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はじまり

私はあの日、生まれてはじめて美しいと思えるものを見た。


両親に連れられ見に行った劇場で。

話題の演劇らしいけど、個人的には楽しみに思えるものではなかった。


内容は、もとは平民の少女がゆえあって王太子の心をつかみ、数々の苦難を乗り越え結ばれただとかの、そんなお話。

身分を越え結ばれたふたりの愛が美しく劇として見ることで追体験してみようとか、ふたりを引き裂こうとする障害をどう乗り越える姿を見てバラバラにしようとか、その逆に権力を振りかざして少女をいびる歪んだ貴族の醜さを反面教師にしようだとか、その悪役の墜ちる姿を見て優越感に浸ろうとか、そんな楽しみかたをするのだと思う。

私は興味すら無かったけれど。

首都で公演されるたびに満員御礼で大絶賛されてたらしいその劇は、観に行くだけでステータスになるとかなんとか。

興味ないから聞き流していたけど、両親はそんな事を言っていたっけ。


つまらない演劇をお行儀よく見なければならないというのは、すごく嫌なことだったけど、あの日の我慢に意味はあった。

私はあの日、両親に連れていかれて本当によかったと思う。

その思いはきっと一生褪せることはない。

あの日が、今の私を作ったのだ。


あんなに美しいのに、誰からも憎まれ呪われ恐れられ、死を望まれ追い回され存在を否定され、それなのにヘラリと笑い自由に振る舞い、ちっとも懲りない悪びれない。

あんな人と出会えたのだから。


あの日があって本当に良かった・・・・・・

ぽわぽわぷ~、以下回想。


・・・・・・本当につまらい劇。

つまらなすぎて眠気が凄いけど客席を満たす全観客が舞台に劇に注目するなか、もしイビキなんて立てたら悪い形でお父様とお母様に恥をかかせてしまい、お父様が所属する貴族の派閥の中での肩身が狭くなるかもしれない。

いや、この劇が王太子さまご夫婦の馴れ初めを基にしてつくられたものだから、その劇の公演中にグースカ寝てるというのは王太子さまご夫婦に対する不平不満の顕れかと難癖を付けられ、最悪お家の執り潰しすら有り得るかも知れない。


その恐怖、そんな馬鹿なと笑うことはできない。

現にいま舞台で上演中の劇で、ちょうど家宝の宝石が盗まれたと醜く喚く振る舞いをしている貴族令嬢のモデルであるスクリュー・ドライバ氏は王太子さまの感情的なお気に入りということ以外実家になんの力もなくもない平民の少女に無体を働いた、冤罪にかけようとした、暴漢におそわせようとした、などの小さな罪で本人は死刑判決、実家は執り潰しで一族はよほど繋がりが薄くない家以外は連帯責任で降格や僻地に飛ばされたり、最悪ついでとばかりに死刑に処されたというのだから。

力のある貴族なら、罪の有無や善悪に関わらず平民に何をしても揉み消せる筈なのに、王太子さまはそれを認めず逆に自分がより巨大な権力を行使しやりたい放題。

そんな恐ろしい王太子さまに因縁を付けられる要素は可能な限りはいさなければ。


そう思えばこそ私は気合い一新、眠たいのを我慢するぞと舞台に意識を集中させた。

今の場面は、件の令嬢が平民の娘に盗まれたと主張している宝石が、実は令嬢の手の者が一手間かけて、意図的にヒロインである平民少女の手に渡るようにしたと突き詰められているシーンだ。

盗難事件は狂言でむしろ他人を貶めるための策略だとバレた令嬢はなにをなすのか。


「ち、違いますわ! わたくし、そんな事知りません!」

「醜い言い逃れは止めておけ。お前の怪しさを警戒し事前にお前の家宝をレプリカと入れ替えていたのだ。そのレプリカには位置情報公開の術に音声保存の術がかかっている。その意味が分からんとは言わせんぞ!」

「そ、そんな・・・・・・で、でも相手は平民! わたくしが不正をし貶めたとて非難される謂れは有りませんわ! 我々貴族にとって平民は道具! 道具を正しく使わなかった、意図的に壊した、それは本当に罪なのですか!?」

「き、きさま・・・・・・」


悪役令嬢は追い詰められても終盤に至るまではこうやって罪を言い逃れ、観客は悪役令嬢憎しの思いを増強させ、最期に悪役令嬢を倒すことで盛り上げるらしいのだけど・・・・・・やっぱり面白く思えない。だから? 以外の感想が浮かばない。

そんなつまらない話でも我慢して最期まで見届けなければ、そう思った瞬間。


「噴破ッ!」


舞台の床が爆発した。


「え?」


いや、爆発したかのように見えただけ。

実際には床下から何らかの衝撃が発生し、粉々になった床の破片が放射状にばらまかれ、ちょうどその場にいた役者達もまた、同じように吹き飛んでるものだから、爆発が起きたと勘違いしちゃったんだ。


しかし一体なにが原因で?

