覚醒
《覚醒》
愛理が目を覚ますと…
目の前にイケメン?!しかも…普通じゃないし。目が覚めたと思ったんだけど、夢なのかな?こんなにはっきりクッキリしてるけど…?
愛理は少しまわりに目をやった。全体的に薄暗い印象の見たこともない場所だ。
ここ、どこ?やっぱり夢?
イケメンに視線を戻す。無表情でじっと愛理の目を見つめている。見たことのない色合いの瞳の色。あえて言うなら、赤を秘めた青とでも言うような…そんな色の瞳。髪は紫味を帯びた銀青色の…触らなくたってわかる、絶対サラサラヘアー。青味を帯びた銀色の鎧をまとって、青白く光る三日月型の大きな鎌、背丈よりも大きな鎌を手にしている。
青い炎みたい…。
全体的に青っぽくクールな色合いのはずなのに、何か内から出る力強さ、激しさのようなものが愛理にそう感じさせた。
ほんとに、すごくカッコ良い。
で…この人は優だ。顔つきとか優に似てないと言えない事もない。けど見た目は全く別。少し中性的だけど、男の人。でも、これは優だ。理屈なんて関係なしにそう感じる。
「優?」愛理は目の前の男性に声をかけた。
「私はユーディ」不思議な目の色の男性は、表情一つ変えず愛理を見つめたまま答えた。優の声と似ていなくもないが、優の声とは違う。静かな落ち着いた声。
「へ?優でしょ?」愛理の中には何故か確信があった。
「優であってユーディでもある」ユーディは淡々と答えた。
「意味が良くわからないんだけど…」
「今の愛理もそう。愛理であって、アイリーンでもある」
「は?アイリーンって誰?」
「愛理の守護者…んー。守護霊みたいなモノって言えば分かり易い?」そう言うと、ユーディは少しだけ口の端をあげた。少し表情が緩んだだけで、厳しそうな顔が一転して、やさしい印象に変わる。
「…なんとなく分かる」これって、やっぱり夢?というか、ユーディ、素敵なんですけど!
「厳密には違うけど、まぁそんなモノ」ユーディはすぐに真顔に戻っていた。
「でも、私は…愛理だし。アイリーンじゃない」
「今はそう思えるかもしれない。完全に向こうの愛理の意識が覚醒しているから。でも、アイリーンは今、愛理と一緒に居る。まあ、向こうでもいつも一緒にいるんだけど」
愛理は首を傾げる。「向こう?…そもそも、ここは、何?」愛理は薄暗い周りに目を向ける。少し薄もやがかかった感じだ。砂と岩だけで出来たような殺風景な景色が広がっていて小さな集落らしき物がある。
「霊界の一部」
「霊界?何?私、もしかして死んだ?」
「いや。今、愛理の体は睡眠中。眠ってる間だけ肉体を離れて霊界へ戻ってる。優もそう」
「戻る?霊界へ?」愛理は更に首を傾げた。
「元々はこちらが主。一度も肉体を纏った事のない者も、肉体が眠っている間だけやってくる者も、かつて肉体を纏って生活していた者…あっち的に言うなら死んだ人になるんだけど、こちらには色々混在してる」
「何の為に…戻る?」
「それは、色々あるけど、優と愛理の場合は特別。寝てる間に戻って、やるべき仕事…使命があるから」
使命?なんか話が大事になってない?
「要はバイブレーション…つまり振動の問題」
は?振動?今度は突然物理か何かの話?
「全てのモノは振動で出来ている。まだまだ未熟なこの場所とはバイブレーションがあまりに違い過ぎて、アイリーンは直接ここには入れない。肉体と繋がっている者は基本的に本来よりバイブレーションが低くなる。そこで肉体と繋がっている愛理を通してアイリーンはこの場所に接触する。ユーディも同じ。優を媒体にする事によってこの場所への接触が可能になっている。だから、今この場にいる私は、優であってユーディでもある」優でもあるユーディは、基本的に、あまり感情を表に出さないらしく、無表情に淡々と話し続けている。
「媒体?何?合体?みたいな?」
「合体?…んー、そんな感じかな」
「接触って?ここに入ること?」
「そう。この場所とここの住民を浄化して、向上させる為にここへ入る必要がある」
「浄化?向上?」何?塩でもまく?
