勝ってもないが、まだ負けてもいない
――時間軸を巻き戻して、大井家の応接間。
「すぅ~~~~……はぁ~~~~~~」
大井仁武は肺の中やら脳ミソやら心中やらに溜め込んだ呆れを、思う存分天井へ向けて吐き出した。
まさか昭和から令和という時代を跨いだ現代で、婚約発表の席に男が押し掛けてくるという、あまりにもベッタベタなシチュエーションに遭遇するなどとは思ってもみなかった。
そのくせなんだ? ベタにひとつまみのスパイスでも混入してやろうという腹づもりでもあったのか?
突貫してきた男は、あろうことか親戚一同が顔を揃える場でDOGEZAを決めて孫をフるという暴挙……もとい奇行に走る始末。
そこは『彼女は僕のものだ』とかじゃないのか?
あとなにゆえ893スタイルなんだ?
これぞまさしくナニコレ○百景。動画でも録画しておいて番組に送り付けてやればよかったか。お茶の間が沸くかはたまた失笑に包まれるか見てみたいものだ。
挙句、
『――大嫌いなんだよぉぉぉぉぉ!!!!』
孫の婚約者に対する気持ちを訊いてみれば、まさかの全力拒否ときた。
加えて……
「『諦められん』……か」
盛大に……それこそ恥をかかされるような仕打ちを受けたにも関わらず、それでもあの娘は――
「まったく……なんと周りに説明しろというんだ」
今更、婚約は白紙になりました、と? いい笑いものではないか。正統後継者である暁良の兄には逃げられ、妹は婚約者がいながら他の男にうつつを抜かし、挙句にフラれました?
もしも自分が当事者でなければ、盛大に後ろ指をさして大爆笑を決めている。
なぜこうなった?
当家が一般家庭にはないしきたりのある家柄なのは間違いない。それでも孫には自由恋愛を許していたつもりだ。一般的な恋愛は難しいかもしれない。が、想いを寄せる相手がいたなら相談のひとつもしてくれれば……
「いや……」
そもそも。孫からの話を聞く限り、最初に無理やり引き離したのはこちらか。
だとすれば、はじめから孫はこちらを……大井仁武という人間性をまるで信用などしていなかったのだろう。
故に、想いを内に秘め、なにも言わず、ただ流されるままに時任家との婚約を受けれた。
思えば、孫が時折みせる小さな反抗は、きっと彼女なりの仁武に対する当て付けだったのだろう。
「ふぅ……」
結局のところ、どこまでいっても自分は古い感性に縛られた人間なのだ。そして、この家も……
「せめて大きな騒ぎにならかったのだけが幸いか」
太一のDOGEZA騒ぎから大井暁良の『大嫌い』発言。これだけの事態が起きた割に、現在大井家は静かなものである。
「明華には感謝しんなくてはならんな」
時任明華――時折榛輝の母である。
自分の息子が、衆人環視の中で思いっ切り婚約相手から拒絶されたというのに。彼女はあろうことか、
『ぷっ、ははははははははっ!! おいハル!! なにお前、婚約発表目前で婚約相手にフラれてんじゃん!! あ~、ダメダメダメ、おなか痛い~!』
『おふくろ……』
などと笑いながら息子の背中をバシンバシンと叩く始末。。歳のころは30後半。明るく染めた髪に耳のカフスが目立ついかにもヤンチャな見た目の女性だ。
おかげで集まった親戚連中はもちろん、太一も暁良も口を半開きにして唖然としていた。
が、結果的に場の空気が弛緩し、いったん事態の収拾と状況把握のためという名目で、今日のところは解散という流れになった。
後日、改めて詫びに窺わねばなるまいが……考えただけで胃が痛い。
同時に、こうなった以上は孫にも責任を取ってもらわねばならないか。
「……まったく。兄妹揃って家を騒がせよってからに」
仁武は頭を抱えつつ、これも時代の流れなのか、と諦観にも似た溜息を吐き出した。
( -"-)ヤレヤレ...
