第四話 決闘····そして
「へぇ、良く逃げずに来たわね。観客はなしとか言ってたから尻尾を巻いて逃げると思っていたわ」
「そんな訳ないだろ。逃げるくらいなら、そもそもこんな勝負は受けない」
魔法師育成学校の体育館。
仁哉と黒髪の少女――清澄 桜花が向かい合っていた。
体育館には二人以外の姿はなく、完成な貸し切り状態。決闘だというのに立会人もいないという状況だった。
「決闘の勝利条件は?」
「相手を戦闘不能にするか降参させることよ。他には何かあるかしら?」
「そっちが勝った場合はどうする?」
「ああ、そういえば決めてなかったわね。じゃあ、アンタの最も大切な物で良いわ」
そして、仁哉が相手の報酬を聞くと、桜花は『仁哉の最も大切な物』を要求してきた。
自分を賭けるくらいなので、何を要求されるのかと仁哉は身構えていたが、随分と軽いものだった。
そんなことを考えながら、仁哉は腰にさしてある何の変哲もない刀を撫でた。
「ならこの刀だな。魔力も宿っていない普通の刀だが、父親の形見だそうだ。···まあ、顔も知らないんだがな」
「そう···言っておくけれど、アンタが勝つことは絶対にないわ」
「大した自信だな。俺はそこまで弱くないぞ?」
「関係ないわ。誰が相手だろうと、勝つのは私だもの」
そして、桜花は自信満々にそう言った。
それを聞いて仁哉はなんとなく清澄 桜花という人間を理解した。
(こいつは今までに一度も挫折したことがないんだろうな)
挫折を知らない。
そんなことは普通に生活していれば、絶対にあり得ないことだが、目の前の少女はその行き過ぎた才能がそれを可能にしたのだろう。
そんなことを思いながら、仁哉はポケットから一枚のコインを出した。
「始まりの合図はこのコインが地面に落ちたらで良いか?」
「ええ、構わないわ」
「じゃ、始めるぞ」
仁哉はそれだけ言うと、相手がちゃんとタイミングを測れる様にコインを高く弾く。
コインは綺麗に回転しながら上昇するが、やがて重力により勢いを失って落下。そして体育館内に甲高い音を鳴らした。
「『ライトニングランス』」
やはり始めに動いたのは、遠距離攻撃を持つ桜花だった。
桜花は真白との戦いと同じ様に電気の槍を作って仁哉に放ち、仁哉はそれを敢えてすれすれで回避して桜花に接近を試みる。
「『ライトニングショット』」
しかし、桜花は仁哉の行動をよんでいたのか、雷の弾丸が仁哉を襲う。が、仁哉は雷の弾丸を回避せずにそのまま桜花に向かう。
「『流転』」
水の纏われた刀が雷の弾丸を全て受け流し、仁哉は一切スピードを緩めることなく攻撃を防ぐ。
そのことに桜花は少し動揺した。
本来、水魔法『水剣』を応用した技『流転』は物理的な攻撃を受け流すものだ。しかし、仁哉は実体を持たない雷の弾丸を受け流した上、感電した様子もない。
水魔法の性質を理解している為の動揺だが、桜花の切り替えは早かった。
「くっ、『ライトニングウォール』」
直ぐ様、雷の壁を作り出して仁哉の進行を妨害する。
「『水刃』」
しかし、『流転』と同じく『水剣』を応用した技『水刃」がその壁をいとも容易く両断し、遂に桜花の元に辿り着く。
「終わりだ」
仁哉がそう口に刀を桜花に振り下ろす―――筈だった。
「ぐっ!?」
瞬間、仁哉の側面に凄まじい衝撃が走り、一気に接近する前の距離まで吹き飛ばされる。
「···ちっ、風魔法か」
しかし、仁哉は直ぐに体勢を立て直し、追撃に来ていた雷の槍を『流転』で受け流し、使われた魔法に悪態をついた。
魔法には火、水、風、土、氷、雷、光、闇の八つの属性があり、人は属性の割合をパーセントで表している。
