ウサギ様とキツネ様が子猫を拾いました
「にゃーぉ」
風がつめたくてつめたくて、涙もこおっちゃう。目の前には2つの、かいだん。どちらも、その手前にふしぎなかざりがあるよ。どちらも僕のあしじゃ、てっぺんまではたどり着けないくらい……ながい、ながい階段。
「にゃぅぅ」
僕は自分の短いまえあしを見つめた。あたたかいところをさがして、長い間歩いたから、真っ白な毛はグレーとブラウンのような。もう歩けないよ。僕はあったかいおうちで生まれた、「イエネコ」の子どもなんだ。だから、いつもねむってばかりいたママにおしえてもらったのは、ごはんをねだる時の「おねだりポーズ」だけ。もう、だめかも。
「にゅぅ」
そのとき、僕のかみさまはあらわれたんだ。
「つり目」のおにいさんと「あかい目」のおねえさん。ふたりは僕をみるなり……
「この猫は私のよ」
「この子猫は最初に私が見つけたのだ。返せ!」
僕の「とりあい」をはじめちゃった。
-------------【ウサギ様とキツネ様が子猫を拾いました】
「こんにちは、沙良ちゃん。今日はお散歩?」
「まぁそんな感じです。恒例の神社めぐりを」
「もう、信心深い娘さんねぇ」
「……そんなことは」
「“おね”稲荷いくなら油揚持ってってあげて」
「“うら”神社には白菜持ってって」
この町にある2つの神社「兎羅神社」と「尾禰稲荷社」は、その立地から全国的にも少し名の知れた神社です。どちらも由緒正しい神社ですが、その神社はほぼ隣接した状態。神社とお寺が隣接する事例は多くありますが、神社通しがお隣同士、はさすがに珍しいようです。ちなみに、初詣ではどちらの神社に参拝するか、町の住人の間でも意見が割れています。
それぞれ祀っている神様やそのモチーフは異なっており、兎羅神社はうさぎ、尾禰稲荷社はきつね。では私がなぜこの2つの神社を取り上げてお話しているかというと。
偶然この2つの神社の、神様とおともだちになったからなのです。
今日も、神様たちに呼び出されて尾禰稲荷社にやってきました。
「ねぇ沙良ちゃん」
「はい、なんでしょうか」
「絶対ね、私が最初にあの子を抱き上げて持って帰ろうとしたから私のものなのよ」
私の右横でそう主張するのは、兎羅神社の由緒正しき神様――兎羅さまと呼んでいます――『兎羅上尼命』さまです。
「違う。最初に見つけたのはこの私だ、迎えに行こうと準備していたらお前がしゃしゃりでてきたんじゃないか、この雌兎め!」
ちなみに私を挟んで左側でいじけているのが、尾禰稲荷社の由緒正しき神様のおひとり、『大宮禰売神』さま。通称、尾禰さまです。
えぇ、実に子供じみた争いを、していらっしゃいますよね。わかります、皆様の気持ち。尾禰さまは、そのつり目を更に吊り上げ、兎羅さまをにらんでいますが、神様の兎羅さまは知らん顔。あくまでも子猫の所有権は自分だと、言い張っています。物理的には子猫を抱いている兎羅さまが一歩リード、と言ったところでしょうか。
「沙良ちゃーん、このバカ兎をなんとかしてくれよ」
「神様なので、私にはどうにも」
「そうよ、このバカ狐!」
「私は狐の神だ! それにお前よりも神としての位は高い」
「でも私の神社主催の祭りのほうが人間が来るわよ。人気は私のもの」
「くぅ……手ごわい雌兎だ」
「ふん」
本当にくだらないです、神様ですけど。くだらなさすぎて人間の私もびっくりです。
「この子は私の子よ」
「いーや、私だ!」
「私の子」
「私の子猫」
「私の」
「子猫を返せ」
「なんで私の子を返さなくちゃいけないの」
「子猫の所有権はこの私にある」
この言い争いは、下手をすれば子猫が飢え死んだ後まで続く予感がします。私はとりあえず、おなかをすかせた子猫を抱き上げました。兎羅さまが「あっ」とさびしそうな顔をしますが、この土地の守り神である彼女に、この土地に住む人を傷つけることはできませんので、セーフ。今回は、その特権を利用させてもらいました。
