北へ
首都の外れ、開発の遅れなどが原因で人の手が入り込まなくなった寂れた公園。
しかし、人が入り込まないというのはあくまで公的な話。
人が入らない場所というのは、言い換えれば後ろ暗い事をしても取り締まるべき公的機関が訪れることがないと言うこと。
ゆえに、町から溢れた浮浪者やチンピラ、もしくは犯罪者が潜むのに都合が良い場所とも言える。
もとは整備されていた道も、長年の放置からゴミが散らかり無造作に成長した植物などに覆い潰され見る影もない。
まともな人間ならその外観や匂いなどから、目をしかめそうな場所である。
そんな場所を一人の女が歩いている。
端の方は切り揃えられ整ってはいるもののこの国の常識として成人女性の髪型としてはあり得ないほどに短いが、反して容姿のほうは整った女である。
すらりと背の高い身体に纏うのは、この場所にあっては不釣り合い・・・・・・と、いうよりは場違いなほどきらびやかなドレス。
上級貴族などの纏うものに比べれば見劣りするだろうが、この場にあっては掃き溜めの鶴。
その歩く姿にも怯えや恐れが見えない堂々としたものだ。
昼間でも薄暗い廃公園の中では光を放っているかのよう。
当然、そんな光があれば、引き付けられる虫もいる。
草むらをかき分け、もしくは打ち捨てられ無造作に積まれた廃材に偽装した小屋の中からゾロゾロと、みすぼらしい服装の男達が現れる。
肌、髪、目の色から、この国の平均的な人間もいるが、外国人らしきものも少なくない。
この国の貧困層の人間や、移民に失敗した外国人やその子供などだろうか。
細かく見ていけば一人一人に個性を見いだせるだろうけど、一括して社会の底辺とでもいう方が早いだろう。
そんな男どもが、下衆な欲望も隠さずに囲んでいるのに、女の態度に怯えは見えない。
「へへへ、どうしたのかなお嬢さん」
「道にでも迷っちまったかい?」
「そりゃいけねえ、ここは女子供が来るような場所じゃないからな」
「そうそう、おっかない奴がたくさんいるんだ」
「危ないから俺らが良いところに送っていってやるよ」
「ま、疲れてるだろうしちょっと休んでいくと良いぜ」
「そうだな、うまい飲み物でもご馳走してやるぜ?」
ぐへへ、うひひと、下品という言葉を立体化すればこうなるというような見本の如くの連中である。
彼らがなにを考えているのか、なんて事を予想するのはそう難しいことじゃない。
彼らの脳内には、目の前の場違いな女を組伏せ犯し、欲望の限りを尽くす未来図が描かれていることであろう。
しかし、すぐに「あれ?」と思考に空白ができる。
隙間なく囲んで動きを封じたはずなのに、その女がいない。
なんた? とキョロキョロするとすぐに女が見つかった。
いつの間にかに包囲の輪を抜けて背を見せ去ろうとしているのだ。
「オイオイオイ」
なにを間違えたか、せっかく一人でやってきた若い綺麗な女等という獲物を逃がして良いわけがない。
男たちは焦って追いかけ再び女性を囲んだ。
「姉ちゃん姉ちゃん、どこ行くってんだよ」
「ゆっくりしていけよ」
言いながら包囲の輪をさらに狭めようとする男たちにたいし、今までは無視をしていた女性が、初めて反応を見せる。
うんざりした態度で「はぁ」とため息を付き一言。
「消えろ。ぶっ飛ばされんうちにな」
そう言って、普通に歩いているようにしか見えないのに、またもや歩いて包囲を抜けていた。
これには流石に男たちも不思議を感じたものだが、それ以上にカッときた。
「てめえゴルァ!」
「優しくしてやってたら調子こいてんじゃねえぞ!」
「てめえはこっちに来て俺らの相手をすんだよ!」
彼らなりに取り繕っていた態度がなくなり、女一人に対し暴力を前提とした脅迫にシフトしつつある。
その恐喝、並の女が味方もいない、敵に囲まれた状態で受ければ恐怖に震え泣き出していたかも知れないのだが・・・・・・
「あたしは仏じゃないんでね。三回目はないよ」
と、言った。
「ああん?」
突然わけのわからないことを言われ訝しむ男たち。
その内の一人が
「オヴェ」
崩れ落ちた。
口から大量の血を吐き散らかして。
「なっ!?」
「なんだこりゃ!?」
仲間の一人が突然血を吹いて倒れる。
当然男たちは動揺するものの、女は一切の興味がないように、再び歩いて彼らの輪を抜けた。
ここで、終わっておくのが彼らにとっての正解であったであろう。
しかしそこで正解が選べるのなら、彼らはここにいない。
「何しやがったてめぇ!」
女は普通の速度で歩いているだけだ。
追い付いて問い詰めるのは難しくない。
もう容赦せん。
いきなり殴って、殴って、殴って、力ずくで打ちのめして裸に剥いて犯し抜き、その後ションベンでもぶっかけてここでの女の態度というものを教育してやる。
そう考えた。
その時は、数分後には自分達が死んでいるなんて夢にも思っていなかった。
