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昼休みが終わって、午後の授業も終わって、ぼくとxxは二人で教室を出た。そのまま校門を後にして、カカシ屋の方にしばらく歩いていると、途中で一台の黒い車が通りがかって、ぼくたちのそばで停車した。
「よぉ、二人とも、もしかしてカカシ屋に行くのか?」
「あ、先生」
窓から顔を出したのは、先生だった。
「はい。そうです。遊戯王の新しいパックが出るから、買いに行こうと思って」
「ははは、そうか。なら乗ってけよ」
先生はそう言って、車のドアを開けてくれた。
「ありがとうございます」
ぼくとxxが車に乗り込むと、車はゆっくり走りだした。
カカシ屋は、今は少し寂れてしまった商店街の隅っこにあるおもちゃ屋だ。
プラモデルとか、カードゲームを主に扱っている。おもちゃ屋なんだけれど、お客はなんだか大人の数が多くて、不思議な場所だ。
そして、じつは先生もこの店の常連客だった。遊戯王も、先生のほうが強い。大人だから当然だけど、とても強い。校内最強だってもっぱらの噂だし、大きな大会にも出ているらしい。
カカシ屋に到着すると、店内は既に沢山のお客さんで賑わっていた。他校の制服を着た学生も多い。市内の学生たちは、大抵ここに集まる。
目的はぼくたちと同じ……つまり、カウンターの向こう側に並んでいる、大量の遊戯王の新弾だ。カウンターにはいつになく長い行列ができていて、ぼくとxxと先生は、一緒になって並んだ。
そしてぼくとxxはそれぞれ6パックずつ新しいパックを買って、そのあと先生が新しいパックを2ボックスも買った。俗に言う、大人買いというものだ。ぼくも大人になったら、絶対に箱買いをしようと思ってる。(だって、絶対に楽しいから)
「よかったら、一緒にパックを開けるか?」
会計を済ませた先生が、フリースペースにやってきた。ドスンと大きな音を立てて置かれた、透明のビニールに包まれた未開封の箱が輝いて見える。ぼくとxxは既に自分たちのパックを開封した後だった。
xxはレアカードを当てていたけど、ぼくはあんまり良いカードがでなくて、がっかりしていたところだった。
「良いんですか?」
「ああ、ただし、やるわけじゃないからな。剥くだけだ」
「……なぁーんだ」と、xxが言う。
「先生ってケチだね」
そう言いながらも、ぼくは嬉しかった。パックを剥くのはいつだって楽しい。自分のものを剥く方が良いけど、他人のパックでも楽しいものは楽しいから。
先生が箱の封をペリペリと剥がすと、ぼくとxxは箱からパックを取り出した。先生も、ぼくたちと一緒になってパックを開ける。
「ああ~」とか、「おおー」とか、一喜一憂の声が自然と漏れ出して、すぐに一箱を開け終わった。
「良いレアカード出たか?」
先生が、テーブルの上のカードを見渡しながら言う。
「あんまり。微妙ですね」
「xxはどうだ?」
「……えっと、これが出ました」
そう言ってxxが先生に見せたカードはすごくキラキラに光っていた。新セットのパッケージになっているカードの、特別レアバージョンだった。出たばかりのセットだから強いかどうかはわからないけど、ぼくの考えでは一番の当たりだと思う。
「おおっ!」
先生はびっくりして、パイプ椅子から転げ落ちてしまった。(少し大げさだけどね。きっと、冗談だったんだと思う)そして少ししてから「わははははっ」と、笑いながら立ち上がって、xxの頭を太い腕で軽く撫でた。
「お前のおかげだよ。ありがとな。xx」
そう言いながら、先生はxxの手からカードを奪って、見とれたようにいつまでもそのカードを見ていた。
「……そんなこと無いですよ。偶然です」
「そんな事無いさ。俺が剥いてたらきっと外れていたよ。俺は運が良くないからな」
