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贖いの知らせ


 この小説には、流血・グロ表現が使われます。

苦手な方は、申し訳御座いませんがお引き取りください。

当小説で不快感を感じられた場合でも、作者は一切の責任を取りかねます。


「やっぱり気持ちいいね〜。何か思い切り手足が伸ばせるよ」

 購入して数日も経っていないことを思わせる一台の黒い普通車が、高速道路を規定内の速さで走っていた。その車の後ろを走る車の運転手なら、誰でもこの黒い車の運転手が初心者であることを知る。

常に外気に晒されてすぐに汚れるはずの若葉マークは、けれどもその色を青々とさせ、眩しいくらいだった。

 黒い車の助手席では、一人の少女が思い切り伸びをしている。彼女の名は上原(うえはら)由貴(ゆき)。音大生で、来月から二年生になる。

「やっぱり免許とって正解だったね、お兄ちゃん」

 彼女は言いながら、大きな瞳を隣の運転席に向ける。兄の顔を覗き込むようにすると、彼はちらりと妹に目を走らせた。

「そうだな。でもまだ緊張する、かもな」

はは、と苦笑すると、彼はまたすぐに前方に目を戻してしまった。だが由貴は兄がいつも自分を気にかけてくれていることを嬉しく思っていた。

 つい一週間程前にやっと免許をとった由貴の兄、上原翔太(しょうた)は妹より二つ年上で、すでにコンピュータプログラマーとして働いている。上京して有名音楽大に通う妹の下宿先は、彼のアパートだった。

「でも、これでしょっちゅう家に帰れるようになるよね。お父さんとお母さんだって喜んでくれるはずよ、絶対」

 由貴は心底嬉しそうに言う。今までは電車を数本乗り換えなければ実家に帰ることが出来なかった。そのために行き来が面倒になり、二人は中々帰ろうとしなかったのだ。

だが車となれば話は違うだろう。面倒な乗換えはない。人込みに流されることもない。

生まれつき体の弱い由貴にとって、車は最高の乗り物なのだ。特に気兼ねなくできる兄や両親の運転するものは。

 東京から地方へ向かう高速道路は、思いの外快適だった。パーキングも大型のものが多く、両親への土産物にも困らない。

「だといいけど。それより、今日は連休の初めだってのに……ガラガラなんだな」

翔太は気味悪げにバックミラーを見やる。慣れないためか、その瞬間少し車が揺れた。

 家を出る前からずっと混雑を覚悟していた二人には拍子抜けだった。

最初こそ数台ちらほらと見かけたものの、今では二人のもの以外には全く車を見受けられない。連休初日ということを抜いても、異常なことだった。

「そうね……でも、所詮は都会もこの程度なのよ」

 由貴はふふ、と軽く笑って返す。

翔太もそうかもしれないな、と返そうとした、次の瞬間。

――ガツッ

 車の後方から、嫌な音が響いた。同時に二人の車が大きく揺れる。

「きゃっ!?」

由貴は短く悲鳴を上げ、思わず頭を抱えた。翔太は慌ててハンドルを回して側面の壁との接触を回避する。

ギリギリのところで車は進むべき方向に頭を向けた。翔太は一瞬で早まった動悸を抑えようと、左手で胸を抑える。

大量に吸ったわけでもない空気を、体から無理やりに押し出した。動悸は、しばらく治まりそうにない。

 事故は回避した。回避はしたが、翔太の頭は早くも混乱し始めている。何があった?今の衝撃は?耳に残る、あの音は?

「お、お兄ちゃん、今の……」

妹の不安そうな声を無視し、彼は必死で混乱を収めようと努力した。車は高速道路の上。止まるわけにはいかない。それだけを理解し、アクセルを踏み込む。

「くそ!」

 途端、次は右方向から衝撃を受けた。勢いで妹の乗る助手席のドアが壁と接触したらしく、金属が擦れる音が車内に響いた。

「いやっ!」

由貴は抱えた頭を翔太に摺り寄せてくる。音と振動に耐えようと、彼女は身をよじった。

 翔太が窓の外を見やると、さっきまで一台もなかった車が一気に増えていた。しかも、二人の乗る車を取り囲むように。

ガツッ、と、今度は左後方から衝撃を受け、由貴が思い切り前につんのめる。翔太は妹を気にかけつつ、そちらを振り向く。そこからはスモークをつけた助手席側の窓が見えるだけだったが。

「由貴! 大丈夫か? ……何なんだよ、こいつら!」

翔太は苛立ちに体を任せ、右の握り拳でハンドルを思い切り打った。


――(あがな)え。


 突然、耳元に声が聞こえた。ハッとして声の聞こえた方角に顔を向けると、翔太たちの車の横を寄り添うように走っていた車のスモークガラスが下がり、女性の顔が見えていた。

翔太と女性の目が合うと、女性は叫んだ。

『贖え!!』

高鳴るエンジン音にも負けずに、その声は翔太にも、由貴にもはっきりと届く。

 翔太は思わず目を見開き、女性を凝視してしまう。"贖え"だって?何の話なんだ。

とにかく、またぶつけられる前にこの車を抜き去ってしまおう。翔太はそう考え、強くアクセルを踏み込んだ。

「お兄ちゃん、今のは何……? 贖えって、何?」

兄に問う由貴の声は、女性の叫んだ時の表情が恐ろしかったのか、震えている。

「俺だって知らない!」

翔太は半分叫ぶように答えた。そんなの、俺だって知りたい。

 幸いにも囲まれていたのは車の側面と後方だけだった。前方には、ただ道路だけがある。

一気に追い抜いてやる。

翔太がアクセルを思い切り踏むと、車は真っ黒な排気ガスを巻き上げながら周りの車を引き離した。

「お兄ちゃん、料金所がある! とにかく一度降りようよ! 怖いよ……」

助手席で、由貴が分かれ道を指差して言う。だがその言葉は尻すぼみになり、最後は消えるようだった。

 最初にぶつかられた時の衝撃は、由貴にとって少なからず恐怖をもたらしていたのだ。

「よし、降りよう。他にも車があれば、あいつらだって下手に手出せないはずだ」

翔太はバックミラー越しに、小さくなっていく車たちを見やる。どうやらこれ以上追いかけて来る気はなさそうだが、用心するに越したことはないだろう。

律儀にも左側にウィンカーを出し、翔太はハンドルをきった。

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