エピローグと新たなプロローグ
一夜明けて結婚式当日。騒ぎにはなったものの、幸いなことに死傷者はなく。アルファが深夜の内にこっそり城全体にかけた回復魔法により、兵士達の傷も無事完治した。
「まさかレジーナが……私が彼女の気持ちに気づいていたら……」
ウエディングドレスに着替え終わり、控室で出番を待つエメラルド。傍らにはドルグ。そして春人とアルファ。
「姫様、それは違います。悪いのは己の心を闇に落としたレジーナです。それでも責任があるとすれば、部下の心中を見抜けなかった我等騎士団にこそ責任があります」
レジーナが暴走した切っ掛けが自分にあると思い込むエメラルドは自分自身を責める。
結婚式という晴れやかな場に立つには、今のエメラルドは悲壮感が滲み出過ぎていた。
「人の気持ちは移り変わるものさ。どれだけ大切な存在でも、好きなものを嫌いになったり。嫌いなものを好きになったり。好きなものをもっと好きになったりな」
「アルファが春人様を好きな気持ちは変わらない。これからも好きになり続けるよ」
「私が王子様を……アルト様を好きな気持ちも……同じです。アルト様を好きな気持ちでレジーナに負ける気はありません。ですが、それでこの城の方々にご迷惑を……我が国の不祥事で婚約破棄されてもおかしくはないのです」
「なら直接聞いてみればいい。これでエメラルドを嫌いになったかどうかをな」
春人の背後に開いた裂け目より、白いタキシードを着た金髪碧眼の美青年が現れる。
「アルト様!?」
「姫……エメラルド姫! 私が君を嫌いになるわけがない! 私がどれほどこの日を待ち望んだことか!!」
「ああ……アルト様! ですが、ですが多大なるご迷惑を!」
「君のせいじゃない! それでも自分を責めるというなら私もその咎を背負う! 私達は今日から夫婦なのだから!」
エメラルドの手を取り。必死に慰めるアルト王子。王子の優しさにエメラルドの瞳からは自然と涙が溢れ出す。
「まったく、俺には何の話か理解できんな。ドルグ隊長、昨夜大暴れした蜘蛛とレジーナは何か関係でもあるのか?」
「さて、ワシにはとんとわかりませんな。なにか知っておりますかなアルファ殿?」
「アルファは寝てたから知らないよ」
三人はエメラルドとアルトの顔を見ながらニヤリと笑う。
レジーナが蜘蛛になった瞬間を見ているのはエメラルドと春人とアルファのみである。
「と、いうわけだ。知らないのだからどうしようもない。証拠もないぞ」
「本当に……良いのでしょうか? 私が幸せになっても」
「護衛が終われば俺の願いを聞く約束だったな? なら王子と必ず幸せになれ。それが俺の願いだ」
護衛を引き受けた時の約束まで持ちだされ、こうまで念を押されてしまってはエメラルドも観念した。
「ハルト様。ドルグ。アルファ。ありがとうございます」
「ありがとうございます。私は自分が情けない。自分の妻となる女性も守れずに、こうして貴方の好意に縋ってしまって」
「エメラルド。幸せになって。アルファとのお約束」
「はい! 必ずアルト様と共に幸せをこの手にしてみせます!」
エメラルドに先程までの悲壮感はなかった。どこまでも晴れやかな笑顔である。
「私もここに誓います。エメラルドを生涯愛し続け、笑顔を曇らせること無く守り通します!」
「はっはっは、これでこのドルグも安心して隠居できますな!」
「まあ、ドルグったら」
控室は係の者が呼びに来るまで、笑顔が絶えることはなかった。
そして結婚式も終わり、春人とアルファは再び旅に出る。
街道を歩くアルファの手にはブーケが握られていた。
「春人様。このお花がアルファに飛んできた」
「それはブーケだ。それを取るとな、次のお嫁さんになれるというジンクスがある」
「アルファお嫁さんになれるかな」
「ああ、きっといいお嫁さんになれるぞ」
春人にお墨付きをもらって頬を赤く染めるアルファ。真っ白な花が咲くブーケを大切そうに両腕で抱き締める。
「アルファは春人様のお嫁さんがいいよ」
「光栄だな。だが俺のはどこまでも自由に生きる。わかっているか?」
自分が選びに選び抜いたハーレムメンバーを集め、自分の城の自分の部屋で童貞を捨てる。春人はそれこそが自分に相応しいと思っている。
「知ってるよ。だから約束。春人様の初めてはアルファが予約します」
「アルファにはこれからも世話になるだろう。その予約、承った」
「やったね。アルファのテンションは右肩上がりだよ」
ぴょんぴょん跳ねるアルファ。約束の内容さえ知らなければ、無邪気にはしゃぐ可憐な少女として非常に絵になる光景だ。
「アルファは心配でした。お姫様がなんでもするって言い出したから」
「おいおい、もう忘れたのか? 言っただろ……」
アルファのズリ落ちそうになっている帽子を被せてやり、乱れた髪を指で梳かす春人。
「童貞は食わねど高楊枝、さ」
まるで二人の旅路を祝福するかのように暖かく、柔らかな春の風が吹く。
