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クラスメイトの芸能事情  作者: やまだ
8/8

あけまして

 家を出るとすぐに引き返したくなるような冷たい風が頬を撫でて行った。

「さむっ」

 1月1日。年が明けて新春なんて言うけど、とても春の気配なんて感じない。

「陽は出てるのにこれだもんなあ」

 本日は元旦に相応しい快晴。それでも、寒いものは寒い。

「カイロでも持ってくればよかったかな」

 それなりに厚着はしてきたけど、それでも露出してる顔や手なんかは、既に痛いくらいに冷たくなっている。

元旦なんてのは家でごろごろしていてお年玉をもらうことがメインだったから、こうして朝に一人で家を出ることなんていうのは滅多にないことだ。例年通りの元旦だったらきっと少し、いやかなり嫌だけど、今日はそんな悪い気分ではない。

「私変わったのかな」

 なんて呟いてみたけど、きっと私自身は何も変わってなんていないんだろうなあ。そう簡単に人の性格なんて変わるものじゃないだろう。

 変わったと言えば、これから会う約束をした相手の桃華ちゃんのことが頭に浮かんだ。

 1年生のときはクラスが別ではあったけど、さすがに有名人の彼女のことは知っていた。遠くから見たことがあるだけで、話したことなんて1度もなかった。2年生になってクラスが一緒になったけど、話す機会なんてめったになかったし、それまで通りのクールを体現したかのような振る舞いだったからきっと私自身も近寄り辛いと思っていたんだと思う。

 そんな桃華ちゃんへの印象がたったの一月で180度変わってしまうんだから、すごいものだ。これまで同じクラスでも、ほとんど話したことがなかったのに、クリスマスには二人で遊びに行って、元旦にはこうして初詣に行く約束だってしている。こうして思い返すと、私たちの関係は一月の期間でいっきに縮まったんだと実感する。

 そんなことを考えていると、人の通りが増えてきたことに気づく。いろいろ思い返しているうちに神社の近くの通りに出たみたいだ。

 ここの神社はそんなに大きくはないけど、そこまで小さくもない。ちょうどいいというか、庶民的な感じっていうのかな。遠くから人はこないけど、毎年近隣住民でそれなりに賑わっている。

「あっ」

 通りに一人の女の子が立っているのを見つけた。黒いストレートヘアが青いマフラーに埋まっていてもこっとなっている。柔らかそうだ。

 おっといけない。こんな寒い中待たせるのは良くない。

「おはよう……じゃないや。明けましておめでとうございます」

「あ、明けましておめでとうございます」

 約束の相手、桃華ちゃんと合流して、新年のあいさつを交わす。いきなり声をかけてしまったからか、桃華ちゃんのリアクションがちょっと変だった。

「マフラー着けてきてくれたんだ」

「あ、うん。すごく暖かいよ」

 桃華ちゃんがマフラーをもふもふとしながら微笑んだ。

「そう言ってくれてよかった」

「あ、宮子ちゃんもネックレス着けてくれてるんだ」

「うん。すごくかわいいから。それに、せっかく桃華ちゃんからもらったプレゼントだしね」

 麻子なんかこのネックレスを見てすごく羨ましがっていたな。私自身もすごく気に入っていて、もらってからは身につけたり、眺めたりすることが多いと思う。

「う……さむっ」

 冷たい風が吹いて、思わず目を瞑る。

「今日は特に寒いね」

 桃華ちゃんも寒そうに手を擦っている。

「うん。そうだ。手繋いで行こうか」

「ふぇ!?」

 こうも寒いなら、手を繋いでいれば少しでも暖かくなるかと思ったんだけど、そんなに驚くことだろうか。私も桃華ちゃんも手袋してないし。

「だめ?」

「ううん!」

 桃華ちゃんはものすごい勢いでぶんぶんと首を横に振る。

「それじゃ早速」

 桃華ちゃんの手を取る。わかってはいたけど、桃華ちゃんの手は冷え切っていてとても冷たかった。でも、こうして手を繋いでいればそのうちお互いの体温で暖かくなるだろう。

「行こうか」

「うん」

 心なしか、手を繋いでから桃華ちゃんの表情がもっと明るくなったような気がして、私って結構自惚れやすい性格なのかとちょっと不安になった。

 


