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No.-

No.39 大参事バレンタイン抗争!

作者: 夜行 千尋

出されたお題を元に、一週間で書き上げてみよう企画第三十九弾!

今回のお題は「バッドエンド」「戦争」「硬貨」


5/18 お題出される

5/20 今週末は忙しいため、最初に浮かんだプロットを練る

5/23 珍しく締め切り前に投稿


普段からこうしろという幻聴がどこかからか……!

 戦争……それは時に悲惨な犠牲を伴う……そのことを俺はこの回想録を書きながら思う。


 俺、二階堂 雄介(にかいどう ゆうすけ)はとある戦争を仕組んだ……。場所は調理実習室、時間は二月十四日、午後五時の放課後にて! クラスどころか学年一モテ男の処刑の為に! 女子どもによるモテ男争奪本命チョコ戦争!!


 そもそも、最初はモテ男である三國 優璃(みくに ゆうり)のせいである。奴が


「今年は少ないと助かるな」


 などという、けしからん事をバレンタインデーのひと月前に言うのが悪い! ふざけるな! お前が女子どものチョコを攫うせいで俺らにはギリも来ないことが多々あるんだよ! おのれ、三國ぃぃいい!

 という男どもの心の声を聞いた俺は(主に俺のイラつきなどが原動力となり)この女子たちによる血で血を洗う、もとい、チョコでチョコで洗う甘いけど甘くない戦慄する戦争を企てたのだ。

 バレンタインデーの放課後、女子たちの手作りチョコを実食させ、三國が優勝者を決め、優勝者は三國と一緒に帰れるという“餌”を用意して(もちろん三國本人には許可を得ていない)女子どもを釣り上げた。ついでに誰が優勝するかを男どもで賭けることにし、親を自分に設定。一儲けもできる!


 と、そこまではよかったんだけどなー……



 まず、俺たち男子は三國に恋心を抱いているであろう女子を選別した。

 特に他の男子の誰かが狙ってる女子たちには、何のかんの理由を付けて出場を辞退させた。出場者は飯マズで有名な女子やブサイク、サイコなことで有名な女子に絞り込み、これにて完璧……と思ったんだけど……



 まず第一走者、二組の大庭佐 仁江子(おおばさ にえこ)。それなりにスタイルも良い美女なのだが、想像を絶する飯マズで有名。それはもう有名なエピソードとしては……二組のスライム逆流事件だ。あれは……悲惨だった。

 去年の今ごろ、三年の先輩に向けて大庭佐がチョコを作成……しようとした。ただ板チョコを溶かし、型に流し込み固めるだけの簡単なレシピとチョコを調理実習室に持ち込んだものの、何を思ったのか突如近所のスーパーにてフルーツを買い出しにでる。そして……完成したのは、白っぽく色づいた黒糖の塊のごとき……何かである。先輩に出す前に味見を頼まれた、何も聞かされていない二組の男子は食べたとたんに嘔吐。口からなにやら黒色のスライムを掃き出し、涙と鼻水とが混じった顔で痙攣しながら吐き続けた……恐ろしき二組のスライム逆流事件!

 そして、今回も同じようなことが起きるのを俺は願っている。もちろん、大庭佐を第一走者に添えたのは他でもない。これから追い打ちのマズチョコを食べてもらうための物だ。あのイケメン面が涙と鼻水で痙攣しながら口から逆流するスライムを飲み込みながら、大庭佐のスライム発生マジックアイテムに負けず劣らずのチョコを喰わねばならん状況を作り出す! これだ!!


 と、思ってたんだが……


「いやよ。三國君に嫌われかねないじゃない」

「い、いや、そこを……なんとか……頼む、頼んます……頼みますよぉー」


 丁度陸上部の長距離走で走り続けている大庭差の後を必死に走りながら、俺は大庭差の説得を試みつづけた。学校の敷地を何周かしながら練習している、と聞いていたので捕まえるのは簡単だった。のだが……この交渉、ハードだ……


「こ、今回は……予算はこっちもちだから……男どもが……てつ、手伝うし……買い出しもしますからぁ……」

「……優勝賞品、というかだかは、三國君と一緒に下校だっけ?」

「そ、ぞでず」


 もはや俺は肺が潰れるのではないかと思った。無理もない。陸上部のエースと、一時的とはいえ並走するために全力疾走しながらの会話なのだから。


「ご、ごの機会に……りぃ、料理の腕前の向上を、びぜつけ、見せつけて……」

「OK。参加するわ」


 俺は路上に崩れ落ちた。来年は絶対にやらねぇ!!



