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タイパ

 彼がやたらとタイパを気にするようになった。

 二言目には「忙しい」。

 ムカついていたのも最初のうちだけ。

 最近は度を越している彼が心配になってきた。


 寝る間も惜しんで見まくる動画は五倍速で。

 後で尋ねても当然内容なんて理解できていない。

 前は感想を二人で語り合ったりして二度楽しめたのに。

 会話も減ったし、その減った会話自体も物理的に減った。

 「ごはんにしよう」が「ご」、「お風呂入るね」が「ふ」、「いってきます」が「い」で「ただいま」が「た」。

 二文節以上の会話が懐かしい。

 一緒に居ても必ずスマホを眺めているし。

 絶対にナナメ読みすらできてないでしょって勢いでニュースサイトなんかをスクロールしまくっている。

 SNSは辞めたみたいだし、私とのやりとりもスタンプだけ。

 食事も二人別々のものを食べるようになった。

 彼は栄養ゼリーをキュッとすするだけ。

 お酒も全く呑まなくなっちゃった。

 人生で食事が楽しくなくなるって相当な苦痛だよ?

 近所の新しいお店巡りデートなんてのは彼の脳みそから完全に消えてるし、たまに外食があるかと思えば立ち食いそば。

 しかも食べるの早いんだよね。

 「け」って言って汁は残すの。

 多分「健康のため」とかそういうこと言いたいんだろうな――って、クイズかよ!

 そうそう。クイズといえばYESの「うん」もNOの「ううん」も両方「う」なんだよね。

 細かな表情を見て私が判別するの。

 自分の時間は強引に短縮してるのに、それに振り回される私が彼の一文字の解読にかける無駄な時間については一切考慮ないんだよね。

 しかも!

 そのくせ「忙しい」は言うんだよ?

 しょっちゅう! 五文字も!

 それを言えるなら「あ」じゃなく「愛してる」って言いなさいよね!


 彼のことは大好きだったけど、私はとうとう覚悟を決めた。

「別れよう」

「ど」

「同意のど?」

「ち」

「あーもう! わっかんないのよそれ!」

「ご」

 この期に及んで一文字しかしゃべらない、しかも片目はスマホを眺めながらの彼に堪忍袋の緒が切れた。

 今まで蓄積された怒りに身をまかせて言ってやった。

「何なのその一文字! いい加減にしてよね! 『忙しい』は五文字も喋れるくせに! だいたい一文字じゃなんにも通じてないのよ! 私が納得するまでちゃんと説明しなさいよ! あなたが忙しがっているせいで私はもっと忙しくなってんの! 二人合わせたらトータルはマイナス! ほら、まだ片目でスマホ見てる! もういいよ! 忙しすぎて私と付き合っている時間なんてないんでしょ? 全部自分の都合で物事進めて、あなたがそうやってタイパ重視できている裏にはそのタイパを支えるべく努力している人が居るってこと、理解してる? してないならただの甘えでしょ! ここまで言ってもまだスマホ見てるって何? 何様? 私が言ってること理解できてないでしょ! どうせスマホで追っている内容も理解できてないんでしょ? 五倍速の動画や映画と一緒! 中途半端にマルチタスクに手を出して、結局どれもモノにできてないの。つまり成果ゼロ! あなたは忙しいって言うのに忙し過ぎて結局時間を無駄にしてるのよ! エッチだって超タイパ重視であっという間だもんねッ!」

 そこまでまくし立てたとき、彼の目がぐりんと一回転して、一言。

「最後のは(わし)じゃない」

 その直後、彼は倒れた。

 え?

 状況は理解できてないけど、こういうときって頭を動かしちゃいけないってのは思い出した。

 それから救急車呼んで、一緒に病院まで行って。

 診察の間、ひとりぼっちの薄暗い待合室で私は再確認した。

 彼のこと大好きなんだって。

 失いたくないって。

 涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった私に、お医者さんは告げた。

「睡眠不足ですね」

 あと、過労気味で栄養失調気味だとも。


 点滴を打ったら彼は少し元気になった。

 頭文字だけで喋るのをやめたし、「別れたくない」から始まって私のどこが好きかを延々と語り続けた。彼も涙と鼻水出しながら。

 看護師さんに追い出された私たちは病院を後にした。

「美味しいもの食べて、しばらくはゆっくり休んでくださいって言われてたね」

「そうだね……なんで、俺、美味しいもの食べてなかったんだろう?」

「知らないわよ……寂しかったんだから」

「ごめんな」

 彼はここしばらくのこともゆっくりと語り始めた。

 凄まじい強迫観念でいっぱいいっぱいだったこと。

 ゆとりがなくて、それを申し訳ないと思いつつも、ゆとりがないことに意識を持ってかれて他の何に対しても集中できなかったと。

 それからたくさん謝ってくれて、たくさんたくさん愛しているって言ってくれた。

 お詫びにのんびり温泉旅行を奢ってくれることにもなった。

 帰りにコンビニに寄って、帰宅してからは深夜過ぎだってのに二人して台所に並んで一緒にカレーを作った。

 作っている途中も、食べながらも、久々に色んな話をした。

 カレーが、味だけじゃなく全部が、とっても美味しかった。

 その後、狭いお風呂に一緒に入って、盛り上がって。

 フィニッシュが早いのは相変わらずだったけど、そのぶん前戯とアフタートークにとっても時間をかけてくれた。

 ただ、イキそうなときに何度も「い」って言ってたから、まだあの声が憑いているんじゃないかってちょっと不安。




<終>

いそがし

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