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クラスメイトの芸能事情  作者: やまだ
2/8

二人の距離

 数日ぶりの学校から帰って自分の部屋に入る。

「やったー!」

 ここまで押さえていたテンションが爆発する。

 ベッドに飛び込んで抑えようのない喜びで胸がいっぱいだ。

「友達かぁ……いいなぁ……」

 顔がにやけてしまう。遠野さんと別れてから家に帰るまで顔がにやけないようにするのはちょっとした一苦労だった。

「あっそうだ。携帯」

 帰ったら連絡するって約束したからちゃんとしないとね。それにしてもこんなに携帯を使うのにわくわくした日があっただろうか。

 携帯の無料通話アプリを起動してついさっき連絡先に追加されたばかりの遠野さんの連絡先を開く。このアプリも使う相手は家族かマネージャーくらいだったからちゃんとした友達相手に使うのは初めてだ。

「友達相手ってなんて書いて送ればいいんだろう」

 


 携帯と睨み合って数分経った。未だに画面に表示されているメッセージ欄には一文字も表示されていない。

 何しろ友達相手にこういうメッセージを送るなんてやったことがないからどうやって会話を切り出せばいいかわからないのだ。

「下手なこと書いて遠野さんの気を悪くしちゃうのも嫌だし……」

 こういうときに自分のコミュ障っぷりが嫌になる。

 早く送らないとっていう気持ちと慎重に文章を考えなくちゃいけないという気持ちがごちゃごちゃになって全くメッセージが書けない。きっと普通の高校生はこんなことで悩むことなんてないんだろうな。そう考えると余計に気が重くなる。

 本当はもっと遠野さんと話したいけど、このジレンマがそれを妨げる。

「こういうときはとりあえず何でもいいからやってみる、か」

 とりあえず思いついた言葉を書いてみよう。

「本日はお日柄も良く……って違う!」

 これじゃ友達相手に送るとかそういう以前の問題だ。

 きっと私は難しく考えすぎなんだ。こういうのはもっと軽く考えるべきだろう。

 そしてようやくメッセージを送ったが……

『ただいま帰りました』

「……なんだこれ」

 送ってから後悔した。こんなこと伝えてどうするんだ私。

 激しい後悔に襲われていると携帯から着信音がする。

『おかえりなさい?』

 遠野さんからの返信だ。ああ、やっぱり変に思われたのかな。?マークついてるし。いや、ここで焦ってまた変なこと書いたらだめだ。冷静になれ私。

『白川さんは明日はお仕事?』

 また考えてるうちに遠野さんから助け舟が。

『ううん、明日もお休みだよ。久しぶりに2連休』

 最近ずっと仕事ばかりだったけど、この前ドラマの収録が一段落したからようやく休みがもらえた。と言っても明後日からはまた雑誌の撮影があったりして忙しくなるんだけど。

『そっかー。それじゃ明日も会えるね』

 そうだ、明日も遠野さんと会えるんだ。そう考えるとさっきまで悩んでいたのが一転して楽しみな気分でいっぱいになる。

『うん、明日も楽しみ』

 学校に行くのが楽しみになるなんていつぶりだろう。

『でも、白川さんは人気者だからまた放課後までは落ち着いて話せなくなっちゃうかな』

 私が人気者かどうかはともかくとして確かに今日もずっといろんな人から話しかけられて私のキャパシティがパンクしそうだった。みんなテレビや雑誌を通して見る私に幻想を抱きすぎなんだと思う。こういう仕事をしてたらそれも仕方ないことだっていうのはわかるんだけど。だから事故とはいえ素の自分で接することができる遠野さんの存在は私にとって唯一の救いだ。だから私も遠野さんともっと話をしたいんだけど、確かに学校じゃ難しいかもしれない。

『それじゃ明日の放課後って遠野さんは時間ある?よかったら一緒にどこか行かない?ちゃんと変装用の道具も持っていくから遠野さんに迷惑かけないようにするから』

 うわー!勢いで遊びに誘っちゃったけど、これって大丈夫だよね?いきなりすぎて変に思われたりしないよね。

『いいね!私でよければ大丈夫だよ。どこ行こうか?』

 遠野さんからの変身を見て一安心。それにしてもいちいちメッセージを送信するたびにこうも緊張してるんじゃ身が持たないな。楽しいんだけどね。

『どこかでまた遠野さんとゆっくり話したりしたいななんて思うんだけど、どこか落ち着けるところとかあるかな?』

『それじゃ家に来る?外だと白川さんも気を遣っちゃうかもしれないし、家でよければなんだけど』 

 


