第二話 二人の天才と神業
ドゴオオオンッ!?
仁哉が刀を抜いたと同時、背後から体育館内に二つの爆裂音が響き渡った。
仁哉が振り返ると、その二つの音の中心にはそれぞれ女子生徒が立っていた。
仁哉が二人を見て初めて思ったのは対照的という言葉だった。
一人は綺麗な黒髪を背中まで流し、少し釣り目だが、将来は美人間違いなしと思われる少女。
少女は周りを見下す様な視線をしており、それだけで彼女がプライドが高く、自分の実力に自信を持っていることが見て取れる。
そして、もう一人の印象は“白”だった。
思わず地毛なのか疑ってしまう程に真っ白な髪と肌をした、少し平均より小さな身長の美しいというより可愛いが似合う少女。
こちらは無表情で何処かボーとしている様に見えるが、そんなことは気にならない。
今までどうして気付かなかったのかと思う程に、彼女の容姿は普通とはかけ離れていた。
「はっ?」
しかし、そんな二人の少女の容姿に驚いた仁哉だが、少女達の周りを見て絶句した。
黒髪の少女の周りの地面は何かに焼かれた様に焦げ、白髪の少女の周りは何が起こったのか分からない程に陥没し砕けていた。
魔法師育成学校の体育館は、魔法を使った訓練にも耐えられる様に熱や衝撃に強い造りになっている。
それがどんなことをすればあんなことになるのか。
(···あれは学ぶ意味があるのか?)
そんな当然のことを疑問に思う仁哉だが、周りから視線を集めている二人の少女は、お互いの爆裂音に驚き視線を交わし合っていた。
白髪の少女の方は無表情でよく分からないが、見間違いじゃなければお互いに火花を散らしている様に見える。
「冗談だろ。あんなのが戦いだしたら洒落にならないぞ」
状況がまずい方向に向かっていることにいち早く気付いた仁哉だが、そこで黒髪の少女が口を開いた。
「へぇ、アンタやるじゃない。周りが雑魚過ぎて落胆してたけど、少しは楽しめそうね」
「···私の方が強い」
見た目通りの性格なのかプライドが高そうに話す黒髪の少女に、白髪の少女も寡黙ながら言葉を返す。
しかし、その短い言葉が黒髪の少女の闘志に火をつけた。
「あらそう。···その言葉、地獄で後悔しなさい!」
黒髪の少女じゃそういうや否や、少女の周りにパチパチと電気が発生し始める。
そしてそれに呼応される様に、白髪の少女の腕に嵌められた籠手に炎が纏われる。
魔法師と魔法はそれぞれ大きく二つに別けられる。
まず魔法師は近距離タイプと遠距離タイプの二つがあり、そのどちらかは使う魔法にも大きく影響してくる。
簡単に説明するなら、魔法を放出して攻撃するか、武器などに纏わせて攻撃するかの違いだ。
稀に例外もいるが、基本的に魔法にも向き不向きがあり、それによってどちらになるかが決まる。
それを踏まえると仁哉の視線の先で戦おうとしている少女達は、黒髪の少女が遠距離、白髪の少女が近距離タイプの様だった。
「『ライトニングランス』」
始めに攻撃をしたのはやはり遠距離の黒髪の少女だった。
彼女は目の前に電気で出来た槍を作り出し、それを凄まじい速度で白髪の少女に放つ。
雷という魔法の中でも最速の属性の攻撃だが、白髪の少女は魔力で強化した身体能力でそれを躱し、黒髪の少女に接近を試みる。
近距離タイプは名前の通り遠距離攻撃が苦手の為、無理に遠距離攻撃をしようとするよりも接近して攻撃した方が良いのだ。
「『ライトニングウォール』
しかし、接近されると不利になると理解している黒髪の少女は、電気の壁を出して白髪の少女を妨害する。
結果として、白髪の少女は後退を余儀なくされる。
それから暫くお互いに攻防を続けるが、黒髪の少女の攻撃は躱され、白髪の少女は接近出来ずに戦いは膠着状態に陥っていた。
そして戦いを辞めてその光景を見ていた他の生徒達が声を上げる。
「す、スゲェ···レベルが違い過ぎる」
「でも黒髪の方はなんで広範囲攻撃をしないんだ?あれほどの使い手なら使えるだろ?」
最もな考えだが、それは間違えだった。
広範囲攻撃の魔法はその性質上威力が拡散するのだ。威力が低くては白髪の少女の膨大な魔力で防がれてしまうのだ。
黒髪の少女なら威力の高い広範囲攻撃をすることも可能だが、それをするには魔力を貯める時間がいるのだ。
そんなことをすれば接近されて攻撃されるのは目に見えていた。
しかし、今まで戦っていた黒髪の少女が魔法の発動を唐突に辞める。