 続いて四組のブサイク眼鏡貞子、青磁塗 宇津宮(せいじぬり うつみ)。クラシックフレームのデカい瓶底メガネの女子で、ニキビ面の根暗女子だ。しかも図書室での愛読書は『人体解剖図』。貞子のごとく長い髪で顔を隠していることが多い。

 話しかけても会話で来た人間は女子ですら少なく、何かにつけて無口、というか声をなかなか発さない。ということで、交渉は困難を極めるかと思われた。


「……」

「え? あ、参加、で、良かったぁかな?」


 図書室で愛読書の『人体解剖図』を読んでいる青磁塗は頷いて答えた。微かに、ほーんの微かに、わずかながらな声で確かに参加すると聞き取った。

 そして、そのまままた愛読書へ目線を落とす青磁塗に必要物資を聞こうと思ったが、一向に話が進まず(というか何言ってるか聞き取れない)、結局後日メモ書きを寄越してもらうことにして、俺は次の走者を確保しに行った。



 第三走者、狐五里 愛(こごり あい)。五組の巨女。体重は三桁に上り、弁当は茶色一色として有名。また、味覚破綻者と言われており無類のマヨラーでもある。チョコにマヨは合わない。そう、合わないからこその選出!


 飯時に話しかけると不機嫌になるとの前情報を得て居た為、放課後にチョコレートビックパフェ¥980を奢りながら交渉。


「そうねぇー……私作った事ないわよ」

「余った食材持ってっていいから」

「……そう? じゃあ参加考えとくわ」


 ちょろい……良いのかこれで。良いのか乙女として。



 そんで、最後の走者……女子としては色々死んでる気がするモヒカン頭のロッカー娘森付 京穂(もりづけ きょうほ)。保健室登校であると聞き、仮病として頭痛を訴えて授業を抜け出して交渉……した。一応。


「おう! 優璃君を巡ってチョコ作りとか考えてるそうじゃねぇか。オレも混ぜろよ」


 こちらから言うより先にアームロックで交渉の余地無し。呼吸ができずひたすら腕をタップすることで、参加受付の返事として解放してもらった。……仮病だったはずなのに。


「え、っていうか……優璃君って……三國こと下で呼んでんです?」


 なぜ敬語なんだ、俺よ。


「あー? んなもんイケメンなんだから」


 イケメンは下の名前で呼ばれるのか。いまいち理解できない。



 ともあれ、これで走者はそろった! と思っていたら……


「雄介、何か面白いこと考えてそうですねぇ~ なにを企画してるのかな? ん?」


 バレンタインまで残り二週間というところで、幼馴染の蝦夷 友里(えみし ゆり)が首を突っ込んできた。


「いや、お前は参加しなくていいんだよ」

「えぇー、なんでよ。面白そうじゃない。王子様と下校する権利争奪戦争」


 巷ではそんな言われ方してるのか……


「……ってか、お前、参加する気あんの?」


 俺はかすかな不安と共に聞いた。というのも、俺は……


「お? なになに? なんですかな? 愛しの幼馴染が、他の男と下校する権利争奪戦に参加するのは嫌と言うのですかな?」

「ばっ、ちげ、そういうのじゃ……それとこれとは友里には関係ないっての」

「じゃあ参加しようっと」

「はぁ!?」


 思わず声が裏返る。


「だってー、関係ないなら参加しても問題ないでしょ?」

「いや、そこは……」

「よーし、張り切っちゃうぞー」


 こういう時、どうして他の女子たちに使用していた諦めさせるための言葉が出てこないのか……。結果、第五走者として俺の幼馴染……兼、想い人……蝦夷 友里が参加することになった。



