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yanderation  作者: 城井和仁
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yanderation 04

「無茶を言って悪いとは思うが、こいつをしばらく貸してくれないか」


ノーと言われるのは当然だったが、それでも僅かな望みをかけて言ってみた。

駄目で元々、それだけのつもりだったのだが。


「どうせ使わないものだし構わないよ」


「・・・サンキュ」


ありがたい・・・が、どこか心配になる答え。

だが今は構ってる暇もない。

奈河のケータイを借り、代わりに財布を押し付ける。


「君の奢りって話でよかったかな?」


「ああ、そのとおりだ。んじゃまたな・・・岬、倉野はどこだ?」


耳に当てながら店の外へ。


『今探してる。でも佐々部が州崎のいる商店街の方に向かってるのは間違いない』


「じゃあ、アイツもこの近くにいるってことか」


『・・・やっぱり』


「岬?」


『倉野先輩を見つけたよ。後ろを見て』


「おいおい、そんな都合よく」


振り向く。

街路樹の影からこちらを覗く倉野がいた。

目があった瞬間慌てた様子で身を隠し、またゆっくりと顔を覗かせる。


「・・・都合のいい女だ」


『言い方』


とりあえずこっちに来るようにジェスチャーで促す。


「で、俺はどうすりゃいい?この足で鬼ごっこは流石に勘弁願いたいが」


『その点は心配なさそうだよ、もう|CCT《Carrier Contain Team》が捕捉したって』


「流石に脱走ともなると仕事が早いな・・・と言いたいが」


『州崎、聞こえるか?』


突然三者間通話に切り替わる。

その主は我らが部長の声だ。


「ああ、しっかり聞こえてる」


『こっちはもういつでもヤレるが、お前はどうしたい』


「俺が決めていいのか?」


『危なそうならすぐこっちで[終了]するから大丈夫だ』


・・・もう佐々部はここまでだ。

奴にはもはや救いが無い。


「なら俺は倉野自身にケリをつけさせたい」


『そうか。後の誘導は夕日に任せた』


淡々と俺の希望を受け入れて累は通話から抜ける。


『・・・そういうことだから、ちょっと待ってて。感染者の位置をそっちに送る』


通話が切れ、地図アプリのローディングが始まる。


「えと、その、す、州崎さん奇遇ですね」


「本当にな。お前にとって幸か不幸か、どっちだかわかったもんじゃないが」


「?」


「なぁ、倉野、お前は戦う気があるか?」


「・・・へ?」


なんのことかわからない、って顔だ。

俺の聞き方が悪かった。


「佐々部が脱走した。奴はターミネーターみたいにお前のところに戻ってくるつもりだ」


「・・・」


その表情は明確に恐怖を示す。

当たり前だ。


「とはいえ奴は感染者の専門チームに捕捉されている。どのみちオシマイには違いない」


「・・・私が戦うって話は、なんですか?」


わざわざ聞いてくるとはいい度胸だ。


「もう顔も見たくないってなら話は別だが、もしお前が自分でケリをつけたいなら別の形で終わらせることもできる」


「別の、かたち?」


「あぁ」


「州崎さんは私にどうして欲しいんですか」


「おいおい、俺の言葉で決めるのか?」


「・・・」


「じゃあ言うが、俺は感染者が憎いわけじゃない。そりゃクソッタレって言いたくもなることもあるさ。それでも、その存在を消しちまうのが必ずしも正しいとも思ってない」


佐々部は倉野京を殺そうとした。

それは薬物投与による記憶処理と法で裁かれるだけだ。


だが、奴はその記憶処理に失敗し、あまつさえ脱走した。

もはや、そいつに待つのは『終了処理』しかない。


被対象者に関することに限らず本当に全てを消してしまうことになる。

残された家族には長期入院とだけ伝えられ、二度と会うことは叶わない。

記憶と人格を破壊され、死ぬまで社会から隔離される。


だから


「最後くらいはお前の言葉で終わらせてやってくれないか」


俺は倉野にそれを願った。








静まり返った商店街、誰もが早足でその場を去っていく。


この感染者ばかりの時代、余計なことに首を突っ込めばろくなことにならない。

そんなの誰だって知っている。 


そして誰もが異常に敏感だ。

身近にそれが溢れているから。


そそくさと顔を引っ込める奴らを尻目に閑散とした通りを抜けて。

そしてようやくそいつを見つけた。


交差路の斜め向かい、まさにズタボロのそいつを。


引きちぎったように裂けた黄色の拘束衣、金属の手枷は片方が外れその削がれた手からは夥しく出血していた。


「・・・よう、佐々部、こないだ以来だな」


片手を上げて声をかける。

返事はない。完全に俺を無視してやがる。

というか、本当に俺の姿なんて見えてないんだろう。

フラフラと千鳥足、薬物は効いてないわけじゃなかったようだ。


「おいおい、無視してんじゃねえ、よっ」


植え込みの小石を拾い、投げつける。

頭に命中してようやくこちらに気づいた。


「お、前・・・は」


「どうも帰宅部副部長の州崎辰巳だ、また会えて嬉しいぜ」


佐々部の顔が歪に歪む、俺のことを思い出してくれたらしいな。

だがそれも一瞬で、視線はすぐに俺の隣にいる倉野に。


「っ、京、ちゃん」


「・・・」


「あぁ、なんで、どうしてそんなやつの隣に・・・」


「俺が今こいつの隣にいるのは大概お前のせいだぞ」


茶々を一つ入れてから、並ぶ倉野に対し一歩身を引く。


「・・・佐々部さん、どうして私だったんですか」


「な、なにが」


「どうして私に発症したんですか。私があなたに何をしましたか?」


「・・・」


その問いは感染者に対して対象者が抱くものとしてよく聞かれる。


何故自分なのか?なぜその人なのか?

わからないやつにはとことんわからない。

感染者本人でさえもそれを言葉にすることができない事があるほどに。


残酷な問いかけだ。


「君は、覚えてないかもしれないけど、今年の春、僕は・・・スキーの大会で惨敗したんだ、怪我もして、日常生活には問題ないけど、痺れが残って、もう選手としては、死んだも同然になってしまった」