「もう辞めにしましょう。このままじゃ埒が明かないわ。それに、ここで私が勝ってしまったらあなたが除籍されてしまうわ」
「···ん、周りも戦ってないから数が減ってない」
「そうね。じゃあ戦いは一時休戦して、数が半分になるまでにどちらが多く倒せるのか勝負しない?」
黒髪の少女のそんな提案に白髪の少女はコクリと肯定の意で頷く。
その様子を遠くで見守っていた仁哉の周りで、誰かが唾を飲み込む音がした。
今の話が本気なら、普通の生徒は溜まったものじゃない。
そして一瞬の静寂の後、二人の少女がこちらに向いた瞬間、生徒達にとっての地獄が始まった。
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そこからは一方的な展開となった。
何度も爆裂音が響き、二人の少女が逃げ惑う生徒達をボコボコにする。
普通ではあり得ない光景だと思うのだが、それを魔法という力が可能にしていた。
そして仁哉の前にいた生徒が殴り飛ばされ、白髪の少女の視線が仁哉へと向いた。
「俺の番か」
今まで見ていたが、視界に映った者全てを攻撃する黒髪の少女に比べ、白髪の少女は倒す相手を決めて、例え逃げられても追いかけてまで倒していた。
つまり、白髪の少女に一度倒すと決められたら、倒されるまでずっと追い掛けられることになる。逃げても無駄なのだ。
そのことを理解していた仁哉は面倒くさそうに刀を構えた。
(『水剣』)
仁哉は心の中でそう唱え、剣に水を纏わせる。
そして、それが合図となったのか白髪の少女が攻撃を放ってくる。
ブオンッという、とても華奢な少女から繰り出されたのか疑う拳を、仁哉は少女同様に身体能力を強化して躱す。
この身体強化にも魔力により色々と相性があり、白髪の少女がパワーに特化している様に、仁哉は速さに特化した魔力をしていた。
すると、白髪の少女は拳を躱されたと見るや、今度は凄まじい速度で蹴りを放つ。
その足にも当然の様に防具が付けられており、そこに炎が纏われてただでさえ高い威力が増幅されていた。
仁哉はそれを躱してずっと攻撃されては敵わないと思い、それを躱さずに剣を構える。
「『流転』」
仁哉の小さな呟き。
その次の瞬間に少女の足の防具と仁哉の刀がぶつかるが、何故かぶつかった音が全くせずに少女の蹴りが横に受け流される。
「っ!?」
突然のことに白髪の少女は動揺するが、直ぐに立て直して一度距離を取る。
仁哉が使ったのは『水剣』と呼ばれる水の剣の型の一つ『流転』だ。
水属性は基本的に防御に特化しており、『流転』はごく一般的な受け流しの技だが、白髪の少女が驚いたのはそこではなかった。
白髪の少女の攻撃の威力から受け止められないことは明らかだが、受け流すのは受け止めるよりも何倍も難しいのだ。
にも関わらず、仁哉は刀と防具が当たった音を一切発生させずに受け流した。
それは神業の域に入っており、ここまで完璧な受け流しを見たのは白髪の少女にとって初めてだった。
「···もう一度」
白髪の少女は今の技をもう一度みたいと思い、そう言うと再び攻撃を仕掛ける。
ただし、今度は先程までと違い拳や蹴りを連続で、更にフェイントを織り交ぜて攻撃する。しかし―――
「『流転』」
―――結果は変わらない。
仁哉は少女の攻撃を全て『流転』で受け流す。当然の様に接触の際に音はならない。
少女の自慢の攻撃は一度たりとも仁哉に届かなかった。
それを少女が理解した時、仁哉が口を開く。
「お前の攻撃は俺には届かない。本気を出すつもりがないなら諦めろ」
「っ!?」
少女は驚いた様に体を震わせるが、仁哉は少女がまだ本気を出していないことに気付いていた。
凄まじく優れた魔法師は、ごく稀に魔法とは違う特殊な能力に目覚める。
人はそれを“権能”と呼び、特殊能力に目覚めることを“覚醒”という。
これほどの実力を持った少女なら、視界の遠くで暴れている黒髪の少女を含めて覚醒していても何ら不思議はない。
「俺は名前は月宮 仁哉だ。お前の名前は?」
「···雛月 真白」
仁哉が名乗ると、白髪の少女も名前を教えてくれた。
人の名前を覚えるのは余り得意ではない仁哉だが、その見た目と相まって簡単に覚えることが出来た。
(雛月 真白か。暇つぶしに入った学校だったが、退屈することはなさそうだな)
仁哉がそう思ったと同時に遠くで大きな爆裂音が響き、体育館での戦いの終了が言い渡されたのだった。
少し説明が多めになってしまってすいません。