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ぼくのいない世界  作者: 松永晋也
ぼくの居ない世界3(2012年4月)
27/33

 気がつくと、また随分長い時間が経過していたようだった。xxの背はまた伸びていて、ぼくが知っている彼の姿によく似た彼の姿になっていた。


 それでも、彼の生活は変わらなかった。ずっと家に居て、家族とも一言も会話をしない。父さんも母さんも、そんな彼をどう扱って良いのか分からないみたいで、彼を仲間外れにして相談はしているけれど、実際には何の働きかけもしなかった。だから、彼の生活は何も変わっていない。


 ある日、母さんのお兄さんが彼の家を訪ねてやってきた。彼のことは僕も知っていた。


 彼はすごく仕事のできる人で、誰もが知っている大企業で働いていた。それに、明るくて、結婚もしていて、まだ若いのに子供も居るらしかった。


「やあ、xx君。はじめまして」


 扉の向こうから、おじさんの声がして、xxの体がびくりと震えた。


「……」


「部屋の中に入ってもいいかな?」


「……」


「ダメかな?」


「……」


 xxは、小さくなって震えていた。


 きっと、彼は誰にも会いたくなかったんだと思う。それに、おじさんが何を言うのかわかっていたから、恐れていたのかもしれない。


「じゃあ、扉越しで話そうか」


 おじさんも、xxの心境が多少はわかったのか、扉を無理に開けようとはしないでくれた。


「……はい」


 xxも、それで少しだけ気が楽になったみたいだった。小さな声で返事を返すと、扉の向こうの声が、少しだけ明るくなった。


「良かった、ありがとう」


「……」


「それで、少しだけxx君と話をしたいんだ。こんなこと、話したくないのは分かるけど、お父さんもお母さんも、心配しているんだよ。わかるよね?」


「……はい」


「きっと、ぼくたちには分からないような理由で学校に行かなくなったんだろうね」


「……」


「けれど、さ。どんな理由があるにせよ、やっぱり学校に行かないと損するのは君だよ。今、学校に行かなかったら、これから先一生、そのことを悔やむことになるよ。少しだけ頑張ってみたらどうだい?」


 xxのおじさんは優しかった。


 ……けれど、何もわかっていなかった。


 xxのことなんて、少しも理解できていない。


 彼が口にするのは勝者の、あるいは、普通の人間の理屈だった。


 そんなもの、彼は聞きたくないに決まっているのに。


 だから彼は耳を塞いだ。


 それでもおじさんの声は低く響く声をしていたから、構わずxxの耳に届く。


「もちろん、普通の学校以外にも選択肢はある。通信制とか、xx君と同じような境遇の子供が通う特別な学校とかね。それなら、どうかな?」


 おじさんの声は優しい。


「……それなら」


 xxは、ようやく口を開いた。


「なにかな?」


「それなら、飛鳥をここに連れてきてください」


「え?……飛鳥って……」


「親友です。俺の、たった一人の親友です」


「そうかい。その子がどこに居るか知ってるかい? そんなに会いたいなら連れてくるから、連絡先を教えてくれないかな?」


「彼はどこにも居ません。この世界に、彼は居ません」


「……どういうことだい? 死んだってことかな?」


「違います。彼はこの世界に居ないんです。俺のたった一人の親友なのに、この世界には居ないんです」


「困ったな……もう少し、わかりやすく説明してくれないかな」


 おじさんはすごく困っていた。けれど、xxはきっと、誰にもその話を理解してもらえないことをわかっていただろうし、理解してほしいとも思っていないみたいだった。


「飛鳥をここに連れてきてください。そうしたら、俺はすぐに学校に通います。そうじゃないなら、ここに二度と来ないでください。おじさんが優しいのはわかりますけど、あなたじゃダメなんです。俺には、親友が必要なんです」


 xxがそう言い終えると、おじさんは扉の向こうで深い溜め息をついた。そして、階段を降りていく足音が聞こえた。そして、下の階から声が聞こえてくる。


「飛鳥って、誰か……………?」


「飛鳥? …………………」


「xx君の友達みたいだけど、……………無いんのか?」


「あの子……………ないの」


「とすると……………いや……彼はこの世界に居ないと言っていたから、……………?」


「……なんて居ない。聞いたこともない」


「……やっぱり、病院…………………………。素人の手には負えないよ」


「病院なんてダメ!」


「そうは言っても……xx君のためにも、……………………………………………………みんな不幸になるだだ」


 xxのおじさんと母親の会話が断片的に聴こえてきた。


 xxはそれを聞きながら泣いていた。


 多分、自分が何をして良いのか分からないからだろう。


 もちろん、外に出て学校に行けばそれで全部解決できるとわかっているだろうけれど、そういう問題じゃないんだろう。


 彼にはそれができなかった。


 物理的には、彼と学校の間には壁なんて無いのに、彼にはそれができなかった。


 きっとすべてぼくの責任なんだ。ぼくの、ぼくが悪いんだ。ぼくが居たから、彼が何処にも行かないんだ。ぼくの責任なんだ。





(もう、これでもう十分だよな。飛鳥)


 その時、ぼくの頭の中に声が響いた。

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