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ぼくのいない世界  作者: 松永晋也
ぼくの居ない世界4(2012年5月)
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 1時間目の授業中、先生は椅子に座って本を読んでいる。


 ぼくたちは図書室から興味のある分野の本を借りてきて、それを教科書に見立てて勉強をしている。そして質問がある人は前に出て質問する。


 本の種類は本当にいろいろで、ファンタジー好きの原崎さんはハリーポッターを読んでるし、野球部の山田君は球の投げ方について書かれた本を、二宮君は分厚い国語辞典を読んでいる。

つまり、みんな思い思いの本を読んでいた。


 それが本当に意味のあることなのかは知らないけれど、少なくとも退屈じゃないし、苦痛でもない。


 それにたとえ、勉強ができるようにならなくたって良いんだと思う。


 先生も、親たちも、きっと自分の子供に賢くなって欲しいとは願っていない。


 ただ、優しい人間で居てさえくれれば、それで良いと思っているはず。


 そして、ぼくもそれで良いと思っている。

 もしかしたら、賢い人間の方が良いのかもしれないけれど、ぼくはそんなに頭が良くないし、勉強してもきっと、xxには追いつけないと思うし。


 ……そして、ぼくは本を読むのが苦手だった。決して読めないわけじゃないけど、疲れやすくて、読書の集中力は30分が限界だった。


「ふぅ」


 本を開いたまま机に置いて、ぼくは背もたれに大きくもたれかかった。


 なんだか、もう文字が頭に入ってこない。少しの間、ぼくは隣で勉強しているxxの様子を見ていた。


 必死になって数式を写して、時々考え込むように頭を掻きむしっている。

 すごく辛そうな顔だ。教室を見渡しても、他の誰もそんな厳しい顔で勉強に取り組んでなんかいないのに。


「何を勉強してるの?」

 ぼくは我慢できなくなって、XXに声を掛けた。


「数学」

 彼は本を真剣に見つめたまま答えた。タイトルは『解析学のすべて』とある。解析学って、なんだろう?


 そう思ってぼくは彼の本を覗き込んだ。沢山の数式と図形が並んでいる。見ただけで頭がクラクラしちゃうような感じ。やっぱり、彼は頭が良いんだろうなって思う。それと同時に、ぼくはこう思う。


「面白いの? それ」


「……どうかな、わかんない。けど、ためにはなってるよ。多分」

 彼は自信なさそうに答える。


「ふーん」ぼくはその一言で分かった。「本当は、何かあったんでしょ?」


「違うよ」


「バレバレだよ」


「なにも隠してないって!」

 彼は大きな声をあげた。すると、クラスメート達が一斉にぼくらのほうを向いて、クスクス笑った。


「授業中だから、もう少し静かにな」と、先生に注意される。


「はい」ぼくは先生の方を見て、一度だけ小さく頭を下げた。そしてまた彼の方に向き直る。


「怒られちゃったじゃん」


「……おまえのせいだろ」


「君が大声出すからだよ」

 そう言いながらも、ぼくは笑いが堪えられなかった。先生もみんなも、別に本気で怒ってるわけじゃない。だってみんな優しいからだ。ぼくは怒られたのに、ちょっとうれしかった。彼らが本当は怒ってないって分かったからだ。


 彼らが怒るような出来事は、多分この世界では絶対に起きないと思う。


 実際、彼らがほんとうに怒っている姿を、ぼくは見たことが無かった。


「……ともかく今は授業中だし、静かに勉強しよう。俺は数学、お前は他の何かをさ」

 xxが言う。ぼくはうなずいた。


「放課後になったらさ、カカシ屋ね」


「ああ、分かってる」

 そこからは約束通り、黙って勉強を始めた。

 ぼくは推理小説を読んだ。アガサクリスティの『そしてだれもいなくなった』だ。コナンのアガサ博士は、アガサクリスティから名前を貰っているんだって、この間XXから聞かされて興味を持って、図書室で借りてきたんだ。


 難しそうな本に見えたけど、読んでみたらすごく読みやすくて面白かった。すっかり驚いて、騙されちゃった。コナンよりも面白いかもしれないって思うくらいだ。けど、この話にコナンが出てきたら、きっと犯人を見つけ出しちゃうだろうな、とも思った。ただ、そうなると「そしてだれもいなくなった」ってタイトルも変えなきゃいけないだろう。


 昼休み入って、ぼくは早速そのことを彼に教えてあげた。


「そして誰もいなくなった、すごい面白いよ。これ、絶対読んだ方が良いね」


「ああ、知ってるよ。読んだから」


「えぇーそうなの?」


「うん。あと、『オリエンタル急行殺人事件』も読んだ」

 彼は自慢げに言う。ああ、本当にxxは物知りだ。

 ぼくが知っていて、彼が知らないことなんて、多分一つも無いんだろうなぁ。一回くらいは彼を驚かせてみたいけど……そうだ。


「じゃあさぁ、読んでる途中で、犯人が誰かって分かった?」

 ぼくの(すごく!)鋭い質問に、彼はうつむいた。


 そしてしばらく悩んでからこう言った。


「……いや、全然わからなかった」


 やっぱりね。


 xxは頭が良いけど、わからないこともある。あたまりまえだけど、それが分かって嬉しかった。


「それじゃ、ぼくとおんなじじゃん!」


「あんなの誰もわかんないだろ」

 彼はむくれた顔で言う。


「でも、ぼく思ったんだけどさ、コナンなら途中でわかるかも」


「あー……確かに」xxは半笑いでそう言った。「それより、放課後にカカシ屋。忘れるなよ」


「忘れないよ」


「……そうか、そうだな」

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