市販品で地獄の横丁一歩手前
……生徒会、か。
太一の通う高校では毎年十月に後期生徒会長の選挙投票が行われる。選挙活動が前月の9月……つまり今月中に実施されるかっこうだ。
高校に限らず、中学でも生徒会などというものには関心がなかった。どこの誰が生徒会長になろうと、学校の中が劇的に変わるわけでもなし。
ただ、全校集会の場で壇上に立つ顔が変わるだけのこと。太一にとっての生徒会とは、そういう印象でしかない。
立候補者への説明会が来週のはじめ。立候補の届出を提出する期限は中旬頃。そこから選挙活動を経て投票、と。
『ウッディ、もしよかったらウチの推薦人やってくれたりしない?』
推薦人……ようは霧崎が生徒会長にふさわしい人物であると、見ず知らずの生徒を前に演説する役回りである。
……いや無理。
少しはマシになってきたとは言っても、太一の中にはいまだ深く陰キャ気質が根付いている。とてもじゃないが、道行く生徒を捕まえ、あまつさえ声を張れるような胆力は持ち合わせちゃいない。
なにより、霧崎はサボりの常習、赤点製造機、服装も校則違反のトリプル役満状態。とてもじゃないが、生徒会長としてふさわしい人物であるとは、(たとえ嘘でも)言えない人物だ。
対立候補がいなければ、そのまま自動的に当選もありえるが……毎年、現役の役員から立候補があり、確実に彼らと争うことになる。
もはや敗確イベントという名の篝火へ、自ら突っ込んでいく羽虫のごとく。
霧崎の勝ち目は、限りなくゼロに近い。そもそもの話、
『面白そう、って思ったから、かな?』
彼女は本気で、勝とう、と思っているのかさえ怪しい。不破からも、霧崎が学校行事に積極的、という話は聞いたことがなかった。
実際、彼女の普段の素行を見る限り、こういった行事への関心は薄い印象だ。
本当に、霧崎が何を考えているのか分からない。
「……とりあえず、もうちょっと話を聞いてみて、かなぁ」
彼女の頼みを請けるにせよ断るにせよ、まずは霧崎を知らなくてならない。推薦人とは、立候補者を応援する存在。このままいくと、彼女の悪い部分ばかりが目について、演説中に口をツイと滑らせないとも限らない。それは、あまりにも間抜けすぎる。
太一はスマホを取り出す。霧崎とのトーク画面を開き、翌日、改めて彼女と会う約束を取り付けた。
(゜-゜)…
放課後。太一はただでさえ人を威圧するその顔面を、盛大に歪めていた。
「ふっふ~ん。今回もあーしの勝ち~。てなわけで不破さん、わかってるよね~?」
「てめ、こんの~……次はぜってぇ負けねぇかんな!」
「まぁがんばってくださいな。でもそれはひとまずおいといて……ではでは~、不破さん、よろしくお願いしま~す!」
「ぐぅ」
いつも皆で集まる駅前のカラオケボックス。朝に約束したとおり、今日は不破と、彼女のグループに所属する会田、伊井野、布山の三人、そして太一でカラオケに訪れていた。
そこに、プラスαの一人も付属して。
やたら演技がかった仕草で不破を手で指し示す大井。不破は苦虫をすり潰しているかのような眼光で彼女を睨んでいる。
「大井っち歌うまいじゃん~。でもオールアニソンとか~w 男子かよって~w」
布山がマイペースに賞賛を送った。褒められた大井は「アニソンだって立派なJPOPだし」と、マイクを片手に得意気だ。
「それに気持ちよく歌えればなんでもいいの! なんだったら昭和歌謡の全力熱唱もアリ!」
「どっちも知らね~w」
ノリだけの会話に会田が合の手を入れた。転校してきてまだ一日も経っていない。しかし彼女は、クラスの上位カーストグループである不破たちの集まりに、すぐさま馴染んでしまっていた。恐るべきコミュニケーション能力。
「てか~、キララが歌で負けるとか久々じゃな~い?」
「なにげにウチラの中じゃ一番歌うまいのにな?」
「まぁ上には上がいるってことで。それよりも~……さっそく罰ゲーム、おにゃしゃす!」
再びズバッと手で不破を指す大井。綺麗に揃った五指の先、不破は顔を「怒」に顰めて「お前、いつか覚えてろよ」と自分の手元に視線を落とす。
そこには、グツグツと煮えたぎるカップ麺……その名も『ジ・エンド蒙古』。
いわゆる激辛カップ麺。スープは赤を通り越してもはや黒。立ち上る湯気だけで目が焼かれ、部屋に充満する匂いまでもが殺人クラス。