「はい、知ってます」


「そんな時に君が、声をかけてくれたんだ、君だけが僕の心配をしてくれたんだ」


「それが貴方でなくても私はそうしていました。落ち込んで辛そうで、机に伏して泣いていたから」


「君が僕を心配してくれた、だから僕は・・・」


「貴方のことを心配してくれる人は他にもいたはずです、あなたがもっと、周囲に目を向けていれば」


それはきっと挫折で視野が狭まっていたのだろう。


「それは・・・そんなの今更どうしろっていうんだ!どうしても君を僕のものにしたいんだ!君がいないと僕は僕じゃなくなってしまう!」


叫ぶ。

それはまさしく感情の爆発。

感染者の、対象者に対する感情はもはや病的だ。

本人にはもう、どうしようもない。


「京ちゃん、どうか・・・僕を、僕を愛してくれ・・・」


「私に好意を持ってくれたことは嬉しいです。でも、ごめんなさい。私が好きな人は・・・」


「倉野」


倉野がそこから先を言ってしまうのは、あまりに残酷だと俺は判断し、静止する。


「佐々部さん、私はあなたの好意を受け入れられません」


はっきりと意思を持って伝えられた一言。

その後には、しばしの静寂。


「そう、か」


佐々部は・・・暴れもせず、ただ力を失ったかのように膝をついた。

まるで操り人形の糸が解けたかのように。


そのタイミングを見計らってか、黒いツナギのような服を身に着け、顔を隠した数人の集団が佐々部を囲むように配置される。


その輪から外れ、一人顔を出していた見知った女性を見かけて声をかけた。


「村上さん」


「あぁ、辰巳様、お久しぶりでございます」


「元居候に様付けはやめて欲しいんですがね・・・ところで今確保したそいつのことですが」


「終了処理は免れません。たとえ貴方が望んだとしても」


「・・・でしょうね」


「ええ。それでは」


村上さんはそう短く返して目前に急停車した車に乗り込んだ。

拘束された佐々部も同様に後続の車へと乗せられる。


「もう間違うなよ」


「・・・」


俺がかけた声にわずかに立ち止まり・・・振り向きもせず、そのまま乗り込んでいった。


「州崎さん」


「んだよ」


「これで、本当に良かったのでしょうか」


「さあな・・・ただ、お前は何も間違っちゃいないさ」


走り出す車列を見送る。


こうして倉野京の依頼は本当に終わった。


まだ夏も始まったばかりの頃だった。








病院の屋上は清々しいくらい風通りがいい。

佐々部の送還の翌日、松葉杖を返しに行ったらまさかいきなり累に拉致されるとは思わなかった。

そのまま一昨日と昨日は病院でみっちり精密検査。

せっかくの休みが潰されちまった。


唐突に、屋上の扉が開く。


「おい、ここは立ち入り禁止だぞ」


「州崎さん」


泣きそうな顔で、倉野京はそこにいた。

コロコロ表情が変わる奴だ、会ってまだ数日なのにもうそんな印象がある。


「病室にいなかったから、心配しました」


「気分転換は大事だろ?」


「すごく心配しました」


「二回も言うなよ、悪かった」


今にも涙がこぼれそうなまん丸の眼から目を背け、ポールと高い柵の向こう側を眺める。


