俺のフロンティア ~すべてに優しくないコダワリのメカアクション~
脱出してやる。
俺は決意を新たにした。
VRで再現された、砂と岩ばかりの荒野を見渡す。
「メンバー」
音声認識させると、視界右にウィンドウが出現した。
製品版ではここに仲間の名前が表示される。
だが今は一人きり。
S-Miyajima――つまり俺自身、宮島秀一、28歳のアカウントのみだ。
助けは期待できない。
「やるしかないか」
呟いてみたが、孤独を確かめただけだった。
正式リリース前のゲームなので、俺以外がログインしてくる可能性がそもそもないのだ。
俺はVRの荒野に座り込んだ。砂のじゃりじゃり感までよく再現したもんだぜ。
「えっと起動時の操作は」
独り言でもやらないと気が狂いそうだ。
俺はこの寂しいVR空間で、もう10分ばかり、ある目的で分厚い紙束と格闘していた。
後ろを振り返る。
ごつい人型ロボットが立っていた。
スタイリッシュというよりも、武骨系のロボだ。空を飛び回るカッコよさより、地面で戦う泥臭さを選んだ方。
実際、デザート迷彩の塗装、角張った装甲、一眼のカメラアイは、どこか戦車の親戚を思わせた。
VRゲーム『アームズ・フロンティア』は、いわゆるロボゲーである。『アームズ』と呼ばれるロボを操作するのだ。
視線を少しずらす。土煙の向こうに空港が見えた。このVR空間においては、ログアウトポイントということになる。
俺は、あそこに、辿り着かなければならない。
「そのためには!」
俺は鉄の巨人を睨み上げた。
アームズは地面からモノを拾うような姿勢で止まっている。あちこちに損傷が目立った。ダメージを放置して進んでいたら、片膝をついてうずくまってしまったのだ。
「どうして動かないんだ」
我ながらなんて情けない声だ。車の故障でJAFを呼んだのを思い出して、泣ける。
そういえばあの時も、恋人を――加奈子を待たせてたっけ。
ちらり、と出しっ放しのウィンドウを確認。
現在時刻は12月24日、午後5時。
後1時間で脱出しなければ、7時からのレストラン予約に遅れる。最初の結婚記念日に遅れては、妻の加奈子に申し訳が立たない。
「くそっ」
俺は再び分厚い本に向き直った。持つだけで気分まで重くなる。アームズを起動させるためには、このマニュアルでトラブルの原因を突き止めねばならない。
売り文句が頭をちらついた。
アームズ・フロンティア。
超リアル志向。
キワモノのメカアクション。
一筋縄ではいかない。
それは、分かっている。ああそうだ、普通のVRじゃない、それこそ持ち味なのだが――
「わっかんねぇ!」
俺は、発狂した。
「え? 開発者何考えてんの??」
わなわな震えて、マニュアルを地面に叩きつける。
「なんで、起動マニュアルが紙なんだ!」
検索もできない。音声案内もない。
知りたいことは、自分で調べろというのか。
「まさかVRで、これほどの質感の紙をわざわざ作るとは」
手が震える。歴戦で色褪せた感じといい、手触りといい、マニュアル1つとってもコダワリが尋常ではない。そういえば、自衛官や米兵にわざわざインタビューしたとも聞いたことがある。
雰囲気の再現に命がけだ。
「もっと手をかけるべきところがあるだろ……!」
より正確に言えば、簡易マニュアルも別にある。腕時計型の端末から、ホログラフ閲覧できるのだ。
が、絶妙に不親切であったり、操作の記載が欠けていたりした。
重要な点は、やはり分厚い紙マニュアルから辞書引きするしかない。むしろ巧妙に、そう作り込まれている。
制作者の「紙マニュアルを読ませたい」というコダワリをびしばし感じた。
「ちくしょう、やってやる!」
俺は分厚いマニュアルとの戦いを再開した。
そこで、気付いた。腕時計型の端末に、エラー表示が出ている。
「出力を調整してください……?」
このエラーメッセージは、見覚えがある。
マニュアルを開いて、油圧機構のページをチェック。次いでコンデンサのページをチェック。
違う、違う。
でも、明らかな『これ、真剣ゼミでやったやつだ!』的な手ごたえを感じる。
「これか……!」
やはり、見覚えがあった。
冷却だ。
損傷で電気系統がやられて、第一冷却ユニットとやらが動作していない。マニュアルに従い、エンジン出力マネージメントを起動。ついでに油圧もいじる。俺は、人生初のダメージコントロールを行った。
「何つーゲームだよ」
いや、これはそもそもゲームなのか。
楽しませる気はあるのか。
戦場にJAFはいない。頼りになる仲間もいない。トラブルは、プレイヤーが全て解決しなければならないとでもいうのか。
更なる問題は、本作は俺の会社が作ったゲームだということだ。
これは野に放っていいゲームなのか?
