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優の居ない日々


「部長、ホントにいつも早いっすねー。終わったらトイレも行かずに即効で走って来てるのに」ウクレレ同好会の中3の部員、副部長の青井音風(あおいおんぷ)が部室へ入って来た。

「あはは、走らなくて良いって。高校の教室、本館寄りだからね。来年になったら近くなるよ」あ、今日、初めて話した。今日()か…。

「ねぇ、(おん)ちゃん、今年の文化祭、4人で体育館演奏デビュー、どうかな?今年はまだ無理かなーって思ってたけど、スーちゃん、練習熱心で上達早いし」

「おおっ!夢の体育館!マイクあるんですよね?」

「うん。伴奏とメロディ2×2で合わせれば、なんとかなる気しない?」

「します!します!やりましょー!部長はもちろん全曲メロディパートで。良い音、お願いしますよー。」

「頑張ります」愛理は笑顔でこたえた。

「曲も決めないとですね。文化祭、11月でしたよね?季節外れな気はしますけど、やっぱり、ハワイアンは入れときます?後、誰でも聞いた事あるような曲と…何曲出来そうかな…花奈(はな)はともかくスーちゃん、がんばれますかね?簡単なコードの伴奏の曲選べばいけますよね?」

「うん。スーちゃん、伴奏わりとうまいと思う。」

「ですよねー。じゃあ、スーちゃんは全曲伴奏で、後は私と花奈(はな)で分けて…歌は、部長はパスですよね?」

「うん。ごめん。みんなで歌って」

「歌うのと、歌わないのと入れます?…みんな弾きたいだけで歌いたいわけじゃないし、別に歌わなくても良いかもですよ?…ちょっと色々紙にまとめます。」

「ありがと。いつも思うけど、(おん)ちゃんの方が部長向いてるよね。」

「え?何言ってんですか!組織のNo2ってのは細々した事する立ち位置なんです。それに、私、部長の音は真似できません。いや、目指してます!」

「ハハッ、(おん)ちゃんは、すごいね。なんでも前向きにぐぃぐぃ進めていくし、元気で明るいし、…うらやましい」

「…部長、それ、『他人の芝生は青い』ってやつです。私から見たら、部長の芝生、青いですよ。私だって色々あります。だてにこの超ド級のキラキラネーム掲げて生きてませんからね。青い音符、青い音符ってもう、しつこいほどに言われましたから。ホント親恨みましたよ。どれだけいじめられたか。でも、おかげさまで、今は、あれに比べれば、なんだって平気と思えちゃいます。」

 音ちゃんの持ち物には、青い色の音符マークが描かれてる。あれを見ると、青い音符ですけど、何か文句ある?って音ちゃんの声が聞こえてくるような気がする。音ちゃんはやっぱり強いよ。すごいよ。…音ちゃん、私がみんなから無視されてるって知ってるのかもしれない。音ちゃんの学年は優ファンも多いし、少なくとも優の事は噂になってるに違いない。きっと、触れないでくれてるんだ…。