 どうにも納得がいかないまま、バレンタイン一週間前を迎えたが……この一週間も大変だった。

 というのも、この王子様と下校する権利争奪戦争参加者どもが……色づいてきたのだ。

 大庭佐と友里はいつもと変わりなかったが、狐五里はあからさまに飯の量を減らし、つまようじがごときリップクリームを使い始めた。ま、ここまでは問題ではない。

 青磁塗と森付の二人は……何が起きたのか分からないレベルで変貌を遂げていた。

 元々無口な印象があった青磁塗は、長かった髪をバッサリとショートヘアにしクールビューティーに……一躍、男子どもが騒ぎ立て、参加を見送るべきだと言う話すら出た。

 次に森付。自慢のモヒカンを剃り落し、ひと月で伸びた髪はスポーツヘアのようで自慢のビジュアル系メイクと相まってお姉さんを通り越し、お兄さんと化して、結果不参加の女子どもから参加見合わせの意見が出たりした。

 まぁ、両者とも『本人の意志だ!』でなんとか参加続行に無理やりした。そもそも、こっちとら賭け事も入ってるのだからもはや引くことなどできん!




 と、そんなこんなで始まったバレンタインデー当日。

 そこまで困惑する様子もなく、むしろ笑顔で、三國は調理実習室についてきた。どうやら俺がこの企画を進めていたことを聞いて居たようだ。紙袋を計4つ下げてチョコケーキを抱える三國を迎えて、王子様と下校する権利争奪戦争、男どもの怨念による戦慄処刑が始まった。

 参加者六名のうちほとんどが綺麗に着飾り、狐五里などは何やら持ち込んですら居る。気合の入り用たるやすさまじい。

 ただ唯一、友里だけがいつも通りの外見で、しかもメイクすらせずに居た。俺はバレ無いように賭け券を販売していたが、このすっぴん姿が逆に料理に対しての期待を増幅させ、単独ですさまじいオッズになっていた。

 確かに友里は料理上手だが……って、いかん! このままだと、このまま友里が優勝した場合、友里が三國と一緒に……いやいや、それより儲けが、親としての儲けが無いぞ! なんとかして、邪魔しなければ……。


 俺は放送部の協力得て勝負内容の一切を記録。これで賭けに繋げる……のだが、俺が邪魔をしている姿だけは撮られるわけにはいかない。なかなかハードな……ミッション・インポッシブル!

 などと調子に乗ってる間に女子どもが調理にかかる。


 友里は安定の手つきで市販のブラックチョコを湯煎。リンゴのドライフルーツに刷毛でリキュールを塗り、それをチョコと水あめを混ぜた物で包み、チョコが乾く前にシナモンを一振り。安定のチョコが完成だ。

 うん、流石だ。と見ていたら、友里が笑いながら言った。


「なぁーにかな? あげませんよー」

「い、いらねぇよ!」

「……そう?」

「おう……」


 正直めっちゃ欲しいです!



 ……あ、そんなことよりも邪魔し損ねた。と思っていたのだが……正直、そんな心配はいらないのではないかというのを、青磁塗が作っていた。


 青磁塗はまな板の上で溶かした市販の……市販の? なんか英語が書いてある厚さ3cmぐらいの……なんて読むのか分からんホワイトチョコを溶かし、まな板の上で金属の細長い板二枚でかき混ぜていた。おい、ってかそんな道具どっから取ってきた!?

 後に知るが、青磁塗の家は医者の家系らしく、裕福な家故に家にパティシエを呼べるのだとか……で、元々パティシエを進路に希望するほど菓子作りが好きなことも後に発覚。つまり、このチョコをかき混ぜる道具も技術も、青磁塗にとってはお手の物、まさに青磁塗の舞台だったわけだ。意外な大穴……! これなら賭けから儲けが出るかもしれない!


 と……思ってたんだけどなぁ……

 その後、青磁塗は何を思ったか、ホワイトチョコに食紅を混ぜたのを造り、チョコによる人体模型を作製……解せぬ……

 ま、まずい……このままでは青磁塗は外見でアウトだ。



 なんとかしなければ、と思っていたが、次の大穴を見つける。

 まさかのエース・オブ・飯マズ、大庭佐だ。

 大庭佐もまた見た事のないチョコを溶かし、なにやらナッツ類を混ぜて固めていく。お? ま、まさかの今回は飯マズ返上?

 と思っていたのだが、完成したチョコを今一度湯煎用のボールに入れようとする。それをみて思わず俺は止めてしまった。


「何やってんの!? せっかく作ったのに」

「えぇ、そうなんだけど……でも、ありきたり過ぎて……愛が入ってない気がするのよ」

「……!?」


 そして、真顔で鯛を掴んだ大庭佐を見て、俺は二組のスライム逆流事件がなぜ起きたのか、その全貌を察した。……そっとしておくことにした。



 い、今からでも友里の邪魔をすべきか? しかし、そんなことをしたら俺が嫌われかねない。それは……なんか、嫌だ!