CEROは何も言ってくれない。
「できた」
腕時計型の端末に、機体からのステータスが送られてくる。
手足、武装、色々なところに出ていたエラー表示がクリアになった。
最後の手順は、操縦席で行う。
専用のケーブルを使って這い上がる。
「頼むぞ」
祈るように、起動ボタンを押す。
コクピットのハッチが閉鎖。
金属と金属がかみ合う音。
メインモニターがせり上がってきて、俺の視界全体を占めた。起動時の一連のチェックが流れだす。
Arms Stand Up
System Ready...
「うぉっしゃあ!」
快哉だ。
感動した。
アームズを再起動した喜びに、俺は機体に妻の名前をつけたい衝動にかられたが、堪えた(これは賢明だった)。
起動を待つ間に、過去を思う。
なにゆえに俺が、発売前のVRゲームをやっているのか。そして、ログアウト不能の状況になっているのか。
これは一度整理して、思い出す必要があるだろう。
◆
発端は、2時間前だ。
「テストプレイ?」
そうなんです、と後輩は俺を拝んできた。
後ろに結った髪がぴょこんと揺れる。小木は後輩の女性社員で、新ゲームのアームズ・フロンティアの開発を務めていた。俺より3歳年下の、25歳だったはずだ。
時刻は3時過ぎ。冬は日が短く、窓の外は日が陰り始めている。
「エーエフのか?」
「そーです!」
アームズ・フロンティアは、俺達の間ではAFと呼ばれていた。
企画の初期段階では俺も入っており、思い入れもあるが――
「……大丈夫か?」
顔を引きつらせたのは、ちょっとした危険があるからだ。
「ダメですか?」
「小木の作るゲームっていろいろアレなんだよな」
俺に問題点を突っ込ませてゲームをマイルドにするのは、かつての風物詩だった。バランス調整という作業を手伝っていたのだ。
「エーエフにも、お前らのコダワリを詰め込んだと聞いたぞ」
小木は、
「くひひひ」
とホラーゲーム担当が飛び付きそうな笑いを見せた。この笑顔で、美人だが人気はイマイチだ。
「くひ。もう、心配し過ぎです☆」
心配しすぎて、むしろ『一刻も早くこの女のゲームを調整しなければ!』という使命感が湧いてきた。
「ログアウトは大丈夫か?」
いわゆる、『ログアウト問題』もあった。
VRゲーム中は全ての感覚がゲームに集中される。ゆえに、ゲーム内できちんとログアウトができないと、数時間は現実に帰って来れない。
「この会社に、VR用のサーバーはないだろ? どこの環境を借りてるんだ?」
VR空間を構築するサーバーは離れたデータセンターにあり、プレイヤーはそこと常時通信をしながらゲームを楽しむ。自社ビルにVR用のシステムを置けるのは、限られた企業だけだ。まして、俺達は社員300人の中小企業だった。
ゲームを止める時は、離れたサーバーからプレイヤーの五感を引き上げる必要がある。
消費者はみんなこの方式でVRをプレイするが、開発版だと実験台みたいでちょっと怖い。
「ふっふーん」
小木は得意げに指を振った。
「ジャパンVRのサーバーです」
「超大手か!」
「です! 安全は世界一っす~」
安心して、口の端が緩んだ。
「じゃ、やってみようか」
俺もかつてはゲーマーだったが、しばらく開発現場から遠ざかっていた。単なるテストプレイとはいえ、もう一度必要とされたのは素直に嬉しい。
そこで私用の携帯が振動した。
妻からメッセージが届いていた。
――今日は楽しみだね(^∇^)
時刻はまだ3時。こっちの定時にはまだ間があるが、妻は半休をとったのだっけ。
無邪気な顔文字に頬が緩む。
小木もまた、にやにや笑っていた。
「聞きましたよ。今日が結婚記念日ですよね?」
「……ま、そうだ。仕事中にすまん」
肩をすくめてみるけど、なんだかくすぐったい。
小木がぱんと手を叩いた。
「んじゃ、早めに片付けましょう!」
俺は奥の試遊室へ通された。
ケーブルや、ラックに詰められた雑多な機器に囲まれて、VR用の機材がでんと置かれている。UPSという、停電に備えた予備電源が、低くうなっていた。
「ハードは?」
「アビスっす」
日本製のVR用端末だ。
小木は、ほいっとヘッドセットを渡してくる。こいつを被って、専用の椅子に腰かければ準備完了だ。フルフェイスのヘルメットを装着して、長椅子に腰かける感じである。
――アビスへようこそ!