「とりあえず部長、細かい事はNO2に任せてください!仕切っちゃって良いですよね?ああ、もちろん、ウクレレの指導は頼みますよー」

「うん。…音ちゃんが副部長でよかった」愛理は少し涙目になっていた。

 唯一、ここがくつろげる場所。笑える場所。ここがなかったら、私、もうどこにも居場所が無い…。


 「えー、部長、『アメージング・グレース』も入れましょーよ。部長の単独メロディで。私伴奏パートします」音風(おんぷ)が抗議の声をあげた。

「んー」気乗りがしないなぁ。

「カトリックなんだし、良いんじゃないですかね。部長のあれ、良いですよー」

「私もあれ好きです」中2の花奈(はな)が同意する。中1のスーちゃんもうんうん頷いている。

「けど、最近弾いてないし、ごめん。今回はパスで」やっぱり弾く気がしない。

 音風(おんぷ)は残念そうな顔をしたが、すぐに元気に言った。「じゃ、曲も決まったし、練習、しますか!『ブルーハワイ』からやりましょうよ」

「うん。前から練習してた曲だし、一度合わせてみよう」


 「花奈(はな)、音、全体的にもう少し優しくね。スーちゃんも、部分的にきつい所があったから気をつけて」弾き終わると愛理が言った。

「はーい」花奈はくったくなく返事する。

「んと…多分、これですよね?」スーちゃんは、ジャンとコードをはじいた。

「そう、それ」

「手が…押さえにくくて…そっちに気とられちゃうっていうか…」

「んー、押さえ方変えてもキツい?こうとか」愛理は自分のウクレレで弦を押さえてみせた。

 スーちゃんは愛理と同じように押さえてジャンと鳴らした。「あ!これの方が押さえやすいかもです」

「じゃ、それで」

「はい!ありがとうございます」

「部長、ほんと、音フェチっすよね。他は細かいこと言わないのに」音風はにやけている。

「ふふっ、そうかも。だって、この音に惹かれたんだもん。ウクレレはやさしい音でないとダメ。曲にもよるけど、特にハワイアンはそう」そう、音にだけはこだわりがある。

「でも、この曲優しすぎると、気持ちよすぎて寝ちゃいませんかね?」音風がふざけて言った。

「あー、寝たらすごいですねー」スーちゃんがほのぼのとした雰囲気で言った。

「子守唄…子守曲だー」花奈もほんわかと言った。

 ほんとにこの2人、陽だまりで眠ってる猫みたい。

 愛理は自然と微笑んでいた。

「じゃあ、この曲の目標、みんなを寝かせる!で」音ちゃんが元気よく宣言した。

 アハハ…ふふふ

 ほんとに、ここだけが楽しい…癒される場所…家帰りたくないな…教室にも行きたくない…


 「部長、夏休み、どうします?毎年、暑いからなしにしてましたけど、今年は体育館デビューだし、日決めて練習しますか?」音風(おんぷ)は楽譜をうちわ代わりにしてパタパタ扇いでいる。

「どうしようか」今はまだ、窓開けてなんとかなってるけど、さすがに、真夏は暑いだろうなぁ…。

「この部屋、空調あったら良いのにな」音風の額にうっすらと汗が光っている。

「暑いですねー」花奈(はな)がそう言うと、スーちゃんもうんうん頷いた。

 この1か月の練習でなんとか形にはなってきてるし、文化祭11月だから最悪夏休み明けてから特訓でもなんとかなるか。「夏休みは、家でちゃんと練習してくれれば良いことにしよ。」


 「夏休みだってのに毎日毎日学校行って朝から晩までウクレレなんて…文化祭の練習か何か知らないけど、夏休みの宿題、ちゃんとできてるの?」愛理が出かける前にパンを食べていると、母親の小言が始まった。

 相変わらずキーキー耳障りな雑音だな。この人は。

 愛理は顔も見ずに「うん」とだけ答えた。

「優ちゃんみたいに、バスケとかなら練習行くのもわかるけど…1年なのにレギュラーなんでしょ?優ちゃんやっぱりすごいわねぇ」

 また始まった。しばらくは優の事言わなかったけど、もうすっかり忘れたみたい。ホントにバカ…憐れんであげるべき存在?アイリーンはそう言った…けど…うっとうしい、でも、言い返さない。あの夢…とても言い返したりできない…あの気持ちの悪い黒い粘っこいもの、あんなもの…毒なんて吐きたくない!もう、何を言われても、何を思っても、言い返したりしない。そう決めた。

 愛理は目線を合わせず「いってきます」とだけ言って、ウクレレを持って家を出た。


 部室には誰も居なかった。部長が練習なしと言ったんだから、あたりまえだ。

「さすがに、暑いな」暑いけど、家に居るよりずっと良い。

 2つの窓を開けるとすぐに風が通った。本館周りは、木々が茂っているので、すこしひんやりとした風が通り抜けて、気持ちが良い。

 愛理はしばらく、風にあたってボーっとしていた。

 ここ、やっぱり心地良い、

 愛理は、ふと、なんだか懐かしいような感覚がした。

 なんだろ?なんか懐かしい?…あ、あそこ。あの夢で見た聖歌隊が歌っていた青い場所、ここ、あそこの雰囲気に似てたんだ…すごく落ち着ける。


 「シスター、これ、お願いします」

 優は、バスケの練習のあい間、先生に頼まれて、申請書を出しに本館へ来ていた。

 名前も知らない年輩の事務員のシスターは優から紙を受取り、老眼鏡をかけてチェックしている。

「ああ、体育館の延長使用の申請ね。練習熱心だこと」上品な雰囲気のシスターは微笑んだ。

 優は軽くうなずいた。

 上からウクレレの音が聞こえてきて、優は聞き耳をたてた。

 愛理…かな。

「あの子も熱心ね。あの部屋空調無いのに、夏休みも毎日、一日中練習してるわ」

 愛理、家に居たくないのかな…

 優は、ギュッと口を結んだ。

 だから、もう、関係ない。

「はい、これ、控え。先生に渡してね」

「はい。ありがとうございました」優は用紙を受け取って本館を出た。


 夏休み、もうすぐ終わっちゃう…嫌だな…暑いけど、一人だけど、ここで一日ウクレレ弾いてる方が良いな。また、教室で何か言われたりするんだろな…考えても仕方ないか。練習しよ

 愛理は、ウクレレを弾き始めた。

 弾き終わると、愛理は大きな溜め息をついた。

 こんなに練習してるのに…あんまり良い音出せてない…技術的にはかなり進歩してると思うのにな。


 夏休みが明け、愛理が登校して自分の席まで行くと、机にお墓とお花の落書きがしてあった。

「あれ?お盆終わったよ?帰らなかったの?幽霊がいつまでも居ちゃダメだよねー?誰か除霊とかしてよー」いつものごとく、未咲来だ。

 周りからクスクスっと笑い声がする。

 ああ、やっぱり、休みが明けても前のままだ。いつまで続くんだろう…けど、耐えるしかない…

 愛理にはあの恐ろしい夢が思いだされた。

 あそこは嫌!あんなのは嫌!

 朝練を終えた優が教室へ入ってくると、途端に教室内は静まりかえった。

 優は自分の席へ向かう途中、愛理の机の落書きに気が付いた。

 優はちらっと愛理に目をやったが、何も言わずに自分の席についた。




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