「誰がパックを剥いても同じことです。ボックスを買う時にその中身が決まってるんですから。もし仮に運ってものがあるとしても、俺がどのボックスを買うかどうか選ばなきゃその効果は無いはずです」xxは不機嫌そうに目を細めていた。「まあ、でも運なんてものはありませんけど」
「xxは真面目だなっ!」
バシンッと、先生はxxの背中を叩いてツッコむ。
褒めているのに、彼は絶対に認めようとしないからだ。
それに実際のところ、xxは他の人より運が良いと思う。彼はそれを認めようとしないけど、彼がパックを開けると良いカードを引き当ててるし、席替えの時は絶対に窓際の席になる。この間なんて、自販機で当たりを引いていたし……
うんうん、考えれば考えるほど、xxは運の良い人間だ。なのに全然それを認めない。ちょっと不思議だ。
「やっぱりxxは運がいーよね」
だからぼくも彼にそう言う。
「……そんなこと無いって。運なんて、存在しないからな」
「えー、運は有るよ。そうですよね? 先生?」
「ああ、運はある。絶対にあるぞ」
先生が言う。先生はぼくの倍以上生きてるし、言うことに間違いはないだろう。
「ほらね」
「いや、無いものは無い」
けど、xxは絶対に自分が運が良いと認めない。それどころか、反対に運が悪いとすら思っている節がある。なんでなのかはわからないけど。
その後、ぼくたちはもう1箱を開封して、一緒になって新しいデッキを考えた。先生はやっぱり大人ということもあって、沢山の強そうなデッキを考えて、実際に一つのデッキを組み上げてしまった。
「いよっし、それじゃあ対戦しようか」
先生はデッキをシャッフルしながら、楽しそうに言う。
「えー先生のデッキレアカードばっかりだしなー」
ぼくはあまり乗り気じゃない。xxもおんなじだ。ぼくたちのデッキは、お金の問題であんまり強くない。ノーマルカードが沢山入っているし、大会とかで使われるようなデッキとは比べ物にならないって、自分たちで十分理解している。
ただし、先生もぼくたちが乗り気じゃないってことに直ぐに気づいたらしい。
「はははは、それじゃあ、おれに勝てたら一枚好きなカードをやろう。それでどうだ?」
と、随分太っ腹な提案をしてきた。負ける気はないっていう意思表示だろうな。けど、勝負事に絶対は無い。きゅーそ猫を噛む。なめられたものだ。やれやれ。
「一枚って、なんでも良いんですか?」
「もちろん。なんでも良いさ」
「本当に?」
「もちろん」
「ならやります」
ぼくは直ぐに自分のデッキを取り出した。
ただ、先生のデッキはレアカードばかりで、予想していた通りすごく強い。
「ぐあー、負けた……」
ぼくのちぐはぐなデッキはあっさりと負けてしまった。
「わははは、大人の力を思い知ったか!」
先生はぼくをボコボコにして、とてもうれしそうだ。すこしムカつく。
「xx、お前もどうだ?」
先生は笑いながら、またデッキをシャッフルしている。
「……やります。もちろん」
xxも、その余裕たっぷりの態度にカチンときたらしい。デッキを取り出して、真剣な顔でシャッフルを始める。
「先手はお前にやるよ」先生が言う。
「ダイスで決めましょう」
「良いのか?」
「はい」
ダイスの結果、xxの先手が決まった。そして試合が始まる。
先生のデッキは一枚一枚がすごく強くて、いきなりxxの劣勢で試合が始まった。
けれど、xxのデッキはカードのシナジーが強くて、弱いカード同士でも組み合わせによってレアカードにも負けない働きをするから、先生のレアカードばかりのデッキにも簡単には負けない。
それに彼のプレイが上手いっていうのもあるだろう。
彼は先生の手札をまるで見ているかのように戦術を読み切っていた。そして戦いが進むにつれて、次第に戦況はxxの方が有利になっていく。