 待ち合わせ場所から神社まではそう遠くない場所で、すぐに神社の鳥居が見えてきた。もうこの頃にはお互いの手も暖まってきていた。桃華ちゃんの手はさらさらもちもちで、暖まった手の平に心地のいい肌触りでなんとも右の手の平はいい気分だ。

「やっぱり結構人いるね」

 神社の境内には多くの人がお賽銭や出店を目当てに訪れていた。

「うん。初詣ってこんなに混むんだ」

 そっか。桃華ちゃんはいつも年末年始は忙しいって言ってたし、初詣もあまり来たことがないのかもしれない。

「とりあえずお賽銭から行く?」

「うん。私はこういうのの勝手がわからないから宮子ちゃんに任せるよ」

「うん。クリスマスのときはリードしてもらったから、今度は私の番だね」

 なんて言うと、桃華ちゃんは少し恥ずかしそうに俯いて「うん」と言ってくれた。そのときマフラーに桃華ちゃんの顔が埋もれて少し声が籠って聞こえた。心なしか、繋いでいた手をさっきよりも強く握られたようにも感じた。

「桃華ちゃんは大晦日って年明けまで起きてるタイプ?」

 昨日の夜年が変わった後に桃華ちゃんからメッセージをもらったことを思いだして、聞いてみた。

「うーん……意識したことはなかったけど、そうかな。昨日もそうだったし。綾さん……あ、私のプロデューサーさんからは肌に悪いから早く寝ろって言われるんだけど」

「あー……確かに桃華ちゃんは仕事柄そういうの特に気にするよね」

 でも、羨ましいくらいに桃華ちゃんは肌がきれいだ。手を繋いでいることもあって、距離が近かったので桃華ちゃんの顔をちらっと見てみる。うん、やっぱりこれは勝てる気がしない。というか比べるのもおこがましい。

「どうしたの?」

「ううん。なんでもないよ。あ、そろそろ私たちの番だね」

 もう神社の鐘がはっきりと見えるところまで来た。

「桃華ちゃんはもうなんてお願いするか決めた?」

「うん、一応。宮子ちゃんは?」

「私はなんか平凡なことくらいしか思いつかないや。今年も平和に過ごせますようにとか」

 初詣とはいえ、特別願うことなんて今の私にはないしなあ。あれが欲しいだとかそんな欲はもちろんあるけど、改めてこういうところでってなるといまいち思いつかないものだ。

「なんか宮子ちゃんらしいかも」

「えー? そうかな?」

 私ってそんな平凡かな? いや、優柔不断って感じなのかな。

「あ、悪い意味じゃないよ! なんというか、優しい感じ」

 桃華ちゃんがフォローしてくれるけど、実際私は平凡というか、まさに普通そのものって感じだ。

 桃華ちゃんみたいに特別容姿に優れているわけではないし、お菓子作りが少し得意なだけで、特別何かに秀でているわけではない。まさにTHE・平凡を地で行くようなものだ。

「うーん。私ってあまりにも無個性?」

「え? そんなことないと思う。その……宮子ちゃんはすごく魅力的」

 言ってから桃華ちゃんはまた恥ずかしそうに俯いた。

 私も面と向かってこんなこと言われるなんてことはそうそうないので、妙に恥ずかしい。

 私も桃華ちゃんも黙ってしまって、変な空気になってしまう。気まずい訳じゃないんだけど、なんだかくすぐったいような雰囲気が私たちの間に流れていた。繋いだ手から伝わる桃華ちゃんの体温が熱くなった気がしたけど、きっとそれは桃華ちゃんの体温だけじゃないだろう。

