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ぼくのいない世界  作者: 松永晋也
壊れた世界2(????)
30/33

3

 東京タワーは想像よりも遠かった。


 新しい靴のおかげでいくらか楽だったけれど、それでもきつかった。

 途中、吐き気がして立ち止まっては、また走ってを繰り返した。


 飲み物が欲しくてスーパーに立ち寄ったりもした。


 そして意外なことに、xxとの勝負はほとんど互角だった。


 体力じゃあぼくの方が上だと思っていたのに……やっぱり靴の値段の差なのかな?

 こうなるんなら、ぼくももっと高い靴を選んでおけばよかった。と、今更になって後悔をしていた。


「はぁっ、はぁっ……よし、勝ったぁ!」


 ……そして結局、ぼくは負けた。


 ほんとうにごく僅かな差で、彼の方が一歩早く東京タワーの足元の建物に到着した。


「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ」


 ぼくも一歩遅れて入り口に到着した。

 そして、たまらずその場に倒れた。限界だった。二人して建物の前で呼吸だけに集中した。一分か二分くらいは、一言も喋る余裕がなかった。


「よし、回復した」


 先にxxが立ち上がった。ぼくも負けていられないって思って、すぐに立ち上がった。


「中にあの人が居るのかな」


「日記の人が嘘つきじゃなきゃな」


「……そうだね」


「探そう」


 建物の扉は開いていた。xxが先に建物に入って、ぼくもその後を追った。


 建物に入ってすぐに案内のビラを見つけて、この建物は地下一階から地上五階まであるということが分かった。ただ、一階一階はさほど広くないから、探すのにはそれほど時間はかからなそうだった。


 ぼくたちは地下から順番に探していくことにした。


「これ、見ろよ。動物の毛だ」


「……ほんとうだ、手帳の人が飼ってた猫の毛かな」


 地下一階で、早速ぼくたちはここにあの人が居る可能性を見つけた。


「入り口が開いてたから、野良猫の可能性もあるけどな」


「急いで探そう。きっと、あの人もぼくたちに会いたいはずだから」


「だな」


 ぼくたちは歩く速度をあげた。胸がドキドキしていた。


 ……けれど。


「どうなってるんだよ」


「……誰もいなかったね」


「ああ」


 地下一階から地上五階まで調べても、人の姿はなかったし、猫も居なかった。


 ただ、地上二階に布団とか、空っぽの缶詰とか、栞の挟まった本とか、人が暮らしていた形跡はあった。けれど、その当の本人の姿は地上五階まで調べてもどこにも無かった。


「もしかしたら、また場所を変えたのかな?」


「だったらメモくらい残していくだろ」


「どうかな? 東京にも人が居ないんだから、メモなんて書いても無駄だって思ったのかも」


「いや、絶対にここに居るはずだ」


 xxは自信たっぷりにそう言った。


「でも、一通り探したのに居なかったじゃん」


「まだ全部は探していないだろ」


「……? ビルは地下一階から五階までしか無いでしょ?」


「ここは東京タワーだぞ。東京タワーって言ったら、展望台だろ」


「……あ」


 ぼくは彼に言われてようやく気づいた。確かにそうだ。東京タワーといえば展望台。

 どうしてこんなことに気づかなかったんだろう? 少し考えて、その理由が分かった。


「いや……でも、エレベーターは動かないから、展望台にはいけないよ」


「確かにエレベーターは止まってるけど、展望台には行けるよ。階段があるんだ」


「え? そうなの?」


「ああ、すっげー長いけど、こっちだ」


 彼に案内されて、ぼくはビルの屋上に向かった。

 そうしたら、たしかに階段があった。

 けれど、階段は思っていたよりも簡素なものだった。ほんとうに質素な、業務用の階段って感じ。しかも階段は屋外にあって吹きさらしだ。誰がこんな物作ったんだろう。


 そして階段の前に立ったけれど、xxは中々動こうとしない。どうやら何かを考えているらしい。


 ……そういえば。


「高いところ苦手だったっけ」


 彼は高所恐怖症だった。


 まだ階段を一歩も上っていないのに、xxの顔はもう若干青くなっている。まあ、上を見上げれば、どんな見晴らしが待っているのかは想像に難くない。それに階段は風を防ぐようなものも無いから、風も凄いだろうし。


