前の執念の話(榊と山崎)
追いかけた先
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0.
付き合い始めたかのこに興味津々の表情で聞かれ、榊はキョドキョドと瞳を動かしつつも思い出してみた。
「ぼ、僕の、イラストレーターを目指した理由、ですか......」
それは、榊が自分の殻に閉じこもり始めた時のことまで遡る。
1.
誰かとじっくり会話することが億劫になったのは、何か特別な理由があったわけではなかった。
どもりがちな自分にも優しい級友たちは、嗤うでもなくいじめもなかった。
家族も、小言はうるさかったりしたが、きちんと子供と向き合って褒めるところは褒めてくれた。
けれど、ただ1点において家族も当時の級友も理解し合えない部分があったのだ。
それは、イラストを描くことだった。
あまりにも周囲から理解が得られず、とはいえ反骨心が湧くような否定もなく、ただ何となく理解できないんだということは伝わってきた。
それは、榊を卑屈に縮こまらせる原因となった。
榊が8歳の時である。
2.
それから高校に入学し、これからもイラストに関して理解が得られないままだと諦観を持っていた時だった。
「おー、絵、上手いねー」
特に隠しているわけでもなかったが、通りすがりの男子生徒にイラストを褒められて、榊は心底驚いてその男子生徒を振り返った。
最近はやりのオシャレな髪型をし、榊の目が潰れるようなイケメンのそいつを見た時、榊はすぐに目を逸らした。
人生最大の早業だったと思う。
その時はそれで終わったのだが、のちのち、そのイケメンが絡んでくるようになったのが、榊の中での大きなターニングポイントだったのだ。
3.
「やー、榊くんって言うんだって?」
「......っ(息を飲んだ音)」
「ねーねー、絵を見せてよ」
「あ.......(厚かましいな!?)」
残念なことに、イケメン陽キャ(※根明、明るいキャラクターの意味)に厚かましさはつきもので、同じクラスのそいつはことある事に話しかけてきた。
そもそも人との付き合い方が、人生の早い段階でよくわからなくなっていた榊は、そのイケメンに澱みつつ返事が出来るようになるまで1年と少しかかった。
「ねー、榊ー。俺の名前知ってる?」
「え、......っと」
「ま、いいやー。期待はしてないし。てゆか、どの選択受けるの?」
「山崎」
「え?」
「山崎と同じやつ美術とか(小声の早口)」
「わぉー。嬉しいもんだね」
「......ぅぐ」
2年経つ頃には、榊は山崎に友情のようなものを感じるようになっていた。
4.
山崎には慣れても、ほかのクラスメートとはあまり馴染めていなかった。
だから、何故か複数の女子に屋上に呼び出された時は、マンガでよくあるように責め立てられたらどうしようと荷物を抱えたまま、本気で震えたのを覚えている。
「榊、山崎くんの好み教えて!」
「へぁ!?」
「山崎くん、女子の中に特別仲いい子とか居なくて、どうやったら彼女になれるのかわかんないの!」
「榊くんなら、わかるよねえ?」
女子たちの勢いは最初脅えていた通りものすごく凄かったが、内容はただの女子トーク(?)だった。
安心して体の力を抜いたところで、背後からガッと肩を引き寄せられた。
ぎゃー、と目の前で女子の叫び声が響き、よりいっそう混乱する。
「ねぇ、なにしてんの?君ら」
珍しく語尾を伸ばしていないが、いつも通り爽やかな山崎の声だった。
「い、いやあの」
「そ、それはその」
「と、とうと......!」
1部よく聞こえなかったが、女子たちは山崎の顔の辺りを見つめて声を詰まらせた。
榊は肩を掴まれているので振り返ることが出来ないまま、女子の代わりに申し出てみた。
「女子たちは、山崎の好みが知りたいんだそうです」
肩が微妙に痛いので、敬語になってしまったが。
「えー、そうだったのー?」
山崎はそういうなり、榊の肩を離すと女子の方に歩み寄って行った。
「そっかー、ごめんねー。勘違いしちゃった」
「い、いや、私達も勢いがあれだったし、ごめんね!」
代表格らしい女子が謝ると、山崎は榊を振り返って指さした。
「これ」
その瞬間の空気は、身じろぎできないほどに凍っていた。
山崎だけは普段とおりに笑顔のまま、じゃあねー、と言いながら教室に向かっていった。
残された榊と女子たちには、奇妙な一体感が生まれたと思う。
その後、再起動した女子に、負けるわ、勝てん、と言われたのは本当によく分からない。
5.