「あ、もう次だよ!」

「そ、そうだね」

 気がついたらもう次には私たちの番というところまで来ていた。順番に救われたなあ。

 今回はさっきの反省もあって、少し具体的に私のことを願ってみようと思う。

 私たちの前に並んでいた人たちがお賽銭を済ませて、私たちの番が回ってくる。

 私と桃華ちゃんは賽銭箱に小銭を投げ入れてから金を鳴らし、手をぱんぱんと叩いてから手を合わせて目を閉じて心の中で願いを念じる。

 今年は私のやりたいことが見つかりますように。

 きっとこういうのって願うことじゃないけど、私みたいな普通の人には人生の目標みたいなものを見つけるのだって難しい。だから、こういうことを願っているのだって仕方のないことなのだ。

 隣で私と同じように手を合わせて目を閉じている桃華ちゃんは何を願ったのだろう。聞いてみたい気持ちもあったけど、こういうのは言葉にすると効果が無くなるって言うし、聞くのは野暮なんだろう。そう思って何も言わないことにした。

「最初は結構並ぶかと思ったけど、思ったより早かったね」

 桃華ちゃんの言う通り、並んでる間の時間はあっという間だった。

「そうだね。この後まだ時間って大丈夫?」

「うん。今日は一日お休みだから」

「それじゃこの後もよかったら一緒に出店とか行かない?」

 せっかくこうして元旦に一緒に出かけているのだから、お参りだけしてお別れって言うのはなんだか味気ない。

「うん! もちろん」

「決まりだね。いろいろ見てみようか」

 よかった。桃華ちゃんもまだ時間大丈夫みたいだ。

「あ」

「宮子ちゃんどうしたの?」

 大事な事に気がついた。

「今度ははぐれないように手、繋ごうか」

「あ……うん!」

 桃華ちゃんが私の手を取る。やっぱり桃華ちゃんの手はとても触り心地がよかった。


「あーお腹すいたなあ。桃華ちゃんはどう?」

「私もお腹すいた。何か買おうか?」

 周囲を見渡すとそれなりの数の出店が軒を連ねている。この光景は迷ってしまうなあ。

「とりあえず見て回ろうか」

「うん」

 私たちは寂しくなった口に入れるものを探すべく歩き出す。

「あ、甘酒だって。食べ物じゃないけどどうかな?」

「私甘酒って飲んだことない……名前からしてお酒なの?」

「え? うーん一応そうなのかな? いや、でも未成年でも飲めるしどうなんだろう」

 甘酒を飲んだことないって珍しいのかそうでもないのかわからないなあ。でも、確かに普段から飲まれるってほどメジャーな飲みものでもないような気もするし。

「でも、宮子ちゃんはお酒はやめた方が……」

「あ……い、いや! 大丈夫!昔飲んだことあるけど、そのときは平気だったから!」

 以前桃華ちゃんから貰ったウィスキーボンボンを食べてやらかしてしまったことを思いだして、恥ずかしさで顔がどんどん熱くなっていく。

「だったら大丈夫……なのかな?」

「うんうん。心配無用。桃華ちゃんの初甘酒にもなるし、行ってみよう!」

「あ、うん」

 恥ずかしさを誤魔化すために、少し強引に桃華ちゃんの手を引いて甘酒を買いに足を動かした。



「これが甘酒なんだ」

「うん。おいしいよ。それに暖まるからさ」

「そうなんだ。いただきます」

 こくこくと桃華ちゃんが甘酒を飲む。

「どう?」

「おいしい。それに、宮子ちゃんの言う通り温かい」

 桃華ちゃんがふう、とため息をつくと、真っ白な息が宙に舞って消えて行った。

「こういうときくらいしか飲む機会ってあまりないんだけど、おいしいんだよね」

 私も甘酒に口をつける。お腹が空いているから、甘酒が胃に落ちて行く感覚がよくわかる。お腹から体が温かくなる。

「あー温まる」

「うん。初めて飲んだけど、いいもんだね」

 初甘酒の桃華ちゃんも気に入ってくれたようでよかった。さあ、今度こそ食べ物を探そう。