 とか考えて悶える俺に対し、何やら美形のお兄さんがチョコケーキを持って来た。三國、ではなく、森付だ。本当に男前に見えるから困る。


「おう、どうだ? 塩梅は。と、良ければ味見してくれよ。甘いのオレ苦手でさ」

「え、あ、はい……」


 だからなぜ敬語なんだ俺。

 食べたケーキはバナナの挟まったココアスポンジのチョコレートケーキで、それなりに食べられる物だった。ただ……なんだろう、このポソポソ感……。


「あー、食べられますね」

「あ? なんだそりゃ?」


 他の出場者にバレ無いように、見てきた他の参加者の現状を教えると、森付は笑いを堪えていた。


「まぁそんなもんだよな。だろうと思ったからよ、市販のスポンジケーキ買ってきたんだよ」

「え? 一から作ったもんじゃなく?」

「んなもん、チョコとかは一から作れねぇし、何より大事なのはハート、だろ」


 なんでこの人保険室登校なのか、解らん。


「あーあと、皆の分も作っといたからよ。オレ今日帰るわ」

「へ?」

「いや、どう見ても蝦夷ちゃんが勝つだろ? だからオレは帰るのさ。楽しめたしな」

「あ、はい」


 前言撤回。なんとなく、なぜ保健室登校なのか分かってきた。



 ん? ってことは、狐五里のチョコも森付からは見えてたのか……いったいどんなチョコを……?

 と覗きに行ったときには、ハート型の缶に入ったトリュフチョコが、おが屑のようにフワフワに切られた装飾の上に鎮座していた。


「え? ど、どんだけ気合入ってんの!?」

「うふふ。すごいでしょ?」


 ……いやしかし待て。こんな完成度の高いのをいつ作ったんだろう? 狐五里が何か作業していたのは見えた気がしたけど。


「……すごい作業速度だな。一瞬のうちに5個も作ったのか」

「え? あー、うん……そうね」


 ……市販のをそのまま置いただけなんじゃ? まぁ……それならそれでいいか。元々飯マズで苦しめ、ブサイクとの下校とか言う罰ゲームで締めるという予定だったしな!


 ところで、よく見ると一個だけずいぶんと不格好なのが居る。なるほど、一個だけは自作したのか。どうせマヨが入って……入って……? なんだろう? 表面に飛び出てるナッツがずいぶんと白い上に三日月状で……?

 と見ていると、狐五里のデカい手がチョコの上に覆いかぶさり、俺の目から遠ざけるように狐五里が抱き込んだ。


「駄目よ。と、溶けたらどうしてくれんの?」

「いや、今冬だし。視線で溶けねぇよ。まぁ……中に何入れたか想像つくけどさ」


 と言った瞬間、狐五里が立ち上がった。そして、同時にチョコの入った缶を落とし、大きな音をたてた。


「ど、どうしてわかったの?」

「へ? いや、普通察するレベルだろうな、と……」

「そ、そうね。私が……悪かったわ」

「まぁ、一個だけ作った感有ったし」


 とか言ってると、狐五里が泣きだしてしまう。グローブのような手で目をこすり、元々切込みのような目を更に細めている。頬の肉を避けるように涙が赤い筋を狐五里の頬に刻んでいく。


「ごめんなさい! 食べられないだろうなとは思いつつも、つい……」

「いや、まぁ、その……」


 食べられないチョコを出すだろうと選出したのは俺だ、とはなかなか言い出せなかった。

 とか思っていると狐五里が不可解な発言をする。


「言うじゃない? 爪を煎じて飲ませればいい、ってだけどそれぐらいじゃダメかなと思って」


 ん?


「でも、もしかしたらバレないんじゃないかと思って……出来心だったのよ!」

「……待って、混ぜたのって……これ、マヨが入ってるんじゃ?」

「……え?」


 もしかしなくても、さっきの妙に白い三日月状のナッツは……


「まさか、まさか……爪を」

「なぁぁぁあああああにぃ言ってるのよ! い、入れ、入れるわけがぁぁ、な、いじゃないのぉお!?」


 その後、友里の呼んだ生徒指導部の先生に狐五里は自作の爪入りチョコと一緒にドナドナされていったのは言うまでもない。



 で、こんな悲惨な現状を、肝心の審査員三國はどうみているかというと……


「三國くーん! 私のチョコ食べてくれた~?」


 調理実習室の窓の外からの声に笑顔で手を振っていた。女子ども、この男、今のところ抱え込んでる紙袋一杯×4のチョコには手をつけて無いぞ! 騙されるなよ!

