新しい同居人
幻想郷。
忘れられたモノたちの楽園と称されたそれは、かつて神を畏れ敬い、妖怪たちを恐れ忌み、しかし自然と共存してきた、そんな頃のままの世界。
白髪イケメンこと、森近霖之助から聴いた話を纏めるとこんなところだ。
それを聞いた俺は、物凄くテンションが上がっていた。というか既にMAXだった。
いたく健全に過ごして来た男子ならば軽度であれ重度であれ通る道、中二病。
当時は持て余す激情をノートに吐き出し、黒魔術関係の本を読み漁った。
俺は高二病にはならずその激情は内に残ったままなので、テンションが上がらない訳が無い。
まあ普通の状況でこれを言われたら確実に頭を疑うレベルだが、というか実際疑ったのだが明らかに異世界に飛ばされたとしか思えないこれまでの経緯が不思議な確信を与えていた。
「まあ取り敢えずこの世界の説明はこんな所かな。此処は異世界じゃない、あくまで同じ世界に存在する一つ境界を越えた先にある隣合わせの世界だよ」
もっともらしく説明しているが、正直霖之助への評価はかなり下がっている。
原因は今話しているこの場所、香霖堂にある。
霖之助に案内され、中に入って真っ先に思った感想は「くさい」だった。
何と言うか埃っぽい。
見回してみる限り所狭しと並べられた、いや正直に言おう、無造作に積み上げられた良くて小道具ぶっちゃけガラクタなモノたちは興味そそられるような物もありながらも、その興味を霧散させる程に酷い有様で置かれていた。
ついため息を零した俺は悪くないだろう、「こいつ掃除できねぇタイプの奴だな」と。
「それにしても幻想郷に人間が迷い込んでしまうというのも珍しい、何か困ったことが有れば出来る限り手助けはするよ」
「ああ、えっと……じゃあ」
つい周りを見渡す。
「さっきからそわそわしてどうしたんだい」
「いや、この部屋掃除していい?」
ーーーーーーー
口元に手拭いを巻き、はたきを手にし、臨戦態勢をとる。
敵はガラクタの山、かなり手強そうだ。
こうやって掃除を願い出た訳は自分自身が綺麗好きというのも有るがそれだけではない。
一画面足りないゲーム機や、今ではもう使っていないだろうビデオデッキなどと共に置かれている、淡く光を放つ複雑な形の玉らしきものや、半分透けている日本刀などに触って見たいからだ。
「おお、すごい」
謎の玉を持って見ると、まるで心臓があるかの様に脈打つ。
俺は掃除しながら其れらの非現実的な物々に夢中になっていた。
それでもしっかり掃除は続け、有る程度悲惨な部屋がまだ救いが有る部屋へとランクアップを果たした頃、その少女は訪ねてきた。
「香霖、邪魔するぜ」
元気良く入ってきたその少女はすぐに驚いた表情へと変わり、香霖堂の中を見渡すと
「香霖が掃除してる!?森に生えてる毒キノコでも食ったのか!?」
まるで自分のドッペルゲンガーに会ったかのような驚きようだ。
「ああ、魔理沙。いや、この娘の気迫押されたんだ」
霖之助がこちらをくいと顎で指し、少女はそこではっと気付いた様に此方へと顔を向けた。
「見慣れない顔だな。私は霧雨 魔理沙だぜ」
「私は桜庭 時子」
未だ慣れず、そしてこれからも慣れることのないであろう名を告げる。
それにしても可愛い少女だ。
さらりと流れた地毛であろう金髪は艶やかな光を放ち、神秘的なまでの雰囲気を醸し出している。
それに反し日本人的な顔に在る二つの丸く、大きな金色に光る瞳は、気の強さを表しているようで無邪気さも合わさり、見るものに強い印象を与える。
その下にある鼻、口は幼さを宿しながらもその瞳と反発することもなく、共に美しい容貌を形作っていた。
彼女は大きなリボンが特徴的な魔女のような三角帽子を揺らし、白と黒との基調の可愛らしいフリルがついた服で、心底楽しそうに霖之助へと視線を向けている。
「ついに枯れ続けてた香霖にもとうとう春が来たかって感じだぜ」
「いやいや、魔法の森で倒れていたのを助けただけさ」
「なんだ、つまらない。それにしても普通の人間はめったに人里から出ないのにどうしてそんな所に倒れていたんだ?」
霖之助にはもう飽きたとばかりに視線を此方に変え、問うてくる。