これまでいったい何人の辛党を地獄の底へ叩き落してきたことか。もはやメーカーの担当者が二日酔いの末に勢いで企画したとしか思えない代物だ。あるいは手加減という三文字を母ちゃんの腹ん中に置き忘れてきたに違いない。
蓋にはそのあまりの辛さゆえか、注意書きまで踊る親切仕様。
つい最近どこぞのVチューバ―とコラボしたとか。パッケージでは顔を真っ青にした女性キャラが憐れに目を回している。なんでも、生配信で実食したらしいのだが……悶絶必須級の辛さに配信は停止。いつもの愛らしい二次元ボイスが、野太い咳で埋め尽くされたとか。
「おぉ~……見てるだけで舌が痺れてきそ~」
布山が興味深そうに不破の手元を覗き込む。誰あろう彼女こそ、このカラオケという娯楽施設に危険物を持ち込んだ張本人。本人曰く、パッケージのキャラが『推し』だとか。
初参加の大井が不破に『点数勝負とかどう?』と持ち掛け不破が了承。負けた方が地獄の辛さをその身に味わうという罰ゲームが設定されたのだが……
「キララ、それ……マジで食うの?」
「あたし、絶対無理……たぶん、一口で死ねる」
普段はバカ騒ぎの果てにノリノリに煽る会田と伊井野でさえ、目の前の『赤黒い悪魔』を前に警戒心を隠せない。
しかし不破は、
「食う」
と、まだ一口も食していない内から汗を垂らして呟いた。
すると、グループ女子たちから見えない位置で、大井は彼女の「まぁ無理はしなくていもいいよ~」と、挑発的な笑みを浮かべて不破を見下ろす。
「ざっけんな。ここで無様に逃げられるかってんだよ……」
不破はカップ麺を手に取った。いよいよ実食。
しかし大井を除いた全員が知っている。不破満天……彼女は、
「あ、あの、不破さん。本当に無理は、」
――ずずずずずずず~~~~っっ!!
太一の制止も虚しく、不破は激辛スープが絡みに絡んだ麺をすすり上げた。
「「「あ~ぁ……」」」
途端、会田、伊井野、布山の三人が声を揃えた。
直後、
「ぐぇっほっ! えっっ! えっぶぉっ!!」
不破が盛大に口を押えて咳き込んだ。額に浮かんだ脂汗。目端に浮かぶは涙の雫。勢いよく口の中へ侵入した刺激物は不破の舌を、喉を、胃を……消化器官の全てを絨毯爆撃しながら滑り落ちていく。
一口目からもはや死に体。カラオケボックスのソファで悶絶する金髪ギャルがそこにいた。
……不破さん。辛いのほんと苦手なのに。
そう。この不破満天、辛い食べ物がマジのガチにダメなのである。
もはやスカートがめくれるのも構わずに、ソファの上を転げ回る不破。これほどまでに色気皆無なパンチラもそうそうない。普段から太一に辛口な対応をしておいて、自分が物理的に辛いモノがダメというこのギャップ。
不破は「み”、みず~……」と、砂漠で干からびる寸前の遭難者ばりに手を伸ばす。
さすがに憐れ。太一は静かに水を差し出し、
「あ、本気で辛いモノ食べた時に水はダ、」
「んぐぉぉぉぉぉぉ~~っ!?」
布山の忠告も虚しく、太一から水をひったくった不破は勢いよく中身を飲み干し、再び口を押えてうずくまった。
「そういえば。辛いモノ食べて水で流すと、口の中で逆に辛いの拡がっちゃうんだっけ?」
「えっ!?」
大井の冷静な発言に太一はギョッとする。慌てて彼女を振り返る。すると、
「う”~づ~ぎ~……でめ”っ、お”ぼえどげよ~……」
しわがれた怨嗟に狂気の眼差し。不破は激辛カップ麺で内臓真っ赤っか、太一は逆に顔面真っ青と、気持ちいいくらいの対比がそこにあった。
その後、太一はコンビニへダッシュ。布山いわく『牛乳とホットコーヒー買ってきてあげて~』と。
なんでもコーヒーのポリフェノールが辛さを和らげ、牛乳が胃の負担を減らしてくれるらしい。
結局、不破がカップ麺を完食できるはずもなく……会田と伊井野が怖いもの見たさに一口……悶え苦しみテーブル台パン。罰ゲームを回避したはずの大井も「ええ~、皆さすがに大げさ――げぉっふ!」と、麺を口に入れてネタとしか思えないふっとい咳をした。
女子高生たちが着衣を乱して地獄絵図。太一が買ってきたコーヒーと牛乳を奪い合う。
「う~ん……まぁまぁかな~……宇津木も食べる~?」
「(ブンブンブンブン)!!」
そんな中、布山一人が、平気な顔をして殺人カップ麺を食っていた。
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