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ぼくのいない世界  作者: 松永晋也
分かる世界2(2011年10月~11月)
26/33

 転がるようになにかが上手くいくってことは、楽しいと同時に不安でもあった。一度他人の注目を集めると、ぼくたちは絶対に良いものを書かなくてはいけなくなったからだ。そのプレッシャーは大きい。ぼくは小説を書くわけでもないのに不安になるくらいだったから、xxの身に降り掛かったプレッシャーはもっと大きかったと思う。けれど、彼はそんなことをおくびにも出さないで、黙々と小説を書いた。


 そして、彼は期待に応えた。


 ぼくたちの発行する新聞=小説は、すぐにクラスに一部ずつだけではなくて、読みたいと希望する生徒全員に配るようになった。全校生徒が467人のこの学校で、最初は50人くらいがそれを希望するようになった。けれど、このお互いの心が分かる世界では、どんな評判も驚くくらい早く伝達する。来週には、100人、その来週には150人。そして一月が経った後、ぼくたちの小説は結局のところ、毎日全校生徒に配られるようになった。


 もちろん、こんなことは異例中の異例だった。きっと、この世界にファンタジーが無かったから、彼の書く小説が物珍しくてウケているんだと思う。


 そして校内だけじゃなくて、その外にまで噂が広がるのに、そう時間は掛からなかった。噂を聞きつけた地方の新聞紙が、ぼくたちの小説を紙面連載したいという提案をしてくれて、その相談のために、ぼくたちは新聞社に向かうことになった。


「こんなことになるなんてな」


 最寄り駅から電車に乗って、ぼくたちは新聞社のあるS市まで移動していた。


「そうだね。でも、こうなったらxxは本物の作家だね」


「どうだか。あんなのまぐれだよ」


 そう言いながら、xxは笑っていた。とてもうれしそうだ。正直じゃないなぁ、ほんとに。


「お金とか、どうなるのかな」


「原稿料は貰えるだろ」


「いいなぁ、お金貰ったら、なにか奢ってね」


「何言ってるんだよ、原稿料は折半だろ?」


「え?」


「新聞の印刷とか、ほとんど飛鳥任せだったしさ、校正もしてくれただろ」


「校正なんて……ちょっと見直ししただけだよ。それに、これからは新聞社のプロの人が全部やってくれるし、ぼくの仕事は無いよ」


「アイデアも出しただろ?」


「それはそうだけど……本当に良いってば」


「お前が原稿料を受け取らないなら、俺も原稿料は受け取らない」


「それはおかしいでしょ」


「おかしくない、ともかく、折半だからな」


「……分かったよ」


 xxは頑固だから、ぼくは仕方なく譲歩した。本当は、そんなもの要らないのに。

 というか、きっとxxも原稿料なんてほしくないんだろうな。


「それよりさ、新聞で連載を始めたら、学校の方はどうするの?」


「学校の方でも連載は続けるよ」


「だよね」


「ああ」


 その時、ぼくは電車の外を見て違和感に気づいた。


「……あれ?」


「どうした?」


「あれ、ほら見てよ」


 ぼくは、電車の外を指差した。その先には、見覚えのある場所があった。寂れた街と、その中にある廃ビル。ぼくたちがこの世界に来てしまったきっかけになった幽霊ビルだった。


「ウソだろ、どこを探しても無かったのに!」


 xxは立ち上がって、叫んだ。


「行こう。次の駅で降りて、あそこに行こうよ。見失わないうちに」


「新聞社との約束があるだろ」


「もとの世界に帰るほうが大切だよ」


「でもさ、この世界なら、俺たち有名人になれるかも」


「ここは本当の世界じゃない。ぼくたちの世界じゃないんだよ」


「……そんなこと、重要なのか? この世界で幸せになれるなら、それで良いだろ?」


 xxは悲しそうな目で、ぼくを見ていた。なんでそんな目をするんだろう。悲しいことなんて、一つもないのに。


「xxだって、本当の世界の方が良いよね」


「この世界が偽物だって言うのか?」


「……どうかな。わかんないけど……少なくとも、ぼくたちが居るべき世界じゃないんだよ、きっと」


「……わかったよ」


 xxは納得した様子で立ち上がった。


 ぼくたちは次の駅で降りて、廃ビルへと向かって急いだ。


 ただ、その道中のxxはすごく悲しそうだった。何度も立ち止まって、後ろを振り向いていた。きっと、彼はこの世界に残りたいと思っているんだろう。


 けれど、ぼくはそれはいけないことのような気がするから、絶対に立ち止まらないようにした。


 本当の世界に戻らなきゃいけない。


 絶対にそうなんだ。


 なんでか分からないけど、ぼくにはそれが分かったし、その考えが正しいと確信もあった。


 ビルの前に着いた時には、すでに夕方だった。もう新聞社との約束の時間は過ぎていて、後戻りはできない。xxのスマホの電話が鳴っていたけど、彼は電話には出ないで、ただ暗い顔をしていた。


「もとの世界に帰ったらさ、もう一回小説を書いてみれば」


「……きっと、意味ないよ。この世界で偶然ウケただけだから」


「そんなこと無いよ。xx、才能あるし」


「……」


「ともかく、行こう」


 ぼくとxxは、封鎖された廃ビルの中へ、窓から侵入した。前はxxとはぐれちゃったから、今度はそうならないように、しっかりと手を結んで。


「xx、居るよね」


「ああ」


 ビルの中に入ると、途端に暗くなった。外は夕方のはずなのに、建物の中は真夜中の暗さで、ぼくたちはスマホのライトを点けた。


「飛鳥、居るよな」


「ここにいるよ」


「……消えたりするなよ」


「しないよ。xxこそ、消えないでね」


「わかってる」


 ぼくたちはビルの中を歩いて、前と同じように最上階である5階まで上った。そして、そこからまた階段を降りて、建物の外に出た。


「あ……」


「ここは……」


 ビルの外に出たら、そこはぼくたちの家の近くだった。既に真夜中の暗さで、人の気配は全然ない。


 ……いや、普段なら、真夜中でもこんなに暗くない。


「なんだよ、ここ……」


 xxが言う。闇に目がなれて、段々周囲の様子がはっきりしてきた。見覚えはあるけれど、そこはぼくたちが暮らしていた場所とは違うということを理解するまで、そんなに時間は掛からなかった。


 どの建物も、自然に侵食されていた。窓ガラスは割れている。どの家にも灯りは点いていなくて、信じられない暗さだった。


「どうなってるんだ」


「……ここ、また違う場所だよ。また、違う世界に来ちゃったんだ」


「やばそうだな、ここ。急いで戻ろう」


xxはもと来た場所に帰ろうと振り向くけれど、ぼくたちが来たはずの幽霊ビルは既に無かった。

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