「……そんなこと、言ってられないだろ」


「ぼくが一人で登ろうか? 上に人が居るって決まったわけじゃないし」


「だめだ、俺も行く」


「平気?」


「ああ」


 そう言って、彼が先に一歩を踏み出した。階段の段数は600段あるって書いてあるけど、階段の段数なんて意識したこと無いから、それが凄いことなのかどうか、よくわからない。


「人が居たら、なんの話をする?」


「……まず、なんでこの世界から人が消えたのかを聞くかな」


「だよね」


 ぼくと話しながらも、xxの体は小さく震えている。階段の真ん中を歩いて、視線は足元だけに集中している。よっぽど怖いらしい。まだ、そんなに高くないのに。


「やっぱりやめたら? 途中まで行ったら引き返せなくなるよ。下りもあるしさ」


「平気だって」


「……そっか」


 階段は長そうに見えて、短かった。十分くらいで上り終わって、展望台にたどり着いた。普段なら疲れただろうけど、あのマラソンの後だと、大した距離じゃなかった。


 ただし……


「……」


 xxの顔は完全に青ざめていた。


「大丈夫?」


「あ、ああ、全然平気だよ」


「そうは見えないけど」


「……おい、あれ」


 展望台に入ると、ぼくたちは直ぐに彼女の存在に気づいた。彼女はガラスの側に立って、外の景色を黙って見ていた。


「あの、すみません」


「……え?」


 彼女が振り返ると、その腕には猫が抱かれていた。目つきが鋭くて、カッコいい顔だった。猫はぼくたちを睨みつけて、シャーと小さな鳴き声を漏らしてる。


「あの……ぼくたち、あなたの日記を見てここに来ました」


「……本当に居たんだ」


 彼女は泣き始めた。その場に崩れ落ちて、しばらくは会話もできないくらいに泣いていた。猫は彼女の腕から降りて、その体に寄り添っていた。まるで、彼女を勇気づけているみたいに。


「この世界がどうしてこんなことになったか、君は知ってるのか?」


「……いえ、わかりません」


「どうして? この世界がこうなった時、君はここに居たんだよね?」


「こんなことを言ったら笑われるかもしれませんけど……私は別の世界から来たんです」


 彼女の告白に、ぼくは心底驚いた。けれど、同時に納得した。


「笑わないよ、俺たちもそうだからな」


「そうなんですか? ……そういえば、私が居た世界で、あなた達によく似た人たちに、私は会ったことがあります」


 ぼくとxxは顔を見合わせた。


「君の名前は?」と、ぼくは聞いた。


「わたしはミカです」彼女は答えた。「わたしが暮らしていた世界で、わたしは奴隷でした。しかも魔物たちに食い殺される寸前のところを、あなたたちによく似た人たちに助けられました」


「もしかして、ゴブリンに捕まっていた?」


「はい」


 彼女は首を縦に振った。

 そんな……馬鹿な。彼女は『戦う世界』からやってきたってこと? そんなことが……


「なら、その後どうやってこの世界に?」


「わたしは長い旅をしました。長い、長い旅をして、世界の果てにある『古代の街』にたどり着いたんです。その建物のひとつに入って、気がついたらこの世界に来たんです」


「つまり、俺の妄想の世界からやってきたってことか」


「あなたの妄想の世界?」


「そうだ。君は俺が書いた小説の世界から来たんだよ」


「そうなんですか」


 ミカはあっさりとその話を受け入れた。そして、xxもそうらしかった。


 ふたりとも、そのまま会話を続けていた。何ひとつ疑問も挟まないで。


「……おかしいよ」


 けど、ぼくは納得できなかった。


 彼女がxxの書いた小説の中からやってきたなんて、ありえない。


「飛鳥、どうしたんだよ」


「こんなのあるわけない。小説の中の世界の人間がここに居るはずないよ」


「けどさ、俺たち別の世界から来てるんだ。これくらいのこと、あってもおかしくないだろ」


 確かにそのとおりかもしれない。


 ぼくたちは世界を巡ってここに来ている。だから、ミカもそうだ。と言えば反論は難しい。けど……


「いや、おかしいよ。彼女が書き残した日記には、別の世界から来たなんてこと、一言も書かれてなかったよ。車のことも電車のことも最初から知っていた。別の世界から来たなら、そんなことありえない」


