yqndereation 06
州崎『ぬ』
管理人『ちょっと今何時だと思ってんの?』
州崎『いつでも反応くれるのマジ好き』
管理人『徹夜明けテンションで絡まないでよ』
管理人『で?要件はなに?』
州崎『ないよ、悪いか』
管理人『悪い』
ーー『州崎』のアカウントがロックされましたーー
残23:59:00
「・・・さて、と」
今更寝る気にもならない午前5時
昨日は悪夢を見そうで寝付けず、ずっとWowtubeを漁ってたらこんな時間だ。
目がショボショボするな・・・
立ち上がって伸びを一つしても全然スッキリしない。
ただ、開けっ放しの窓から涼しい風が入って来ているのがわかった。
「・・・散歩でもするか」
そう思い立ち
ジャージに着替えて部屋を出る。
まだ日が昇ってないからか元々少ない人通りもなく、とても静かだ。
聞こえるのも鳥の声くらい。
閑静。
この空気は嫌いじゃない。
のんびりと歩いていると、ふと向こうから誰か歩いてきているのに気づく。
それは見覚えある顔・・・っつーか倉野じゃねえか。
「よー倉野?どうしたお前こんなところで」
「へぁ?!え、あ、す、州崎さん?!」
「んだよ驚きすぎだろ」
歩きながら考え事でもしていたのか声をかけてようやく俺に気づきびくりと肩を跳ねさせる。
「あ、いえ、め、珍しいですねこんな時間に・・・」
「今日はそんな気分だったんだ。そう言う倉野は?」
「え、あ、その・・・」
「ん、さてはお前」
「あ、ぅ・・・」
「ターゲットのところに行こうとしてたのか?」
「へ?・・・そ、そうです!流石ですね州崎さん!」
「ふふ、まあな。しかしキュートなカメラまで持って準備万端だな」
ポシェットみたいに斜めがけしているのは最近流行りのデジタルカメラ。
トイカメラとコンデジの中間くらいのお洒落な奴だ、
天体望遠鏡みたいなのを使う感染者もいるがこっちの方が倉野には似合っているだろう。
デスペラードみたいに白バズーカを構える倉野は正直あまり見たくない。
「実は昨日買ったばかりなんです、れっ、練習したいので州崎さんのこと試しに撮ってみていいですかっ」
「ん?カッコよく撮ってくれよ?」
「いいんですか?!」
聞いといてなんだよ。
「ただし流出させたらひどいやり方で殺す」
「殺す?!えっ、えと、えと・・・引っかかって・・・っ」
スリングが胸に引っかかって悶える倉野。
たすき掛け、つかパイスラなんてしてるせいだ。
「3、2、1、時間切れだ。シャッターチャンスはお前を待たない」
「うぅ・・・そうですね・・・」
しょぼくれた顔でカメラを胸元に持つ倉野。
「本番前にいい教訓になっただろ?カメラは撮りたい時に撮れないとな。ところでなかなか性能いいんだって?これ」
昨日スマホ買った店でも売り切れ寸前で数個しか残ってなかったはずだ。
岬がコスパがいいと言うからには良い物なのだろう、
倉野の手から拝借して眺めてみる。
使い勝手は悪くなさそうだ。
・・・なんだ、時間設定もしてないのか、しといてやろう。
・・・これでよし。
「倉野、スマイル」
「え?」
「笑って、ピース」
「え、えへ?」
照れピース、いい顔だ。
カメラを向けシャッターを切る。
「って私の写真なんて撮らなくていいんですよっ!」
撮られてからツッコミ入れる迂闊さ、嫌いじゃない。
「・・・州崎さん?」
「いいや、こうやって写真撮るのも懐かしくてな」
少し画面を眺めてからカメラを返す。
「さて、引き止めて悪かったな・・・盗撮はほどほどにしろよ、決めるときはちゃんと真っ向勝負だ」
「あ・・・はい・・・」
「んじゃ」
軽く手を振って別れる。
背後でパシャリ、とシャッターを切る音がしたような気がして振り向くが倉野はもう居なかった。
・・・気のせいか。
スマホを見る。
時間はもう六時になろうとしていた。
さて、帰って寝よ。
そして二度目の起床で昼過ぎ。
「ふう」
ため息を零してシャーペンを置く。
ここ数日サボってた分くらいは取り戻せただろう。
昨日図書館で借りた参考書を閉じる、
それからメルトダウンしそうな頭を冷やすために冷蔵庫を漁り、見つけた缶サイダーを一気に飲み干した。
「俺の部屋はおおよそ数学向きじゃないな」
そんな感想が口をつく。
気持ちばかりの扇風機は生暖かい空気をぶつけてくるだけだ。
こんな日は外で適当に涼んでいた方が良かったかもしれない。
網戸も無い開け放しの窓辺からぼんやり外を眺める。
夏休みではしゃぐちっこいのが自転車で走り回っていた。
その姿に、幼馴染達との思い出が重なる。
「・・・」
感染者と、被対象者。
アイツらはそういう関係になった。
俺だけが前に進めない。
後ろ姿は楽しげにベルを鳴らして走り去って行く。
・・・
見習って俺もどこかに出かける・・・と言う気にもなれなかった。
だが、もう一度参考書を開く気にもなれない。