それはすぐにわかった。


破壊跡の中心に一人の人間がいる。


女性。成人女性としてはやや背が高そうだけど顔立ちは整っている。

ただ顔立ちに反して髪は貧困層の住民か囚人であるかのように短い。一応は揃えられているけれど貴族の成人女性ならあの髪型を他人に晒すのは裸を晒すのに近い恥を感じるはず。

なのに羞恥心を感じているようにも悲壮な覚悟を持っているようにも見えない。

その身に纏う服は上級貴族がパーティで着るには足りないかもだけど、下級貴族くらいが晴れの日に着るドレスとしては使えそうなレベルに見えるけど、このグレードの演劇の舞台衣裳としては不足があるかも。

本人は全く気にしてなさそうだけど。

そんな女性がそこに立っている。


今いる場所、周りの状況、容姿、髪型、服装、態度。

どこを切り取ってもアンバランスと言うしかない女性だわ。


彼女が衝撃の原因かしら?

彼女はいったいなにもの?


これが劇の演出なら、この劇が人気になるのも納得かも。

前情報でも、見た人達からの自慢話でもこんな展開はなかったけれど。


これからどうなるのか、ちょっと目が放せないかも。

そう思って壊れた舞台に意識を向けると


「今さらあたしが掘じくり返してもどうにもならないとはおもうがねぇ」


しなやかで細いのに、何故か不思議と弱さを感じさせない不思議な指、それを使いがさつな手つきで頭を掻きながら、ぼやくように、けれど不思議にはっきり響いて聞こえる声を彼女が発する。


「王子さまのやったことは立派な犯罪だよねぇ?」


と。


ま、権力で揉み消したんだろうけどさ。

更にそう続ける。


言いながら歩いてしゃがみこみ何かを拾い上げる。

拾い上げたのは、演劇で使われていた宝石。


「位置情報公開の術は同意が無い場合はかけた方が重い罰を受ける犯罪で、音声保存の術は王家の御抱え術士以外は研究することが許されず、重要な契約のさいに使うときも王家へ許可願いをを届けだして、その上で王さまと国の重鎮の過半数が許可を出したということを最低でも使用の一月前に国民にお触れを出さなきゃダメ・・・・・・だったよねぇ?」


そう言った彼女が拾った宝石を少しいじると


『位置情報公開の術は同意が無い場合はかけた方が重い罰を受ける犯罪で、音声保存の術は王家の御抱え術士以外は研究することが許されず、重要な契約のさいに使うときも王家へ許可願いをを届けだして、その上で王さまと国の重鎮の過半数が許可を出したということを最低でも使用の一月前に国民にお触れを出さなきゃダメ・・・・・・だったよねぇ?』


と、彼女の発した言葉が、同じ声で内容も一緒に発せられた。


「演劇の箔付けや王子さまの結婚は王さまや国の重鎮が認めた事のアピールってんで、小道具にもこだわりを、ってなぁわからなくもないけどさ、危険物の取り扱いには注意が必要じゃないかと、あたしは思うのさ」


イタズラをする子供、あるいは古い物語に出てくる恐ろしい魔女のようにヒヒヒ、と小さく笑いながら彼女は拾った宝石を懐に士舞い込んだ。


「じゃ、あたしは帰るからちょっとどいてくれない?」


そして一仕事を終えたような清々しい態度で彼女は言う。


周り一面を武器を構えた人間に囲まれながら!


彼女を囲むのは装備の装飾から、王都の警備隊の最上級の騎士団と思われる。

全員が貴族で身元の確かさ、国への忠誠心、そして実力の高さ、全てがトップクラスでこの国の最強軍団の一つと噂される軍団。

その実力の一端は不意な事態に対する素早い対応力、一子乱れていないように見える連携からも見てとれる、気がする。


やっぱり演出じゃなくて非常事態なのかしら。


でも、これが結果の約束された安全な演劇でなく、本物の非常事態なら、自分に剣を向ける集団に囲まれて、なぜ彼女は平然としていられるの?


