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ぼくのいない世界  作者: 松永晋也
壊れた世界(????)
18/33

 さらに時間が経った。


「スー……スー……」


 隣からはxxの寝息が聴こえてくる。xxは灯りを消してすぐに眠ってしまった。

 寝息はそんなにうるさくないけれど、妙に気になってしまう。


 ぼくの方が先に眠ろうとしていたのに、xxの方が先に眠ってしまうのは、なんだか癪だった。本当は眠りたいのに、眠れない。


 それに、寒い。


 やっぱり、冬服が欲しい。


 ダウンジャケットが一枚あれば、冬も乗り越えられるだろうし、xxと言い争う必要もなくなる。


 そう考えながらさらに何度も寝返りを打っているうちに、ぼくはイライラしてきた。


 明日じゃだめだ。


 どうせxxは服探しに乗り気じゃないし、何より寒くて寝られない。


「……一人でも、平気だよね」


 ぼくは音を出さないように立ち上がった。


 そしてランタンを持って、ゆっくりと出口に向かう。


 一人ぼっちになるのは、随分久しぶりだった。


 そしてこんな真夜中に一人になるのは、初めてだ。


 足元に気をつけて、ゆっくりと階段を降りて、市役所の外に出た。


 外では時々、猫や犬の声が聴こえてきて怖くなる。


 猫はまだ良いけど、犬は危ないんだ。


 集団で生活していて凶暴だし、噛みつかれたら大怪我をしたり、病気にもなる可能性がある。


 だから犬の声が聴こえたら、ぼくは声と反対の方向に進んだ。


 しばらく歩いていたら、遠くに団地が並んでいるのが見えた。


 本当は服屋に行って新品の服を探したかったけど、この際、贅沢は言っていられないかな。と、思ってぼくは団地を目指すことにした。


 道路を渡って、駅の前を通り抜けて、団地の方角に向かう。


「あれ?」


 その時、なにか明るいものが見えた。

 白い団地の3階、窓ガラスの向こう側にすごく弱い光。


「……」


 月明かりが反射しているだけなのかな。


 ……いや、色がオレンジがかってる。だから多分違う。あれは炎の色だ。


 ぼくは早足になって、その団地に急いだ。


 心臓がどくどくと音を立て始めた。


 寒いはずなのに、手から汗が出てくる。


 もしかして……もしかして。


 敷地の中に入ると、まだそんなに古くない靴の足跡があった。


 大きさからして、大人の足跡らしい。


「やっぱり、誰か居るんだ」


 ぼくは一度、後ろを振り向いた。

 xxを呼びに戻ろうかな、と思ったけど、やっぱりそのまま一人で団地を登ることにした。


 階段を上って3階に到着すると、一つの部屋の前に、クマの人形が置かれていた。

 しかも、屋外に置かれているのに、毛がツヤツヤしていて綺麗だった。

 何ヶ月も外に置かれていたら、雨に濡れてもっと汚くなっているはずだから、最近そこに置かれたのは間違いない。


 やっぱりだ。

 やっぱり、誰か居るんだ。疑惑が確信に変わって、ぼくはその扉を叩いた。


「誰か、居るんですか?」


 返事は無かった。


 ぼくはもう一度扉を叩いた。


「居るんですよね」


 けれど、返事はやっぱり無かった。寝ているのかな? それか……誰も居ないのかな。


 ……もし居たとしても、悪い人だったらどうしよう。


 急に不安が胸に湧いた。

 そうだ、いい人だったら問題ないけど、中にいる人が悪い人だったら大変だ。

 警察も居ないから助けは呼べない。


 やっぱり、xxと一緒にくればよかったなって、そう思った。


 けど、それが何だって言うんだろう。

 この際、悪い人でもいい。会って話を聞いてみたい。

 せめて、この世界がどうしてこんな状況になってしまったのかを知りたかった。


「……入りますね」


 鍵は掛かっていなかった。


 玄関は真っ暗だった。ランタンの光で照らすと、

 ゴミ袋がいくつも置かれていた。中身は缶詰とお菓子ばかりで、匂いからしてまだそんなに古くなさそうだ。


「……」


 ぼくは音を立てないように、右手側のふすまを開いた。

 そこは和室になっていて、床には沢山の本が落ちていた。

 ほとんどがサバイバル関連の本で、何度も見返したらしくて、いろんなページに折り目がつけられている。


「……」


 ぼくはドキドキしながら、またふすまを開いた。

 今度は、リビングがあった。ここは小綺麗に掃除されていた。


 窓際にはロウソクが燃えていた。受け皿には溶けたロウがたっぷり溜まっていて、テーブルの上には無地の本が置かれていた。


 これはさっき見たサバイバル本よりも更に読み込んでいるみたいで、どのページもシワが見える。


「なんの本だろう」


 本を開いて見たら、それは本ではなくて日記帳だということがすぐに分かった。


『4/12 この先どうして良いのか分からない。街はすごく静か。私と同じように、生きている人が居るのかな。そうだったら良いけど』


「……これ、日記だ」


 手が震えた。


 これはぼくたちと同じように、この世界に生きている人間の書いた手帳だとすぐに分かった。

 しかも、日記は几帳面に、毎日つけられていた。


『4/13 街の外に出たいと思ったけれど、電車は止まっていた。車は持っていない。盗めばいいのかもしれないけど……そもそも、車の運転も出来ないし……まだ、街を出る気にはなれない』


