癒しの場
《癒しの場》
愛理が目を覚ますと、西欧風の荘厳な雰囲気のする石造りの建物の中に居た。そこは全体がほの青く、空気にまでも薄青い色味を感じるような、そんな場所だった。
ここは…?いつもと違う。ユーディも居ない。私の服もいつものあの綺麗なのと違う。普通の服だ。しっぽはついてるから…死んではない。
髪に手をやる。
髪も違う…。普通のあっちの愛理って事?なんだか、ここ、すごく落ち着くけど…。
愛理は、薄青いやわらかいベールにそっと包まれているかのような感じがしていた。どこからか、合唱しているような歌声が響いてきている。
これ、『アメージング・グレース』だ。
愛理は歌声に引き寄せられるように自然と歩いていた。通路の先、アーチ型の入り口をくぐると、合唱の歌声が一段大きく響いた。そこは天井の高いドーム型の大広間のような場所だった。聖歌隊のような人たちが巨大なパイプオルガンの音に合わせて歌っている。
やさしい歌声…なんて綺麗な音色…。
立ち止まって歌に聞き入っていると、ふいに誰かに何かを手渡された。反射的に手にとる。
歌詞だ…超下手っぴだけど、一緒に歌って良いのかな…。
愛理はそんな事を少し思ったが、自然と一緒に歌っていた。
あれ? なんだか、いつもと違う。声がちゃんと出てる。私、歌えるんだ? アイリーンが歌ってるんじゃない。けど、あっちの私の下手っぴな歌とも違う。これは、私? 私の歌だ。どうして?…あ、肉体が歌えないように制限されてるって…
愛理は自分についている銀のしっぽに目をやった。
体から離れてる今だからこんな風に歌えるって事?
愛理は、そうやってしばらく一緒に歌って居ると、とても清らかな気分になっているのを感じた。
心が段々と澄んで来るのがわかる…優、ごめんね。あっちの私は、どうしても素直になれない。優への妬みが消せない。
優!?
突然、優の姿が現れた。さっきまでと同じ全体に青っぽくはあるが、歌声も聖歌隊もオルガンも消えていた。静まり返った中に優だけがいる。ユーディではない、あっちのそのままの優。しっぽがついているのが唯一の違い。バスケット部のユニホームを着て、生き生きとした表情でドリブルをしている。
優、すごく楽しそう。『こっちでは、思いが外に現れる』…ユーディが言ってた…優、本当はバスケやりたいんだ。
「あ。愛理」優は愛理に気付くと、笑顔で手を振って声をかけてきた。
「な、あれ、弾いて」
優にそう言われると同時に、愛理の手にはウクレレが現れていた。ウクレレでいつものように、『アメージング・グレース』を弾きながら、歌った。
「へぇ、歌も上手いんじゃん」優は、いつもの様に、素直に褒めてくれた。
「うん、ありがとう」愛理は笑顔で答えた。ぁ、言えた。素直に、自然と。
「優、バスケ部戻りなよ。ほんとはやりたいんでしょ?」
優は無言でドリブルした。
「優、シュートが嫌ってどうして?」
「シュートは…とびあがった時に、あの黒いのをザックリザックリやってるのを思い出すから、ふと嫌な感じがしてしまう…。でも、それほど、大した事じゃない」
ドリブルしながらそう言うと、優は突然現れたバスケットゴールにきれいにジャンプしてシュートを決め、満足そうな顔を見せた。
「じゃあ、どうして、やめたの?」
「それは、愛理が…」
「今日もテストでしょ! 少しは早く起きたらどうなの!」
突然、母親の金切り声で目が覚めた。
うわ、目覚め最悪。強制送還された気分。優がバスケやめた本当の理由って? なんて言おうとしたんだろ? 私が? 何? 私が関係あるって言うの?