00009-溺れ死ね
灯りの無い部屋。
カビ臭い部屋。
大きな窓ーー当然、逃げられないように鉄格子。
小窓から覗く月の明るい夜だった。
まじか。
嘘でしょ。
いやいや落ち着け、オッサンも明日には出してくれそうな反応してた大丈夫だいじょうぶ。
「いやマジかよ!」
叫びたくなるのも当然だった。
数多く。
あまたの転生ものがある中で。
ほぼブタ箱スタートしたのもオレくらいなものだろう。
ある意味レア?
いや、オッサンの言う通りこれも人生経験なのか?
いやいや騙されるな。
こんな人生経験、誰も頼んで無いってのオイ。
「……っつってもなぁ」
逃げ出す訳にはいかないだろう。
オレは、神様直々に『宗派対立を解決せよ』というお題を課せられた身だ。
どこかの敵やモンスターをブッ倒せばいいなんて、分かり易い目安も無い以上、この世界のことを知らない内に軽率な行動を取る訳にはいかない。
だから、こうして一晩過ごすしか無いんだが。
「そういや」
あのオッサンは『食い逃げ犯』と同室だのなんだの言っていた。
だけど、どう見てもこの牢獄にはオレ一人しかいなくて。
「おら! ここに入れ盗人が!」
「ひひひひ、いいいい!!
ごごごごめんなさいいい!!」
違いました、後から同室になるパターンでした。
オレの寝泊まりする素敵なワンルームに一晩限りの同居人がたった今ブチこまれていて。
「大人しくしてろよ、いいな?」
「ちっちちちっ、違うんですうううう!
わわわだしくくく食い逃げなんかあああ!!」
「ええいうるさい黙れ!」
その同居人は哀れにも鉄格子にへばり付きながら、なんかめっちゃ口ごもりながら叫んでいて。
というか、この声って。
「女?」
フードを被っているーーだけでなく。
全身も外套で隠してよく分からないけど、声を聞いている感じ絶対に男じゃーー
「っっってひいいいい!!
ごごごごめんなさいごめんなさいごめんなさい食べないで食わないで犯さないでええええ!!」
「え、いや、オレ」
「ひいいい!! しゃしゃしゃべべべべ!!」
……やべぇ、絶対この女コミュ障だ。
牢屋の端っこの端。
限界ギリギリ目一杯まで、体を押し付け縮こまりまくって逃げている。
「……」
「ひぃ……ひい……ひぃ……!」
「……ばあああ」
「っっ! ひいいい!!
ごめんなさいごめんなさい許して許して許じてぐだざいいいい!!」
駄目だ、ちょっと面白いかも。
「ひいいいい!! ひっひっ、ひいいい!!」
「あっ」
「ッ!!」
「頭んとこに虫がいる」
「あぴいいいい!!!!」
そうして彼女は。
「げふぅ!」
狙ってやってるのかどうか分からないが。
オレにーー華麗なタックルの体勢で突っ込んできて。
「ひいい! わっわわだしいい虫苦手なんですううぅ!
どどどどうずればあああ」
で。
彼女はオレの腰に両腕を回し。
そのままオレを押し倒して。
「……」
目の前にあった顔は。
ーー言葉を失った。
オレは芸能人なんか、テレビでしか見たことが無い。
女優も、モデルも。
でも彼女はーーそんなのよりはるかに上で。
長い睫毛。
ぐちゃぐちゃの、涙まみれの大きな瞳。
暗い牢屋だってのに、それは宝石のように輝いていて。
ぺたりとオレの胸にしなだれ落ちる茶色の髪。
それは顔を覆い隠すフードの中からこぼれ落ちていて。
細く、でもぷっくりと膨れた唇。
それが恐怖のあまり、びくびくと震えていて。
「あっ」
ーー意外とこの人、クールなお姉さん系美女だったんだ。
組み敷かれたオレの感想はそんなもので。
「ひっーー! おっおかおかおかおかざあああ!!」
「あっ、ちょっと」
猛烈な勢いで後ずさっていった彼女は。
そのまま鉄格子へとーー突っ込んでいき。
「おがあざああーーごっ、むっ……きゅう」
がぁん、と。
鐘を打ち鳴らしたかのような音を立てながら、頭を激しく格子へとぶつけると、空気が漏れたかのような悲鳴を上げてそのまま地面へと倒れ伏せて。
彼女は。
身動き一つ。
しなくなる。
「……」
オレは。
「……なんなんだ、この人」
あまりにも捻りの無い、きわめて一般的な感想を述べた。
で。
しばらく彼女の様子を観察するもーー動く気配無し。
よく分からんが、このまま放っておいていいのか?
うーむ。
オレの視線の先にはベッドが二つ。
「ひとまず寝かせるか」
そう決めたオレは彼女に声をかけてみることにする。
「あのー」
反応無し。
「大丈夫ですかー?」
肩を揺すりながら呼びかけてみても、反応無し。
「……仕方ない」
オレは気絶したままの彼女を抱える。
異世界補正なのか、それともレベルが上がって数倍に跳ね上がったオレの筋力ステータスのおかげなのか。
嘘みたいに彼女の体は簡単に持ち上がって。
ベッドに寝かしつけてやる。
……しかし。
なんだ、その。
まじでーーこの人、美人だな。
眠る彼女の顔を眺めながら、オレはそう総評する。
たぶん、年はオレとそう変わらないだろう。
大人の女性っていう風には全然見えない。
だからと言って魅力が無いかって聞かれたら、その答えには全力で否定できる。
顔つきはまだ幼い部分もある。
けれど、大部分は完成された美貌で構築されていて。
目鼻立ちもこれ以上に無いほど整っている。
というか睫毛が長い。
ぐーっと伸びて反り返って、まぶたを閉じていたら上睫毛と下睫毛が絡みまくってるぐらい長い。
あと髪が綺麗だ。
すげぇ茶色。でめっちゃ艶がある。
首より少し下くらいの長さで切りまとめられた髪の毛は、毛先がちょっとくしゃくしゃになっているけど、それが妙に色っぽいというかなんというか。
肌の白さもあいまって、まあ、その。
つまり。
そのくらい美人って訳で。
「食い逃げ犯……」
なんだよな、この人?
オッサンは確かそう言っていたはず。
「というか」
オッサンーーを思い出して、思いつく。
この人。
「……耳、長いよな」
フードからこぼれたヒクつく尖った耳を見ながら、オレはそう確認するように声を漏らす。
なお本人は。
「うひ、うひひっ、そんなあ、たたた食べきれないぃい」
ヨダレを垂らしながら、明らかに空想上または夢の中での晩餐を満喫しており。
もしかしてこの人。
話にあったエルフーーもとい樹人種ーーもとい。
残念系美人なのでは?
そんな。
月もろくに出ていない、暗い牢屋で。
オレはーーたぶんエルフと二人っきりになっていた。
とんでもない美少女と一緒になるマーノくん。
ただしブタ箱の中で、です。
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