「黙れっ!」


彼女の余裕が気にくわないのか、そんな彼女の声に被せるように激昂の声で答えるのは、騎士達の中でも特に位が高そうな鎧に身を包む騎士。

彼は言う。


「スクリュー・ドライバ! 貴様のご自慢のスクリュー家はとうに滅んでいる! ましてや死罪を言い渡された貴様に帰る家などありはしない!」



・・・・・・ふむ。

騎士さまの言葉が正しければ、彼女の正体は、今まさに公演している劇で人生の終わりを描かれるはずの女性、スクリュー・ドライバ氏。

本来は下級貴族の娘に過ぎない私ではモノローグですら様付けを強要される相手だけれど、彼女は実家執り潰しのさいに全てを、貴族としての扱いどころか人間であることすら否定され、むしろ人間扱いする方も罪とまで言われている。

本来なら公開で拷問にかけられ処刑されたのち、死体は首都の広場に一月晒されその間の死体の扱いは通行人の自由、一月後に死体の残骸が残っていればバラバラに刻み焼き、その後風に流すと言う処置が取られる所を


「奴は人ではないのだから人の法は適用されない、物として処分した」


と言われたらしく、死刑は誰も見ていない。

劇では現実のアレンジとして、拷問の末に晒し者になった。と言うシーンが追加されていると評判だったけど。


果たして真実は・・・・・・?



「慌てないで! 我々の指示に従って静かに避難をお願いします!」


と、私が舞台に意識を向けていると横から不粋な声が。

せっかく集中してたのに、と思って周りを見ると、私の周囲の観客、両親も含めて皆が皆浮き足立っている。

スクリュー・ドライバを囲んでいる騎士達には見劣りするけど、なかなかの連携を見せる騎士達が観客の避難誘導をしているみたい。

なのに、客の多くは貴族でありながら我先に逃げようと慌てふためいて見苦しい。

どうやら今の状況は劇の演出じゃなさそう。

まあそんな事より


「これじゃちゃんと見えない」


周りに関わっている場合ではないと思った私は、避難指示に逆らって人の流れを逆送する。

後ろで騎士や両親の声が聞こえた気がするけど、気がするだけね。

大した問題じゃない。



走ってたどり着いた最前列。

本来は上級貴族の席だけど誰もいないなら私がいても良いはず。


そこに付いた頃には、スクリュー・ドライバを囲んでいた騎士は一人しか立って居なかった。


「貴様、在任ごときがが罪に罪を重ねおって・・・・・・何故おとなしく私に殺されない! 誰の許しを得て生きているつもりだ!」

「そうは言われても死にたくないって思うのはあたしの勝手でしょうよ。ま、思うだけでなく行動に移して成功させちゃうのがあたしの凄いところだけどさ」

「黙れっ! 黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れっ! 私は貴様を許しはしない! 貴様は今ここで私に殺されるべきなのだ!」


無傷のスクリュー・ドライバに対し騎士さま達は一人を残して立っていない。

彼女は私が目を離したわずかな時間にあれだけの騎士を倒したというの?

信じられない。

一体どうやって。


すぐにその答えはわかった。

騎士さまが恐ろしい吼え声を上げたて彼女に斬りかかる、けど彼女は、なんと自分も前に進み騎士さまの剣を振るう手にそっと自分の手を添え、流し、勢いをつけて回す。

すると騎士さまがぐるんと回転し逆さになった。

次の瞬間には騎士さまの身体の中心に向けて彼女の肘が走り込んでいる。


「噴っ!」

「チイィィィッ!」


それに対し騎士さまは片手を剣から離し、その腕を畳み込み肘でガードするけど、後ろにぶっ飛んだ。


凄い。


彼女は背丈が高いと言ってもあくまで女性としては、と言うくらい。

対して相手は男性で、背丈も身体の厚みも勝っている。

鎧も着ていてさぞ凄い重さだろうに、騎士さまが吹っ飛んだのだ。


きっとすでに倒れた騎士達も、同じように素手でやられたんだ。

違いはせいぜい防御出来たかどうか。


しかし、素手で武器を持った人間を倒す技術、そんなものが実在するなんて。


今の立ち回り、見えた部分では浮いた相手に対し後ろに引いた脚を支えにしながら、同時に捻り込む動きを加えながら肘を打ち込み、衝撃を効果的に与えた、ように見えたけと、凄い部分はそこではない。