そこに遥か上空より飛来する人影があった。
「なああぁあにをイチャイチャしてるんだ春人くうぅぅぅん!!」
叫びながら二人の前に着地したのは和服を着た少女だった。
服の乱れを直し、艶やかな黒髪を靡かせ現れたのは春人達と同年代くらいの少女だ。
「ようやく見つけたよ春人くん……私を無視して異世界で遊ぶなんてひどいじゃないか!」
びしっと春人を指さし話し始める少女。
「チッ、お前かウズメ」
心底面倒くさそうに呟く春人。苦虫を噛み潰したような表情だ。春人のそんな表情を初めて見るアルファは顔には出さないが少し驚く。
「春人様。この人はだれ?」
「春先になるとこういうアホが出てくるものさ。無視していい」
「いいわけないだろう! 大体においてだね、なーにしれっと私の春人くんと一緒にいるのさ!!」
「春人様は誰のものでもない。アルファが春人様のもの」
「アルファはよくわかっているな。偉いぞ」
アルファの頭を撫でてやる春人。目を細めて嬉しそうに微笑むアルファ。この世界にきてから何度も繰り返された、いつものやりとりである。
「イチャついてるんじゃなああああい!! なーにがアルファだ! 私が君を知らないと思っているのかいペルセポネくん?」
「今の私はアルファ。春人様のはじめてになる女。どこの誰かも知らない女には渡さない」
「春人くんのはじめては私のものだ!! ふむ、知らないか。名乗ってあげよう。私はアメノウズメ。春人くんに生涯付き従うもの」
「俺は許可した覚えはない」
「愛は勝ち取るものさ! 必ず君を手に入れるよ春人くん!!」
親指をびしっと立ててウインクひとつ。ウズメの中ではこれ以上ないほど決まったと思っている。
「春人様。アルファは説明を希望します」
「ただのアホだ。覚えなくていい。俺も迷惑している」
「説明しよう! 春人くんとの馴れ初めってやつをね!!」
大きな溜息を吐いて空中に座り込む春人。座る空間の時を固着させて椅子にしている。
このまま通り過ぎるのは無理だと判断し聞く体制に入る。嫌々ながら。
「春人くんのいた世界では、神様や魔法なんてファンタジーな存在はいないものとして、マンガやゲームの中の存在だった。でも実はちゃーんと神様はいた。で、信仰が減ってきて暇だった神様の一グループが一つの遊びを思いついた」
大げさに、まるで部隊の主演女優のように動きまわり解説を続けるウズメ。熱が入りすぎて春人の膝の上にアルファが座っていることにつっこむこともできない。
「一人の人間に不幸、まあ神が与えるから試練だね。試練を与えて遊び倒そうって寸法さ。ヒマを持て余した神々なんて碌な事しないわけさ。そして運悪く私達は何回目かのターゲットに春人くんを選んでしまった」
ここで運が悪かったのは春人ではない。春人という存在を玩具にしようとしてしまった神々である。
「振りかかる災厄をものともせず吹き飛ばすもんだからムキになってね。目立ちすぎて春人くんにみつかっちゃったのさ。いやあ全員原型とどめないくらいボッコボコにされてね。力の弱い神なんて半年経つのに実体化することもできないよ。はっはっはっは!!」
豪快に笑っているが春人からすればたまったものではない。勝手に人に試練を与えるものだから力ずくで止めにも入るというものだ。
「その時に思ったよ。痛めつけられるのは人でも神でも辛いんだ。辛くて苦しくて……でも好きな人にされると逆に興奮するんだってね!! 気がついたら私の心には春人くんが住み着いていたさ。この恋泥棒め!!」
「うるさい黙れ、アルファが起きるから大声を出すな」
ちゃっかり春人の膝枕で眠るアルファ。
「うおおおおぉぉぉぉい!? いちゃいちゃするなっていっただろう!? おきろペルセポネくん!!」
「アルファはアルファ。春人様のはじめてを貰う女」
「そうかいそうくるかい。それじゃあ今日から私はオメガだ! 春人くんの最後の女になってやる!」
「断る。さっさと帰れ迷惑だ」
「アルファは春人様と二人きりを希望」
春人は騒がしいこと極まりないウズメ改めオメガが苦手である。自分のペースを崩す相手が気に入らない。
アルファも春人との時間を邪魔する相手が嫌いである。
「いいや付いて行くね! なぜなら赤い糸で結ばれているからさ!」
「そんな糸、お前ごと叩き切ってやろう」
「アルファも協力する」
「オーケーちょいとお待ちよ春人くん。これでも神だ。戦力として申し分ないだろう?」
「この俺以外の戦力が必要だとでも?」
「痛いとこ突くじゃないか。どうせなら布団の中で突いて欲しいものだね」
アルファの手を取り歩き出す春人。
「行こう。アホがうつる。アルファの教育に悪い」
「アルファは静かな場所がいい」
「ええい待たないか! 意地でもついていくよ! だって春人くんの最後の女だからね!!」
やかましい道連れが増えて、春人達の旅はまだまだ続くのであった。
狙われたお姫様編 完。