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東方転性譚  作者: Parfait
1/3

プロローグ

桜庭(さくらば) 時子(ときこ)

今時は珍しい清楚な雰囲気を漂わせる大和撫子だ。

腰までたらした濡れ羽色のしっとりとした黒髪を揺らし、大きな丸い目をほんのりと細め、その名の通りの桜色をした淡い唇の先を少しあげた見惚れるような笑顔。

俺はそんな彼女に一目惚れをしたのが大体一年前の我が高校の入学式だ。

あの時はまさか同じクラスになったりして浮かれていたものだが、時が流れるのは早いもので既に高校二年。

結局今までは何の進展もないまま、精々が時々話すクラスメイトといった立ち位置から脱却できないでいた。

桜庭さんはそんな俺の気持ちなどはいざ知らず、ガラス一枚隔てた先で、友達とにこやかに談笑をしている。

かすかに聞こえてる声には和やかさが含まれ、落ち着いた気持ちにさせてくれる。

まあ今俺が何をしているのかを説明すると、甘い秘密という名のベールに包まれた同性同士のみの日常生活というものを垣間見ている、もとい盗み見&盗み聞きだ。

落ち着いてんなよ、俺。

一応弁解しておくが別にこれは俺の趣味と言うわけではないし、当然日課としているわけでもない。

教室に忘れ物をして取りに戻ると、たまたま桜庭さん達が雑談している所に出くわしてしまっただけだ。

じゃあ何故入らずに盗み聞きしてるのか、と問われたらそこに関しては特に釈明はない。

「そういえばさ、時子ちゃんって好きな人いるの?」

「あっ、それ私も気になる」

さっきまでは他愛もない雑談だったものが、脈絡もない「そういえば」という接続詞によって、恋バナへと路線変更していた。

「気になってる人なら……いるかな?」

「嘘、だれ?」

「気になるー、教えてよ」

いっきに周りの声が色めき立つ、というか俺の心も色めき立つ。

「えっとね、実は……くんの事なんだけど」

見事に肝心の名前の部分だけ聞こえない難聴主人公スタイル。あれ、それにしてはやたらと一年間進展無かったんだけど。主人公じゃないの?

「え、あいつなの?」

「いや別に悪いやつじゃ無いけどさ、ねぇ」

「いい人だよ」

自信を持って言い切る桜庭さん。

あいつって誰。いや本当にあいつって誰だよ。

一人で悶々としていると、最終下校時間をやけに甲高い音でチャイムに告げられる。

暫し呆然としていると、帰ろうとしていた桜庭さんと目があった。ヤバイ、バレたか。平静を装うように目線を向けると、何故か一瞬にして彼女よ顔が紅く染まる。

「もしかして、さっきの話、聞いてた?」

「いや、聞いてないけど」

「そう、よかった……」

そう言いながら恥ずかしそうに小走りで去って行く。え、何あの反応。ついに主人公補正かかったの?そんなわけないか。

まあ取り敢えず今夜は悶々と過ごすことになるだろうな。



ーーーーーーー



朝の騒がしい人混みの中、校門をくぐって下駄箱へと向かう。昨夜は気持ちが昂ぶって眠れないと思いきや、爆睡できた自分の神経の図太さに感心した。

やっぱ睡眠は大事だよね。

それにしても寒い。五月中旬に差し掛かっているにも関わらず、ちらほらとマフラーや手袋をしている人がいる位だ。

校舎に入る直前に冷え込んだ強い風が頬を掠める。まだまだ春は遠そうだ。

かじかんだ手を吐息で温めながら下駄箱の蓋に手を掛ける。

開けると何時もの光景が広がっているかと思いきや、違和感がある。主に靴の上らへんに。

何が言いたいかというと、春が入っていた。

春といってもあくまで比喩である。今年の春はまだ来ないだろうが、人生の春は来たっぽい。

要するにコイブミーが入っていた。英語にするとラブレター。英語にする意味ねぇな。

「誰からだ……?」

靴の上にちんまりと置かれた、桜色が可愛らしい四角い封筒を手に取り、裏返したりして宛名を確認してみるが何も書いていない。

取り敢えず鞄にしまい、教室の自分の席でこっそりと開けてみると

『放課後に 校舎裏で待っています』

とだけやけに丸い文字で書かれていた。宛名はない。

「まあ俺は桜庭さん一筋だからな」

この程度の手紙で心揺さぶられる俺ではない。が、放課後に待たせるのも可哀想だし行ってあげなくてはならないだろう。

決して興味があるわけではないが。別にもし可愛かったらあわよくばとか思ってないから。本当だよ?