 なんということだ。友達になって僅か一日で友達の家にお邪魔する約束をしてしまった。これってかなりの大進歩だと思う。

「問題はハードルが上がりすぎたってことかな……」

 これまでぼっち人生まっしぐらだった私にはいきなり友達の家に行くというのはレベル1の勇者がいきなり魔王の城に行くくらいにハードルが高いのだ。

 そもそも友達の家に行く時ってどうすればいいのか。

 この日はずっと悩み続けたが結局解決しなかった



 昨日あまり眠れなかったせいで瞼が重い中なんとか登校した。教室に着いて遠野さんを見つけて挨拶しようとするも

「今日も白川さん学校来れたんだ。そうだ、ドラマ見たよ!」

「ん、ありがと」

 他の人に話しかけられてしまって遠野さんのところに行けなくなってしまった。さらに、私の人見知りが祟って仕事のときのキャラで思わず喋ってしまう。この基本的に口数が少ないキャラが世間一般の私のイメージらしいので、こうしていればあまり話したことのない人とでもそれなりに波風立てずにやり過ごすことができる。こんなキャラに頼ってしまうから私は友達ができないんだろうと自分が情けなく思うが、そう簡単に人は弱点を克服できないものなのだと心の中で自分に言い訳をしておく。

 そうして遠野さんに声をかけられないままホームルームが始まってしまった。



 なんということだ。放課後になるまで遠野さんに声をかけることができなかった。昼休みに遠野さんから放課後に学校の近くのコンビニの近くで待ち合わせしようとのメッセージはもらえたが、それ以外は全く会話ができていない。これじゃいけないのはわかっているんだけど、なかなか人生そううまくはいかないものだ。

 ホームルームが終わったらすぐに教室を出る。すぐに遠野さんとの待ち合わせ場所に向かえるようにするためにまた私の周りに人が集まらない内に変装を済ませてしまおう。

 なんとか話しかけられる前にトイレの個室に入って度の入っていない眼鏡を装着して下していた髪をまとめてポニーテールの形に、そしてマスクを付ける。最初はこれで効果あるのかと思ったが、案外これだけでも気付かれないものだ。



 こそこそと学校を出て待ち合わせ場所のコンビニへ向かうと遠野さんの姿が見えた。既に遠野さんは待っていてくれたみたいだ。

「遠野さん、待たせちゃってごめん」

「全然大丈夫だよ。あ、髪型とか眼鏡とかって変装?これだけなのに結構変わるねえ」

 やっぱり少し変わるだけでその人のイメージって変わったりするものなのかな。

「そうかな?」

「うん。でも、そっちの髪型とか眼鏡も似合ってると思うよ」

 普段ファッション誌の撮影とかでは似合うとか言ってもらえるけど、まさか変装でそう言われるとは思わなかった。でも、せっかく遠野さんが褒めてくれたんだし今度またこういう風にしてみてもいいかもしれない。

「それじゃ行こうか」

 二人で昨日と同じ帰り道を歩く。普段から使ってる通学路だけど、なんだか今日は特別に感じる。そう感じるのは遠野さんの家にお邪魔するというミッションがあるからかもしれない。

 


「着いたよ。ここが我が家です」

 遠野さんの家は自分の家と同じくらいの大きさの一軒家で普通の人から見たら特に変わりのない住宅街にある家の一つなんだろう。

 しかし、私にはこの家の玄関扉から強烈なプレッシャーを感じている。やっぱり友達の家に遊びに行くということに緊張する。今すぐ逃げ出したいくらいだ。でも、ここで逃げたら前に進めないどころかせっかく友達になってくれた遠野さんに嫌われてしまうかもしれない。大丈夫、自然体でいればいいんだそう、シゼンタイデ。

「お、お邪魔します」

「どうぞー」

 意を決して遠野さんに続いて遠野さん宅にお邪魔する。この難関をクリアした私を褒め称えたい。

「ねーちゃんおかえりー……っ!」

 かわいらしい声とともに小さい女の子がトテトテと走ってきたと思ったらその声の主である女の子は私を見るや否や遠野さんの後ろに隠れてしまった。ちょっとショック。いきなり知らない人が家に来たらって思うと私もそうしたくなると思うので、なんとなく気持ちはわからないでもないけど。