わからない部分すら凄いけど、でも見えてる部分ですら、わけがわからないよ。


動きを見た後で、訳知り顔で理屈的に手順を考察するのはきっと誰でもできる。

だけど、彼女は彼女の都合に依らずに動く騎士さまに対し、その動きすら折り込み済であるかのように動いてたのだ。

騎士さまがどう動くか前もって知っていたかのように。


とはいえ敵もさるもの。

吹き飛びながらも地面にバウンドしても即、立ちながら忌々しいものにたいする怒りの表情を見せる騎士さま。

その表情を見るに、やっぱり騎士さまが意図的に彼女に協力したという訳ではなさそう。


再び斬りかかる騎士さまは、縦に横に斜めに剣を振り、突きをまじえ時には足蹴りを放ち、倒れた騎士達の落としたものと思う剣を蹴り飛ばし即席の飛び道具にするなど、さまざまな手段を見せるけど、彼女はその全てに誂えたような完璧な対応を見せている。


動き全てから無駄を削ぎ落とし、ただ最速、最大効率を考え動いているように見える騎士さまと対称的に、彼女の動きは無駄がないんじゃない。

常に万全。

無駄がないのではなく、無駄を含めた全てが内包されているかのよう。


日常の立ち振舞いですら既に戦いに対する備えになっているというのかしら。


「おやおや、一発で気絶させるつもりで打ったし、その後も手加減せずに遠慮なく打ったけど頑張って立つじゃないか。短い間に腕を上げたもんだねぇ」


何度討たれても立ちあがるものの、脚をふらつかせ咳き込む騎士さまは既に満身創痍。

対する彼女は無傷で、実力差は明白。


なのに眉を上げて驚いた顔で称賛する彼女。

しかし騎士さまにはそれも侮辱になったようで。

更なる怒りを見せる。


「殺す!」


もし仮に殺意だけで人が死ぬなら何百人も人が死んでしまうかも。

そんな殺気をかけられ、当の彼女は嬉しそう。


「アハハ! 凄い殺気だ! まるで大気がふるえているようだ! これは勝てそうにないな! ここはひとつ人質を盾にして逃げようか!」


そう言った彼女は、私を、見た。

私を。


「貴様!」


そこで初めて私に気づいたらしい騎士さま。

更に怒りが膨れ上がったみたい。


「なんてね、冗談だよ冗談。なんであたしのが強いのに人質なんて使うのさ」


端で見てるだけで圧力を感じる怒りを向けられていながら、なにも感じていないのかヘラヘラと笑う彼女。

その目はもう私を写していない。

それが何故か、私には堪らない。


確かに私はあの舞台に立っていない部外者だけど。



「貴様は! 貴様はどこまで私をコケにするつもりだ! 貴様ごときがなんの権利をもって笑って生きているのだ!」

「そんな事言われてもねえ」


怒る騎士さまとどこか困った表情の彼女。

一体この二人にはどんな因縁が・・・・・・途中経過も見ればわかったのかしら?

仮にわかったとして、そこに私が入り込む余地はあるのかな。


「あんたが横恋慕してて大好きな平民女を苛めてたから嫌うのもわかるけどさ、あんたスクリュー・ドライバの逮捕のとき髪を剣で切った上に目の前で踏みにじってたじゃない。あたしゃあの時点でイーブン・・・・・・じゃないにしても、溜飲を下げるくらいしてもバチは当たらないと思うんだよ」


そんな因縁が・・・・・・あれ? 彼女の苛めてた平民? 横恋慕?

彼女が本当にスクリュー・ドライバ本人だったとして、その苛めてた相手というと・・・・・・

と、言うことはあの騎士さま王太子妃さまのことを好きってこと?

途中まで劇を見た限りそんな魅力的に思えなかったけど、実物は違うのかしら。

まあどうでもいいか。


「そ、そんな事は違う! 私は横恋慕だなどと」

「嘘つけ」


嘘つけ。

凄く動揺してるじゃない。

あ、いま私彼女と意見が一致した?


