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1時間目の授業中、先生は椅子に座って本を読んでいる。
ぼくたちは図書室から興味のある分野の本を借りてきて、それを教科書に見立てて勉強をしている。そして質問がある人は前に出て質問する。
本の種類は本当にいろいろで、ファンタジー好きの原崎さんはハリーポッターを読んでるし、野球部の山田君は球の投げ方について書かれた本を、二宮君は分厚い国語辞典を読んでいる。
つまり、みんな思い思いの本を読んでいた。
それが本当に意味のあることなのかは知らないけれど、少なくとも退屈じゃないし、苦痛でもない。
それにたとえ、勉強ができるようにならなくたって良いんだと思う。
先生も、親たちも、きっと自分の子供に賢くなって欲しいとは願っていない。
ただ、優しい人間で居てさえくれれば、それで良いと思っているはず。
そして、ぼくもそれで良いと思っている。
もしかしたら、賢い人間の方が良いのかもしれないけれど、ぼくはそんなに頭が良くないし、勉強してもきっと、xxには追いつけないと思うし。
……そして、ぼくは本を読むのが苦手だった。決して読めないわけじゃないけど、疲れやすくて、読書の集中力は30分が限界だった。
「ふぅ」
本を開いたまま机に置いて、ぼくは背もたれに大きくもたれかかった。
なんだか、もう文字が頭に入ってこない。少しの間、ぼくは隣で勉強しているxxの様子を見ていた。
必死になって数式を写して、時々考え込むように頭を掻きむしっている。
すごく辛そうな顔だ。教室を見渡しても、他の誰もそんな厳しい顔で勉強に取り組んでなんかいないのに。
「何を勉強してるの?」
ぼくは我慢できなくなって、XXに声を掛けた。
「数学」
彼は本を真剣に見つめたまま答えた。タイトルは『解析学のすべて』とある。解析学って、なんだろう?
そう思ってぼくは彼の本を覗き込んだ。沢山の数式と図形が並んでいる。見ただけで頭がクラクラしちゃうような感じ。やっぱり、彼は頭が良いんだろうなって思う。それと同時に、ぼくはこう思う。
「面白いの? それ」
「……どうかな、わかんない。けど、ためにはなってるよ。多分」
彼は自信なさそうに答える。
「ふーん」ぼくはその一言で分かった。「本当は、何かあったんでしょ?」
「違うよ」
「バレバレだよ」
「なにも隠してないって!」
彼は大きな声をあげた。すると、クラスメート達が一斉にぼくらのほうを向いて、クスクス笑った。
「授業中だから、もう少し静かにな」と、先生に注意される。
「はい」ぼくは先生の方を見て、一度だけ小さく頭を下げた。そしてまた彼の方に向き直る。
「怒られちゃったじゃん」
「……おまえのせいだろ」
「君が大声出すからだよ」
そう言いながらも、ぼくは笑いが堪えられなかった。先生もみんなも、別に本気で怒ってるわけじゃない。だってみんな優しいからだ。ぼくは怒られたのに、ちょっとうれしかった。彼らが本当は怒ってないって分かったからだ。
彼らが怒るような出来事は、多分この世界では絶対に起きないと思う。
実際、彼らがほんとうに怒っている姿を、ぼくは見たことが無かった。
「……ともかく今は授業中だし、静かに勉強しよう。俺は数学、お前は他の何かをさ」
xxが言う。ぼくはうなずいた。
「放課後になったらさ、カカシ屋ね」
「ああ、分かってる」
そこからは約束通り、黙って勉強を始めた。
ぼくは推理小説を読んだ。アガサクリスティの『そしてだれもいなくなった』だ。コナンのアガサ博士は、アガサクリスティから名前を貰っているんだって、この間XXから聞かされて興味を持って、図書室で借りてきたんだ。
難しそうな本に見えたけど、読んでみたらすごく読みやすくて面白かった。すっかり驚いて、騙されちゃった。コナンよりも面白いかもしれないって思うくらいだ。けど、この話にコナンが出てきたら、きっと犯人を見つけ出しちゃうだろうな、とも思った。ただ、そうなると「そしてだれもいなくなった」ってタイトルも変えなきゃいけないだろう。
昼休み入って、ぼくは早速そのことを彼に教えてあげた。
「そして誰もいなくなった、すごい面白いよ。これ、絶対読んだ方が良いね」
「ああ、知ってるよ。読んだから」
「えぇーそうなの?」
「うん。あと、『オリエンタル急行殺人事件』も読んだ」
彼は自慢げに言う。ああ、本当にxxは物知りだ。
ぼくが知っていて、彼が知らないことなんて、多分一つも無いんだろうなぁ。一回くらいは彼を驚かせてみたいけど……そうだ。
「じゃあさぁ、読んでる途中で、犯人が誰かって分かった?」
ぼくの(すごく!)鋭い質問に、彼はうつむいた。
そしてしばらく悩んでからこう言った。
「……いや、全然わからなかった」
やっぱりね。
xxは頭が良いけど、わからないこともある。あたまりまえだけど、それが分かって嬉しかった。
「それじゃ、ぼくとおんなじじゃん!」
「あんなの誰もわかんないだろ」
彼はむくれた顔で言う。
「でも、ぼく思ったんだけどさ、コナンなら途中でわかるかも」
「あー……確かに」xxは半笑いでそう言った。「それより、放課後にカカシ屋。忘れるなよ」
「忘れないよ」
「……そうか、そうだな」