「ただいま。今日はお姉ちゃんのお友達の白川さんも来てるから隠れてないでご挨拶ご挨拶」

「……こんにちは、とおのまこです」

 それだけ言って私が挨拶を返す間も無く遠野さんの妹さんはささっと行ってしまった。

「あ、麻子!ごめんね、あの子人見知りで」

「ううん、私もそうだから麻子ちゃんの気持ちはわかるし大丈夫だよ」

 というか私もあれくらいの年だったらきっと同じ行動をしてると思う。

「ありがとう、麻子にはちゃんと言っておくから。それじゃ私の部屋まで案内するね」



「お邪魔します……」

 遠野さんの部屋はピンクを基調としたものやぬいぐるみとかがあってまさに女の子の部屋って感じだった。漫画やアニメのソフトを隠してる以外には最低限の物くらいしかない私の部屋とは大違いだな。こういうところで差がついているんだろうか。

「散らかっててごめんね」

「ううん、すごい綺麗だと思うよ」

 私の部屋は何もない割に雑誌とか片づけてなかったりするし。

「あ、そうだ。ちょっと待っててね」

 遠野さんが部屋から出て行ってしまって一人遠野さんの部屋に取り残される。人の部屋で一人になるとどうしていいかわからなくなってそわそわしてしまう。

「待たせちゃってごめん」

 少ししてから遠野さんが帰ってきた。

「おかえり。どうしたの?」

「ふふふ……これを持ってきたのです!」

  遠野さんが持っているお盆にはおいしそうなケーキと紅茶が。

「あっ、白川さん紅茶でよかった?」

「うん、紅茶は好きだよ。……ってこれ私に?」

 お邪魔してるのにこんなおいしそうなケーキとお茶までいただいてしまってもいいものなんだろうか。

「もちろん。よかったら食べて。結構自信作なんだ」

「自信作?これ遠野さんが作ったの?すごいな」

 普通に売ってるケーキかと思うくらいおいしそうだったからわからなかった。

「全然すごくなんてないよ。お菓子作りは趣味だからちょっと慣れてるだけだよ」

 お菓子作りが趣味かあ。なんだか知れば知るほど遠野さんって女の子の見本みたいだな。こういう娘ってやっぱり誰からも好かれるんだと思う。

「それってやっぱりすごいよ。私なんか料理全然できないし」

「えへへ、ありがとう。それと白川さんはチョコとショートケーキどっちがいい?」

 どっちもとってもおいしそうだけど、チョコケーキをいただくことにしよう。

「それじゃチョコケーキいただいていいかな?」

「はい、どうぞ」

「ありがとう。いただきます」

 早速遠野さんからもらったケーキを一口食べる。すごくおいしい。これを作れるってだけで遠野さんはすごい人だと思う。

「どうかな?」

「すごくおいしい。感動するくらい」

 久しぶりにこんなにおいしいケーキを食べたかもしれない。

「大げさだよ。でも、ありがとう。白川さんにおいしいって言ってもらえて嬉しいな。それじゃ私も食べようかな」

「甘いものって食べてると幸せになれるからいいよね」

「うん、私も甘いもの好きだからよくわかる」

 その後しっかり運動しないとすぐに体重に響いてくるからあまりいっぱい食べられないのが辛いけど。事務所に紹介してもらったジムでトレーニングをする日もあるけど、間違いなくその日は筋肉痛になるからあまりあんな運動はしたくない。

「でも、やっぱりカロリーとか気になるから作りすぎちゃうと大変なことになるんだけどね……」

 やっぱりこの悩みは誰でも持っているものなんだな。

「そうだね。私もいっぱい甘いもの食べたくなることよくあるけど我慢しないとっていうのが辛いよね」

「うんうん、そうだ!よかったら私とケーキ一口ずつ交換しない?そしたら食べる量も増えないし、二つのケーキを味わえるし!」

 たしかにそれはナイスアイディアだと思う。

「いいね、遠野さんナイスアイディア」

「えへへ、それじゃはい、あーん」

 遠野さんが一切れのショートケーキを差し出してくれる。しかし、私はケーキよりもこの漫画とかで見る友達シチュエーションに衝撃が走った。

「えっと、いただきます」 

 ここで引いたらだめだ。ぱくりと遠野さんがくれたケーキを口の中へ。あ、ショートケーキもおいしい。緊張していても味覚はちゃんと機能してるみたいだ。

「ショートケーキもおいしい。それじゃこっちのチョコケーキを……」

 もしかしてこれって私もいわゆる「あーん」で返さなければいけないのだろうか。これは私にはハードル高すぎるんじゃないか?