「感染が広まってからもこの社会は問題なく動いている。水道も電気も止まってないし、スーパーも、コンビニだってやってる、少し事件が増えただけだ」


「はい」


「お前は決しておかしくなったわけじゃない」


「・・・ふふ」


「なに笑ってんだよ」


「州崎さん、慰めてくれてるんですか?」


「自棄になってほしくないだけだ」


それだけが心配だった。

自分を認められず、許せなくて、諦めてしまうことが。


「・・・私もいつかあの人のようになってしまうのでしょうか」


「攻撃的な性質になる可能性がないとは言えないな」


「そう、ですか」


「自分が嫌になったか?」


「・・・はい、少しだけ」


「そうか」


佐々部という男と自分の行く末を重ねてしまうのはきっと無理もないことだ。

感染者も多様だがこいつはきっとそれを知らない。


同じ感染者である自分も、と考えてしまう。


確かに感染者は危険だ。

それは理解しなければならない。


だが全てがそうじゃない。


「倉野、お前部活やってるか」


「え?・・・はい、家庭科部を」


「そうか、あそこは確か兼部できたよな」


「はい、できると思います」


「なら帰宅部に入らないか」


「・・・」


俺はそう提案した。


「感染者だっていろんなのがいる。馬鹿な奴も愉快な奴らもいるんだ」


「・・・私が州崎さんと同じ部活に、ですか?」


「他の奴らには話を通しとく、休み明けに顧問の平山先生に入部届を出すだけでいい。なんと今なら報酬の食券を50%オフにしてやるおまけ付きだ」


「州崎さん・・・」


「それともう一つ。これだけは忘れないで欲しいことだ」


倉野に向き合う。

そして、その目を見て告げた。


「お前が誰かに発症() して不幸になるなら俺がお前を倒す。諦めるな、俺がお前と戦ってやる」


精一杯格好つけた言葉を。


俺を信じてもらえるように。

自分を諦めてしまわないように。


だが、ちょっと格好つけ過ぎた気がして、言葉を付け足す。


「ほら、映画でよく言うアレだ。ステイ・ウィズ・ミーって、イカしてるだろ?」


「・・・ぐすっ」


「おい泣くことないだろ!なんだよ倒されるのは嫌か?!」


「いえ・・・嬉しくて」


「あ?・・・おう」


「州崎さんっ」


「なんだ」


「これからもよろしくお願いいたしますっ」


「・・・ああ、任せろ」



 





恋愛症候群。

それは俺にはまったく関係ない話だ。


だってそうだろ?

それは『お前』と『誰か』のお話でしかない。


首を突っ込めば冗談抜きで命に関わる、馬に蹴られるよりよっぽど酷いな。

毎度毎度、怪我させられたり見たくもないものを見せられて、自分が馬鹿だとは思うね。

といっても後悔はしちゃいない。


ヒーローになりたいわけじゃないが、明日が来ない奴を見送るのは嫌だからな。


だから道を間違えたり、その場で蹲りたくなったりしたなら俺の所へ来い。


ちゃんと家に帰れるように一緒に歩いてやるよ。


帰宅部は今日も活動中だ。



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