 ちなみに、待ってる間に後輩などから手渡しのチョコなどが更に増えていた。なんだ、なんなのだこの男は!?


「おい、チョコ、食わないのか?」

「え? ああ、うん。今造ってもらってるからね」

「けっ、どうだよ。人体模型チョコと鯛の煮魚チョコを食べる準備は出来てるか?」


 と聞くが、なにやら豆鉄砲を食らったかのような顔をしながら俺を見る。


「あ? な、なんだ?」

「……あ、うん。食べるよ」

「爪入りチョコのが良かったか?」

「あはは、二階堂君が食べろと命令してくれるなら食べるつもりだったかな?」

「へ?」


 というか、気づいたが、なんでコイツ、さっきから俺に目線を合わせようとしないんだ? というか、微かに顔を赤らめてるのはなぜだ?


「じょ、冗談だよ!? 流石に爪入りは食べないよ。彼女の爪は食べたいとは思わないし」

「う、うん……」

「ああ、チョコ、要る? 実はボクも用意してあるんだよ、二階堂君宛てに」


 ……え? まさか、そんな落ち? そんな流れ来るのか?


「とはいえ、青磁塗さんみたいに本格的なチョコじゃないけど……あ、いや、女の子と一緒に作ったのの余りなだけだから! た、他意は、ないから!」


 そういって、女子ども憧れの王子様は俺宛てに紅いハート形の小箱に入った不格好なチョコを渡してきた。しかも、微かに赤面しながら。


「ふぅ……食べたチョコにお酒入ってたのかな? それとも、今日暑い?」


 いや、二月だから、今。俺はどうしたらいいのか、思考回路が停止していた。






 そして、ついに(俺の複雑な男心を他所に)各種チョコが出そろった。

 二人棄権してしまったが、鯛の煮つけチョコ、人体模型チョコ、シナモン林檎チョコ。そして急遽参戦、審査員が持ち込んだ謎チョコ……ってこれも審査すんの?


 まずは大庭佐の鯛の煮つけチョコ。

 朱い鯛の御頭と尾っぽがチョコにまみれながら、底の深めの皿に盛られ、中心部には鯛の白身がチョコまみれになって存在していた。

 大庭佐が得意げに言う。


「ただのチョコじゃあんまりだったからね。そこでめでたい鯛の粗煮と組み合わせてみた。ちゃんと鯛は湯がいて血合いを抜いてあるから生臭くは無いはず!」


 えぇ、むしろ甘い香りしかしないっす。


「それじゃ、頂きます」


 三國は何食わぬ顔で、出された箸で鯛の白身を摘み上げて口に運ぶ。そして


「あ、美味しいかも」

「えぇー!?」


 撮影班の放送部員と大庭佐以外の女子とで食べる。

 鯛の淡泊ながら、ほくほくと崩れる身のわずかな塩気が、チョコの甘さを挽きたてつつ、鯛の甘みと合わさり独特のハーモニーを造っている。が、主にチョコの甘さが口の中を支配し、頭でチョコと鯛だと気付くと喉が呑み込むのを拒否し始めた。

 と、次の瞬間……


 ガリッ……


 何かが奥歯に挟まり、噛みしめるのに抵抗している。鯛の骨、ではない……思わず口からその何かを取り出したとき、大庭佐があからさまな舌打ちをした。出てきたのは……一セントコイン?


