00006-生き恥を晒すな
オレの予想していた通り、洞窟というかダンジョンの入口付近にいたらしい。
曲がり角を一つ抜けるだけで太陽の光が差し込んできて。
オレはその方へと向かう。
洞窟を出た先には絶景が広がっていた。
今いる場所はどこかの丘陵にでもあるらしく。
眼下にはまさにオレの思い描いた絶景があった。
伸び伸びと広がる、水色の空。
淡く引かれた筋雲の群れ。
大地には雑木林が肌の染みのように点在し。
多くを覆い尽くすのは小麦の穂に揺れる畑々。
穂の群れは風に撫でられ、ゆらぐ。
視線のはるか先には無骨な石造りの城が見える。
虚飾を廃した岩をそのまま削り出したかのような城。
その城には数々の人に引かれた馬車や、馬にまたがる人が行き交い、この世界の営みを感じさせて。
頬を清涼な風が触っていく。
少し前まで洞窟にいたためか、その空気は驚くほどに新鮮で美味しかった。
当然。
こんな景色を見せられたら。
オレのテンションは爆上がりだ。
なんたってここは異世界。
こんな風な中世ファンタジーど真ん中な風景を見せられて心くすぐられない訳が無い。
カメラとかあれば何枚か写真をーーというかメニューからスクショ機能使えなかったか?
使えた。
記念に何枚か撮影することに。
うん、やっぱり良い景色。
そんな感じに風景を堪能していたオレだが、ひとまず目的を果たすことにする。
まずはオレの力の確認だ。
洞穴から少し離れたところに草が剥げて土色になっている場所がある。
魔法を発動した際に、雑草とかに燃え移らないようにその場所まで移動したオレは、まず危なくなさそうなーー地味なスキルの発動に挑戦する。
試すのは、アクティブスキルである《魔の躰III》だ。
MPを消費して、肉体を強化する魔法みたいなスキルで、壊れスキルとして名を馳せたやつだ。
《魔の躰III》まで強化すると魔法使いビルドに関わらず前衛職よりも体を張れるという評判で、このスキルを前提としたビルドも存在していたぐらいだ。
当然、バランス崩壊甚だしい状況だったので一年ほど前におこなわれたバランス調整で弱体化を受けていたが。
「むぅーん」
そう唸りながら、《魔の躰III》の文字列を脳に浮かべてみるオレ。
しかしイメージが足りないのか、特に発動したりはせず。
「そもそも魔力とかMPとか感じたことが無いのに、それを変換するスキルとか出来るわけないよな」
そう納得してみる。
物事にも順序ってものがある。
まずは魔力とMPを体感することが先だろう。
そう思ったオレは雷撃魔法である(電矢III)を試すことにした。
火炎魔法を試してみても良かったんだが、下手すると辺りを火の海にしてしまう恐れがありそうだった。
過去の異世界転生ものを参照するに、主人公たちは自分のチート力を把握し切れておらず、辺りを火の海にしていたり襲いかかってきた魔物をオーバーキルしていたりする。
オレも神様公認チートである以上、注意は必要だと思い、実験として雷撃魔法を試すことに。
雷撃魔法はソドマジIIなら電撃を操る魔法で、破壊力重視の火炎魔法と違い、弾速の速さや命中したときの麻痺効果が売りの魔法だった。
岩場に向けて撃てば、そこまで被害が拡散することは無いだろう。
「むぅーん」
そして発動させようと(電矢III)という単語をしばらく頭に思い浮かべてみる。唸る。
何も起きない。
ソドマジIIだったらこれで発動するんだが……
「(電矢III)」
唱えてみたらどうだ?