「それは私にもさっぱり」
「変な奴だぜ」
そんなこと言われても困る、と心の中で文句を言っているとふと重要なことに気付いた。
「私、帰る場所がない」
なぜこんな大事なことを失念していたのだろうか。
「人里には無いのか?」
そんな聞いたこともない場所に有るはずもない。
助けを求めて霖之助の方へ向くと
「そうだね此処に泊まらせる訳にもいかないし、泊めてあげたらどうだい、魔理沙」
話を振られた魔理沙は少し考えるような素振りを見せた後、快活な表情で
「いいぜ、泊めてやるよ」
とサムズアップしながら答えた。
ーーーーーーー
陰鬱な魔法の森を他愛のない雑談をしながら歩いていると急に木々が開け、未だ森の中とは思えない明るい場所へと出た。
「着いたぜ」
魔理沙の視線を追うと、果たして家主の雰囲気に違わないような、暗さの見えないお洒落な洋風の一戸建てが鎮座していた。
和風建築な香霖堂と違う作りに意外性を感じる。
赤レンガで設えられた屋根から伸びる細長い煙突は意外な程にまで天へと差し迫っていて、洋館らしさを際立たせていた。
開けているこの一帯にのみ降り注ぐ陽光が光の線を描きながら窓に差し込み、煌めきを辺りに散らしている様はあたかも映画のワンシーンのようだ。
『霧雨魔法店』という興味の惹かれる看板の下へと導かれ、ドアをくぐる。
真っ先に出た感想は「埃っぽい」、魔理沙も霖之助と同類かよ。
見渡す限りガラクタ、ガラクタ、ガラクタだらけ。そろそろ勘弁して欲しいんだけど。
「ここが私の家兼仕事場、霧雨魔法店だ。自分の家のように寛いでくれていいぜ」
「この有様でどう寛げと」
「ほらっ、そことか」
魔理沙が唯一の空白地帯を指差す。仕方なくそこに座ろうと思い座布団?らしきものを捲ると、元気一杯のキノコファミリーがこんにちはした。
「魔理沙、キノコキノコっ」
「ん?ああ、喰える喰える」
「喰えないよっ」
全く気にしてないかのような表情を向ける魔理沙を睨みながら渋々敷き直した座布団の上に座る。
「ところでさ、『霧雨魔法店』ってことは魔法関係の物とか売ってるの?」
「いや、なんでも屋って感じだぜ」
段々と鼓動が早くなっていく。ついに一番聞きたかった話を切り出した。
「魔理沙ってさ、魔法使えるの?」
非常識の象徴たる魔法。
様々な物語の中で姿を見せながらも、決して現実には存在することのなかった異能に期待に胸が踊らないわけはなかった。
しかし魔理沙はそんな俺の思いとは裏腹に、さも当たり前のように言い放った。
「そりゃあ使えるぜ」
「本当!?ちょっと使ってみてよ!」
「近い近い、分かったから離れろって」
ついつい乗り出してしまった俺を手で制し、自慢気な顔を此方に向けた。
「じゃあ見てろよ、いくぜ」
魔理沙は俺との中間辺りに手を出し手の平を上に向けると、徐々に雰囲気が尖った物へと変化していき、静寂が場を包む。
不意に魔理沙が「炎よ灯れ」と口にすると、手の平に小さな火球が現れた。
「凄い、本当に魔法だ!」
「まあこんなもの初歩の初歩だぜ」
手を握ると、まるで何事も無かったかのように火球が消えた。
「私にも魔法使えるかな」
「時子がどれくらいの魔力を持ってるかによるな」
魔理沙は手を伸ばし、俺の手を握る。
まるで薄い氷でできているかのようにひんやりと冷たく、触れたら溶けてしまいそうな繊細な白い指が俺の指に絡みつき、胸が高鳴った。
「魔力は他人の魔力に反応するんだ」
魔理沙の手が紫色の淡い光を放ち始めると、手に物理的だけでない温かさが生まれた。
すると突然握られた手を起点として、身体中に熱い流動体のようなものが駆け巡る。
「すごい、こんな量の魔力初めて見たぜ」
魔理沙が目を見開いてこちらを見つめている。この部屋全体が桜色の光に包まれていた。
唐突に魔理沙が手を離し、瞬間俺の中で暴れていた何かが鎮まる。
「お前すごい才能だぜ」
魔理沙が感嘆を含んだ声をあげる。
「じゃあ魔法使えるかな」
「魔力は充分すぎるほどに在るから後は使い方を覚えるだけだな」
既に魔法が手に届く範囲にある。まさか魔法が使えるようになるなんて。
魔理沙は仕切り直すように姿勢を正すと、滔々と魔法について語り出した。
