フルーツタルトと彼女の決意
「あれ?」
「どしたの? 宮子」
「さっきまで、近くに桃華ちゃんが居たと思うんだけど……」
さっきまで、桃華ちゃんが近くにいたから、声をかけようと思ったんだけど、いつの間に姿が見えなくなっている。
「白川さんが? うーん見当たらないけど、先に行ったんじゃない?」
「そうかも。私たちも行こうか。さすがに寒いし」
「そうねー。もう12月だもんなあ」
今日から12月。今年ももう終わりが近づいてきているのは、この寒さで嫌でも実感させられる。
結局、その後桃華ちゃんに話しかけようにも、休み時間になるとすぐに教室から居なくなってしまって、そのまま話しかけるタイミングを逃してしまったまま放課後になってしまった。それに、もう桃華ちゃんの姿は教室にはない。
「今日は部活もないし、どっか寄ってく?」
「あ、うん。いいよ」
今日は部活が無い日だし、佳奈ちゃんのお誘いに乗らせてもらおう。桃華ちゃんにも声をかけられればよかったな。
「よし、決まり! とりあえず、アクア行ってブラブラするんでオッケー?」
「うん、そうしよう」
この街の大きなショッピングモール、アクアが今日の目的地になった。あそこに行けば大概なんでもあるから、ブラブラしてるだけでもそれなりに楽しめるのがいいところだ。
「そんじゃ、早速行きますかー」
「うん」
「あー……幸せだよぉ……」
一通りよく行くお店を見て回った私たちは、アクアの中にあるクレープ屋で買ったクレープを食べて休憩を取っているところだ。やっぱり甘いものを食べている時って、一番好きな時間かもしれない。
「またそうやって食べ過ぎると太ったーって泣くことになるぞー」
「うぐっ……た、食べた分運動すれば!」
実は以前穿いていたスカートのウエストがきつくなってたりすることが頭の中にフラッシュバックする。あのときの絶望感は凄まじかった。
「まあ、甘いものって食べると止まんなくなっちゃうのはわかるけどね」
「佳奈ちゃんも食べてるのに、太らないよねー……」
部活や学校帰りには佳奈ちゃんと一緒に甘いものを食べたりすることが多いけど、佳奈ちゃんは私と違って全然体型が変わらない。そういえば、先輩たちもそうだ。桃華ちゃんはもちろんだけど、私の周りの人たちってなぜか私と違って、羨ましいスタイルを持っている人たちばかりだ。
そして、その人たちに共通しているのは皆アルバイトなり、お仕事なりしている。モデルの桃華ちゃんは体型には人一倍気を遣うんだろうけど、やっぱりお仕事をするってことは結構体に影響があるのかもしれない。
「そうでもないって。店の手伝いで多少はカロリー消費してるかもだけどさ」
「確かに先輩たちもバイトしてるし……その差なのかな……」
私もお金はないし、これを機にバイトを始めてみるべきか。
「あ、そうだ。今日は欲しかったレシピ本の発売日だったんだ」
お金のことを考えたら、欲しかったものを思い出した。お金はないのに、欲しいものは尽きないのは仕方のないことなのだ。
「そうなん? それじゃ次は本屋行く?」
「ありがとう。ちょっと寄らせて」
次の目的地は本屋に決定。こういうふと何か買いたくなったときに基本、なんでも揃ってるアクアの便利さはありがたい。
アクアには大手チェーンの本屋が入っていて、それなりの品揃えがある。
「あったあった」
欲しかった本を手に取る。レシピ本は見ているだけでも楽しいし、読むのが楽しみだ。
「ちょっと買ってくるね」
「うん、適当にその辺見てるから行っといで」
佳奈ちゃんにちょっと待っててもらって、レジを目指す。
「ん?」
何やら見慣れたような姿が目に入った。
「桃華ちゃん?」
この前に一緒に遊びに行った時にしていた変装と同じ格好だったので、一発でわかった。
「へ?」
振り返って確信した。やっぱり桃華ちゃんだった。
「み、宮子ちゃん!? なんで!?」