 遠野さんは目をキラキラさせてチョコケーキを待っている。いや、やっぱりここで引くわけにはいかない

「あ、あーん」

 ありったけの勇気を振り絞ってやってみると、遠野さんもぱくりとケーキを一口。なんだか初めて大きな仕事をやったときと同じくらい緊張した気がする。

「ああ、チョコもいいなあ。ありがとう白川さん」

「ううん、こちらこそありがとう……ん?」

 何か視線を感じる気がする。

 ドアの方を振り向くと遠野さんの妹さんの麻子ちゃんがじっとこちらを見ている。

「どうしたの?あ、麻子」

 遠野さんが麻子ちゃんに気付くとびくっとなって麻子ちゃんはまたどこかへ行ってしまった。

「うーん、麻子ってばどうしたんだろ?」

「お姉ちゃんと遊びたいんじゃないかな?なんだか麻子ちゃんに悪いことしちゃったかな」

 あれぐらいの年の子だったらまだお姉ちゃんに甘えたい盛りじゃないかと思う。それに遠野さんって私から見てもいいお姉ちゃんっぽいというか、包容力的なのがすごいと思うし。

 もし私が妹だったらこんなお姉ちゃんが欲しいところだ。私が遠野さんの妹になって遠野さんに甘えるところを想像して急激に恥ずかしくなってしまったのは秘密だ。

「ああ、気にしないで。今日は白川さんと約束してたし、麻子とは後で今遊んで上げられなかった分も遊んであげられるから」

 遠野さんはそう言ってくれたけど、やっぱり罪悪感は残るな。

「それとね、ずっと気になってたんだけど、苗字でお互い呼び合ってるとなんだか距離感を感じると言いますか、名前で呼んでもいいかな?」

 名前でってつまり遠野さんに桃華と呼ばれて私が遠野さんを宮子と呼ぶということでしょうか。名前で呼ばれるのはいい。というかそう呼んでくれるならとても嬉しいことだと思う。

「も、もちろんだよ」

 ここで断ることなんてできるわけがない。私だってそれを望んでるわけだし。問題は私自身にある。こうもぼっち歴が長いと人のことを下の名前で呼ぶことすら難しいのだ。

「よかった。じゃあこれからは桃華ちゃんって呼ばせてもらうね。そしたら桃華ちゃんも私のことは名前で呼んで欲しいな」

 遠野さんがさっきのケーキ以上に目を輝かせながらこちらを見つめている。ここで遠野さんの期待を裏切りたくはない。私の中のありったけの勇気を言葉にする。

「うん……み、宮子ちゃん」

「うんうん!やっぱりこっちの方がいいね!」

 遠野さん、じゃなくて宮子ちゃんに手を握られる。宮子ちゃんの手は暖かくて柔らかかった。



「あ、もうこんな時間……」

「ほんとだ。時間が経つのが早いや」

 時間はもう夕方の6時になるかといったところだ。

「そろそろ帰らないと。今日はありがとう。宮子ちゃんといっぱい話せたりして楽しかった」

「私も!桃華ちゃんと一緒だと楽しいよ。お仕事とか忙しいかもだけど、また今度遊びに来てよ」

 またこうして宮子ちゃんと話したりできるならぜひともそうしたい。

「うん、ありがとう。またね」



 それにしても今日は私にとって大躍進の一日だった。宮子ちゃんのお家に遊びに来てケーキの食べさせ合いっこもした。そして、お互いに名前で呼び合えるようにもなった。数日前の私では考えられなかったことだ。宮子ちゃんに秘密がバレたときは絶望しかなかったけど、結果的にこんなに幸せな時間を過ごすことができたのだから世の中何がどうなるかわかったものじゃないな。

「よし、明日からまたがんばろ」

 明日からはまた仕事の日々に舞い戻ることになる。それでも、また宮子ちゃんに会える日のことを考えれば大変な仕事だってこなせるような気がした。

 


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