罠・獲・あと一歩
いつまで経っても、彼らの目指すゴールは見えてこなかった。
苛ついてアクセルを思い切り踏んでも、ただ変わらぬ高い壁の間を進んでいくだけだった。
「お兄ちゃん……おかしい。料金所が、こんなに遠いわけない……」
由貴の不安そうな声が、車内に広がって溶けていく。
翔太はあえてその問いには答えなかった。そんなことは、運転する彼が一番よく理解している。
そんなおかしな道路を走り続け、十分も経過した時。
「なんだ、あれ……」
久しぶりに見えた壁以外の色は、緑。
前方に、鬱蒼と繁る森があった。道路と森の間に道は、ない。彼らを取り囲むように、木々が立ちはだかっていた。
仕方なく、翔太はブレーキを踏む。道路から外れて土の上を滑った車は、土埃を舞い上げながら木々の直前で止まった。
「嘘、何ここ? どうして高速から森に直接繋がってるの?」
そんなもん、俺が訊きたい。
翔太は心中で妹にそう返しながらシートベルトを外し、ドアを開けた。
外の空気は、森独特の爽やかさと湿気を含み、彼を包み込む。少なくとも夢ではあるまい。幻影、でもなさそうだった。
続いて車を降りてきた由貴が、不安のためか兄に擦り寄る。
「ここからは車は使えなさそうだ……しばらく待って、アイツらが追ってこなかったら引き返してみよう」
森に入るのは最後の手段だと、翔太は考えた。ここまで鬱蒼とした森に入り込んでしまえば、迷わないはずがない。中は陽の光もろくに届かないだろう。
由貴もその考えに同意したのか、微かに頷いて森を見上げる。彼女にとって、謎の集団に追いつかれることと森に入ることは、同じくらいの恐怖に思われた。
特に、場違いに森の中から突き出している高層ビルには、何か良くない気配が漂っている気がした。
「追いついてきたら車でも逃げられないし、繁みに隠れていよう。もしもアイツらが追いついてきたら、そのまま森の中に逃げる」
「うん、わかった」
来るな、来るな、来るな。
森という逃げ道があるにも関わらず、翔太は恐怖で取り乱しそうな、ギリギリの所で平静を装っていた。もし由貴という妹がいなければ、すでに発狂していたかもしれない。
それほどに、あの女性は異常な雰囲気を持っていた。”贖え” と、二人に要求してきた、あの女。異常なほどに興奮し、目玉が飛び出さんばかりに目を見開き、血走らせていた。
まるでホラー映画、いや、映画でない分、性質が悪い。
二人は繁みに身を隠しながら、森を目前として途切れているアスファルトとコンクリートの壁を睨むように見る。
妹を引き寄せ、大丈夫だ、と沈黙の内に語りかけるうち、翔太は”大丈夫”を自分に語りかけているように思えてきた。最早、妹さえも顧みる余裕がないとでも言うのか。
翔太は自分の露見した不甲斐なさに舌打ちし、妹を抱き寄せる腕に力を込めた。
翔太と由貴を追っていた数台の車は、標的とする車が料金所の看板の下を潜り抜けたのを見届けるとスピードをがくりと落とした。
その内の一台を運転している女が、ハンドルの横に取り付けられた通信機に手を伸ばす。長く黒い髪を、高い位置で一つに括っている女だ。翔太に”贖え” と叫んだ女性でもあった。
その女が通信機に向かって何事かを喋れば、周囲の車全体から、ほぼ同時に同じ女の声が聞こえてくる。内容は、他の車への指示のようだ。
――通信終わり。
そう言った女は、口元にニィと笑いを浮かべた。
「見つけた……捕まえてやる、捕まえてやる……ッ! 贖え!!」
貴様らは既に、死刑台に登り始めているのだから。自らの罪を悔いながら、地獄へと落ちて行け。奴等に凶を、この手で……!!
数台にも連なるその車の一団は、”料金所” と書かれた看板の下を潜って行った。