そんなこんなで、高校生活が終わる間際のこと。
「榊ー」
「何?」
なんでもない、授業の合間の休み時間の事だった。
「聞いて驚けー」
山崎が、じゃーん、と口で言いながら広げたのは、一通の審査表だった。
審査表には、大きいポップな字体で、「イラストコンクール」とある。
「前に何個か貰った絵があるでしょー?勝手に送ってたら、入賞しちゃった」
「はぁ!??」
てへぺろーなどとやっているが、イケメンでもやっていい事と悪いことがある。
(※他人の作品を勝手にコンクールに出すことは絶対にやっては行けません。)
「まあ、佳作なんだけど。俺さー」
「何......?」
あまりのことに脱力しながら山崎を見ると、珍しく真面目な顔をしていた。
「榊の絵は、もっと認められるべきだと思うんだよねー。実際、このコンクールでは入賞してる訳だし」
「え......」
「前にさー、女子に好み聞かれた時、榊って言ったじゃんー?あれね、榊の絵のことなんだよね。隠してるっぽいし面白そうだったからああ言ったけど」
「え......!?」
「もう一度言うけど、俺はさー、榊の絵はもっと認められるべきだと思う。榊の身近な人がなんて言おうとね」
「そ......っ、そんなの言うの山崎が初めてだ......」
不覚にも泣きそうになる。
親にもかつての級友にも理解されなかったことが、理解された、あまつさえ、応援までされている。
その事実に、泣いてしまいそうだった。
「だからさー、もっと頑張ってみよー?」
だから、イタズラが成功した子供みたいに、無邪気に笑う山崎を見て、榊は決めたのだ。
「うん、頑張るよ」
イラストレーターになりたい、と。
6.
榊は思い出と共に湧いてきた苦笑いを浮かべ、かのこに視線を戻した。
手元には手慰みのイラストがある。
「まあ、親友が、応援してくれた、から、です」
「そうなんですね」
かのこがふわりと微笑みを浮かべる。
「もしかして、山崎さんですか?」
「え!?う、うん。そう.......」
榊は改めて認めると恥ずかしすぎる、と俯きがちになりながらも、かのこから視線を外しすぎないように気をつけた。
シスコンを隠さないあずさからの第1の命令が、かのこから目を離さないことなのだ。
もちろんそんなものがなくても、かのこが残念そうにするので気をつけるが。
「うふふ。だって、榊さん、とっても柔らかい笑顔だったんです。山崎さんにはいつもそんなふうに笑ってますよ」
「そ、そう、ですか?」
かのこがあまりに嬉しそうだから、榊は違うとは言い出せなかった。
それでもいいのかもしれない。
何せ、かのこは街で見かけた榊の絵を追って、榊を好きになってくれたと言う。
その絵はデビュー直後の仕事で、イラストレーターになっていなければ、描いていなかったのだから。
かのこと出会えて、あまつさえ、付き合うことになったのは、山崎のおかげと言えるかもしれないのだから。
7.(おまけ)
「なんか、おれも人のこと言えないけど、山崎も変人だよな(あずさ)」
「おー、言うねえ。まあ?否定はしないー(山崎)」
「そういうとこ、嫌いじゃない(あずさ)」
「俺の色がなかった世界で、唯一色があったのが、榊の絵だったからさー(山崎)」
「ああ、そういうの、わかる気がするな。おれも彼女にはそう思う(あずさ)」「おー!彼女いるの??シスコンなのに!?(山崎)」
「それとこれとは別だからな(あずさ)」
「へー、今度見てみたいかもー(山崎)」
そんな二人の姿を見て、1部の女子が色めきたったのは二人の預かり知らぬこと。