「ホラよ」
煌びやかではないが、見るものが見れば高級な嗜好のシックな家具に囲まれた部屋。
その部屋のテーブルに肘を付き手に顎をのせながら、女はぶっきらぼうに宝石を転がす。
「国の公認がなきゃ所持どころか研究することも禁止されているアイテムだよ」
「驚きです」
「そらそうだ。劇の演出とかってもね。そんな重要なブツを舞台で使うとか正気を疑ったね」
「そちらのことでは、ないのですよ」
言いながら、女の対面に座る男は女の転がした宝石を手に取り見聞し、頷いた。
「本物です。本当に・・・・・・この短期間で取って来るなんて」
「あたしからすりゃこんな秘密基地を、こんな場所に作る労力よりよっぽど楽なもんだったがね」
「まさかでしょう。我々は国に目をつけられず、敵対せずを心がけて、時間をかけてここを作ったんですから。ある意味で時間をかければ誰でもできる事ですよ」
「そんなもんかねえ」
ここは、先程の廃公園の、地下。
使われなくなった下水道などの地下施設を改修し、建設時にはなかった出入り口などを新設し、人が寄り付かない廃公園の地下は、この国の表に住めない犯罪者達の町と言える規模になっている。
ここはそんな施設の一室。
この部屋には今ふたりの人間がいる。
一人はこの国のアンダーグラウンドの犯罪組織の男。
組織の犯罪内容は多岐にわたるが、主に表の社会においての禁制品の収集や販売、仲介の窓口役の一人だ。
彼の手を、あるいは彼の組織の手を経て件の禁制品の宝石も欲しがった人間の元にわたるのだろう。
そしてその対面に座るのが
「そんなものですよ、スクリュー・ドライバ様」
つい先日、処刑されたといわれた筈の貴族の令嬢である。
処刑されたと発表されたにしては、死体を晒す事すらされていない事が、実は生きているのでは? などと諸説様々であったが、事実を知るものには箝口令が敷かれ、情報は外にでなかった。
が、ここに生きて彼女がいるということは、脱獄したか、或いは温情をかけられ放逐されたのだろう。
気にならないと言えば嘘になるが、下手な詮索は身を滅ぼすことになりそうだと男は自重する。
「それでは報酬を用意させますので少々お待ちを」
言って、男はベルを鳴らす。
これで少ししたら情報伝達のスタッフが来て、用件を伝えれば、金が用意されるというわけた。
若干まどろっこしいのだが、扱う金額が大きい仕事では、間違いが起きないように注意が必要となるのは仕方ない。
「ほんと行儀の良いことで。上の連中にも見習わせたいよ」
「上の連中はただの浮浪者ですからね。見習う以前に地下の存在すら知りませんよ。カモフラージュのためにも必要な人材なので毎度訪問の度に殺されては困りますが」
「いや、上ってのはそっちじゃなくて貴族とかのこと。あと殺すなって言われてもあれでも我慢してたんだよ?」
「あぁ、そう言えば貴女も貴族でしたっけ。たしかに貴族の取引はかなり理不尽と聞きますね。しかし絡まれたくらいで何人も殺す貴女は、よくもまあ貴族社会でやっていけましたね」
「やっていかなかったからここにいるんだけどねー」
「っ、それは、申し訳ありません」
「いいってことよー」
それから数分、他愛のない雑談に興じた二人だが。
「おかしい、遅いですね・・・・・・なっ」
「おや?」
金の引き渡しにずいぶん時間をかける、と思っていると、ドガッと乱暴な音と共に荒々しい雰囲気の男達が押し入ってきた。
「おっほー! いるいるぅ! マジでいやがった、手配書通りだぜ!」
「結構いい女じゃん、引き渡す前に楽しめそうだな」
「おいおい、殺しても良いけど顔の形は変えんなよ? あと最初は俺な!」
などと言いながら。
「てめえら何のつもりだぁ!」
それに対し、座っていた男が態度も荒々しくして立ち上がる。
柔和な態度がフェイク、という訳でもないだろうが、ただ大人しいだけの男がこんな所に居るわけも無いというべきか。
「はっ、商人サマが凄んでんじゃねーっての、てめえは部屋の隅でガタガタ震えて金勘定でもやってろ」
「俺らが用のあるのはそこの女だよ」
「賞金首前にして手も出せない素人が凄んでも意味ねーよ」
「ふーん、やっば賞金かかったか。で、あたしの首っていくらだい?」
ふたりでの話し合いなら狭くはないが、数人が暴力の気配を発すれば息苦しさを感じる狭い部屋にあって、自分を取り巻いて今にも荒事がはじまりそうなのに、女はその中でまるで他人事のような態度をみせる。
それを見て、たただの物知らずの素人と思った者と恐怖を感じた者。
あるいはそれが、彼らの生死の別れ道だったのかもしれない。
「お前が知る必要のないこった」
「貴女の賞金は生死問わずで百億円プラス名誉市民の権利、さらに税金免除です。知らなかったんですね、ご自分のことなのに」