♫〜♫♫
着信音、机の上のスマホに表示されているのは件の幼馴染の名前。
・・・数コール待っても切れないから仕方なく手に取る。
「もしもし、こちら911」
『あ、通じちまっ・・・おはよう、辰巳、グループトークからかけても出ないから電話したんだけどさ」
「今朝から凍結中だ。わざわざどうしたんだ?」
『あー、その、助けてくれ』
「・・・はぁ、またかよ。今度はどこの女を惚れさせたって?」
「病院の看護師さんだ・・・それで、その・・・今日退院だからって告白されたところを恭子に見られてて』
あ、そういや退院は今日の午前か。
「仮にも職員としてのモラルが無いな、とはいえそのくらいでキレる佐波じゃないだろ」
『そ、それは・・・とにかく俺の部屋に来てくれよ・・・気をつけて」
それだけ言い残してブツっと通話が切れる。
怪しい。
とはいえ聞くだけ聞いて行かないってのもアレだしな。
のんびりと支度をして部屋を出る。
亮司、伊達亮司は俺の幼馴染であり、もう一人の幼馴染である佐波恭子と妹である伊達玲香の被対象者である。
そして、亮司ついて語るなら忘れてはいけないのが致命的にモテるという点だ。
イケメンで性格も良い、あれでもう少し器用な生き方ができるならそれこそエルヴィス・プレスリーみたいな生き方もできただろう。
まあ致命的と言った通りこのご時世では女に、あるいは男に刺されて死ぬのは避けられないだろうが。
さておき今回みたいに誰かに惚れられるのは別に珍しい話じゃない。
月に2回くらいのペースでよくあることだからだ。
その度に佐波と妹が荒れるのもいつものこと。
いつものことだからこそ、わざわざ俺に助けを求めるのはどうにもおかしい。
やっぱこれはなんか裏があるだろ。
なんて考えている間にもう亮司の家に着いてしまった。
近所だしな、数分だ。
チャイムを押すとメロディーが終わる前にドアが開けられる。
まるで待ち構えていたかのように。
「あ、ようやく来たわね」
出迎えたのは佐波。
当たり前のように亮司の家にいるのは今更気にすることでもない。
なにせ、こいつらはほぼ同棲だ。
「ああ、お友達が来たぜ・・・亮司は?」
「部屋にいるわよ」
「そうか」
俺が玄関で靴を脱ぐと、なぜか佐波は俺の後ろに回り鍵を閉める。
「なんの真似だ?」
「防犯意識、高くて損はないでしょ」
「その通りかもな・・・あんましキレてないな」
「え?・・・あの看護師の件?わかってるわよ、それはもう済んだわ。目の前でキス見せつけて諦めてもらったし」
「ひゅー、じゃあなんで俺は呼び出されたんだと思う?」
「こないだのチャットで玲香ちゃんのお胸の話をしたわよね」
・・・そういや『部長を笑えるほど無いって言ってたぞ』なんて書き込んだのを思い出した。
「私も一応亮司を尋問したけどね、身に覚えが無いって」
「だろうな」
「で、そのことについて玲香ちゃんに教えてあげたの」
そういうことか完全に理解した。
「罠だ・・・これは罠だ!」
「自業自得よね」
「俺をおびき出すための、か、嵌められたわけだ」
「ええ、そういうことです」
「!」
背後から声。
感染者に挟まれた状況。
絶望的だ。
「人が気にしていることを揶揄するような人間には・・・お仕置きがいりますよね」
耳元で囁く。
いつから俺の後ろにいたのか。
そんな疑問は今更すぎた。
「いいか、お前に一つ言っておきたいことがある」
「なんでしょうか」
「小さいことは、いいことだ」
妹はそれに何も答えず、俺の襟首を掴んだ。
ーーーーー
「くっそ妹の野郎は加減ってもんを知らねーのか」
「七割くらいはお前が悪いんだぞ」
隣でコントローラーを握る線の細い優男。
改めて俺の幼馴染その1こと伊達亮司だ。
「あぁそうさ、俺も悪かったさ。でも見ろよこの俺の腕!血が出ない程度に削ぎ落とされてる!」
おかげで今も扇風機に当たるだけでヒリヒリしやがる。
「人を脱皮する爬虫類か生ハムの原木とでも思ってんだろクソ」
「中学の頃名札の安ピン薄皮に刺して宙に浮くマジックとか言ってたの思い出さね?」
「家庭科の授業で指の皮に糸通したアホもいたよな、お前のことだぞ」
「そんな俺を笑ってたら思いっきり指に刺してお姫様抱っこで保健室に連行された奴が言えるか?」
「・・・痛い思い出だな」
確かにそんなこともあった、俺の数多い黒歴史の一つだ。
「んで保健室といえば今更だがその例の看護師は発症したりしてないよな?」
「あぁ、大丈夫みたいだ」
なら問題ないか。
「ほんっと、モテ過ぎて苦労するな」
「まぁな」
嫌味じゃなく、こいつも大変だと思う。
顔も良くて性格もいい、困った奴を見捨てないし誰にでも分け隔てなく接する。
そんな奴だから惚れられるのはよくある事。
こいつに『発症』するのも何人もいた。
んでそのたびに、佐波と妹が・・・な?