「そんな事はどうでも良い! 私が貴様に怒りを持つのは」

「どのみちあの子はアンタになびかなかった気がする」

「黙れと言っている! 私は! 貴様が数多くの兵を殺して生きているのが許せんのだ!」


騎士さまをからかい遊んでいた彼女だけど、騎士さまのその言葉に、意外なことにばつの悪そうな顔をする。


「っあー、そっちか。ま、確かに間違ったことをしたわけでもないのに殺されて気の毒だけどさ、あん時はあたしも弱っちくて余裕が無かったんだ。ゆるしてほしい、ゆるしてくれるねありがとう、グッドトリップ」

「誰が許すか!」

「ちっ」

「貴様が殺した者の中には! 結婚を控えた者もいた! 輝かしい未来があったはずなんだ!」

「オイオイオイ、死ぬわソイツ。死亡フラグ立てるからちくしょう」

「黙れと言っている!」


横恋慕してた割には部下の死を真剣に怒る騎士さま。

ただ怒りっぽい人と思ってたけど好感度アップかも。

ま、どうでも良いけど。


「いや実際気の毒だけど死人を思いすぎると自分も死神にとりつかれるよ? 余計なお世話だろうがね」

「貴様は・・・・・・なぜなんた、なぜそうなんだ。なぜ人の死を嘲笑うような真似ができる」

「いや嘲笑っちゃいないよ流石に。風評被害だ。茶化しちゃいるがね」

「それが嘲笑っているというのだ! 貴様が殺した者の中には木っ端微塵となり、遺族に、恋人に死体だけでも別れを告げさせることすら出来なかったものがいるんだぞ! 貴様は! 一体なぜあんな真似ができると言うのだ!」

「えっとね。まず気の内圧で内側から自分の体の強度を上げて、相手の身体に打ち込むときに、相手の気の流れを見ながら・・・・・・まあ人体にある点穴は基本的に気の流れが一律だから慣れないうちは点穴狙いが良いね。で、その点穴に気を流し込むんだ。それも相手の身体の強度を下げつつ限界以上に膨張させる形でね。すると相手の体は余程気を張ってガードしてないと流された気の命令に従って爆発しちまうのさ。あんな爆発が起きたのはあたしの気の量の問題だね。本来気の容量は時間をかけて増やしていくものだ。気を自覚するのはできるようになるまで時間がかかる奴もいるが、気は人間の身体に備わったものだ。諦めなきゃいつかは習得できる。とはいえ個人差が大きいから気の量が少なかったり弱くても落ち込むんじゃないよ。で、当時のあたしの身体は鍛練をしてないもんだから気が全然蓄えられて無かったが、その分は大気に満ちる気を呼吸から吸収してその問題をクリアしてた。ただ外気を使うのはお勧めしないね。この世界、気の量が多過ぎてバランスを間違えれば気の圧力に負けて自分の身体が爆発しかねない。慣れるまでは内気を完全に把握し使いこなすのを目指すんだ。あと人体以外でも理屈では同じことができるが、物とかが相手だと爆発させるのにより大量の気が必要だよ。床をぶっ壊した時の気の消費量なら人間三十人くらいを大爆発させれるだろうね。つかぶっちゃけ爆殺しなくても人間はもっと小さな怪我でも死ぬ。だから内部破壊より外部破壊した方が楽だよ。それで」

「私は技術の話をしているのではない!」

「え? そうなの?」


私は聞きたかったのに。


舞台の床を粉砕したのはなにか道具を使ったかと思ってたけど、彼女の発言を信じるなら、素手の技によるものらしい。

気と言うのは聞いたことが無いけど、誰でも習得可能だというのなら、私もいつか・・・・・・


「貴様はなんとも思わんのか! 本来死ぬべき貴様が、まだ死ぬべきでない者を殺したことを!」

「だから悪かったって言ってんじゃん」

「悪いと、本当に詫びる気持ちが砂一粒分でも有るのなら・・・・・・死ねええええ!」


と、私が未来に想いを馳せていたら、騎士さま最後の一撃。

まあ結果はお察しだけどさ。


「それとこれとは話が別さ。ま、あんたも、倒れてる奴等も今回は殺してないし、いつでもあたしを殺しに来な。もっとも次も生かしてやるとは限らないがね」

「ま・・・・・・て」


最後の一発はぶっ飛ぶようなものではなかった。

まるでぶっ飛ぶ分の衝撃も相手の身体の中に留めたかのよう。

受けた相手はその場で崩れ落ちている。

あれが、気を使った打撃というもの?