その後、当然退屈な授業など耳に入る筈もなく、ついに放課後を告げるチャイムによりクラスが喧騒に包まれる。

そんな騒がしさを後ろで聞きながら、俺は駆け出していた。

別にすごい楽しみな訳ではない、待たせたら可哀想だという慈愛の心がはたらいただけだ。

校舎を出て既に散りかけた桜を曲がると薄暗い校舎裏が見えてくる。

呼吸を整え奥の方まで歩いていくと、小柄なシルエットが其処にいた。

彼女は俺と目が合うと、腰までたらした濡れ羽色のしっとりとした黒髪を揺らし、大きな丸い目をほんのりと細め、その名の通りの桜色をした淡い唇の先を少しあげた見惚れるような笑顔を此方に返した。

別に表現を使いまわしたわけではない、まさか桜庭さんが居たのだ。どちらにせよ使い回してるな。

「手紙、読んでくれた?」

「読んだけど、あれって桜庭さんからだったんだ」

「うん、伝えたいことがあって」

唐突な急展開に鼓動が早まっていく。一年間止まり続けていた時が急速に動き出している。

どっかに伏線あったけ?いつから主人公補正適用されたの俺。

「実はね、わたし」

桜庭さんの顔に緊張が走る。俺は動くこともできず、ただその瞳を見つめていた。

「わたしは、君のことが、」

すき、と言ったんだろうか。口の動きはそう見えた、がわからない。

何故なら声が聞こえなかった。

桜庭さんの後ろの空間に亀裂が入る。比喩ではない、本当にヒビ割れたのだ。

まわりが静寂に包まれ、ぼんやりと桜庭さんが何か喋っているだろう姿だけが見える。

訳がわからないままでいると、圧倒的な安心感が身体に走った。

まるで母親の中にいる胎児のような、絶対的な安心感。

それは、徐々に俺の思考を奪い、何の躊躇をさせることもなく、意識を手放させた。



ーーーーーーー



「……ょうぶ……、大丈夫かい」

誰かに身体を揺さぶられる。

謎の安心感は霧散し、今は虚脱感のみが残った状態で横たわっていた。

「さ……桜庭さん……?」

「君、大丈夫かい?」

目を開けると、何故か目の前に白髪イケメンがいた。

「うわっ」

思わず後ずさった。

段々と意識が覚醒していくと、次第にまわりの風景が目に入ってくる。

地面に敷き詰められた落ち葉。鬱蒼と茂る木々は人工的な手入れが一切されていないかのように、各々の個性を主張しながら生えている。

ここは明らかに見覚えが無い場所だ。

「なんでこんなところで寝ているんだ、此処は危ないよ」

目の前の白髪イケメンが喋る。

「えっと、誰?」

「僕は此処の近くにある香霖堂の店主の森近霖之助だよ。人里から迷い込んだのかい?ここは危ないから早く帰った方がいい」

「いや、えっと」

訳のわからない状況に焦っていたが、自分の身体の違和感に気が付く。

最初は指だった、俺はこんなに細くて丸い指はしていない。

次は頭身だ、立ってみると何時もより視線が低い。

そして声。俺が喋っている筈なのに、女みたいな声が聞こえてくる。

「鏡とかある?」

「鏡?なら丁度さっき拾ったばかりだよ」

言って霖之助に似合わない女子高生が使うような折り畳み式の鏡を手渡してくる。

「ありがとう」

覗くと、絶句する。

鏡に映った俺の顔は、毎朝嫌でも見る、見覚えがあるものではなく、しかしとても見覚えがある顔だった。

「ところで君の名前は何なんだい?」

霖之助からの質問され、顔をそちらに向ける。今の俺の顔はさぞ引きつっているだろう。

「桜庭……時子……」

こうして、俺がこの世界で吐き続ける最初の嘘を放ったのだった。

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