防衛
血生臭い戦場で、百合の花が咲いていた。
馬車に乗ってたのはシュメルだった。悪気がなかったのはわかるけど、こうなるんなら教えて欲しかった。
あー。うん…。まあ、これが普通の反応か。そりゃ、入隊しているとはいえ、訓練を受けただけだし。人どころか、動物の死体もろくに見たことないだろうし。
今のところ撃たれにきた馬鹿共を除けば、敵に動きはない。うーん、後ろから回り込んできてるかな?音は…。
聞こえる。すっごいうっすらと。山にいて良かった。普通の人間には、いくら耳を澄ませても聞こえないような、小さな音だから。
この距離なら、銃剣だけのほうがいい。首を切りつければすぐだ。
いつ来る、いつ来る…。シュメルのほうに目をやる。変化なし、こっちはあり!
一気に地面を蹴る。距離をつめ、敵の懐へ。まずは一キル。次、二キル。銃口が向いた。避ける。おい、味方に当たったぞ?
胸に突き刺し、三キル。相手の持ってたナイフを奪い、四キル目。突き刺さったの抜くより、相手の盗るほうが速い。一瞬の隙が命取り。
残り…。いないな。うん、音が聞こえない。こちらから向かうか。シュメル…。
敢えて足音を控えない。相手は味方が帰ってきたと思うだろうから。変にこそこそするよりばれないもんだ。
一人、出てきた。一瞬で懐に入り込み、声をあげる暇も与えず首を切りつける。銃と違い、大きな音が出なくていい。
数、五。無防備に背中見せて…。皆仲良く死んじゃいな。
一、二、三、四、五。もういない。
シュメル、今いくよ。安心して。
良かった。シュメルに怪我はない。少なくとも、外見はね。流石に、内面はわからない。
「シュメル、大丈夫。敵はいない。皆殺したから。」
「死体が、死体が…。」
「これが戦場だよ。軍人なんだ。これは当たり前の光景。」
「シャロンは、どうして、平気なの?どうして、殺せるの?」
「敢えて言うなら、軍人だから。」
ある意味で、正解だ。勿論、軍人は人を殺すのが仕事とか、そんなつまらんことを言ってるんじゃない。もっとつまらない、合法的に人を殺せるから、というのも違う。人を守る為でもない。大体、人を助け、人を殺すなんて、人を守ったことにならない。自分を守っただけだ。国を守れば自分は守られる。家族を守ればそれを失う悲しみから自分を守れる。家族を失った人でも、何かしらから守られる。
僕の場合は、シュメル、ライフル、リボルバー、そして縁。仲間との、家族との、縁。まあ、シュメルが守られるなら、他は全部捨てるけど。
だから、シュメルが傷つくのは許せない。傷つけていいとすれば、それは僕だけだ。
「ここにいても仕方ない。行こ。歩きだけど。…歩ける?」
「うん、大丈夫。ごめん。やっぱ、シャロンちゃんは私なんかよりすごいね。」
「そんなこと、ないよ。僕は、人が死んでも悲しまない。悲しめないんだ。でも、シュメルは違う。優しさ、思いやり…。そういったものも、時には必要なんだ。僕の持ち得ないものが…。
つまりは、僕とシュメルがいれば最強ってこと!僕からしてみれば、シュメルのほうがすごいの。だから、安心して。誰もが長所・短所を持ってるんだ。今回は、シュメルの短所が出ただけ。しかもそれは、時に長所になる。シュメルはすごくないなんてことない。」
「そうかな…。うん、そうだね。私もシャロンも凄いし、凄くない。ありがとう、色んな意味で。
報告もしなきゃいけないもんね。うん、行こう。」
「報告…。シュメルお願い。さっそく僕の苦手分野。」
「はいはい。じゃ、今日は一緒に寝ようね。」
どうしてそうなる…。それに、それはそれで僕的にも嬉しいような…。
「別にいいよ。」
「じゃ、どんなことしよっかなー。あっちで色々教えてもらったんだー。あ、やっぱやめるは無しね。」