騎士さまは頑張って立とうとしてるけど無理みたい。

そんな騎士さまに軽く手を振り彼女は去ろうとしている。


「ま、待ってください!」


その時思わず声が出た。

彼女が去ってしまうと思ったらいてもたまらず。



「だ、だめだっ、そいつは・・・極悪犯罪者だぞ、近付くな」


だけど私に応えたのは騎士さまだった。

いやあなたに用はありません。


「待ってください!」

「や、やめろ! く、スクリュー・ドライバ! 子供まで手にかけるな! 殺すならせめて私を」


だからあなたに言ってません。

邪魔です。


「ちょっと黙ってて!」

「ぐえっ」


黙らせるために足元にあった舞台の破片を投げたら騎士さまに投げたら、みごと大命中。

騎士さまの額から噴水のように血がピューって感じ。

どうやら釘とかがはみ出てたのが刺さったのね。

まあ騎士さまは黙ったし、彼女があしを止めて首たけででも振り返ってくれたので結果オーライ。


「あの、あの」

「あー、あたしが言うのも何だけどさ、今のは酷くない?」

「そんな事はどうでも良いんです! それより、わ、私も・・・・・・私も、教えて下さい! あなたのことを!」


私は自分が何をしたいのかよくわからない。

だけど少しでも彼女を引き留めたくて、考える前に口が動いた。


「どうやったらあんな動きが出来るんですか? 気って私でも使えますよね? 私もあなたみたいになりたいです!」


とにかく、口の動きに任せて捲し立てる。

だけど


「はーん、あたしに弟子入りでもしたいってか。・・・・・・つってもねえ」

「やめろ! そいつは悪人だぞ! なにを考えている!」

「と、そっちの奴も言ってることだし、犯罪者は退散するさ」


じゃあねと言って、彼女は私に背を向け去っていった。

今度はどんなに呼んでも止まらない、騎士さまがうぜえので石も投げて当てたけど振り向くどころか立ち止まりすらしない。

ただ、避難誘導や警戒をしていた騎士達の頭を踏み台にして、軽やかに去るのみ。


その動きは、相変わらず相手が違っても、複数いても変わらない、すごい・・・・・・綺麗な、そう、美しい動きだった。


そうか、美しいんだ。

私は彼女の登場から、何かに心を縛られたかのような想いを感じていたけど、それがなにかわかった。

きっと美しいものに心を奪われていたんだ。


綺麗なものを称賛するのが貴族のたしなみ、美しい人がいたら憧れてその人の真似をしなきゃならないけれど、私は今まで人のいう「美しい」がよくわからなかったから、周りを観察して周りと同じ事を言っていたけど・・・・・・やっとわかった。


あれが「美しい」なんだ、私はあれを目指したらいいんだ。


生まれて初めて、「やらなきゃいけない」ではなく「やりたい」が見つかった感動に、私は知らず知らずに、拳を握りしめていた。


ぽわぽわぷ~、回想終了。


とまあ、そんな事があってから。

私は彼女を目指すため、再びまみえるためになにをなすのか考えた。


そして考えた結果、ここに来た。

我が国の軍警察の特殊訓練施設に。


あの日、実は生きていた事が判明してしまった彼女を、国は指名手配した。

まあある意味当然だけど。

もっとも彼女は人間扱いしちゃだめなのに指名手配したらそれは人間扱いでは? と、思ったけど、それはそれ、らしい。

過去の罪ではなく新しい罪に対する指名手配。

新しい罪の罪状は数あれど、その中で一番有名なのは


「今生きている罪」だとか。

今や彼女はただ生きているだけで特級の犯罪を犯しているんだとか。


そんな彼女と再び会おうと思えば、国の後ろ楯を手にいれるのが一番てっとり早いと、私は考えたのだ。


ちなみに軍警察の特殊部隊は任務の性質上、家族から国の秘密が漏れる事すら懸念されるため、一度はいれば二度と家族と接触出来なくなり、死体すら返却は無いと言われているため、そこに入ると宣言したら、両親と揉めに揉めた。

その際うっかりお父様の腕を折ったりの大喧嘩となって、お互いの理解がないまま喧嘩別れというか、勘当というかの出立になったけど、私に後悔はない。


彼女に会うために、彼女のようになるために、彼女を目指すためなら。


「私は、どこへでも行くさ」


こうして、私は引き返せない道に入った。

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