「こっそりと潜んでいる悪性の者を取り除き、向上へと向かわせるきっかけを与える。人は元来、向上を目指す。ここに限らない。霊界にいくらでもあるここと同じ様な未熟な場所の浄化に協力する事。それが愛理と優の使命。二人はその為に、向こうの世界に生まれた。二人があちらに誕生する前から計画されていた事。向こうで愛理が覚えてなかっただけで、これまでもずっと、肉体が眠っている間にこの使命を果たして来ている。優と一緒に」ユーディは、まるで紙に書かれたセリフを読んでいるかのように、一本調子で言い切った。
「じゃあ、これは…やっぱり夢?」こんな理屈っぽい夢、見た事ないけど。
「んー、まあ、向こうの愛理からすればそうとも言えるけど…本当は、こっちが現実なんだよ」
確かに、こっちの方がリアルに感じる。くっきりしてる感じがある。それに、何ていうか、勘っていうか、感じる感覚が鋭くなっている気がする。ユーディのこの小難しい話も結構すんなり理解できるし、なんかいつもの私とは違う。このままあっちへ戻れたら、テストで良い点採れそうな気がする。
「肉体に縛られてる間は、向こうの世界が全てみたいに思えるらしいけど、永遠の生から見れば、あちらで肉体を纏って生きてる時間なんてほんの一瞬なんだよ」そう言いつつ、ユーディは自分に繋がっている銀色の紐の様な物に目をやった。紐の先はフェードアウトして見えなくなっている。
「その…しっぽみたいなの、何?」愛理は首を傾げた。
「しっぽ?まぁ、確かにそう見えるか…これで眠ってる肉体と繋がってる。この…しっぽが付いてるのは、あちらに肉体を持ってる者だけ。今、この体は優でもあるから。」
「ふーん…それ、なにかに、ひっかけたりしない?」
「え?フッ。大丈夫。これ触れないから」ユーディは自分のしっぽを切るように手を振り下ろした。手がしっぽをすり抜けている。
「ね」そう言って、愛理に微笑みかけた。
ああっ、もう、笑うの反則!ドキドキするくらいかっこ良い。
「愛理にもついてるよ」ユーディは愛理の紐を目線で示した。
ユーディの視線の先に目をやる。
ほんとだ。ユーディのと同じ、銀色のしっぽ。というか…私、なんて綺麗な服、着てるの?絹みたいな光沢はあるけど、シフォンみたいに薄くてふんわりとした薄桃色の…ううん、桃色だけじゃない紫とか青とか、色調が変化してる。こんなの見たことない。
「ん?ああ、見る?」ユーディがそう言うと、目の前に姿見の鏡が現れた。
「わっ!どうやって出し…というか、これ、誰?」愛理は鏡が突然現れた不思議を問うのも忘れて、鏡の中のなんとも綺麗で愛らしい女の子に見とれてしまった。
「こ、これ、私?私、こんなじゃ…」愛理は首を小刻みに横に振った。鏡の中の女の子も首を小刻みに振るわせている。
やっぱりこれが私?服だけじゃない、顔も髪も全然違う。派手さは無いけど整った愛らしい顔。髪は長く流れるようなウェーブのかかった明るい金髪…ううん、髪も服と同じで、金だけじゃない、色んな色が現れる。目もそうだ、一見薄いラベンダー色に見えるけど、ピンクとか水色とか、色んな色を感じる。着ている服は、これも色んな色を感じられるけど、印象としてはラベンダー色と薄桃色の間くらいの色合いかな。ハイウェストで切替えられたふんわりと軽く空気を含んでるようなシンプルなドレス。胸元は綺麗に開いていて、虹色の石の首飾りが上品に光ってる。
「こっちでは、こんなだよ。いつもはもっと綺麗なくらい」ユーディはフッと笑った。
「へ…」これより綺麗?想像できない。
「優…ユーディとは、全然違う格好。どうして?」
「アイリーン…愛理には鎌も鎧も必要ない。私が守るからね」そう言って、ユーディは愛理に微笑みかけた。
うわっ、やさしそう…ほんとにもう、なんて素敵!