「じゃあ、沙良ちゃんが決めてよ。どっちがこの子猫の主かって」
「尾禰さま、それは私が決めるのではなく、この子猫が決めるのではないでしょうか」
「そんな、子猫が決められるわけないじゃない」
「子猫の意思を尊重しないのは、神様としてあまり良くないと思いますよ、兎羅さま」
「「……」」
神様に口喧嘩を売って許されている私は、偶然お二方と知り合ったまでの一般人です。特別な人間ではありませんが、少しだけ、こう自慢したくなりますよね。「神様と友達なの、私」って。
……こほん、では。
「子猫ちゃん。あなたはどちらのおうちに行きたいの?」
子猫を下ろして、私はその子を見つめました。真っ白な小さい子猫、きっと捨てられてしまったのでしょう。この寒い中、神社まで来たのは幸運でした。優しい神様たちに出会えたのですから。
「にゃーん」
子猫は私を通り過ぎ、向かったのは……
「やっぱり私よね!」
嬉しそうな兎羅さまに寄り添いつつ、子猫は尾禰さまにも、近づいていき。
お二方の間にすわりました。はい、決定。
「沙良ちゃん、これはどういう判断だろう」
「……おめでとうございます。子猫のおとうさんとおかあさんはお二方でございます」
また、子猫を挟んでぎゃあぎゃあと言いあいが始まりました。
「沙良ちゃん! さっきの言葉は撤回して! わ、私がお、おかあさんって」
「沙良ちゃん、それよりもこっちだ! 私はおとうさんではない!」
「私はこんな兎の旦那を気取るつもりはない!」「私はこんな狐の嫁を気取るつもりはない!!」
お二方の絶妙なハモりを聞いたところで、町には6時を知らせる時計の鐘がなりました。この町は5時半に子ども達よ帰りなさーいという趣旨の放送を、6時には町の中心にある時計塔の鐘が、時刻を知らせることになっています。ナイス時計塔です。
「6時なので、私はそろそろ家に帰りますね」
「「沙良ちゃん!?」」
「子猫ちゃんは明日病院に連れて行って、保健所の登録などもありますので、預かります」
私は今日だけ子猫を預かって、動物病院に明日連れて行ってから神社に連れてくることにしました。飼い猫になるのなら、たとえ神様が主人でも「健康診断」と「予防接種」は大切です。
「私のかわいい子猫ちゃん~」
「私の子よー!」
「では尾禰さま兎羅さま、明日までに子猫の名前と受け入れ場所を相談してくださいね」
にゃ~ん?
「さぁ、今日は私の暖かい家に行きましょうね」
首をかしげた子猫を胸に、私は今日の口喧嘩が行われた尾禰稲荷社を後にしました。石段を降りる私の後ろの方では、まだまだバトルは続いていますが……
「あのお二方は、ケンカするほど仲が良いんですよ。子猫ちゃん」
この2人の神様の争いは、数百年にもわたっております。しかし、彼らの争いはこの土地を荒廃させるどころか、むしろ繁栄させている模様。将来地方公務員の、町のお役所勤務を目指す私にとっては、今後もケンカしつつも仲良くしていてもほしいものですね。ビバ、神様の痴話げんか……あ、言っちゃった。
「名前はずぇーったい、シロー!」
「いーや、チビタだー!」
「明日は名づけバトルになりそうですね」
「にゃぅぅ~ん」
町の神様は今日も仲良しでした。
【おしまい】
お読みいただきありがとうございました。この通り兎羅さまと尾禰さまは、いつも仲良しです。なお、お供えした白菜と油揚げは、鍋の最強コンビなので、次回作はおそらく鍋をつつきあいながらの鍋バトルになると思われます。子猫の名前は、ぜひ名付け親になってくださる方がいらっしゃいましたら、大歓迎です。それではまた会える機会がありましたら。(沙良)