「ちょ、あのー、これは……なんっすか? 大庭佐さん、食いもん以外入れないで下さいよ」

「知らないの? その一セント硬貨は食べられるのよ」

「なわけあるか! 歯が折れそうだったわ!」


 と俺としらばっくれる大庭佐の脇で、友里が何かに気付いたとばかりに声を上げた。


「たしか、スコットランドの伝承よね? クリスマスプディングから出てきた6ペンスコインを引き当てた人と指ぬきを引き当てた人は結ばれるっていう……」


 えーとどっからツッコミ入れたらいいんだろう。


「ぐっ、しかし、三國くんじゃなくそこな邪魔虫が引き当てるなんて……! 不覚!」

「あ、はい……もう面倒なんで失格ですねぇー」


 俺は流しに失礼させてもらった。



 続いて、人体模型チョコ。全長50cm越えのデカいカラフルなチョコだというと聞こえは良い。主に胴体部分の首から下、両腕なし、両足なしの前半分を再現した物の様で、かなり出来は良い。そう、人体模型としての出来は。しかしなぜ、なぜチョコで……食い物で再現した!!


 ともあれ、味を確かめることに。


「い、頂きます!」


 三國は少々抵抗を示したが、目を閉じて食べることでその外見上のインパクトを回避していた。

 そして一言」


「うん、美味しい」


 我々も勇気を振り絞って、三國に倣って目を閉じて口に運ぶ。と、どうだろう。市販にある様なエアー入りのチョコだ。そういや、なんかホイップクリームよろしくかき混ぜてたような……あれでこれを造ってたのか。うん。美味しい。

 と思い目を開けると人体模型。しかもその内臓部分をメスとゾンデで切り分けている青磁塗が……


「なんでこんな外見にしたんだよ!」


 俺は思わず思ったことを叫んだ。とするとなにやらもごもごと青磁塗の口元が動くのを確認。ひそひそ話のごとく耳を近づけると、微かに聞こえた。


「この食感、病気の内臓の触感に近いらしい……」


 はい、吐きました。お昼の分まで戻しました。友里と三國に背中をさすられながら、俺は涙と鼻水でぐずぐずになった。

 一応、何を言われたのかは、俺の胸の内にしまうことにした。

 二人に心配されながらも、そのまま続行することに、運営の権利を使用してそうした。


 が、すぐに中止にすべきだったかと思い悩む羽目になった。

 そう、シナモン林檎チョコ……友里の、手作り、チョコ……チョコぉぉぉお!。


「それじゃあ……」


 と、三國がフォークでチョコを刺す。表面のチョコが割れて、その中に有る林檎のドライフルーツが見える。


「ちょっと待った!」


 え? あれ? 気が付くと、俺の口はそう口走っており、三國の手を掴んで、その手に握られているフォークの先にあるチョコを口に運んでいた。

 一瞬、自分で何が起きたのか分からなかった。そのままフォークを取り上げ、皿に並べられた友里の造ったシナモン林檎チョコをかき込んだ。


「なんで雄介が食べるの!?」

「あ、本当だ」

「本当だじゃないでしょ!! どうすんのよ、ったくもう」

「……ああー! 本当だ、どうしよう!?」


 今思うと、この時、俺は何かにとり憑かれていたのだろうか? どうしよう、とはどっちの意味で言ったのだろうか? 賭けを邪魔したことだろうか? いや、友里の手作りチョコを、食べたこと……だろうか。


「も、もう一回作ろうぜ」

「作れるけどさぁ……」

「な、なんだよ、作れるなら良いだろ?」

「いやもう、本当に……ああもう」

「俺が悪いのか?」

「悪いのはどう考えても雄介でしょ!!」

「あ、うん、そう、だな。うん……すまん」


 と一方的に言われていると、三國が笑いながら言う。


「うん、優勝者決定ですね。蝦夷さんのシナモン林檎チョコです。あ、お二方のチョコも美味しかったですよ。もちろん」


 と言って一旦場を収めながら、三國は言った。


「でも、二階堂くんが一番美味しそうに食べてましたから。ボクに宛てられたものですが、ボク以外の人が食べても美味しいなら、それが一番おいしいでしょうから。あ、ボク、少々人と好みがずれてる、というか、キャパが広い、というか……味の好みが特に無くて、だいたい美味しく頂けるタイプですから」

「……いや、他の人優勝で!」


 俺は思わず割り込んで三國の言葉を切った。だが、三國は続けて言う。


「ですから、優勝者の意見を優先して……誰とボクが帰ればいいのか、教えてくれますか?」

「……へ?」





「なるほどね~、納得したわ」

「えぇ、そうだろうなぁ、と察したので……」


 その後、バレンタインデーの王子様と下校できる権利争奪戦争は、参加してない友里の友人に権利が譲渡される、という形で幕を下ろした。

 三國曰く、チョコに自分に対する愛情が無かった、とかなんとか……本命チョコばっか食ってるやつはいう事違うわー、うわー、尊敬しちゃうなぁーぼくー……けっ

 で、友里自身はというと、俺が参加を見合わせた女子の為に、計画立案者が俺と分かった時点で色々揉めてでも参加して優勝するつもりだったらしい。とはいえ、本気で優勝する気までは無かったようだと、俺は感じた。友人の為ならなんで本気でやらなかったんだろう?