「よーし、食べ歩きだよ!」

 再び桃華ちゃんの手を引いて、人ごみを掻きわけて出店を探す旅が始まった。



「く、苦しい」

「いっぱい買ったもんね」

 桃華ちゃんの言う通り、ここら辺の出店を制覇したレベルでいろいろ食べ歩いたからお腹が苦しい。財布は反比例してすかすかになってしまったけど。

 消えて行った野口さんたちに思いを馳せていると、携帯の着信音が鳴り響いた。

「あ、私の電話だ」

「私ここで待ってるから出て」

「ごめんね宮子ちゃん。すぐ戻るから」

 桃華ちゃんはあまり人の声が届かない所まで少し離れて通話しているみたいだ。

「ん?」

 桃華ちゃんがちらっとこっちを見た……ような気がする。待たせてると思って気にしてるのかな。別に気にしなくてもいいのに。

 それから少し経ってから桃華ちゃんが小走りで戻ってきた。

「ごめん。お待たせしました」

「ううん。全然大丈夫だよ」

「えーっと……」

 桃華ちゃんが何だかそわそわしている。こういうときの桃華ちゃんって何か言いたいことがあるけど、言い出せないみたいなそんな感じだと思う。

「桃華ちゃん何か困ってる?」

「え? えっと……」

 なかなか言い出せないようなのでもうひと押ししてみる。

「私でよければ話聞くよ?」

「……宮子ちゃんってバイトとか……してる?」

 てっきり桃華ちゃんのお仕事関連のこととかかなと思ったけど、私のこととは予想外の話題だった。

「ううん、してないよ」

「あの、宮子ちゃんバイト、してみない?」

「え?」

 突然桃華ちゃんに勧誘された。

「えーっと……どんな?」

「あ、ごめん! ちゃんと説明しないとだよね」

 桃華ちゃんの説明によると、今度桃華ちゃんも出るファッションショーの運営スタッフが急に出れなくなってしまって急遽人員が必要になったらしい。

「私でよければいいんだけど、私何にもわからないし大丈夫?」

「うん。綾さんが説明とかするって言ってたし、スタッフさんも初めてのバイトさんとか多いから心配しないで大丈夫だと思う」

 だったら大丈夫……なのかな。確かに私の経済状況は非常に厳しいので、佳奈ちゃんの家でバイトさせてもらおうかと考えてたし。

 それに、桃華ちゃんの仕事してるところを間近で見られる機会なんて無さそうだし。

「うん……うん、私でよければやりたいな」

「本当!? ありがとう! あ、ごめん。宮子ちゃんのOKもらえたってまた電話してくるね」

「うん」

 また桃華ちゃんが電話をしに行って一人になる。

「そういえばバイトって初めてだ」

 そう呟いたところで、桃華ちゃんがまた小走りでこちらに戻ってきた。

「綾さんも助かったって言ってた。本当にありがとう」

「ううん。私もお金無くてバイトしようかなって思ってたから渡りに船だし。それに、桃華ちゃんのお仕事してるところ間近で見れるしね」

「が、がんばります」

 新年早々バイトをすることになるとは思ってもみなかったけど、きっといいことなんだろう。軽くなった財布をまた肥えさせてあげられるし。

「それじゃ、今度は街の方に行こうか。福袋とかあるかもだし」

「うん。……宮子ちゃん」

「何?」

 桃華ちゃんは立ち止まって、小さく深呼吸をした。

「ありがとう。こんな楽しいお正月に誘ってくれて」

「私も楽しんでるからそんな改まってお礼なんていいよ。よし、今日は一日遊びつくそう!」

 さっきより冷たくなった桃華ちゃんの手を取って歩き出す。

 新年初日がこんなに楽しいのなら、今年はきっといい年になる。そんな希望的観測を胸に抱いて私たちは街へと向かった。




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