ちょっと不意打ち気味に声掛けちゃったけど、そこまで驚くとは思わなかったというくらいのリアクションだ。
「桃華ちゃんも本買いに来たの?」
「う、うん……ごめん。今ちょっと急いでて!」
「え? あ、うん」
桃華ちゃんは足早に去って行ってしまった。そんなに急いでいるなんてこれからお仕事でもあるんだろうか。
「あ、私も早く買いに行かないと」
私も佳奈ちゃんを待たせてるし、早く買っていかないと。
「おかえり。遅かったけど、レジ混んでたん?」
「お待たせ。そうでもなかったんだけど、そこで桃華ちゃんに会って。ごめんね」
「いや、いいんだけどさ。てか白川さんが居たんだ。あたしにも紹介してくれてもよかったんだぞー」
このこのーと佳奈ちゃんが小突いてくる。いい機会だし、私もそうしたかったけど。
「なんだか急いでるみたいだったから」
「そっかー。白川さんとは話したことなかったから、話してみたかったけど、仕方ないか」
佳奈ちゃんは残念そうにしてい。桃華ちゃんも友達が欲しいって言ってたし、佳奈ちゃんのことを紹介できればよかったけど……。
「ま、白川さんのことはまた今度紹介してよ。それより、結構いい時間だし、そろそろ帰ろっか」
「あ、そうだね」
そういえば、桃華ちゃんは何の本探してたんだろう。話す暇もなく行っちゃったからわからなかった。
翌日の放課後、今日は部活はないので、家庭科室にいつものメンバーはいない。今いるのは私と桃華ちゃんだけだ。
昨日の夜に桃華ちゃんとチャットしたときに、昨日買ったレシピ本や家庭科部の話題になって、桃華ちゃんはほっとんど料理をしたことがなくて、やってみたいということだったので、今日は一緒に料理をしてみようということになった。
私も昨日買った本に載ってる料理を試してみたかったし、いい機会だ。
ちなみに、今日は本に書いてあったフルーツソースを試してみたかったので、フルーツタルトを作ることにしている。
「ああっ! 桃華ちゃん! ちょっと待って!」
「え?」
桃華ちゃんに盛り付け用のフルーツを切ってもらおうとしたが、手つきがかなり危ない。このままじゃ怪我しちゃう。
「その持ち方だと危ないから、切るときはこう。猫の手だよ」
猫の手を桃華ちゃんに見せるも、なぜか桃華ちゃんは私の方を見てなにやらぼーっとしているようだ。
「桃華ちゃん?」
「え? あ、ううん! なんでもないの! 猫の手だね。わかった」
「そうそう、そんな感じ」
桃華ちゃんのはまだ不慣れな手つきながらも、さっきよりも安心して見ていられるようになった。
「痛っ……」
そう思って、これからの手順を確認しようと本に目を移した矢先、桃華ちゃんの方から声が上がった。
「大丈夫!?」
「う、うん。ちょっと切っちゃっただけだから」
「待って。ちょっとごめんね」
桃華ちゃんの手を取って血が流れる指を咥えて血を舐める。口の中に鉄っぽい味がじわっと広がっていく。
「ふぇ!?」
桃華ちゃんの口から驚いたのか、変な声が上がった。申し訳ないけど、ちょっとだけ我慢してもらおう。
「ん……。すぐ絆創膏持ってくるからちょっと待っててね」
桃華ちゃんの指から口を離して、鞄の中から絆創膏を取り出す。絆創膏とか持ち歩いていてよかった。
「これで大丈夫かな?」
桃華ちゃんの指に絆創膏を貼る。
「ありがとう……」
「うん、包丁はやっぱり危ないから気をつけてね」
「うん……」
桃華ちゃんは絆創膏を貼った指を見つめながら頷いた。
「そろそろいい感じかな? 桃華ちゃん味見してみる?」
フルーツソースがそろそろ完成に近づいてきて、後はちょっと調整してあげれば大丈夫なところまで来たので、せっかくだから桃華ちゃんに味見をしてもらおうと思う。
「いいの? それじゃちょっといただこうかな」
「いいよいいよ! はい、あーん」
スプーン一杯分掬って桃華ちゃんに食べてもらおうとしたけど、桃華ちゃんはまたしても固まってしまった。一体どうしたんだろう。