「それは……」


 何故か、xxが困った顔をした。ミカは何も言わないで、完全に固まってしまっている。

 まるで壊れた機械みたいに、完全に止まってしまっていた。


「それに……よく考えたら、何もかもおかしいんだ。なんでぼくたちは別の世界に来たんだろう。そんな世界、あるわけないのに」


「実際ここに有るだろ。飛鳥、どうしたんだよ。おかしくなったのか?」


 xxが心配そうな顔をしている。ぼくは頭がおかしくなったのかな? けれど……そうだ。やっぱりおかしい。なにもかもおかしいんだ。


「別の世界なんてあるわけないよ。それにこの世界もおかしい。こんなに綺麗に人間だけが全滅していて、その死体も無いなんておかしいよ。理屈にあわない。何かが起きて人類が突然滅んだなら、せめて白骨遺体が残るはずだし、それも残らないほど強烈な終わりだったなら、建物も残らないはずだよ」


「今更何を言ってるんだよ。それがわからないから調べようとしてるんだろ?」


「でも、一番おかしいのは、君が全然そのことを怪しく思ってないってことだよ。ぼくよりもずっとそういう『整合性』ってものを大切にしているはずなのに……」


 ぼくは突然、今までのことがフラッシュバックした。xxは、いつも何か隠し事をしていると思わせる瞬間があった。言い出そうとしてはやっぱりやめて、口を濁すことが何度もあった。


 ぼくは今までそれを、自分には理解できないようなことなんだと思ってきた。


 もしかしたら、それは……


「ねえ、もしかしてxxは知ってるの?」


「知ってるって……何が?」


 xxは苦笑いを浮かべた。


「ぼくたちの身にほんとうは何が起きてるかをさ」


「……何を馬鹿な……」


 彼は言った。けれど、ぼくにはそれがウソだってわかった。


 彼とはもう長い付き合いだし、素振りをみれば本当かウソかくらいは分かる。


 顔色が悪いのは、高所恐怖症のせいだけじゃない。ぼくに視線を合わせないのは、何かをぼくに隠しているからだ。


「ウソをつかないでよ」


 ぼくは彼の肩をつかんで、顔を近づけた。けれど、彼はぼくに目を合わせようとしない。やっぱり、なにかぼくに隠しているんだ。彼だけが知っていて、ぼくが知らないことがあるんだ。それは、とても大切なことなんだ。


「……飛鳥」


「親友なら、全部教えてよ」


「だって……それを言ったら、お前だって、聞いたら後悔するぞ」


「後悔してもいいから、全部教えてよ」


「駄目だ」


「それなら、今ここで絶交する」


「何言ってるんだよ。俺は……親友だろ」


「言い訳はやめてよ。それに、xxは嘘が嫌いだっていつも言ってたのに、自分はウソをつくの?」


「俺は……俺はただ……」


 彼はそのまま黙り込んだ。


 いつの間にか、その場からミカの姿が消えていた。ガラスは曇って、地面はひどく曖昧なモヤに変わった。世界が壊れてしまったらしかった。けどぼくはもう驚かなかった。この世界ははじめからどこかおかしくて、たった今、完全に破綻しただけなんだ。


「xx、全部教えてよ」


「知ったら、全部おしまいになるんだぞ」


「平気だよ。きっと」


「……分かった。じゃあ、目を瞑ってくれ。お前にほんとうのことを教える」


 ぼくは、目を瞑った。そうしたら、なんだか急に体の感覚が消えていった。

 さっきまでは寒かったけど、今は全然寒くない。汗のベタベタした感じも、ミカの声も聴こえない。

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