今日まで亮司の周りで死人が出てないのは奇跡だと言っていい。
あるいは亮司の立ち回りの上手さがあってと言うのもあるか。
ただ、その結果怪我するのはいつも亮司だ。
こないだまで入院してたのもそう。
映画研究部の部長を惚れさせて色々あって刺された。
まったく、よく今まで生きてこれたものだと思う。
「もう早く佐波と付き合っちまえよ。今も事実婚みたいなもんだろ」
「事実婚て、いや、中々タイミングが・・・今更言い出しにくいっていうのも」
「呆れた、とんだヘタレだな」
「それに玲香のこともあるし」
「・・・俺としては妹も受け入れてやった方がいいと思うが、亮司次第だけどよ」
「二股はちょっとな」
「へ、真面目なやつだ。言っとくが幼馴染の死体処理なんてしたかないからな」
モラルを取るか命をとるか。
時に真面目で誠実であることは『罪』になる。命で償う羽目にならなきゃ良いが。
「俺はむしろ辰巳のほうが心配だって」
「あ?俺?」
「あんま無茶すんなって話、二人とも、俺も心配したんだからな」
ああ、こないだのことか。
「感染者に心配されるようじゃ俺もまだまだだな・・・大丈夫さ、最悪でも脳みそさえ残ってれば累がどうとでもしてくれるしな、ワナビーロボコップ」
「どこまで冗談かわかんなくてこえーよ」
どこまでか、どこまでだろうな
「いや、まぁ俺のことより今は倉野のことなんだが、先日の件の倉野京。近いうちにあいつの感染傾向テストとカウンセリングを頼んでいいか」
「ああ、オッケー」
「発症前になる早で済ませたいからな、明日なんてどうだ、予定入ってるか?」
「俺はいいけど」
倉野にメールを送る。
『明日14時帰宅部室来れるか』
要件はシンプルに送信、と。
ピコン、と受信。
返信早いな。
「じゃそれで決定ってことで。しっかり頼むぜ」
「任された、そいで話は変わるけど来週の水曜あたり海に行かん?」
「サメを殴りにか?」
「なんでだよ普通に海水浴だって。累さんは今年忙しいんだろ?だから俺たち四人でさ」
「それ俺がお邪魔だろ」
感染者と被対象者の間に入るのは百合の間に挟まるのと同じくらいの重罪である。
昔から言うだろ?人の恋路を邪魔するやつは、って
下手すりゃ俺の命がない。
うちの幼馴染に限って殺されはしないだろうが。
「全然、むしろ辰巳がいてくれないと困る」
「・・・困る?」
「まぁ色々あるんだって」
「そうか?そう言うなら・・・いや、待てよ?どうせなら道連れを呼びたいとこだな」
せっかくだ、アイツも暇なんだろうし。
「・・・え゛」
「んだよその反応」
「女子、じゃないよな?」
「夏のビーチで男祭りってのも悪くないが女だ」
「マジ?まさか倉野さんか?」
なぜ倉野?
「いや、奈河。奈河遠見、知ってるだろ」
「奈河さん?・・・あぁ・・・え?なんで?」
「なんでって何だよ」
「いや、仲よかったのか?」
「どうだろうな、会えば話すしたまには本を勧められたりもする、そのくらいだ」
「でも誘うのか」
「断られるかもだけどな、余程嫌ってならやめとくが」
「俺はいいが・・・その、な・・・」
「私も構いません」
「うわっ」
ぬるりと出てきやがった・・・
「いい機会です、海の藻屑にしてやります」
「やめろよ?」
ちなみに奈河と妹は顔を合わせれば小競り合いを起こす仲だ。
大抵の場合奈河が喧嘩を売って妹が買う。
で、奈河がしばかれる。
感染者相手に勝てるわけがないと知りながらも煽り散らす奈河のハングリー精神はたまに見習いたいと思う。
「いや、うん、玲香が良いなら俺もオッケー」
「んじゃ決まりだな」
夏の予定がまた一つ埋まった。
幼馴染達とあと何回こんな約束をできるか、なんてくだらない事を頭から振り払って俺は麦茶を飲み干した。