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春人 宇宙へ その6 春人VS軍神アレス

 春人とアレスの艦隊の戦いは春人の圧倒的優位であった。


「なぜだ! なぜ当たらん!」


「無駄なことをするものだ。宇宙の塵となれ!」


 言うまでもなく宇宙船は巨大だ。大型艦ともなれば、そこいらの惑星と比べても遜色ないほどである。小型戦闘機も『小型』とはいえ、操縦席だけで人間が五人はすっぽりと収まってしまう。そんな大きなものは、春人のように生身で光速を超えて移動するものを捉えられるようにはできていない。的が小さすぎるのだ。しかも前後左右など存在しない宇宙空間である。どうあがこうが春人の優勢は変わらない。


「こうも数が多いと飽きてくるな。聞こえるかトート。旗艦の主砲は無人で出しっぱなしにできるか?」


『無人……よく意味がわからないよ。主砲は一度チャージしてしまえば僕の力が続く限り、遠隔操作で出しておけるけど』


「ならば主砲を打ち続けられるようにして、全員を旗艦から退避させろ」


『何をする気なんだい春人くん?』


「そいつは見てのお楽しみだ」


 不敵に笑い、敵艦を手刀で、蹴りで、嫉妬の炎で、心の壁で撃墜し続ける春人。


『チャージ完了したよ。どこに向けて撃てばいい?』


「狙う必要はない。そのまま撃てばいい。後は俺が斬る」


『春人様。がんばって』


「ああ、すぐに終わらせて帰るよアルファ」


『ま、よくわからないけど面白そうだ。僕の期待以上にこの茶番を盛り上げてくれよ。主砲発射!!』


 敵艦に向けられた宇宙の闇を斬り裂く巨大な青い光。だが敵艦はすでに主砲の射線から退避していた。損害はゼロ。春人以外はなぜ撃てと命令したのかわからない。


「雑魚をぷちぷち潰すのも飽きたのでな。まとめて叩き斬ってやろう」


 いまだ主砲を打ち続けているトートの旗艦に降り立つと、力任せに旗艦を両手で掴み。にやりと口の端を吊り上げる春人。


「さあ……楽しい楽しい遊戯の始まりだ。はっ!!」


 あろうことか春人は旗艦を右手で持ち上げ、剣の柄の様に振り回し始めたのだ。


『なにいいいいいぃぃぃぃぃ!?』


「さあ、切り刻まれたいやつから前に出ろ!!」


 旗艦を持ったまま、光速で移動し、主砲のビームを巨大な剣の代わりにして敵艦隊を薙ぎ払っていく。


『バカな!? 僕の艦は地球そのものとそれほど変わらない大きさなんだぞ!?』


『春人様だからできる。春人様は凄いのです』


『ふひゃひゃひゃひゃひゃ! はっはっはっはっはっは!! ああもう本当に君といると飽きないね! 最高だよ春人くん!!』


『なんというか……どういう人間だお前は……』


 別感のモニターで外部の様子を見ていた神々から驚きの声が上がる。目を輝かせているアルファ。爆笑しているオメガ。驚くトートに呆れかえるアテナ。神のレベルを持ってしてもなかなかにぶっ飛んだ発想である。トート達最上級の神ならば可能だが、人間としては限界を超え、正しく究極の存在だ。


「俺の英雄譚の一節に加わる栄誉を与えてやる。華々しく散るがいい!!」


 しなるムチのように振り回してては宇宙に光の線を描く。艦隊が壊滅まだ追い込まれるのに、そう時間はかからなかった。


「さて、あとはアレスを倒せば……ん?」


 前方から飛来する赤い隕石を右手を振って砕く。だがその力に、春人は覚えがあった。


「この力……神の力をも上回るこの圧倒的な力……これは……童貞力か!」


「その通りだ。貴様の名は知っているぞ。勇希春人」


 身長三メートルを超える、ローマの闘士のような格好をした男が現れた。この男こそ、この騒動の原因。その半分を担う軍神アレスである。


「我が名はアレス。軍神アレス! 神代の頃よりの童貞よ!!」


「名のある神が童貞のわけがないと思っていたが、まさかこうして目の前に現れるとはな」


「長かったぞ……神の力に頼りきっていた我が、童貞として目覚めるまでは……だが!!」


 アレスの身体から、赤いオーラが霧のように吹き出している。アレスの神としての力と混ざり合いながら、力を増す。


「我は貴様より長く童貞である! 無職ではない! だが些細な事よ! これが! 名付けて軍神童貞流奥義! 孤高前進!!」


 周囲の星々を破壊しながら赤いオーラが春人を襲う。童貞とは孤独。己以外を受け入れぬ存在。そんな童貞としての闘気は、アレス自身を除く全てを破壊し、赤く染める。暴力的で独善的ながらどこか哀愁ただよう制圧奥義である。


「童貞の力くらべか、乗ってやる。無職童貞流人見知り奥義――――無限染色!」


 春人もまた、灰色の空間を展開し宇宙を自分一人に染めてゆく。無限染色。それはどこまでも自分一人の世界を広げていく世界そのものを侵食する奥義である。

 普通の人間は人との関わりを避けられない。だがニートで童貞ならばどうか。どこまで世界を広げても孤独であるということを心の底から理解したその時、孤独を操り他者を消す術を身に着けた。働きもせず自宅にいるニートの時は止まったまま。ならば新食後の世界の時が止まっているのも当然の摂理である。