先生は次第に焦りはじめ、勝ちを急いで大胆な攻撃に出た。すると、xxはすべてを予想していたみたいに、見事に先生の攻撃をトラップカードでしのいで、返しのターンに、反対に先生を倒してしまった。
「く……ああ……負けたぁ」
先生はテーブルに突っ伏して、悔しそうに自分のレアカードを見つめている。
「やった! 先生をぶっ倒した! xxが校内最強だ!」
ぼくはガッツポーズを取った。
「好きなカード、一枚貰っても良いんですよね」
xxも嬉しそうだ。テーブルのカードを見て、どれを貰うのか品定めを始めている。
「ああもちろん。飛鳥の分も合わせて、二枚選んでいいぞ」
先生はそう言って、テーブルの上にカードを並べ始めた。ラッキー! と、思ってぼくは品定めを始めたけど……
「……勝った人が貰えるルールですよね」
xxは暗い顔になっていた。
「細かいことを気にするなよ。ほら」
先生はそう言ってカードを広げたけど、XXの顔は暗いままだった。
「……もう帰ります」
そして、デッキをしまうと、彼は立ち上がった。
「えー。カードもらわないの?」
「賭け事はいけないから」
先生もぼくも、何が起きたのか分からなかった。
さっきまではあんなに楽しそうだったのに、突然暗い顔になって、帰りたいだなんて。
「先生が良いって言ってるんだし、いいじゃん」
「そうだxx。俺が特別に許す!」
ぼくと先生は必死に彼を呼び止めようとするけど、xxは片付けをやめようとしない。サササってどんどんカバンの中に物を詰め込んで、席を立ち上がった。
「……それじゃあお先に失礼します」
ぼくと先生は、それが理解できなかった。なんで勝ったのに不機嫌になるんだろう? 負けて不機嫌になるなら分かるけど。勝って不機嫌になるなんて、意味がわからない。
……けど、xxにはそういうところがあるんだ。ぼくは知っている。彼の気持ちは時々理解できなくなる。悲しい時に楽しそうな顔をしていたり、楽しい時につまらなそうな顔をしていたりする。
「先生、ぼくも帰ります」
だから、ぼくも片付けをして、帰ることにした。
「……そうか。気をつけて帰れよ」
神妙な顔をした先生を残して、ぼくとxxは店を出た。ちょっと、先生に申し訳ないことをしたような気分だ。
「やっぱり、何か悩んでるんだね」
店を出て、黙り込んで早足になっているxxに向かってぼくは言った。
「……別に」
「勝ったのにどうして怒ってるの?」
「怒ってない」
「……そっか」
そう言われて、ぼくは黙り込む他になくなった。彼はへそまがりだけど、嘘つきじゃない。怒っていないって彼が言うなら、本当に怒っていないんだ。けど、それなら一体どういう気持ちなんだろう? ぼくには分からない。ぼくはあまり頭が良くないし(かといって馬鹿じゃないけどね)、彼のことが時々わからなくなる。けど、ぼくは親友だからそれに怒ったりはしない。分からないときは、分からなくても良いんだ。
……多分。
夕暮れの商店街は、全然人が居なくて寂しい気持ちになる。カカシ屋には人が沢山いるけど、他の店はあんまり人気が無い。こういうのを、さびれているって言うんだろう。
そして、二人で黙って歩いていると、なんだか余計に寂しい気持ちになる。せっかく並んで歩いているのに、何も喋らないなんて、なんだか友達じゃなくなったみたいで、悲しい。
「先生、手を抜いたんだよ。絶対」
商店街を抜けた時、ようやくxxがポツリとつぶやいた。
「そんな事無いよ。先生、すっごく真剣な顔でカード見てたし」
「いや、そうに決まってる。先生は俺たちのこと、子供だと思って馬鹿にしてるんだ。少しでも喜んだ俺が馬鹿だったんだ。最後の先生のターン。明らかにリスクの高い攻撃をしてきたしさ、負けた途端に『飛鳥の分までカードをやる』……なんて、絶対、最初から俺たちにカードを渡すつもりだったんだよ」
xxの顔が、ますます暗くて悲しくなっていく。誰もxxのことを馬鹿になんてしてないのに。どうしちゃったんだろ?