目の前に、起動時のメッセージが表示された。
まずはユーザー名とパスワードを入力し、サーバーにログイン。
「準備はできた」
「では、始めてください」
小木のゴーサインで、本格的にVR空間を立ち上げた。
画面が暗転。
使用上の注意。協賛企業。演算エンジンを借りた大手企業の名前。しかし開発版なので、ここはどんどんスキップ。
画面が次第に明るくなってきた。
洞窟を抜けたみたいだ。
もはや小木の声は聞こえない。オフィスの喧噪もない。
そこは、世紀末だった。
前線の基地を思わせる、鉄骨がむきだしの格納庫に、俺は立っていた。床はコンクリートで、天井にはキャットウォークが渡っている。
アームズ・フロンティアの目玉、アームズがひざまずく姿勢で並んでいた。
軍人が歩いてくる。
「おはよう、フロントマン」
おっさんは言った。ちなみにフロントマンとは、プレイヤーに対する名称である。
「君に最初のミッションを伝える。失敗すれば、その時は死ぬだけだ」
展開はスムーズに進む。
あれよあれよという間に、俺はアームズに乗り込んだ。操縦席は、身構えたよりもよほどシンプルな作りだった。
ひじ掛け椅子の手の所から、操作用のスティックが飛び出している。
「小木」
俺は呼びかけた。視界の左に、ぽんと小木の顔が表示される。
「なんスか?」
「一応、色々聞きながらプレイしたい」
「了解っす」
好奇心のまま色々なところへ目を向けていると、赤いボタンに気づいた。ガラスで保護された、いかにもなブツである。
「……自爆装置と、脱出装置まであるのか」
直後、画面が明滅した。目がチカチカする。頭が痛い。
俺は直感的に理解できた。
ゲーム中のエフェクトではなく、何らかのトラブル。
「どうした?」
小木に尋ねる。
「なんか、大手のサーバーがトラブルなみたいっすね。念のため、ちょっと待ってて下さい」
ほどなく、小木との通信が復活した。
「その青い顔はなんだ」
「だ、ダイジョウ、ダイジョウブ、ダイ、ダイジョ……ごほん。大丈夫っす」
「嘘つけ」
小木は震える声で言った。
「さっきの、大手のVR運営メーカーへのサイバー攻撃だったっす」
「な、なに?」
VR運営には、国も噛んでいたりする。ゲーム用のサーバーは人が多いので、特に厳重にプロテクトされているはずだが。
嫌な予感がする。
「一時的にログアウト機能が死にました」
試しに、メニューを呼び出してみる。
安全のためいつでもログアウトできるはずだが、今ではそのボタンが灰色だ。
「普通はこんなことないんですが……開発環境なので、色々な安全装置が、うまく働かなかったみたいっす……です」
俺はしばらく黙った。呆然とした、というのが適切かもしれない。
内部のデータ保護のため。追加の攻撃を避けるため。ログアウト、つまり脱出を制限する理由が、小木の口から述べられた。
「つまり?」
「なんとか、私の方で、先輩を救出するっす。でも、次のセーブポイント、つまり第1ステージを抜けないと、ログアウトできないっす」
ゲームをセーブして中断できる状態まで至れば、小木の権限でログアウトできるということか。
「あ、わわ! 私もサーバーとの接続が……また、連絡します!」
小木の声が途切れる。
俺は開発中のゲームに取り残された。
ステージ最初の苦労は、あえて記すまい。
鬼のような難易度。不親切なシステム。
損傷で機体が膝をついたときには、時刻は5時になっていた。
妻との約束まで、あと2時間。
世の中、クソゲーの中に閉じ込められるほど、腹立たしいことはない。
◆
以上が、状況の経緯である。
思い出すべきではなかったかもしれない。理不尽な事故に腹が立っただけだ。
紙マニュアルの試練を乗り越えて再起動させたアームズを、全速で走らせる。
「苦労して再起動した価値があったな」
道のりを確認しながら、唇をなめる。
ナビによれば、順調に行程を踏破していた。多少の段差や、地面の裂け目など、アームズはものともしない。
「遅れは、取り返せるかな」
妻が怒り、悲しむ顔を思った。
いや、絶対に、レストランに間に合わせてやる!