「貴様には童貞として足りていないものがある。頂点に立つものとして自覚もない。ゆえに中途半端な童貞にしかなれんのだよ」


「バカな!? なぜ押し負ける!! 我の童貞力が劣っているというのか!!」


「わからんか? 頂点とは何だ?」


「頂点? 最強の力を持つものだ!」


「アホが……頂点とはたった一人だ。つまり頂点とは孤独な存在なんだよ。そして童貞とは誰にも愛されない孤独な存在だ。つまり童貞とは全生物の頂点だ」


「我もまた童貞だ! 清い体だ!」


「だが貴様には神の力がある。艦隊指令であり、神の軍を操る存在だ。頂点にたったとしても孤独ではない。童貞とは……ただ女を抱いていなければいいという簡単なものではない!!」


 軍神として共に戦った仲間が、部下が、強敵が、アレスの歴史に友人として刻まれている。友人のいる童貞と、春人のように女友達どころか同性の友人すら存在せず、たった一人で己を磨きながら神々を滅ぼす力を手に入れた童貞では格が違う。オメガも、トートも、全ては無職童貞流を作り上げてからの知り合い。神話に華々しく刻まれるアレスには、しょせん童貞としての素質が欠けていた。


「軍神童貞流奥義 空虚爆進波!!」


「無職童貞流奥義 空虚爆進波!!」


 二人の両手から出た光の波動がぶつかり、宇宙を照らす。余波ですら月を破壊し、太陽を欠けさせるほどの恨み、妬み、嫉みなどの負の心が爆発し、相手を飲み込む技となる。奥義としては初歩だが、童貞力の力比べとしては悪く無い方法である。


「これでも押されるというのか!?」


「貴様の波動から……完全には恨み切れていない何かを感じるぞ。完全に世界を呪っていない。さては貴様、女の幼馴染みか女友達でもいたな?」


「ぐぬう!! そんなものは幼少期の一時、しかも恋愛に発展することも! 役得も何一つなかった!!」


「無駄だ、どれだけ幼い頃だとしても、女友達がいたという事実が……貴様の心に完全な童貞とは違うという安心感を与えている。童貞を名乗りながら、童貞であることを恥じている!!」


 アレスは自分の心を見透かされている気がして、血など通っていないにもかかわらず血の気が引く思いだった。優越感を感じていた。まったくの童貞よりは、特別仲が良くなくとも女友達がいた時期がある分、自分が上だと心の片隅で思っていたのだ。


「それが童貞を極めるうえで、どれほど足を引っ張るか……とくと思い知るがいい」


 春人の波動はアレスを飲み込みつつあった。単純なパワー比べで戦いの神が負ける。それは人間の強さを、童貞の気高さを示していた。


「バカな……我は軍神! 戦神だ! 人間に……なすすべもなく負けるなどあってはならぬ!」


 春人の波動をかわし、神速にて間合いを詰めるアレス。神が放つ全身全霊の拳は宇宙を、世界を震わせる。


「童貞の力で勝てぬのならば、神の力にて屠るのみよ!!」


 だが、この拳も春人の拳によって文字通り打ち砕かれる。


「ぐあああぁぁ!!」


「無駄だ。いくら捨てたくとも童貞であるという事実は事実。捨てようと意識すればするほど童貞の力はお前を滅ぼす」


「まだまだあぁ!!」


 春人とアレスの流星よりも早く、超新星爆発よりも激しい格闘戦が始まる。


「勝てない……か。このアレス、ここまでの負け戦名など初めてよ。ふっ、これでは軍神の名が泣くわ」


「いいや、俺を相手に小細工無しの真っ向勝負を続けていること、称賛に値する。完全な童貞ではなくとも、お前は真の武神アレスだ」


「そうか、ふははははは!! 心地よい! 艦隊など率いていては得られぬ高揚感だ! この武神アレス! 勇希春人を本物の童貞と見込んで頼みがある!」


「言ってみろ、アレスよ」


「このまま我は負けるだろう。だが! 負けるのであれば、我が究極奥義でお相手願いたい!!」


 春人から距離を取り、アレスが頭を下げる。それを見た春人の顔には、アレスを認めた爽やかな笑顔があった。


「承った。この俺、勇希春人が、究極奥義を打ち破ろう」


「ありがたい!! 最後に我が童貞歴の全てを込め、凝縮して刃と化す!」


 春人から距離をとったアレス。覚悟を決め、己が持つ究極の技を発動させる。ドス黒く脈打つ巨大な、太陽にも匹敵する大きさの、何よりも暗い刃。これがアレスの童貞としての全てである。春人に向けて、アレスの心のようにまっすぐに振り下ろされた。


「ゆくぞ! 勇希春人!! 軍神、いや武神童貞流 究極奥義! 黒王孤高刃こくおうここうじん!!」


「見事だ……武神アレスよ、お前を俺の穢れ無き輝きで照らそう。無職童貞流 救済奥義! 光照輝彩刃こうしょうきさいじん!!」


 春人の右手から放たれるまばゆい光の刃は、アレスの黒い刃とぶつかり浄化する。どんな光も届かない黒き刃を、春人の光が白く変えた。春人の心身ともに穢れ無き純粋さが集約され、刃となりて全てを光で彩っていく。あまねく世界を照らし、暗き闇の底から童貞の心を救い出す。救済の心が生み出す奇跡である。


「これは……なんという暖かな光……我が力が、心が浄化されていく」


「殺すには惜しい男だ。俺の輝きで身も心も清らかになるがいい。そして、全てが終われば童貞談義に花を咲かせよう」


「完敗だ……ありがとう……春人よ……」


 光の刃に斬られたアレスの心は穏やかであった。体に傷はない。アレスの醜い心だけを切り裂いたのである。それを悟ったアレスは春人に礼を言うと、ゆっくり目を閉じ、気を失った。

 こうして宇宙戦争は終結し、この世界に平和が訪れたのであった。


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