く知ってもらいな、とは思ってる。それでもし当選しちゃったら……まぁ、その時はその時で」
「……」
それでは、過程と結果が逆ではないか。もはやそのまんまナルシストである。
「そんな顔しないでよ~。選挙活動も本気でやるし、生徒会長になったらちゃんとやることはやるって~。まぁそもそも当選する確率の方がだんぜん低いわけなんだけどね~w」
「そう、ですか」
どうにも違和感がぬぐえない。彼女の目的は生徒会長ではなく選挙そのもの。何も考えることなく彼女の言葉を受け止めてしまえば、ただの利己的なな売名行為でしかない。
しかしそれこそ出る杭というヤツだ。一部からはウケるかもしれないが、不謹慎と炎上する未来が容易に想像できる。いささか、霧崎らしくない。
彼女は奔放な見た目の割に思慮深い。
不破と今日までどうにか接してこれたのも、彼女という存在が緩衝材になってくれたのが大きい。
学校はサボるし、その派手な見た目だ、軽口を叩いておちゃらけてみたりと、素行の悪い部分は確かにある。
それでも、他人に不快感を与えるようなことを、積極的にするような少女ではないことを、太一は知っている。
それ故に、今回の選挙活動への参加理由に、太一はどうしても首が傾いてしまう。
「当選できないと分かってて、それでも出たいんですか?」
当選できなければ、下手をしなくてもただ恥を掻くだけ。霧崎のやろうとしていることは、リスクに対してメリットが少ないように思える。
「別に。可能性はゼロじゃないじゃん。低いだけで。そもそもさ、『やれるから』やるんじゃないよ。ウチが『やりたいから』、やるんだよ」
なぜか、霧崎は苦笑する。なんとなく、自分が口にしていることに矛盾があることを、彼女は彼女なりに、理解しているような気がした。
しばし太一は考える。彼女の頼みを、請けるか否か。期日は来週。しかし先延ばしにしても時間が無駄に減るだけだ。ならば結論は――早い方がいい。
「…………わかりました」
「ん?」
「霧崎さんの推薦人、やります」
「え? マジ?」
「はい」
結局、彼女の真意を垣間見ることさえできなかった。それでも、太一は彼女の要請を受け入れることを決めたらしい。
「生徒会長に当選できるよう、一緒に頑張りましょう」
なんとなく、彼女を他の誰かに任せては、いけないような気がした。
OK!(`・ω・´)
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