幸い、ここから先は高低差の激しい丘陵地帯だ。谷間を縫うように機体を走らせれば、会敵を避けつつ空港まで近づける。
「宮島さん!」
小木の声が聞こえる。
サーバーとの接続が回復したらしい。
「今どこです?」
マップを確認する。ログアウトポイントは、まだ先だ。
「空港までは、あと20キロ離れてる」
小木以外のざわめきが聞こえた。緊急事態で、他の社員を呼んだらしい。
「通信は回復したんだろ? この場でログアウトできないのか?」
もうすぐにでも中断したい。しかし現実は無情だ。
「イベント進行中より、完了後の方が安全っす!」
通信から漏れ聞こえてくる声で、俺は小木たちも大慌てになっているのを知った。
「さぁ、宮島さんをサルベージするっすよ!」
サルベージとは、VR空間から人を救出することだ。色んな会社でこれだとしたら、もう事故だな。
「どうすりゃいい?」
「とにかく空港へ! そこがログアウトポイントになってるんで!」
機体を走らせる。
周囲を遮っていた崖が途切れた。
ここからは、だだっ広い平地。あちこちで爆発が起こる、戦場のど真ん中だ。
「きたか!」
200メートル向こうに、敵が見えた。ジープのような車両で、こちらに撃ってくる。左右で地面が弾け、機体が揺れた。
機体の火器管制システムが反応し、ロックオン。
選択中の兵装は、ライフルだ。
右スティックのトリガーを引く。
砲声。ものすごい勢いで、空き缶みたいな薬莢が吐き出されていく。
「うん?」
ぷすん。
フルオートで撃っていると、あっという間に弾が切れた。
「先輩! 総弾数もリアルっす!」
多くのゲームが、騙し騙し乗り越えてきた問題。
『いったいどれだけの弾丸を持ち運べるか?』という疑問に、本作は真っ向から挑んだらしい。
予想はしていたが、舌打ちしてしまった。
「弾は無限とかでもいいんだが」
乱暴なやり方だが、これはゲーム。まして、チュートリアルに近い1面なのだ。
開発陣は口々に言った。
「やだやだ!」
「そんなことできない!」
「イ~ヒヒヒ! 砲をでかくするとこんなことばっかりだ!」
弾が切れた武器を捨てる。サブ武装のハンドガンに持ち換えた。ちなみに、アームズはハンドガンでも戦車砲並みの口径である。
今度は、ぎぎりと変な音がした。
ディスプレイにエラー表示。
「弾詰まり!?」
「低確率で弾詰まりを起こすッス!」
「そんな機能つけるな!」
荒野を進む。地面を踏みしめる振動がリアルだ。
酔うか酔わないかの絶妙なラインだな。
「……なんで、こんなに不便に作ったんだ?」
その疑問も当然だろう。
一時間にも満たないプレイで、俺はげっそりしていた。ユーザーを楽しませる気を感じない。ただの、殺意にまみれたシミュレータだ。
小木が応じる。
「最初は、爽快で、スタイリッシュに戦うロボを目指してました。でも」
「でも?」
「砂煙や、規格外の武器、放置されて浮いたサビ、劣化したオイル――そういうのに黙々と耐えて生き抜く」
なぜか開発陣の声がハモった。
「『戦場』を作りたかったんです!」
「イ~ヒヒヒ!」
俺は、震えた。こんな不便なゲームを世にだしたら、記録的なメタスコアを叩き出すぞ……!