試してみるも、やはり発動しない。
これがソドマジIIなら魔法を発動するのに詠唱とか必要無いから、駄目元で試してみたけどーーこれも違うようで。
「……」
オレはーー改めて、視覚的な映像を思い描くようにする。
メインメニューを起動するのと同じだ。
腕に雷が纏っているイメージで……
肌の周りを渦のように……
科学の実験とかでありそうな感じの……
すると、オレの耳に電流の爆ぜる音が聞こえてくる。
目を開き、確認してみる。
そこには電流渦巻く右腕があって。
どうやら問題無く発動しているらしい。
やはり頭の中できちんと視覚的なイメージを描くことが、この世界で魔法を使うのに重要なことみたいだ。
今は腕に雷をまとっているイメージをしているから、その想像通りにオレの右腕には電流が迸っている。
明らかに感電してそうな見栄えだが、どうやら自分で作り出した魔法で自傷することは無いのかもしれない。
「で、だ」
オレは手のひらを向ける。
もちろん、雷をまとわせた右手だ。
狙う場所は離れたところにある岩肌。
そして電流を尖らせる。
イメージとしては鏃。
先端を鋭く、尾を太くしてーー弓を放つ映像を思い描く。
ーー射出。
オレの生成した鏃、(電矢III)は。
空間を割いて岩肌へと向かい。
衝突。
ぶつかった際に思わず目をつむったものの。
意外と、いうか、なんというか。
呆気ないことに表面に焦げ目をつけるだけで済んでおり。
岩が砕け散ったーーとか、そんなことも無く。
「……もしかしてそこまでチートじゃない?」
オレは自分のステータス画面を開き、消費したはずのMPを確認してみる。
ソドマジIIだったら魔法が発動したのだからMPが減っているはず。
(電矢III)ならMPを五ポイント消費しているはずだ。
しかしMPは最大値から一切変動しておらず。
「ふむ」
その画面を表示させたまま、先ほどと同じ手順で幾度か(電矢III)を射出してみる。
そして理解。
「MPの回復速度が早すぎて消費できていないのか」
オレはなるほど、と手を打つ。
(電矢III)は電撃魔法の中でも最弱の攻撃魔法で、そのMP消費量は元々、非常に低い。
さらにオレは(電矢I)から(電矢III)に成長させた事でMP消費量をさらに抑えた状態で発動させられる。
そしてトドメになっているのが《魔の炉III》だ。
このパッシブスキルは時間経過で回復するMPの所要時間をより短くしている。
つまり(電矢III)をちまちま撃ったところで即座にMPが回復してしまい、まるで消費に繋がっていないという状況だった。
把握。
道理で数字が一瞬変動したかと思ったら、すぐ元の最大値表示に戻るわけだ。
「もっと強い魔法なら、さすがにこうならないか?」
もっと強力な(焔渦III)や(紫電III)を試してみるかーーと考えたところで、少し思い直す。
この世界はあくまでソドマジIIをベースにした世界。
何から何まで一緒な訳ではないーーつまり。
オレは再び(電矢III)を脳裏に描く。
数回試したことで要領が分かってきたのか。
素早く電流は腕に迸り。
オレはーーさらに電撃の数を増やしてみる。
「おっ、やっぱりそうか」
目の前に並んだ五本の鏃を見て、オレは理解する。
この世界ではソドマジIIでは出来なかったことが、結構あれこれ出来るのだと。
ソドマジIIでは(電矢I)だろうと(電矢III)だろうと魔法を発動した際に出現する矢は一本だけだった。
魔法の同時発動もゲームシステムとして出来なかったためこんな風に数を増やすには、専用の装備やスキルを獲得する必要があった。
しかし、この世界はあくまで元にしただけ。
『イメージを明確に持つ』。
それだけが魔法発動のトリガーになっている世界だ。
『五本並べてみたら五本出るかな?』とほとんど思いつきの域を出ないものだったが、上手くいったみたいだった。
「てかこれ、どこまでも出せるんだ?」
オレは検証も含めて、どんどん(電矢III)を発動する。
一本、二本みたいにケチくさいこと言わずにどーんと。
空中に(電矢III)が大量にばら撒かれる。
……お、これ結構楽しいぞ。
なら次は、いちいち腕とか指に巻きつけるんじゃなくて、槍みたいに尖らせてみて。
おおっ、尖る尖る!
ならならこの槍みたいな(電矢III)を大量に並べてみてーーおお、すげぇ! めっちゃ強そう!
なんて。
やっていたら。
「……これどうやって消すんだ?」
オレの目の前には。
いつのまにか。
おびただしい、というか、おぞましい、というか。
ちょっとした山? 奈良の大仏?
