6
ピンポーンと来客を告げるチャイムが店内に鳴り響く。
夜の十一時。客はまばらだが、まだまだ静かにはならない。
レジ内で備品の在庫管理をしていると客が前に立った気配がし、立ちあがった。
「いらっしゃいませ」
顔を上げる。そこには見知った女性が立っていた。根岸が働くカフェの、女性オーナーだ。
「あら」
相手も気付いたようで、目を軽く見開いている。
「根岸くんのお兄さんよね?」
なるほど、兄という設定か。
友達じゃないのかと心の中で悪態をつきながら頷いた。
「いつもあいつが世話になってます」
「いえ、こちらこそだわ。とてもよく働いてくれるしお客様からの評判もよくて、おかげさまで売上がかなり上がったのよ」
オーナーの言葉がどこまで本音なのかわからないが、身近な人が褒められて嫌な気持ちはしない。
ありがとうと言われ、こちらも慌てて頭を下げた。
オーナーはにっこりと笑んでいた顔をすぐに曇らせ、顔を近づけてきた。
「あの、今ちょっと時間あるかしら?」
またもや嫌な予感だ。どうしてこうも面倒事が舞い込むのか。
あいつ、疫病神じゃないだろうなと悪態をつきかけた。
この状況で逃げられるわけがなかった。ちらりと今日のパートナーを見れば、心得たと言わんばかりに笑顔で頷いている。
仕方ないと腹をくくり、こくりと頷いた。
制服を脱ぎ、申し訳ないがと一言断ってから店外へと出る。
少し肌寒いが、バックルームに入れるわけにもいかなかった。
ホットの缶コーヒーを渡せば素直に受け取られる。この人自体は好印象であった。
「それで、話っていうのは」
兄という設定のため断りようがない。どうか面倒な話ではありませんように。
オーナーは少し逡巡したあと、私生活に口を挟むのはよくないとは思うのだけどと口を開いた。
「あの子、ストーカー被害にあってない?」
「へ?」
言われた言葉が予想外で、まぬけな声が出た。
「家ではどう? 変だなって思うようなことないかしら?」
「そ、うですね。特には……」
脳裏には、毎日決まった時間に郵便受けから覗く人間が浮かんでいる。
俺に対しての嫌がらせかと思ったが、どうやら違うようだ。
そうなのと見るからに落胆したオーナーは、大きくため息をついて左手を頬にあてた。
「いえね、実は最近、彼が挙動不審なのよ。なにかに怯えているみたいで、電話が鳴れば飛び上がる勢いで驚くし、郵便の配達員を見ただけでビクビクしてるし、他にも色々……さすがに常連のお客様も心配してくださっててね」
私も心配でと言われ、やっぱり聞きたくなかったと心の中で悪態をつき小さく溜息をついた。
「ありがとうございます。俺も注意して見ておきます」
そう告げれば、ほっとした表情で頷く。
「あの、あいつ不器用なんですけど、よろしくお願いします」
頭を下げれば、少し驚いた顔をして大丈夫よと言われた。
「こちらこそ! 彼に辞められたらもうお店できないわ」
いいオーナーに出会ったもんだ。
じゃあねと手を振ったオーナーを見送り、店内に戻る。なにやら言いたげなパートナーを無視し、仕事を再開した。
これは早急に手を打たなければならない。心地よい生活を守りたいなら。
俺の口からは、やはり溜息しかでなかった。
数日後、根岸がカフェへと行った後に郵便受けにあるものを貼り付けた。以前、一緒に働いていた一人暮らしの女子大生が、ネットで見たアイデアなのだと言っていたものだ。
なかなか良い出来だと満足してひとつ頷き、テレビの上に置いてある時計を見る。
長針はもうすぐ頂上を差す。短針はいつもの時刻を差していた。
玄関脇に身をひそめ、静かに待った。
カツカツと心当たりのある靴音が響く。こちらへ向かっているようだ。
鉄製の階段を上がる音、徐々に近づいてきて……カタリと郵便受けが開けられた。そして
「きゃあ!!」
女性の悲鳴だ。俺は勢いよくドアを開けた。まだ前にいたのだろう人物にドアが激突する。痛みに再び叫んだその人は、そのまましゃがみ込んだ。
腕を伸ばし悲鳴の持ち主を捕まえる。捕まえられた人物は痛みと驚いたこととで腰を抜かしているようで動けないようだ。呆然とこちらを見上げている。
「……何の用っすかね」
いつもいつも迷惑なんですよと、ドスを効かせて唸った。
俺の言葉を合図に、両隣の部屋と階下から、何人もの同じ制服を着た男性らが飛び出してきた。
「な、なに!? 何なのこれは! どういうこと!」
「どういうことって、それは俺が一番聞きたいことですけどね」
悲鳴の持ち主の肩を、出てきた男性――警察官が叩く。
「け、警察!?」
顔面蒼白になった女性は、慌てて逃げ出そうと身を捩ったが今さらだ。
その行動は女性に後ろめたいことがあるのだと言っているようなもの。現に、証拠だってある。警察官らも、すぐに女性を取り囲んだ。
「ちょっとお話を聞かせてもらいましょうね」
観念したのだろう。女性はやけになったようで、人の部屋の前で大きな声で聞いてもいないことまで喚き散らしてくれた。




