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今日、ぼくは一日中心を閉ざしたまま過ごした。
心の声が聴こえないと、中々不便だし、コミュニケーションがうまくいかなくて嫌な顔をされることも多い。授業中も、先生が何を言ってるか分からないから、勉強についていくのはとても大変だ。
けれど、とても静かだった。
おかげで休み時間は集中して本を読むことができた。
そして放課後、ぼくは心を閉ざしたまま、xxの家に向かった。
家のチャイムを鳴らそうと手を伸ばしたら、二階の窓からxxが顔をだした。
「来るなって言っただろ!」
「大丈夫、今は君の心の声は聴こえてないから」
「本当か?」
xxは一瞬だけぼくを疑うような目をした。
そしてそのまま5秒ぐらいの間、黙ってぼくの顔を見つめてきた。
おそらく、ぼくの心に何かを語りかけてきたんだろう。
けれど、ぼくは本当に心を閉ざしているから、彼が何を言ってきたのか、全然分からない。
「まあ良いだろ」
xxもそれを納得してくれたみたいで、家に入る許可をくれた。
ぼくは家に入り込んで、彼の寝室に通されて、ベッドに座らせれた。
xxは隣に座って、恥ずかしそうにうつむいている。
久しぶりに彼の顔を見たけど、少し痩せたように見えた。
「学校、来ないの?」
ぼくは単刀直入に切り出した。多分、本当ならもっと遠回しに聞いたりしたほうがいいかもしれないけど……遠回しに質問するのは、ぼくは苦手だった。それに、彼は嘘が嫌いだ。遠慮して遠回りな質問をするのは嘘をつくようのものだし、これで良いんだろう。
「今はまだだめだ。心の声がだだ漏れだから」
「別にそんなに恥ずかしがること無いのに。この世界じゃみんな、心を開いてるんだよ」
「……お前にはわからないよ。『知られたくない秘密』ってものが無いからな」
「そうだね」ぼくはうなずいた。「でも、君の『知られたくない秘密』ってなんなの? それがあるから、心を覗かれたくないんでしょ? ちょっと話してみてよ」
「なんでそのことを話さなきゃいけないんだよ」
「聞きたいから」
「馬鹿か? お前は……」
彼はなんだかすごく呆れ果てた様子で、「はぁ」とため息をついた。けれど、少しするとその呆れ顔が笑顔に変わっていった。
「お前ほんと正直だな。もう少し遠慮しろよ」
「あははは」と、ぼくも笑い返す。随分久しぶりに、彼が笑っているのを見た気がする。笑えるってことはやっぱり、彼はそんなにひどい状態じゃないんだ。
「秘密が知りたきゃ、お前が勝手に見ればいい。今の俺の心を覗けば、それが何か分かるだろ」
「いいの?」
「……なんだよ、お前が聞きたいって言ったんだろ」
「そうだね」
彼に言われて、ぼくは閉じていた扉を開放した。すると、途端にxxの心の声が流れ込んできた。
(こんなに学校を休んだら、絶対に変な目で見られる。周りから同情されて、変な感じになるだろうな。そんなとき、俺はどうしたら良いんだろう? 同情されるのは嫌いだ。理由を説明するのも嫌いだ。それに……本当のことを知られるのも嫌だ。いや、きっと一番嫌なのは、本当の俺を知られることなんだ)
(本当のことって?)
(俺たち二人の秘密だ)
(もしかして『あのこと』を言ってる? あのことについては考えなければ良いんだから。仮に誰かに聴かれたとしても、突拍子もなさすぎて誰も本気にしないよ。実際、母さんも父さんもそうだったし)
(それは……そうかもしれないな。けど、知られたくないことはまだ他にもあるんだ)
(それって?)
ぼくが質問すると、暗くて、冷たい気持ちがぼくの中にまで流れ込んできて、ぼくは質問したのを後悔した。ぼくの想像していたよりもずっと暗くて、嫌な気持ちが彼の中で渦巻いている。一体どうしてそんな気持ちを溜め込んで置けるんだろう。って、そう思うくらいに。
(ごめん、やっぱり答えなくても良いよ)
怖くなって、ぼくはそう考えた。
「いや、良いんだ」と、彼は言った。「やっぱり、全部言っておいたほうがいい気がする。どうせ、この世界はほんとうの世界じゃないしな」
彼はそう言って、ついに心の扉を完全に開いた。
(……本当の俺は……ただの弱虫なんだ。お前に見せている姿なんて全部嘘っぱちだ。俺はどうしようもなく人の目が気になるし、すぐに恥ずかしくなる。そして、臆病すぎて、本当の自分を人に見せることすら恐れてるんだ。なんで本当のことをさらけ出すのが、こんなに怖いんだろう)
xxの目から小さな涙がこぼれ落ちた。
けれどぼくには、彼の告白がそれほど深刻なものには思えなかった。
(そんなの、誰だってそうだよ)
(そうかな)
(そうだよ)
(……そうか、そうだよな)
その直後から、彼の心の声が突然聞こえなくなった。さっきまでは溢れ出して止まらない声が聴こえていたのに、本当に突然だった。
「あれ? 心の声が聞こえなくなったよ」
「……え? 本当か?」
「うん、なんにも聴こえない」
「……もしかして、治ったってことか? 心のドアが閉まったのか?」
「そうみたいだね」
「よっしゃぁ! 治った!」彼は立ち上がって、とても大きな声を出した。
けれど、大声を出して冷静になったのか、彼は急に顔を真っ赤にした。ゆでダコみたいに赤かった。ぼくに本当の気持ちを知られて、恥ずかしい気持ちになったらしい。
「ごほんっ……そうか」彼は、大人ぶった咳をした。「なあ、今俺が言ったこと、他のやつには秘密にしろよ」
そして、目を伏せたままそう言った。
「えー」
「お前も、学校じゃ心を閉ざしておけよ。そうすれば秘密はばれない」
「ずっと心を閉ざすってこと? そんなの無理だよ」
「いや、俺の噂話が学校でされなくなるまででいい。それなら平気だろ?」
「うーん……分かった」
「良いか、絶対だからな。絶対今言ったことは誰にも言うな」
「うん」
「本当に分かったか?」
彼はどうしても今の話を他の人に知られたくないらしい。
どうやら、彼はぼくが思っていた以上に恥ずかしがり屋みたいだ。
「分かったってば」
「……ならいい」
そして翌日から、xxは学校に来るようになった。
……けれど、暫くの間はぼくに対してちょっとよそよそしかった。




