1話 追放の日
「い、今なんて??」
慣れしたんだギルドの大広間で私は目の前の男、ラガゼットに尋ねる。
今しがた彼から発せられた言葉が私の聞き間違いである事を祈りながら。
「あぁー?? 結構デカイで声で言ったと思ったが聞こえてなかったか?? お前は目や耳だけは良い方だと思ってたんだけどな??」
下卑た表情を浮かべながら、ラガゼットは随分と楽しそうに笑みを溢す。
その笑みを見た瞬間、私が聞き間違いをしていない事は直ぐに理解できた。
「はぁー、仕方ねぇからもう一回言ってやるよ。 今までお前と攻略してた『翡翠の竜王』のダンジョンだけどな、俺はもうお前と行くのは辞めるわ」
「そ、そんな!! ラ、ラガゼット……いきなりどうしたんですか??
私達はこの一年間ずっとあのダンジョンに挑戦して、1週間前にようやく99層までの攻略を終えたんですよ?? 残す所は最後の階層である『竜王の間』だけです!! それなのに今になって諦めるなんっ」
「はぁ??」
私の声を遮ってラガゼットは不機嫌に睨みつける。
「何勘違いしてるんだお前?? 諦めるわけねぇだろ!! ちゃんと話聞けよ、俺はお前とはもう行かないって言ってんだよ!!」
怒気を強めて私を睨みつける。
こんなに感情を表に出す彼を見るのは初めてで私は思わず一歩後ずさる。
怒りに顔をしかめるその表情は今まで一緒にパーティを組んでる時のいつのもラガゼットからは想像出来ないものだった。
そして何より彼が発した言葉が私の胸をきつく締め付ける。
「わ、私とは行かないって……そ、それって」
「くくっ、ようやく気付いたか? 俺がお前をこのパーティから追放するって言ってる事を!!」
ラガゼットはそう言い切るとギルドの中心で大きく口を開いて笑った。
私には一体何が起こっているのか、彼等が何故こんなに笑っているのか理解出来ず、ただ呆然とその場で立ち尽くす事しか出来なかった。
そんな中、ラガゼットの笑いを掻き消す程の大声が私の隣から響く。
「ち、ちょっと待ちなさいよ!! あんた本気で言ってるの?? 本気でこの子を、ソフィアを追放するって言ってるの??」
私は隣で叫ぶ彼女に目を向ける。
いつも元気に笑っている彼女の表情には一切の笑みはなく、僅かに震えるその身体は必死に怒りを堪えている様にも見えた。
「あん? 当たり前だろうがっ!! お前は耳だけじゃなくて頭も悪いのか?? それともリン……お前俺の決定に文句でもあるのか??」
「文句ですって?? 当然あるわよ!! 私は反対よ、ソフィアをパーティから外す理由がないもの!!
私達は今までずっとソフィアに助けられてダンジョンの攻略を進めて来たのよ?? それなのに何でっ!!」
「理由だと?? くくっ、そんなの決まってんじゃねぇーか!! こいつが『平民』だからだよ!」
ラガゼットは私を指差し興奮した面持ちで続ける。
「俺はなここまで来て失敗したくねぇんだよ!!
リンも知ってるだろ?? 2年前、七つ星ダンジョン攻略時に『平民』を連れて行って失敗した『勇者』のパーティを!! 俺はあんな馬鹿にはなりたくねぇーんだよ!!」
「そ、そんなの私達には全く関係無いじゃない!!
『勇者』のパーティは私達とは全く違うし、ソフィアはその平民じゃないわ!! もう一度良く考えなさいラガゼット!!
そもそも私達がこのダンジョンに挑む事が出来たのも、全てソフィアのお陰じゃない!!
『落ちこぼれ貴族』って蔑まれていた私達を七つ星ダンジョンに挑めるまでに鍛えてくれたのも、私達が身に付けているこの武器もその防具だって全部ソフィアのお金で買い揃えたものじゃない!!