一方その頃……
893スタイルのままの太一はというと、
夕日が沈みかけた海岸にて――
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~ん!!! なにしてくれてんの!? なにしてくれてんの!? なにしてくれてんの!!??」
「ごごごごごめん」
「ごめんじゃないっしょ!? あそこで普通フる!? てかっ、せめて場所かえるとか配慮あるじゃん!? ねぇ!?」
「おおおおおっしゃる通りでででで」
大井に胸倉をつかまれて、ガックンガックン首をシェイクされておりました。ついでに胃袋の中身までミキサーされて、虹色の噴水が発射されるまで秒読み状態である。
「マジありえないマジありえないマジありえない!!! これからあーしどうやってあの家で生きて行けばいいのよ~~!!??」
あの場には大井家縁の者たちが集まっていた。今頃お茶の間は先程の件で大いに話が盛り上がっていることだろう。
水平線で鮮やかな紫紺の帯が伸びる幻想的な景色に浸る余裕もない。
散々揺さぶられた太一は首ごと視界がメリーゴーランドしてる。
「あ~~~~~……帰りたくね~………………いっそ、たいちゃんを○してあーしも○ぬという選択肢も」
「落ち着けド阿呆」
「ぎゃふん」
仄暗い瞳で物騒なことを口走り始めた大井に時任が唐竹割りを見舞した。
太一を解放しその場で頭を押さえてうずくまる大井。
彼女の手から解き放たれた食道は一気に吐き気を催し、太一は慌てて口を押えて砂浜に全力ダッシュ。
片や頭頂部にたんこぶ浮かべて涙目悶絶。片や白い砂浜にきったない虹をプレゼントフォー・ユー。
当事者二人の憐れな姿を前に時任は虚空を見上げた。
今回の一件。彼もまたお茶の間に話題を提供している一人である。なにせ婚約発表の席で、婚約相手に真っ向から拒絶されたのだ。更には母親には盛大に笑われて完全に赤っ恥である。
もっとも、彼女のあの行動がなければ場の空気がだいぶ険悪なものになっていた可能性を考えると、一概にあの母親を悪し様に罵ることもできないのだが。
……冷蔵庫のいちご大福食ってやるか。
とりあえず、笑いものにされた鬱憤は彼女の好物をせしめて晴らしておこうと心に決める。
「いった~……なにすんのよハル!?」
「お前がいつまでも人間シェイカーやってるから止めてやったんだろうが。ほれ、お前のせいで愛しの王子様が浜でスムージー吐き出してんぞ」
「だって! ……しょうがないじゃん。恥ずかしんだもん」
「俺だってお前にフラれていい笑いものだよ」
「……ごめん」
「謝んなくていいっつの。お前が俺をどう思ってるかなんてずっと前から知ってんだから。それより……」
「あ、ちょっと」
時任に腕を掴まれ立たされる。
「お前はちゃんとあいつと話してこい」
そのまま、ドンと背中を押されて大井はたたらを踏んで数歩前に出る。振り向きざまに時任をムスッとした顔で睨むが、彼は手をヒラヒラと振って「さっさと行け」と面倒くさそうに彼女を送り出した。
大井はいまだ砂浜でうずくまる太一に近付き、
「えと……その、ごめん」
「あ。ああ、うん。えと、大丈夫……」
青い顔を上げて無理やりに笑みを作る太一。真っ白だったスーツは砂まみれ。セット(された)髪型もぐちゃぐちゃでボロボロ。ひどい姿だ。
大井は溜息をひとつ。苦笑を浮かべて太一を見下ろす。
「たいちゃん。ちょっと、歩こ」
「うん」
大井の手を借りて、よろけながらも立ち上がる太一。
スーツに砂を払ってる横で、「ちょっとその辺歩いてくる~!」と大井は時任に声を張る。彼は気怠そうに手を振って応え、澄ま浜に腰を下ろした。
「いこっか」
大井を先頭に、波打ち際を二人でゆっくりと進む。
自分より小さな背中を見つめながら、太一は先程……大井家で彼女が時任をフッた直後の言葉を思い出す。
「ねぇ、たいちゃん」
「なに?」
「あーしがたいちゃんにフラれた理由って……たいちゃんが、『好き』って気持ちが分からないから、だったよね」
「……うん」
「そっか……あーしのこと、嫌いなったからとか、そういうことならさ……逆にちゃんと言ってほしいな、って思うんだけど」
「ううん。僕、ヤヨちゃんのこと、嫌いじゃない。嫌いに、なってない」
「なんで? あーし、だいぶたいちゃんの人生めっちゃくちゃにしたと思うんだけど?」
大井から探るような視線。
『自分の人生は自分だけのモノ』