「魔法っていうのは想像力が全てなんだ。自分が起こしたい現象を可能な限りまで理解し、思い描けるかが大事だ。」
魔理沙はさっき魔法を使ったときと同じ言葉を呟いて火球を手の平に出す。
「こうやって火球を出すためにはどのように火が燃えているか観察し、研究して現実と想像を近づけていくんだ。」
「火球を出すときに『炎よ灯れ』って呟いたのは?」
「頭で思い描いたものを魔法として顕現させるにはキーワードが必要なんだ。別に決まった物があるわけじゃないから自分にしっくり来るものでいいぜ」
「じゃあ魔理沙は火については理解してるの?」
「ある程度の理論は理解してるぜ。自然関係は想像し易いから楽だけど、自然には起こらないもの程どんどんむずかしくなっていくんだ。」
魔理沙は本棚が敷き詰められた壁へ目線を向け
「だから魔法使い達は想像力を補完するため、常に知識を得ていくんだぜ」
話を聞く限りだと、科学と魔法は紙一重という印象を受ける。科学的な理論を現実なものにできるのが魔法っていう感じかな。
科学、ね。ていうか俺理系科目大体赤点だったんだけど。
しかし大体は理解した、後はやって見るしかない。
「じゃあやってみるね、魔理沙」
魔理沙と同じように手の平を上に向け、頭の中で一生懸命に炎が揺らめく様を思い描く。
根元が青くて、上にいくに従って赤みを増していく、捉えどころのない揺らめく炎。
そのまま 「炎よ灯れ!」と呟いた。
すると桜色をした光が集まっていき、炎のようなものを形作っていく、と思っていた途端いきなり爆ぜた。
「うわっ、お前何やってんだ!」
周りへと炎が飛び散り、ガラクタをどんどん燃やしていく。
「水流よ降り注げ!」
魔理沙が魔法で大量の水を生み出し、なんとか大惨事は免れたようだ。
しかし後に残ったのはびちゃびちゃになった二人と、ガラクタの山。
「えっと、すみませんでした」
この悲惨な状況を見た魔理沙は溜息をつき
「掃除……するか……」
ーーーーーーー
魔理沙は台所で料理をしている時子の背中を見ながら、ついつい笑みを零していた。
粗方部屋が片付いたところで、時子がお詫びに料理を作ることを申しでてくれたのだ。
どのような料理が出てくるのか楽しみにしながら、時子のことを考えていた。
人里と割と近いはずの『霧雨魔法店』だが何故か客があまり来ず、暇を持て余した挙句に何時ものように香霖堂を訪ねた。
ここまでは今までと変わらない日常だったが、ある非日常が必要以上に魔理沙を浮き足立たせていた。時子の存在だ。
香霖堂で何故か掃除をしていた時子と目が合ったとき、不思議と胸の高鳴りを覚えた。
今までに感じたことのない謎の胸の疼き。不快感はなく、ただ自然と吸い込まれるような感覚。
腰まですとんと落ちた黒髪、少し伸び気味の前髪から覗く双眸は、魔法使いという外法者へと堕ちた私を見透かしているような感じがした。
「魔理沙、料理できたよ」
何時もは雑に料理は済ませていた私からすると盆の上に載った料理はかなり豪勢なものに見えた。
良い匂いが鼻腔を擽る。
「随分とうまそうだな」
「気に入ってくれるといいんだけどね」
そう言ってこちらへと微笑みかけてくる時子に、表には出さないが動揺してしまう。
彼女はテーブルの真ん中に主菜だろう肉じゃがを置き、ご飯、味噌汁とを順に置いていく。
洋風な家に住みながらも和食を好む私としてはありがたい献立だ。
「いただきます」と言った後、真っ先に肉じゃがへと箸を伸ばし口へ入れる。
懐かしい味。
脳裏に二人の顔が浮かんだ。私が捨てた家族。
一瞬嫌な感情が胸をよぎるが、美味しさに思わず顔が綻んだ。
「この肉じゃが美味しいぜ。」
「それは良かった。実は結構自信作だったんだ」
そう言ってにっこりと微笑む。
「ありがとう」
らしくないその言葉は彼女へと届いただろうか。
家族の元を去り、一人で生きていくことを決めたはずなのに時子と笑いあっている今がこんなにも嬉しい。
自分の弱さを痛感したが、嫌な感じはしなかった。もう一度時子の端整な顔を見る。
今日あったばかり、しかしこれからずっと付き合っていくだろう彼女に、そっと微笑み返した。