それなのに!! それなのに……あんたは本当にソフィアが『平民』って理由だけでパーティから外すつもりなの??」
リンは負けずと声を張って叫び、そのうちその大きな目から涙が溢れる。
そんなリンを見て私の胸はさっきよりも深く痛んだ。
……何でこんな事になっちゃったんだろう、ほんの1週間前まで私達3人はとても仲の良いパーティだと信じて疑ってなかったのに。
「おいおい、何泣いてるんだよ?? お前こそ考え直した方が良いんじゃねぇーか?? 『平民』が俺達『貴族』に尽くすのは当然じゃねぇーか!! むしろ俺は今までパーティを組んでやったお礼を言って欲しいくらいだぜ!! 俺はずっと我慢してたんだからな!!」
「と、当然?? 我慢ですって?? そんなのっ」
「はぁー、随分とうるさい子ですね? ラガゼット様、この際ですからこの子もパーティから外すべきではありませんか??」
大きな溜息を吐きながら、リンの言葉を遮ったエマは気怠そうにかぶりを振る。
「まぁそう言うな、エマ。 リンはこれと違って俺達と同じ貴族だし、何より戦闘ではそれなりに役に立つからな。
俺としては出来ればリンには抜けて欲しくないのさ」
「そうですか……まぁラガゼット様がそう仰るなら私は従いましょう。 このパーティの主はラガゼット様ですから」
ラガゼットの肩にもたれ、エマは妖艶な声を響かせた。
「つい最近入ったのに随分と親しいのね……そう、貴方がラガゼットを誑かせたってわけね」
リンが軽蔑する様に二人を睨みつける。
確かに二人の関係は私にも気になる。
エマが私達のパーティに入ったのはたったの3日前、まだ一緒にダンジョンにさえ行っていないのだから。
「誑かす? ご冗談を。 私はこのギルドに頼まれてこのパーティに加わったのですよ??
それにラガゼット様が言っている事は間違っていないと思いますが??
今まで誰もクリアしてない最高難度のダンジョン『翡翠の竜王』を攻略するって言うのにわざわざ『平民』を連れて行くのは可笑しいでしょ?? いざって時に何をされるかわかったものではありませんからね」
そう言ってエマは鋭い視線を私に向ける。
いざって時……つまりラガゼットもエマも私が土壇場でみんなを裏切ると思っているって事なのだろう。
今まさに私を裏切ろうとしている人の台詞とは思えない、いや、もう既に裏切られたのだ、今のエマの言葉にはその証拠が含まれていたのだから。
「ギ、ギルドから頼まれたって言うのはどう言う意味ですか??」
震えそうになる声を必死に抑え、答えのわかりきっている質問を私はラガゼットに尋ねた。
……本当は聞きたくはなかった、だけど私はまだ心の何処かでラガゼットを信じていたかった、あの優しい彼がそんな事をする筈が無いと。
だけどそんな私の小さな希望は、ラガゼットの言葉によっていとも簡単に打ち砕かれた。
「くくくっ、流石に可哀想だと思って本当は言うつもりは無かったんだけどなぁ。
エマが口を滑らせた以上言わざるをえないよな、これは」
ラガゼットは嬉々とした表情で声のトーンを上げていく。
「俺達が辿り着いた99階層までのマップ、それを俺はギルドに提出したのさ。
上の連中も初めて見る俺のマップに興奮してたぜ?? 思い出してもあの時の興奮は最高だった、今まで俺を見下してきた人間が掌返して賞賛してきたんだからな!!
そしてダンジョンクリアの全面的なバックアップを約束してくれたのさ、このギルドで最高の人選を揃える事をな!! そのうちの一人がこのエマって訳さ!!」
「なっ! そ、そんな事をしたら!」
「あぁ、ダンジョンで得られる報酬の殆どはギルドに献上する事になるな。 まぁ心配すんなよ、リン。
お前の目当ての物は貰える様に交渉はしたからな」
得意げに胸を張りラガゼットはリンに釘を刺す。
「って訳だ、これでわかっただろ?? 最高の人材に最強の装備が揃うんだ!! 失敗しようが無いんだよ!! 役立たずの『平民』なんて俺には必要ないのさ、そしてそれをこのギルドも了承した。
その意味くらいお前にもわかるだろ??」
「……そうですね」
わかってる……ギルドから頼まれてこのパーティに入ったエマが私と同じく補助魔法を得意とする人物だったのだから……ただ信じたくなかっただけだ、『平民』である私をこのパーティーから追放しようとしているのがラガゼットだけではなく、このギルドも一緒だった事に。
急に訪れた現実を直視出来ずに、私は力無くそう呟く事しか出来なかった。
冒険者にダンジョンといった王道の話を書いてみたくなって始めました。
ブクマや評価をして頂けるととても嬉しいです。
※印のある話はキャラの後書き有りです。