「わかりました…。」
うん、そうだよね。絶対に裏があると思った。
やれるだけやっといた。施設は破壊し、道も瓦礫で塞いだ。なにもやらないよりはましだろ。
報告はシュメルがやってくれた。つまりは、そういうことだ。
「で、これは…。」
「えっとね、縛りプレイ?」
「いや、これじゃ緩すぎだよ。僕がやってみてもいい?」
「私は別に、なんでもいいけど。」
縄をほどく。シュメルが椅子に座る。一応、尋問の為に、こういう縛り方は学んだ。
ここを、こうして、よし。こんなもんだろ。
「これじゃ動けない。」
「ちょっと待っててね。うーん、もうちょい緩くしようかな。でも、うーん。」
「ねえ、ん。ひっぱると、縄が。」
「へぇ、感じてるんだ。そっか。じゃあ、これを引っ張ると…。」
ああ、いいね。その、必死で堪える感じ…。
(自主規制)
結局、こういう形に収まるのね。シュメル主導でやったあと、僕がシュメルに抱きつくような姿勢で、寝る。
シュメル、暖かい。返り血の暖かさとは違う、生き生きとした、暖かさ。心地よい。やっぱ、放したくない。このまま、ずっと、感じていたい。
そうか、この暖かさこそが、シュメルの暖かさ、優しさなのか。なら尚更、独占したい。僕のものに…。
基地が奪われては仕方がない。新たな配属先は、第137小隊。いきなり前線勤務だ。シュメルは第138小隊。大丈夫かな。まあ、同じ大隊、ついでにいえば中隊だ。援護しようと思えば、いつでもできる。
小隊長ではあるが、例のごとく指示を出すのは下士官。権限があるだけだ。
さっそく、奪還に向かえとさ。無理あるって。だって、元からの部隊はまだしも、主に脱出組で構成された我々は、現状、完全には統率がとれていない。こんな状況で向かっても…。そりゃ、放置したらむこうさんの準備も整っちゃうけどさ。
犬死にさせたら、司令官もだけど、小隊長の僕も責任問題に…。責任転嫁で僕だけ処分もあり得る。
「全員死ぬな。ヤバかったらとっとと後退しろ。敵前逃亡と言われないよう、うまく話は通す。」
「しかし、背中を見せるなど…。」
「誰が、いつ、背中を見せろなどと言った。後ろ歩きだよ。後退しつつ攻撃。わかった?」
「そういうことですか。では、なぜその場から離れるのですか?」
「あくまでも可能性の話だが、敵の部隊がこちらに集中的に来るということもあり得る。小編成二個小隊では対処できん。後退し、味方と合流。その後殲滅すればいい。」
「わかりました。」
数がいるほうが、死ににくいし。中隊だか大隊だかといれば、責任は上に行きやすいし。
「間もなく作戦開始時間です。」
「装備確認。忘れ物なんてしてないよね。」
「ええ、十分に確認しました。」
「十分に?十二分にしておけ。十分にしたと思った時に限って、大事なもん忘れてたりするから。」
「はいはい。小隊長の命令とあれば、逆らいはしませんよ。」
「あ!」
えっと、あれは…。
「エーペ一等兵、なんだ。」
「すいません…。自室に忘れ物を。」
「急いでとってこい。お前一人の為に、全体を遅れさせられない。」
「急いで持ってきます!」
装備を置き、慌てて走って取りに行く。あーあ、無駄に体力消耗してる。
「ほら、言った通りでしょ?」
「ええ、居ましたね。後でしかりつけておきます。」
「うん、時間あるときにね。」
さて、こんなこと言ってる僕は、なにも忘れてたないよな?
ライフル、よし。リボルバー、よし。銃剣、よし。水、よし。食糧、よし。他、よし。良かった。
あとは一等兵待ちか。まだ、時間はある。
「これより、奪還作戦を開始する!」
はーじまった、はじまった。奪還作戦開始だよ。まあ、気楽に行くとするか。小隊、しっかりしろよ。