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窓を開けないで

 その夜は妙に蒸し暑かった。

 冷房がついているにも関わらず、背中にやけに汗をかく。


「おい、外の方が涼しいぞ」


 タバコを吸いに外に出ていた秋山が、ついでに近所のコンビニまで足を伸ばしてアイスを何本か買って戻ってきた。


「サンキュ。気が利くなぁ」


 さすが秋山。俺のナンバーワンフェバリットのチョコジャンボモナカもちゃんと入ってる。


「暑い時はアイスよりかき氷じゃねぇ?」


 尾藤はガリガリ君に齧りつく。

 コンビニ袋に残った一個を秋山が近田に差し出すと、近田は軽く頭を下げ、雪見だいふくを頬張った。

 無言でアイスを喰らう男四人。


「ふぅ。食ったぁ」


 いつもならアイスでリセットしたあとは、飲みモードが再開されるのだが、今夜は皆の様子がおかしい。


「あんまり涼しくならねぇな」


「マジで? 俺もだよ」


「なぁ近田、窓、ちょびっとだけ開けてみてもいいか?」


 秋山が近田に確認すると、近田は食い気味に「やめてくれ」と言う。そしてすぐ「ごめん」と付け加える。

 冷房代は余計に出すからと言うくらい窓を開けるのを頑なに拒む近田の妙な迫力に圧され、俺たちはテンション下がり気味、汗かき気味のまま。冷蔵庫から出してきた缶チューハイまでぬるく感じるほど。

 梅雨が明けたというのにやけに湿度を感じる。冷房だってかなり低めに設定しているのに。


 そのとき、窓の外でポ、ポ、と何かが弾けるような音が聞こえた。


「うおっ! 花火じゃねぇ?」


 急にテンションの上がった尾藤が、窓に耳をつける。


「けっこう近いぜ!」


 尾藤は声のボリュームを上げながら、勢いよく窓を開けた。近田が止めるよりも早く。


「ぽ、ぽ、ぽ、ぽ、ぽ」


 それが、花火の音なんかじゃなく、女の声だと気付いたのは俺だけじゃなかった。

 さっきは窓開けたい派だった秋山も、乗り出しかけてた尾藤の上半身をすごい勢いで部屋の中へ引っ張り込み、その間に近田が窓を閉めた。

 でも見えてしまった。窓の向こう、塀の向こうに、白い何かが動いているのが。大きなつばのようなものも見えた。白い大きな帽子?

 背中の汗が止まらない。


 このアパートは斜面に建つ二階建て。

 塀自体の高さは2メートルくらいしかないが、塀の向こうは道路で、道路からの高さを含めると、5メートルじゃきかない。だから、あの高さに帽子が見えること自体、おかしなことなんだ。


「ぽっ、ぽぽぽ、ぽっぽっ、ぽぽぽぽぽ、ぽ、ぽ、ぽっ」


 閉めた窓の向こう、声が近づいてくる。

 変に籠もった「ぽ」という音は、トンネルの中で女の高笑いが反響した音のようにも聞こえる。


「ぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽっ、いひぃ」


 笑い方が変わった。

 今や四人とも酔いが覚め、首をすくめながらじっと動かずにいる。


「ひぃっ、いひっ、ひっ、ひっ、いひぃぃぃひっ、あははっ、はははっ」


 笑い声は悍ましい万華鏡のように、次々と気持ち悪さの形を変えながら、続く。

 最後はケラケラケラと甲高い乾いた笑いになって、突然静寂が訪れた。

 しばらくの沈黙のあと、近田が口を開く。


「俺が初めて聞いた時からぽっぽっぽって笑ってたんだけどさ、じいちゃんはあれをケラケラ女って呼んでたんだ。お前らを巻き込むつもりはなかったんだけどさ、何かあったら悪いから、俺は先に帰るよ。俺が自宅で窓を開けるまで、お前らが窓を開けなきゃ大丈夫だと思うから」


 それが近田と会った最後になった。

 針がレコードを削るように、俺の記憶にしっかりと刻み込まれたあの女の笑い声は、今でも時々、俺の中で再生される。




<終>


いただいたお題は『けらけら女』ですが、八尺様も混ぜました。共通点があるように思えたから。

妖怪は姿を変えながら時代を越えて生き残っているのかもしれません。

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