「考えすぎだってば。それに、別にそうだとしても良いじゃん。先生が優しいってだけのことだしさ」
「……」
「ね、本当は何に悩んでるのか教えてよ」
ぼくはxxの目をみて質問する。彼はへそまがりだ。嘘はつかないけど、本当のことを隠していることが多い。きっと、本当は先生に怒ってるわけじゃないんだ。本当は何に怒ってるのか、ぼくはそれが知りたい。だって、それを知らなきゃ、問題は永遠に解決しないからだ。
「……」
xxは、ぼくの方を一度だけチラリと見てから、ため息をついた。そして。
「ここじゃみんな優しいんだけどさ。そんなんで良いのかな?」
彼は夕焼け空を見上げながら、そう言った。
「何、どういう意味?」
「……ここじゃみんな、優しいだろ?」
「そうだね」と、返事をしてから、ぼくは首をかしげた。「それが?」
「……それが……」
彼は言葉に詰まっていた。
『また』だ、彼はまた、ぼくには理解できないことで悩んでいるんだ。
「……おまえには、分からないよ」
xxはそう言って、再び黙り込んでしまった。
なんだろう。まるでぼくが悪いことをしてしまったような気分になる。もしかすると、本当にぼくが悪いのかもしれない。けれど、ぼくがどう悪いのかは、きっと永遠に理解できないんだ。
「ごめんね」
だから、ぼくはただ謝ることにした。
「謝るなよ」
「……ごめん」
「俺が全部悪いんだよ」
「ごめんね」
「謝るなって」
「だって」目から涙がちょっとだけ漏れてきた。なんでかは、よくわからない。こんなこと、きっと泣くようなことじゃないんだ。けれど悲しかったし、悔しかった。うまく言葉にできないけど、胸に穴が空いたみたいだった。
「やっぱりカカシ屋に戻らないか? 先生、まだ居るよな」
xxは突然立ち止まって、商店街の方に振り向いた。
「絶対居るよ」ぼくの涙は、すぐに止まった。「大人はみんな夜遅くまで遊んでるから」
「だよな。俺、先生に謝らないと。さっきのは失礼だった」
「そうだね。ぼくも一緒に謝るよ」
「お前は謝る必要ないよ」彼はそう言って、早足で歩き始めた。「全部俺の問題なんだ」
「ぼくも一緒に謝るから」
「いいって。俺が一人で謝ってくる」
「良くないよ。ぼくも一緒に行くから」
そしてぼくらは競うようにカカシ屋に戻った。そこでは先生が同年代の大人と対戦している最中だった。楽しそうな顔だった。しかも、すごく勝負に集中しているみたいで、店に入ってきたぼくらには全然気づくこともなかった。
ぼくとxxは、その様子を黙って眺めていた。先生の楽しそうな顔を見るのは、なんだか不思議な感じがする。もちろん、ぼくたちと居るときも笑っては居るけれど、その時とは違う笑顔だった。本気で、手加減無しで楽しんでいる大人の顔って、なんだか不思議だ。
ぼくとxxは、先生の対戦が終わるまでじっと待つことにした。
そして、試合が終わった。
「先生、さっきはごめんなさい」
xxはテーブルに駆け寄って頭を下げた。ぼくも、その隣で頭を下げる。
先生はぼくたちを見て驚いた様子だった。けど直ぐにいつもの穏やかな顔に戻った。
「xxはやっぱり偉いな。飛鳥もな」
先生は笑っている。先生の友達は、何のことだか分からないみたいで、「なんだ?」と小さな声でつぶやいた。
「おれの教え子だよ。ふたりとも、すごく良い子なんだよ。カードゲームも俺と同じくらい上手いしな」
先生は、友達にそう言って笑った。
「俺は良い子じゃありません」
xxは顔を赤くした。彼はどんな時も素直に喜べないんだ。けど、いまは本当に嬉しいみたいだ。ぼくにはそれが分かる。目つきは相変わらず鋭いし、全然笑ってないけど、やっぱり嬉しいんだ。ぼくにはそれが分かる。
「あと……さっきの約束。カードを貰ってもいいですか?」
「あはは、それが目的だったか」
そしてぼくたちは、先生から約束通りに、レアカードを貰った。