通常は火が40%、土が30%、光が30%といった複数の属性を持っており、このパーセントが高いと、その属性を使った時の魔法を威力が高くなる。
桜花は入学式での戦いでは雷しか使ってなかった為、風魔法という知覚が最も難しい魔法に気付かなかった。
「なかなかやるわね。正直に舐めていたわ。でもやっぱり私の勝ちは変わらないわ」
桜花が一息付くようにそう言った。
仁哉はその隙をついて再び接近しようとしたが、桜花の周りに黒い電気が放たれていることに気付いて接近を諦めた。
(こいつ、属性の掛け合せまで出来るのか)
先程、属性の適正のパーセントが高いと威力が上がるといったが、当然例外は存在する。
それが属性の掛け合わせる“複合魔法”である。
普通の魔法より難易度は跳ね上がるが、それが出来れば凄まじい力を発揮する。
桜花はその高難度な複合魔法を気負った様子もなく使っていた。
「『ダークライトニングランス』」
仁哉が接近してこないのを見て、桜花が黒い雷の槍を放ってくる。
それは先程の普通の雷の槍と桁違いの速度であり、もらえばひとたまりもない程の威力を秘めていた。
そして黒い雷の槍が仁哉に襲いかかり――――――受け流された。
「えっ?」
思わず桜花がそんな声を上げた。
凄まじい威力を持った筈の複合魔法が音もなく受け流されれば当然の反応だった。
だか、仁哉にはそんなことはどうでも良かった。
「そろそろ茶番は辞めにしたらどうだ?」
「な、何のことよ」
「お前程の実力者なら権能くらいを使えるだろ?」
権能。
それは優れた魔法師のみが使うことが出来る魔法とは違う特殊能力。
複合魔法すら軽々と扱える桜花が、それを使えない筈がなかった。
そんなことを考え、仁哉が改めて桜花に視線を向けたところで、桜花が何故かぷるぷると震えていることに気付いた。
「どうかしたのか?」
「···わよ」
「ん?」
「だから···ないのよ」
「すまん、もう少し大きな声で言ってくれ」
「だから!権能なんて使えないって言ってるのよ!複合魔法が私の全力よ!悪い!」
そして桜花は半分涙目になりながらそう叫んだ。
と同時に仁哉は困惑した。
(権能が使えない?···何の冗談だ)
仁哉はあれほどの才能と実力を持つ桜花が、権能を使えないという事実が信じられないでいた。
むしろ権能が使えないのに、なんであそこまで自信過剰だったのか分からない。
そんなふうに仁哉が困惑していると、ふと桜花が顔面蒼白になっていることに気付いた。
「えっと、とりあえず決闘は俺の勝ちで良いな?」
「だ、駄目よ!そんなことになったら私、アンタに滅茶苦茶されるわ」
「いや、何もしないぞ?決闘を受けたのも単に苛ついたからだしな」
「···本当に?」
震える桜花に仁哉は本音でそう言ったが、桜花はまだ半信半疑なのか涙目で仁哉を見ていた。
涙目で上目遣いに見つめてくる美少女に仁哉は少しドキリとしたが、桜花を安心させる様に言葉を重ねる。
「本当だぞ。それにお前、見た目はともかく可愛げは皆無だしな」
「だ、誰が可愛げがないですって!?」
「お前以外に誰がいるんだよ。というかあれで可愛げがあると思ってたのか?」
「そ、それは···思ってないわ」
どうやら自覚はあったのか、桜花はしょんぼりとしていた。
「普段からそれぐらいしおらしければな。これに懲りたら少しはプライドを抑えるだな」
「分かってるわよ。こんな惨めな気持ちはもう二度とごめんだわ」
「それならいい。というか早く降参してくれ。少し疲れた」
「分かってるわよ。降参よ、降参」
そして、桜花のそんな投げやりな言葉を最後に、決闘は幕を閉じたのだった。