「あと、二階堂くんが蝦夷さんのチョコを食べたがってたのも察したので……」

「ああー、うん、その……まぁね」

「……あはははは」


 今、心なしか三國から、乾いた笑いと同時にどす黒いオーラが発せられた気がする……俺が傍に居たからすぐ引っ込めたな、こいつ。


「ともあれ、ボクは一緒に帰るだけならお安い御用ですよ」

「……そっかぁ、あの子は玉砕かぁ」

「はい。すみません」


 友人の心配をしてうなだれる友里の為に、俺が補足を入れた。


「いや、その友人、今回参加してないなら、誰かに想われてるから参加してないんだぜ。まぁ、そのお相手がその友人の眼鏡にかなうかは別にして、そいつを望んでる人は、三國以外の人物だが、確実に一人は居るってことだけ、俺から補足しとくぞ」

「そう? じゃ、それも伝えといてあげるわ。とはいえ、あの子もしつこいわよ。これから距離を詰めていけばいい、とか言われても知らないんだから」


 そう言って笑う友里を見て、なんだかこっぱずかしくなり、俺はその場を後にした。

 俺の気持ちは見透かされているのだろうか? しかし、友里が気づいているならどうにも反応が無さ過ぎて何とも……もしかして、告ったら振られる? と思うと、俺は今しばらく告白することが出来なさそうだ……。


「あ、そうだ。雄介」


 そう呼びかけられて振り返った俺の胸に、何かが投げ込まれる。丁寧にピンクのリボンが巻かれたビニールの透明で小さな袋。そこに今日のシナモン林檎チョコが入っている。


「まったく、食い意地張ってる雄介には別に用意してたのよ」

「お、おおお!?」

「あ、義理ね。義理。幼馴染の義理よ。どうせ今年もゼロでしょ?」

「な、なん……そんなことねぇよ」


 嘘ではない。


「ふーん……あ、今度の日曜日さ。うちで弟の誕生日会するのよ……来る?」

「今度の日曜……よし! 予定開けてやるよ。あと弟さんに誕生日プレゼント買っていってやる! チョコのお礼としてな」


 ま、義理とはいえ……これから距離を詰めて行けばいいんだ。そう思いながら、後から追ってきた友里と共に帰り支度をする。よし、今度の日曜か……俺は、もらったチョコを見ながら、有る決心をした。

 そういや……俺も今現在誰だったからか好意を向けられてたような……? 俺は何とも言い難い複雑な気持ちになった。そして、ならば、と思い、奴さんから渡されたこのハート形の入れ物に入った謎チョコを……一つ摘まんで口に運んでみた。



 で、それが一週間前の出来事、今は二月二十一日。場所は病院のベットの上。現在俺は入院中。

 友里の弟くんの誕生日会、欠席! 結果、告白チャンスを逃すことに。

 しかも、件の企画の際の賭け事が先生にバレて退院後は補修が待っている。

 更に、賭けは結局友里が勝ったため親の大負け……儲かるはずが、むしろマイナス……!


 俺は謎チョコによる嘔吐下痢を繰り返しながら、三國の言った言葉を思い出した。


『あ、ボク、少々人と好みがずれてる、というか、キャパが広い、というか……味の好みが特に無くて、だいたい美味しく頂けるタイプですから』


 あれは……味覚音痴ってことだったのか……?


「お、おのれ三國ぃぃぃぃいいいいい!!」





なお

当初の予定では

無理やり断ったはずの御令嬢がチョコを造りに専用のキッチンワゴンで出現したり

手を取られた三國が鼻血を噴きながら倒れたり

チョコをロボの素体に塗って提出する、動くチョコを造る機械科乙女が居たり

もっとカオスな予定でしたが……もう現在の段階で一万字超えてるのよねぇー


Q:ところでなんで今頃バレンタインネタなんですか?


A:深い意味は皆無です



ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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