大井はずっと人生の在り方とはかくあるべきと考えて来た。
しかし、彼女は自分でこの考えに反する行いをしてしまった。
だからこそ、自分が相手をどう『想って』いたのだとしても、嫌われるのは自然なことだし、そうであるべきとさえ思っていた。
果たして、太一は海風に肌を撫でられながら、おもむろに口を開く。
「僕、考えたんだ。君と出会ったことを、どう思ってるのか」
これまでの時間の中で、彼女と巡り合ったこと。
「君にされたこと、君にしてもらったこと……その全部をひっくるめて考えても……」
それは彼にとって――
「どこにも後悔なんてなかった」
甘いだろうか? 彼女のせいで太一はひきこもりになった。糾弾する資格はある。
それでも、太一が彼女に抱く感情に、憎しみはなく。
「たいちゃんは気が弱いから。あーしに強く言えないだけじゃないの? あんだけのこと言われたらさ、嫌われて当然じゃん? ううん。そもそも、あーしとなんか出会わなきゃよかった、って……そう考えるのが普通でしょ? 呪ってやりたいほど憎くて仕方ないでしょ?」
自分の中の制御しきれない感情がそうさせた、なんて言い訳は被害者にとってなんの慰めにもならない。
大井は確かに、自分のために、自分のため『だけ』に彼の人生に消えない傷をつけた。
にも関わらず、太一は穏やかに首を横に振りながら、
「それは違うよ」
即答だった。大井は訝しく眉を寄せ、太一に「なぜ?」と視線で問いかけた。
「ヤヨちゃん、言ってたよね――『自分のことは自分で決めたい』って」
まるで、見えない誰かの手に後押しされるように、太一は昔馴染みの少女をまっすぐに見据えて、
「僕の気持ちは僕が決めることだよ」
途端、大井は目を見開いた。今この瞬間、彼女の中にあった幼い頃の太一が、塗り替えられた。
「僕は君に声をかけてもらえたことをうれしく思ってるし、一緒に過ごした時間は楽しかった」
悲しい記憶は確かに掘り返されてしまったかもしれない。だが、それ以上に太一の内を占めて駆けていくのは、彼女と共に、彼女に手を引かれて共に過ごした追憶だ。
たとえ彼女がどれだけ自分の行いを後悔し、太一にその罰を求めても、太一自身がそれを望まない。
「それに結局、僕はヤヨちゃんとの約束、守れてないしね」
太一は困ったように笑う。そんな彼の表情に、大井は鼻の奥がツンとするような感じを覚えて、背中を向ける。
……ああ、そっか。
結局……自分の想いは、今も昔も、
彼には、届かなかったんだ。
鼻をすすりながら、大井は思わず「はは……」と自嘲する。
5年前から、この恋は負けたままなんだ。公然とフラれ、ほとんど決着。
だというのに、
……未練がましいなぁ。
「ねぇ、たいちゃん」
「うん」
「あーしが親戚の前で言ったこと、覚えてる? あんな風にフラれても、あーしがたいちゃんを……どう思ってるのか」
「……うん」
「それをふまえて答えて欲しいんだけどさ。たいちゃんは、あの3人……あ、海で会った女の子ね。その中に、好きな子とか……いる、の?」
背を向けたままの大井の問いに……しかし太一はハッキリと頭を振る。
「ううん。彼女たちとは、そういんじゃないから。そもそも、不破さんたちとそういう関係になるのとか、全然想像もできないし」
「ふ~ん。ならさ」
直後、大井はくるりと、体ごとターンして太一と向かい合う。頬に涙の痕を残しつつ、彼女は意味深に口の端を持ち上げて太一の顔を覗き込んできた。
彼女のちぐはぐな表情に、太一は思わず身構える。
「な、なに?」
「あーし、たいちゃんのこと」
が、大井は滑るように太一の耳元へ口を寄せて囁き、次の瞬間――
「っ!?」
頬に、湿った彼女の唇が触れた。
「諦めなくても、いってことだよね?」
「!?!?!?」
「……」
……今、僕。
おもむろに、太一は至近距離で大井と目を合わせる。中性的容姿。しかし年月を重ね、確かな色を宿した女性の気配を漂わせる。
間近の大井は瞳と唇で弧を描き、今にも破裂しそうなほど顔を赤く染め上げていた。
濡れた頬に上から手を重ね、呆然と彼女を見遣る。
「ヤヨ、ちゃん?」
「いつか、自覚させてあげるから。たいちゃんに、好きって気持ち」
それは、幼馴染から太一へ向けての、小さな宣戦布告だった。
( ・ω・)σ ドーン!
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