自由意志
《自由意志》
また今日も、目を覚ますと、優でもあるユーディが居た。今日も銀の大鎌を手に空を翔けめぐって私を守ってくれた。で、私は今日も素敵に歌えた。気持ち良かったー!…けど、向こうでは全くダメだった。歌えるのはアイリーンのお蔭って事なんだ…。
「向こうの私はただの愛理って事か…」愛理は残念そうにボソリと呟いた。
「違う。アイリーンはいつも一緒に居る。愛理は一人で居る時でも一人ぼっちの時なんてない」ついさっきまで三日月の大鎌を手に空を翔けめぐっていたユーディ。相変わらず超素敵。まぁ、こっちでは私もすっごくかわいいんだけど。
「だったらどうして、あんなに歌が下手なんだろ。間違いなく平均以下にしか歌えない」
「それは、上手く歌えないように、わざと制限されているから」
「へ?どうして?歌えちゃダメなの?」
「ん。ダメ」
「へ?」愛理は首を傾げた。
「もし、愛理が歌えたら、歌う事ばかり求めるに決まってるから。愛理の自由意志は歌えるならば必ず歌う事を選ぶ。愛理にアイリーンが付いている限りそうなる。向こうは向こうで、予定されてる事があるんだよ。その為には歌えると都合が悪いから、歌えない肉体に生まれて、歌う事を制限されている。上手く歌えたらどんなに素敵だろうって思うだろ?」
愛理は即座に頷いた。
「愛理に歌う事を選ばせないためには、上手く歌えない肉体…愛理の場合は発声器官とか肺活量とか全く歌うには向いてない身体になってる。そうするしかなかったって事」
あ! だから、吹奏楽も…上手く吹けなかったんだ?
「向こうで予定されてる事って何?」
「それは、自分で探して。教えるような事じゃない。愛理の自由。別に歌う事を選択したって構わない。ただ、歌に関しては自分の意思で無理だと判断するとは思うけど」
もう、その判断はした。小学生の頃、優相手に歌の特訓した時に。
「愛理も優も操り人形じゃない。自由意志がある。だから…例えば、愛理自身がこの役目をやめると言う選択をするなら、それを無理やり止める事は出来ない。優も同じ。」ユーディは一瞬辛そうな表情を見せたが、話を続けた。「ただ、この役目は二人の向上にとって、良い事。出来れば続けるのが、誰にとっても良い。浄化した場所、明るくなるだろ?」
愛理は頷いた。
「向上していくと、明るさが、光輝が増していくんだよ。そういうプラスの行いに協力している優と愛理も光輝を増して行く。アイリーンもユーディも同じ。向上していっている。その逆にマイナスの事では、下がっていく。それが節理。」
相変わらず小難しいけど…すんなり理解できちゃうから不思議。
「あの黒いのは? あれは何? 刈られた後、どうなるの?」
「あれも人」
「あれが人?」あの、どうしようもなく不気味なあれが?人?
「そう、こっちでは内面が外に表れる。だからアイリーンは美しい」
「じゃあ、あれは…あの黒いのは…」
「あれは、向こうで例えるなら…ひどい犯罪を犯すような段階の者とか。あれはあるべき場所に戻される。あれらは、本来居るべき場所では無い所にこっそり潜んでいるモノだから」
「あるべき場所って?」
「もっと暗い地の底のような場所…地獄のような場所」
「そこで、どうなるの?」
「ん? どこでも同じ、向上を目指す。」
「へ? どうやって?」
「それはそれで別の救済チームがあるから、大丈夫。愛理が気にする事じゃない。彼らは、アイリーンの歌に反応して向上できるようなモノ達じゃない。それなりの救済方法がとられる。だから、本来と違う場所に潜んでいたら、周りに悪影響を与えるだけでなく、その悪影響を与えるというマイナスの行いで自分自身も更に下がっていく。いつまでたっても向上できないどころか、その場所に含まれる全体が負のスパイラルにはまってしまうって事になる。わかる?」
「はぁ…なんとなく」負のスパイラル…下向きのらせん。大きな流れで見て下に下がってくって事だ。うん。そうに違いない。すごいぞ私! やっぱりこっちの私はなんか違う、冴えてる。
「だから、黒いのも含めて、本当に誰にとっても良い事なんだよ。私達のしている事は。 愛理、妬み、不安、心配、怒り、悲しみ…そういった感情はマイナスのモノだから。そういう感情を持ってしまうと、向こうでのアイリーンの働きかけが、愛理に届かなくなってしまう。向こうの世界では色々あって難しい事だとは思うけど、出来る限りそう言う感情は持たないで。そう努力して」ユーディは諭すように言った。
ああ、きっとユーディは知ってるんだ。私が優を妬んでる事を。
「こちらでの愛理の働きを考えたら、良い方向に向かわないはず無いんだ。一時は不幸に思えるような事でも結果的に見れば必ず愛理のプラスになる事だから。何があってもアイリーンを信頼して。向こうに戻っても覚えていて。ここで私に向けてくれている気持ちを向こうの優にも向けて。何度も言うけど、私は優でもある。向こうへ戻っても疑わないで。これは現実。愛理の妄想でも夢でもない」ユーディはいつもの淡々とした感じでは無く、熱のこもった口調で、表情で、そう訴えた。
青い炎が燃えてるみたい・・・
昨夜のは、結構難しかったな…
愛理は自分の部屋で机にむかって頬杖をついていた。さすがに、テスト勉強しなきゃやばいかと、今日は部室に残らずに帰って来ていた。が、ノートと教科書は開いてはいるが、結局全く手付かずだった。
仮にあれが私の妄想だとして、私があんな話、作り出せるかな?『負のスパイラル』なんて、知らないし。やっぱりあれは事実? …あっちに居る時は、すごく実感出来てるって事は感覚としては残ってるんだけど、こっちで考えるとやっぱり違うって気がするし…。優を見てると、ユーディが優ってのがどうしてもしっくり来ない。ユーディ、素敵だし…。似てなくは無い。優がよくするあの表情とか…けど、私の中の何かがそれを拒否してるような…。優への妬み?があるからなのかな…マイナスのモノだってユーディは言った。そんなの私もわかってる。でも、私だって嫉妬したくて嫉妬してるわけじゃない。 テスト前にこんな事考えてる場合じゃないな…けど勉強する気もしないし…これ一種の逃避行為?…とにかく、夢の中で歌うのはやっぱりすごく気持ち良かったな。