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兄さん!それ騙されてますよ!

兄さん!異世界とか言ってないで現実を見てください!聞いているんですか!兄さん!


感想待ってます!

「俺さぁ……明日異世界行くから」


「……はぇ?」


 PM21:00 兄と妹、二人だけの夜ご飯の最中に、ちょっとコンビニに行ってくるよぉ!的な気軽さで目の前の程良くキツネ色に焼けた、醤油の匂いが薫る玉子焼きをもくもくと口に運びながら兄、望月隆(もちづきたかし)は唐突に妹、望月詩織(もちづきしおり)に非現実的な事を言い出した。


 詩織は箸に摘んだ玉子焼きをぽとりと、テーブルに落としたまま口をぽかんと開けて固まったまま、兄の顔を凝視する。


 その胸中はまた新しいアニメかゲームに影響されたのか……とは思ったが、驚いたのはその内容では無く、自らが『俺、○○するよぉ!』と自分から意思表示をしてきた事である。


 そもそも兄さんはスーパーウルトラ受身人間であり、高校や今通っている大学もサークルも全て友人が行くからというフワッとした理由で決め、将来の事も全く考慮せず、ただ働きたくない為という理由からモラトリアムを謳歌している。


 しかし、そんな兄さんの消極的理由を知らずに、大学に進学して一人暮らしを始めた兄さんに独立を期待した両親は今もかなり仕送りを行っており、兄さんはその親のおかげで成り立つ仮初の『ぼくのかんがえたさいきょうのしほんしゅぎ』を背景に、産まれる資金を代価にしてゲームやマンガ、アニメの円盤や女の子のエッチな人形を次々と錬成していくのだ……あぁ、度し難い。

 兄さんが食事とゲームとトイレ以外で自己の力を解放するのは母が自らのテリトリーに侵入してきた時であり、息子の成長をひと目見ようとアポなし突撃をかましあそばせられたのだが、兄さんの部屋はゴミがうず高く折り重なり、足元には人類の敵(ゴキブリ)が逃げ回り、外に漏れた悪臭は近所の柴犬が危険を察知し遠吠えを始める程であり。


 平安時代の羅生門でもこうはならんやろと思える、地獄の一丁目な惨状となっていたが母の強制執行により人間の部屋へ浄化されたのだ。が、兄さんが相当暴れたらしく、母曰く追い詰められたアライグマより凶暴だったとの事。


 何でアライグマ?


 今も兄さんは母が玄関の前に立つだけで東南アジア辺りのジャングルに住むサルみたいにパソコンの前で座ったまま両手を上げて咆える。


 そんな状態で母が近づけないので、妹の私が代わりに兄さんのご飯を作ったり、洗濯や掃除をしたりするのだ。


 そう、私が兄さんの生命維持装置なのです!


 しかし、そんな兄さんから動くなんて……どうやら本気らしい。


 詩織は兄のやる気に胸がジーン……と震えるのを感じた。


「……」


 隆は目の前の皿に並べてある一人前の玉子焼きを食べ尽くすと、詩織が箸を持つ手をギュッと握って目を瞑って感慨に耽る姿を尻目に、詩織がテーブルに落とした玉子焼きを無言で箸で掴んで口に放り込んだ。


 詩織は兄の助けになろうとムフーと鼻息を荒くし隆のどこを見てるのか焦点がいまいち合ってない濁った目を見つめて話し掛ける。


「兄さんのやる気は伝わりました!で、そのイ?イセカイ?って何です?まさかアルバイトですか!?」


 テンションが絶賛うなぎのぼり中の詩織はガタッと急に立ち上がり、微妙にある胸をバンと叩いて隆に続きを促した。


「………」

「──異世界だよ。別の世界に行くんだ」


 隆は口に箸を咥えた状態で少しフリーズした後に答えを返す。


 何を言っているんだこの兄さん(バカ)は。


 詩織の胸中には混乱が渦巻き、この会話を続けるべきか、止めるべきか悩む。


 詩織の脳内は冬のスターリングラードで攻撃を受けて動くに動けないドイツ兵の映像でいっぱいになった。


 ──少尉!!どうするんです!!少尉ッ!指示をッ!


 ──退け!退け!前進拠点まで後退しろッ!!


 ピーッと笛が鳴りワーワー言いながらドイツ兵は帰っていった。



 ──はっ!