鏡がフッと消えた。
「あ…鏡…どうやったの?」
「ん?どうもしてない。必要だと思えば現れる。要らないと思えば消える」
「へ?」
「思いが形となって現れる。こちらは、そういう世界だよ。」
思いが形?
「想像力ってね、創造力なんだよ」
は?・・・
次の日の放課後、愛理は、部室でウクレレを弾きながら考え事をしていた。目線はウクレレを弾く自分の手元にあったが、全く見ていないに等しかった。
やっぱり夢?だったのかな…でも、あんなにはっきりした夢見たことない。妙に小難しくて理屈っぽかったけど、細かい事まで全部しっかり覚えてる。ユーディの顔もあの不思議な目の色も、青い炎のように思えた姿も簡単に目に浮かぶ。というか、今朝起きてからずっと頭から離れない。ウクレレの練習にも全く身が入ってない。さっきからただジャンジャン鳴らしてるだけだ。
そんな事を思いながら、ふと顔をあげると優の姿が目に入った。今日もまた他の部員はいない。中間テスト前でおそらく今週はもう誰も来ないだろう。優は今日も愛理が帰るまで待つつもりらしく、傍でマンガを読んでいた。
「ユウ…ディ」そう呼んで、優を伺うように見る。
「ん?何?」優は反射的に顔をあげ、愛理を見た。顔が半分寝ぼけている。
だめだ。気付いてないっぽい。
「…昨日、優が夢に出てきた」ウクレレを弾く手を止め、優に話しかける。
「へえー。で?」優はマンガを置いて、愛理の方を向いて座りなおした。興味深そうな顔をしている。
覚えて無い?とぼけてるのかな?「鎌、持ってた」
「は?百姓?稲刈りでもしてた?」
「違っ。なんかほら、死神が持ってるやつみたいな大きな鎌」
「へー。なんかかっこ良いじゃん。黒マントかなんかひらひらさせて、愛理の首刈ろうと追いかけまわしたとか?」優はいたずらっぽい笑みを浮かべる。
とぼけてるって感じでも無いなぁ。
「んー。まぁ、かっこ良くはあった」逆だけど。私を守るって言ってたし。
「愛理、覚悟しろー、ザクッ!きゃー!ザックリ割れちゃったよーぅ!」と、両手で鎌を振り降ろすフリをしながら、優は突然一人芝居を始めた。「ざ・首刈りごっこ。ザックリザックリザックリーん♪」楽しそうに節をつけて妙なフレーズを口にする。
「ぶっ」いつもの優だ。半分はサービス精神なんだろうけど、優のこういうバカっぽい所とか結構好きなんだけど。前はこーゆーのに乗って良く一緒にふざけてたな…。楽しかったな…優と居ると楽しくて…私、いつから、こうなっちゃったんだろう…。
「フワァー」優は大あくびをして思いっきり伸びをした。「ん。完全に目、覚めた」
この無防備なゆるんだ顔で大あくびして、能天気にザックリザックリ言ってる優が、夢の中のあのおそろしくかっこ良くて、涼しい顔して小難しい事言うユーディと同じ人だなんてとても思えないな。なんで、あれが優だと思ったんだろう?なんで、あんな夢見たんだろう?優はあんな理屈っぽい事言いそうに無い。いつも頭で考えて色々と理屈っぽいのは私の方だ…ん?…私の夢だから?私自身、えらくかわいくなってたしな…優が私を守るって、なんか下僕っぽいし、優への妬みから出た私の妄想なのかな?でも、それなら優をあんな素敵にする必要なくない?…ま、どうでも良いか。私、かわいくなってたし、ユーディはかっこ良かったし、なんか気持ち良い夢だったなぁ。お蔭で今日は、優に少しやさしくなれてる気がする。…最近にしては。