時計を確認する。そろそろ時間がやばい。
いつしか俺の心は、本物の戦場を歩いているかのように荒んだ。
「争いは嫌だ……争いは嫌だよ……」
画面が警告音を発した。
汽笛を数倍大きくしたような、轟音。
地響きを立てて、目の前にカマキリを巨大化させたような敵が立ちはだかる。真っ赤に発行する目。一発でボスと分かるデザインに、事態も忘れて俺は口笛を吹いてしまった。
小木が裏付ける。
「ボスです!」
「一面にしては強そうじゃないか?」
俺は機体を立ち止まらせた。
前から思っていたが、根本的にゲームバランスが悪い。
「運次第では、避けて通れるようになっていますけど」
ボスは顎をカチカチ鳴らして、俺の前に立ちはだかる。どうやらハズレを引いたらしい。
詰まったままのハンドガンを向ける。
「くそ、空港まであと少しだってのに」
先輩!と小木が呼んだ。
「どうした!」
周囲に、アームズが舞い降りてくる。
「こ、これは……!」
視界右のウィンドウに、新メンバーが表示された。今まで俺だけだった場所に、次々とユーザーが入ってくる。
H-OGI、M-TAKAHARA、N-TAKAGI……。
「助けに来たっす!」
小木の言葉に、俺は慌てずにはいられなかった。
「待て待て待て! お前らもログアウトできないんじゃないのかっ?」
「ウチらは慣れてるんで大丈夫です! 空港まで行く1面なんてヨユウ!」
その通りだった。
小木達のアームズは流れるような動きで散開する。機動力を生かし、逆にボスを手玉に取る勢いだ。
……まぁ、お前らが作ったんだしな!
「ここは俺に任せろ!」
「帰ったらビールを奢って下さい」
「俺、ログアウトしたら結婚するんだ……」
「イ~ヒヒヒ! ヒャッハー!」
ものすごい勢いでフラグが建設されていく。
こいつらは、この状況でも、全力でお約束を楽しんでいるのだ。
「お前ら……」
熱。
このロボゲーに費やす彼らの熱量を、俺は肌で感じた。
ふと、考えてしまっていた。
俺も何かできないだろうか。初心者同様の俺でも、ボスに立ち向かえる方法は。
「あっ」
俺は先ほど熟読したマニュアルにあった、操作方法に思い至った。
……できるか? ていうか、やるべきか?
いや、ゲーマーとして、これは試すべきだ。
随分と昔に忘れていたこと――仕様を理解し、敵を攻略する興奮が甦ってきた。
「小木、今からアームズを脱出する!」
「え」
小木は驚いたようだ。ワケを話すと納得したが。
「な、なるほど。そんなやり方が」
にやりとわざとらしく笑ってみる。気分は、ロボットアニメの主人公だ。
「ああ。リアルに創るのは大したもんだが、リアルに創りすぎて、このゲームはロボで正直に戦うよりも、ある種のゲリラが強くなってる」
実は特別な操作がある。
説明書を熟読して覚えていたのだ。
コクピット内の真っ赤なボタンに、俺は拳を叩きつけた。
自動操縦モード、そして自爆モードだ。
「行けぇ!」
愛機を自動操縦にして、ボスに突っ込ませる。
このアニメ最終回にのみ許された暴挙をみよ(アームズに妻の名前をつけないでよかった)。
もちろん俺自身は脱出した。
「先輩っ!」
最後は、生身で空中に放り出された俺を、小木のアームズが掴む。
半壊したボスが追ってきた。一面なのに強すぎだろ。
「逃げろぉおおお!」
仲間達は次々と俺をパスして回す。最後に、小木が空港にタッチダウンを決めた。
◆
目覚めると、先ほどの部屋だった。
慣れていることもあって、小木たちも続々と空港に辿り着いたようだ。全員がログアウトしたところで、俺は感想を言った。
「あまり期待はしていなかったが」
「あう」
「バランスがゴミ」
「うっ」
「ロボを乗り捨てて戦う選択肢はいいが、多分、オンラインではゲリラが流行る」
「ううっ」
「ロボット、アームズにセンサーつけろ。敵よりも先制攻撃できるメリットがないと、でかいロボットは不利だ」
でも、と付け加えかけたら、小木が遮った。
「先輩っ!」
小木は壁掛け時計を指している。
「時間っすよ!」
俺はレストランへ向かった。ギリギリで間に合った。
電車に揺られ、クリスマスイルミネーションを見ていると、世紀末はゲームだけでいいと思う。
VRシステムで遊ばれているロボは、決して架空のものではない。
数年先に実現しそうな戦場を試そうと、そして若者のリクルートに使おうと、代表的な三か国がカネを投じているのだ。
「大変ね」
加奈子は俺の失敗を見てけらけらと笑った。無事に結婚記念日を迎えられて、俺はほっとした。
「でも、楽しかったの?」
加奈子に言われて、俺は苦笑した。
「うん」
しばらく忘れていた楽しみ。
コダワリによって生まれるゲームの新天地を、俺は思い出せた気がしていた。
「次はごめんだけどな」
とはいえ、この苦笑もまた本心である。
新天地が住みやすいとは限らないのだから……!