 胸に手を当てたままフリーズした詩織が現実に帰ってくる。


「え……と……取り敢えず、その件は置いといて、先にご飯……食べちゃいましょうか」


「……」


 着席する詩織をぬぼーと見つめる隆は、もう食事をほぼ終えていた。


「あれ……?あれ?兄さん!私の玉子焼きが無いです!消えてます!兄さん!」


 詩織は自分がテーブルに落とした玉子焼きが消えている事におろおろしだす。


「……ん」


 隆は机の下で赤いチェックのスカートをひらひらさせ四つん這いになって涙目でキョロキョロしながら床をバンバン叩いてMIA判定(行方不明)となった玉子焼きを探し続ける詩織に、ポケットから取り出し、くしゃくしゃに丸まった黄色い紙を差し出した。


「何です?コレ……?」


 膝立ちでテーブルから顔と手の一部を出した詩織が腕を伸ばし受取る。


 床にすとんと腰を降ろした詩織は、隆の体温で保温された温かいくしゃくしゃの紙を広げてみる。何かの急募広告のようだった。



 ◆◆◆◆◆◆

『急募!☆憧れの異世界で働いてみませんか!』

 適当なソフトで雑に作ったように見える妙にデカい黒字のゴシック体が目に留まる。


 この時点で怪しさ抜群だが、詩織は構わず読み進める。


『お仕事はかんたん!最初に行きたい場所を選んでもらってそこの家を拠点にしてもらうだけ!!』

『あとは冒険するもよし、スローライフを満喫するもあなた次第です!考え方次第でライフワークは無限大!』


 この辺りで詩織は頭痛を覚えたが、我慢する。


『充実の異世界サポート!!』

『RPGの概念が好きなあなたにはEXPブースト!そこらへんのスライム君を数匹ぶち殺すだけでレベルはカンスト!後は好きに俺Tueeeして周りを驚かせちゃえ!』


 ──ぶち殺すって……


『スキルの自動取得超簡略化!』

『何かするだけで色々なスキルが獲得できちゃう!※過去の一例、自動回避(オートドッジ)強制魔法無効化(アンタッチャブル)精力瞬時全快(アンテクノブレイク)


 ──精力瞬時全快って異世界来てまで何やってんのコイツ!?


『最大の目玉!あなただけの伴侶の贈呈!』

『あなたが好む、あなだけを愛する素敵な異性を私達が無償で贈呈いたします!さ・ら・に!んー?この子以外にも可愛い子(格好いい人)ほしいですぞぉと言うハーレム志向のあなたや俺の嫁のガチャ失敗してんぞ!詫び石よこせコラ!とお嘆きのあなた達の為に好感度ブーストが付きますっ!王族だろうが、ケモミミ奴隷だろうが魔族だろうが、全部俺のもんじゃいっ!』


 ──もう滅茶苦茶じゃないですか……


 紙の最後に何か親指をグッ!と突き出した。ウィンクをしてテヘペロ状態の女の人の顔がデフォルメされた絵が描いてあり『契約の完了が確認できたら次の日の0時に送迎車を送ります♡』と吹き出しが記述されていた。


 ──グシャッ!


 詩織は力一杯紙を握りつぶす。


「あー……痛い、頭痛が痛いです兄さん……」


 詩織の頭痛は酷くなった。


「とにかく!兄さんコレ絶対新手の詐欺ですから──」


「──もう契約した」


「は……?」


 詩織には兄が一瞬何を言っているのか解らなかったが、すぐに体の体温が上がるのを感じた。


「兄さん!何やっているんですかッ!個人情報とか盗られちゃってるんじゃないですか!?」


「俺に……失うものなど無い……」


「それ以前に何か失うほど経験なんて積んでないじゃないですかー!」


 詩織が両手を上げてワーワー叫ぶ。


「詩織……」


 隆が抑揚の無い声で、ぬぼーと詩織の一点を見つめて告げた。


「パンツ見えてる」




 ────────────


《兄さんが異世界に行くまで後3時間!》



《続》

やらかした兄さんを拘束し明日を迎えようとする望月兄妹


だが、そんなかぐや姫作戦が上手く行くわけがねぇ!


割れる窓ガラスに突っ込む軽トラ!


下手人の登場に詩織の車載バッテリーが唸る!


次回『兄さん、とぶ』

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