『4/14 食べ物をスーパーやコンビニから貰ってきた。店には数え切れないくらい多くの保存食があるし、一人で暮らすなら、かなり長い間食べ物には困らないだろうと思う』


 手帳の内容を読む限り、手帳の持ち主はこの団地に暮らしているらしい。

 一人きりで、ずっと寂しく暮らしていた記録が続いていた。


 それを読んでいると、無性に悲しくなってきた。

 ぼくにはxxが居たけれど、この人には誰も居ない。

 もしもぼくが同じ立場だったら……と、思うと胸が苦しくなる。


 実際に日記の内容も、最初の方は『誰か一人くらいは生きているはず』と、楽観的な感じで書かれていたのに、途中からは『寂しい』という言葉がやけに目立ち始めた。


 けれど、猫を飼い始めたあたりから、また内容が少し明るくなった。

 猫の名前はコロ。右目に怪我をした三毛猫で、すごく頼りがいのあるカッコいい猫らしい。猫のおかげなのか、それからは暫く楽しそうな日記が続いていたけれど、しばらくするとまた、だんだん内容が暗くなっていった。


『世界は終わってしまった』


『わたしも、消えてしまいたい』


 手著の持ち主は、日に日に弱っていっていることが、その文章から読み取れて、だからぼくはもう、ページを捲りたくなかった。


「……やっぱりこれ……」


 ぼくは手帳を開いたまま、テーブルの上にそれを置いた。

 よく見当たら、猫の毛が地面にまばらに落ちていた。


「でも……うん」


 ぼくは手帳をまた手にとった。


 そして、途中を読み飛ばして、一番最後のページを開いた。 


『この手帳を読んでくれた人へ

 おそらく、この手帳は誰の手にも届かないだろうと思っています。でも、もしも誰かがこの手帳を読んだなら、東京タワーへ来てください。私は、そこに向かおうと思っています。もしも誰かが居るのなら、首都である東京に向かうはずですから。もしも誰も居なくても、しばらくはそこに滞在するつもりです。一ヶ月か、二ヶ月か、それはわかりませんけど、しばらくは居るつもりです』


 予想外の内容だった。不安だったけど、見てよかった。


「……良かった」


 ぼくは安心して、手帳をリュックにしまった。


 ちょうどその時、窓際で燃えていたロウソクの火が消えた。


 運が良かった。と、思った。火が消えていたら、手帳を見つけられなかったかもしれなかった。


 ぼくは急いで部屋をとびだして、来た道を同じように走って進んだ。途中で犬の遠吠えが聴こえたけど、構わない。ぼくは全力で走って、図書館に戻った。


 xxはソファの上でスヤスヤ眠っていて、ぼくはその顔を叩いて起こした。


「ん……ふぁ~あ……なんだ……」


「起きてよ、早く! 急いで出発しよう!」


「どうしたんだよ……まだ暗いのに、いやに元気だな」


 xxはまぶたをこすりながら、身体を起こした。

 眠そうだ。

 まだ早朝にもなってないから、当たり前だけど。


「今からすぐに、東京に行こう」


「あ? でも、今日は服を探しに行くんだろ?」


「憶えてたんだ」


「当たり前だよ。俺のこと、バカだと思ってるのか?」


「あはは」


「何笑ってるんだよ」


 ぼくは見つけた手帳を渡した。彼は眠そうな目をこすりながら、手帳のページをパラパラ捲り始めた。


 次第に、彼の目が大きく開いていくのが分かって、ぼくは嬉しかった。


「どこで見つけたんだ?」


 彼の目はもう、完全に醒めていた。


「この街だよ。ロウソクが燃えててさ……やっぱり、まだ人が居るんだよ」


「そうみたいだな」


「旅、続けてよかったね」


「気が早いな、まだ見つかったわけでもないのに」


「見つけたも同然だよ。この手紙の人、どんな人だろうね」


「大人だろうな。字が上手いし」


「あと、女の人っぽいよね」


「確かに、なんか女の人っぽいな」


「優しい人だと良いね」


「ああ」

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