「桃華ちゃん?」
「あ、ああ! うん、えっと……いただきます」
ぱくりと桃華ちゃんがソースを口に運ぶ。ちゃんとおいしくできてるかちょっと緊張する。
「おいしい!」
「よかった。それじゃもう完成だね」
焼いた生地にフルーツとクリームを盛り付けてからソースをかける。これで出来上がりだ。
「お疲れ様。フルーツタルトの完成です!」
「おおー……」
完成したフルーツタルトを感慨深そうに見つめている桃華ちゃんは大人っぽい容姿とは違って、なんだか子どもみたいでかわいらしい。
「それじゃ食べよっか」
「うん」
タルトを切り分けて、それぞれのお皿に用意してから、席に着く。
「いただきます」
「いただきます」
早速一口食べてみる。
「おいしい!」
我ながらこれはかなりおいしいと思う。やっぱりあの本買ってよかったな。
「すごい。こんなにおいしいケーキ食べたの初めてかも」
桃華ちゃんからもお墨付きを頂けたし、これはもう文句なしだ。
「そうだ。桃華ちゃん昨日は何の本買いに行ったの?」
「え!? えっと……そう! 演技の勉強のための本!」
確かにこの前までやってたドラマに出てたし、演技の勉強もしないといけないのか。
大変だな。私だったら、とてもじゃないけど、演技なんてできそうにない。
「またドラマのお仕事とかあるの?」
「ううん。まだ決まってないんだけど、事務所のマネージャーさんから映画のオーディション受けてみないかって言われて」
なんと、桃華ちゃんの口から飛び出したのは映画という単語だった。
私が思っていたよりもスケールが大きかったようだ。桃華ちゃんはやっぱりすごい人なんだと改めて実感する。
「映画ってすごいね! 私、絶対観に行くから!」
「ま、まだオーディション受けるっていうだけだよ」
「あ、そっか。ごめんね」
早とちりしてしまった。それにしても、映画のオーディションなんて私には雲の上の世界の話だ。
「でも、すごいね。映画のオーディションなんて」
「ううん、オーディションを受けるっていっても、今の私じゃ全然ダメだよ。もっとがんばらないと」
桃華ちゃんは俯いてそう言った。
きっと、私の想像以上に大変なことなんだろう。
「大丈夫だよ。桃華ちゃんならできるよ! それに、私で力になれることがあったら力になるし! ……えっと、甘いものが食べたくなったときとか!」
力になるとは言ったものの、私ができることがあまりにも無さ過ぎて、思わず甘いものが食べたくなったときなんて、わけのわからないことを口走ってしまった。
「ふふっ。ありがとう。宮子ちゃんの作るお菓子はおいしいから、いっぱいお世話になるかも」
やっぱりおかしなことを言ってしまったのかも。桃華ちゃんはくすくすと笑ってそう言ってくれた。
「うん、任せてよ!」
もうなんか、その場の勢いに任せてそう言うしかなかった。
「本当にありがとう。なんか気が楽になったかも。私、変に考えすぎてたみたい」
「え、そう?うーん……だったらよかったかな?」
なんだかよくわからないけど、桃華ちゃんの表情はさっきよりも明るくなっているし、よかったのかな?
「私、本当に宮子ちゃんと友達になれてよかった。宮子ちゃんと友達になれてから、毎日が楽しいって思える」
「な、なんか照れるな。私も桃華ちゃんと友達になれてよかったって思うよ。いっぱい私の知らない世界のことを教えてくれたり、桃華ちゃんと一緒だと楽しいことばかりだもん」
素直に気持ちを相手に伝えることってやっぱり恥ずかしい。言ってからお互いに赤面してしまう。
「私、これから宮子ちゃんにもっと見てもらえるようにがんばるから」
「うん、応援してる! ……?」
あれ? 私に見てもらえるように? そうか、まずは近い人に見てもらえるようにってことだよね。
もう私は桃華ちゃんのファンだから、大丈夫なんだけどな。でも、そう言ってもらえることは、素直に嬉しかった。