「新聞とか興味ないからねえ。情報収集とかもめんどくさいし」
「てめえらうるせえよ! 良いからとっとと来やがれ! 俺はこんな場所で終らねえ! そのためにてめえの首を使うって言ってんだ!」
それを聞いて、女はなるほど、なるほどと頷く。
「金だけを狙ってたなら、金のために命を捨てちゃいけない、なんて諭すのもありだったろうけど、人生かけた勝負なら受けなくては」
「いやいや、しかし大騒ぎだねえ。ちょっとした祭みたいだ」
「言ってる場合ですか! まだまだ来てるんですよ!」
最初に部屋に来た数人組はも全員死んだ。
一人一撃で殺すなか、なんと取引先の男も一人殺していたのだ。
中々にやる、だろうと察していたが自分が襲われたわけでもないのに、と思っていたら、どうやら彼女がここに居ることをバラしたのが自分の部下らしいとの事で、その詫びらしい。
律儀な事だ。
彼女はなんとなく彼がこんなアングラにいるのは真面目が原因だろうな、と思った。
それから一昼夜かけて、廃公園地下犯罪町は終わりを迎えつつあった。
こんな所に落ちておいて、やはり上の世界への未練を捨てられない者は少なくなかったようだ。
多くの荒くれ、腕自慢が襲いかかり、さらにその上でおきた混乱に乗じて二次三次の暴動が起こり、あちこちで火の手が上がってしまった。
その煙は地上からも見えるだろう。
そうなれは捜査の手が入り・・・・・・後はお察しだ。
「いやー、やっちゃったなあ」
「やりすぎですよ・・・・・・あぁ・・・・・・」
ある種の爽快感を感じる女に対して、男は項垂れている。
これからどうしよう、と、思っているのだろう。
「大体なんですか、あなたは。処刑から逃れ例の宝石を盗んできた手腕から、強いとは思っていましたが、むしろそんな強くてどうやって捕まっていたのです」
「んー、なんか知らんけど、あたしは前世? では高名な武術家でね、その影響なんだよ」
「なに言ってんだかさっぱりですよ」
「実はあたしもよくわかってないんだ。まあ流せ」
「そうします。しかし・・・・・・これからどうするか?」
「そうだねえ、あたしは賞金首だし首都は出た方が良いかも」
「そうしてください、捕まえようとする人が不憫すぎます」
「あたしはかわいそうじゃないんかい。で、あんたはどうすんだい?」
「私は・・・・・・北へ行きます。この宝石も、もとは北に送る予定でしたし。組織はもうだめでしょうか、せめて仕事は完遂せねば」
「とことん律儀な奴だねえ・・・・・・よし! あたしも北に行こう!」
「えー」
「なんだいその態度は」
「いやその・・・・・・しかし何でまた」
「いやね、さっき思ったのさ。あたしは新聞も読まないし情報収集が大嫌いだからそこが弱点だ。でもあんたは新聞とか読むし情報収集とかできるだろ?」
「なるほど、で、私のメリットは?」
「美人と旅ができて眼福だろ? ほら、ウッフンアッハン」
「ヘドが出ます。クネクネされてもキモいです」
「ひどい」
口では酷いことを言うが、さっきまで落ち込んでいたのにもう立ち直ってるし、きっと自分のお陰だろう、と思う彼女。
前世でもダメ男に弱かったからねえ、きっとあたしはダメんズ製造気だよ、などと一人ごちる。
「ところでスクリュー・ドライバさま」
「なんじゃらほい」
「あなたの名前、その名は変えた方が良いかも知れませんよ」
「犯罪者の名前だしねえ。っても新しい名前なんてパッと思い浮かばんし・・・・・・そうだね、前世と同じでいいや。ゆい、あたしの事はゆいって呼ぶがいいよ」
ひょっとしたら、今までもよく追い回された原因は宿屋の登録も身体の名前でやってたのが原因かねえ、なんて思いに至るゆい。
勢い任せで同行することになったが、思ったより頼りになるやも知れないと、自分の判断力を誉める。
「さあて、そんじゃ北へ向けて出発だよ!」
ここから、新しい冒険の旅の始まりだった。
「いやいや、旅の準備が必要でしょうに」
しかし出だしをくじく嫌な声。
だけど。
「え、でもそんな余裕ないよホラ」
と、ゆえが指を指す方向から、砂煙。
その発生源を見ると、この国の軍隊が動いてるようだった。
「なっ」
「この国の軍隊、なかなか優秀じゃないか。民の被害を抑えるための事件に対する素早い初動。かっこいいねえ」
「言ってる場合ですか! 速く逃げないと!」
男は頭の中で素早く計算し、どう回るかを考える。
まずは逃げの一手だが、彼女、ゆえの言うように相手は優秀な軍隊だ、捕まった地下の住人からの証言でゆえが居たことはすぐ察せられる。
と、いうことはかなり本気で追いたてられることになるかも。
「さっさと行こうぜ相棒~」
「相棒いうな! 必要なものは行く先々で揃えていきますが、金目の物も拾っていきます! まずは地下町の私のねぐらやその周辺に寄ります!」
「はいはい、どこへでも行きますよ~、っと」