みたいな量の(電矢III)が展開されて、目の前の視界を完全に覆い尽くしており。
さすがにこれは不味いのでは、と我に返る。
というかこれ(電矢III)とか最弱魔法の範疇じゃない。
今、ばちばちいってるコレ、もう矢というか城壁というか塔みたいなアホな物量になってるし。
つーか、一本一本は焦げ目が付くぐらいの威力でも流石にこの数撃ち込んだらエラいことにーー
「きっ、消えろっ」
消えない。
焦るオレ。
「なんにもなーい、ここにはなんにもなぁーい」
目をつむって(電矢III)の大群が消えた光景を思い浮かべるものの。
「……やべぇ」
爛々と光り輝き、あちこちに迸りまくっている電撃の壁は一向に消える気配さえ無く。
不味い。ヤバい。
これ、やっぱどっかに撃たないと駄目だよな?
そういう事態に気付く。
そしてより恐ろしいのはこんなに無茶なことをやっても、オレのMPはほとんど消費していないことだ。
なにせ(電矢III)を発動した端からMPはバンバン回復していき、どうやら魔法は発動直後にしかMPを消費せず、維持するだけならタダなようでーー
「うん」
詳しくは分からん。
それに威力も不明だ。
だが、この量は絶対にヤバい。
たぶん、物量的には軽く千を超えている。
その高さも仰ぎ見るこっちの首が痛くなるぐらいで……
数千回ぐらい岩肌を焼いたら、そのあとには何も残らないんじゃないか……?
数千回分の電撃が飛び散ったら、さすがに山が丸ごと一つ燃えるんじゃないか……?
……ヤバい? ヤバいよね?
というか変に想像するのも不味い。
これまでのこの世界の法則を踏まえるに、想像しただけで発射されるかもしれない。
で。
どう処理しよう。
そうなる訳なんだが。
「……」
しばらく思い悩んだオレは。
ーーとてもスマートで完璧な解決策を思いつく。
「見なかったことにしよう」
そして抜き足差し足、その場から遠ざかることにする。
あの雷みたいな壁はーー異世界特有の異常現象。
そう、It′s ファンタジー。
どこかのチート魔法使いが作り出したものでも、どこかの神様の加護を受けまくった男が作り出したものでもなく。
ボクは事実無根。
無実なんですぅ。
アレはあくまで自然現象。
異世界の自然現象。
ーーそう。
言い訳しながら。
遠ざかっていると。
「おい! なんだあれ!?」
「落雷が止まってる!? 魔物の仕業か!?」
「周囲を確認するぞ! お前は町から応援を呼んでこい!」
と。
オレの気のせいでなければ山の中腹辺りから、馬に乗った兵士たち三人が駆けてくるのが見えて。
その内、一人は馬首をひるがえし、遠くに見えたあの無骨な城に向かっていくのも見えて。
ヤバい。
よく分からんが、叫んでいる内容から察するにきっとこの世界のお巡りさん的ポジションの衛兵だ。
まだこの世界のことを何も知らないっていうのに、こんなところでお縄につくわけにはいかない。
オレは逃げる足をさらに早め、近くの茂みで難を過ごそうとーーした、ところ。
フッと。
背中から。
気配が消えたような、そんな奇妙な感触がして。
直後。
落雷が瀑布のように降り注いだかのような。
爆音が轟き。
「……」
嫌な予感しかしないオレは。
ぎこちなく、ゆっくり、現実逃避しながら振り返る。
そして背後には。
マーノ君が最期の眠りについた、あの洞窟型ダンジョンが跡形も無く消し飛んだ様子と。
地獄の業火のように燃え盛る大地が広がっており。
……はっきり言っておこう。
こーゆー事態に巻き込まれて、良かったことと知ったことと、悪かったことが一つずつ有る。
良かったことはレベルアップだ。
ダンジョン丸ごと一つ、消し炭だ。
当然その中にいたであろう魔物も瓦礫で潰れて、皆殺しになっているだろう。
そりゃあレベルも上がるのも無理ない。
知ったことはーーおそらくこの世界の法則的に。
魔法を発動し一定距離離れたら勝手に発射される、ということで。
悪かったことは。
「おい! 何をしている!? 今の魔法はお前の仕業か!」
「詰め所まで来い貴様ァ!」
騎馬に乗った皮鎧姿の男たちが。
オレを見て、怒鳴り散らし。
完全にブチ切れていらっしゃる様子で、短槍を構えていることで。
「……イイエ、ボクジャナイデス」
オレの記念すべき初めての異世界交流は。
職務質問。
いや、衛兵に目を付けられたところから始まった。
異世界テンプレの「バ火力で思わず薙ぎ払っちゃった☆」をきっちり回収。
今更ですがサブタイトルは常にこんな調子ですが、一応理由があったりします。
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