命はいつか終わるもの
今回は小説用お題ったーというものを使って、小説を書いてみました。
そのお題はこれ!↓
昼乃春空へのお題は『拝啓、きみがすきです・吊り上った唇に目を奪われる・命はいつか終わるもの』です。
〈ここには本名を入れました〉へのお題は『君以外要らない・柔らかい頬・命はいつか終わるもの』です。
この二つを合わせた合計六つのお題で書いてみました。
この言葉が本文に入ってるので探してみるのも面白いかも!
ちなみに『命はいつか終わるもの』がかぶったので、本文で二回使い、さらにタイトルにしてやりました。
昨日、僕に一通の手紙が届いた。
いや、届いたというか、入っていた。
僕は放課後恒例の図書室での勉強を終えて、帰りにコンビニでもよって温かいココアを買おうと思いながら下駄箱を開けたのだ。
そして、つい一月前に買ったばかりの黒い革靴を取り出そうとした、そのときに、見つけてしまったのだ。
下駄箱の中に入っていた、一通の手紙を。
僕は一昔前の少女漫画のような甘い展開に胸を躍らせ、嬉々としてその手紙を手に取った。
しかし、その手紙は、奥手な少女が想い人に直接想いを伝えられないがために、溢れんばかりの気持ちを精一杯文章にして書き込んだ、所謂ラブレター、または恋文と呼ばれるものではなかった。
手に取った手紙に使われている紙は、ロマンチストな少女が使うには似つかわしくない無地の真っ白な紙で、何故だか少し湿っていた。文字の形も可愛らしさなど微塵も感じられない歪んだものだった。
手紙の本文を詳しく読む前に、僕の気分は山の天辺から地下鉄のホームほどの高低差で上げて落とされてしまった。
だが、いくら男子からの手紙だからと言ってどこかのヤギのように読まずに食べてしまうのは可愛そうだったから、ちゃんと読んでやることにした。
それに、まだ男子だと決まったわけではない。
紙は少し湿っていて、文字が汚くても、女子である可能性はきっと残されているはずだ……多分。
僅かな可能性を信じ、僕は手紙の一行目を読み始めた。
『拝啓、きみがすきです』
手紙はインパクトのあるそんな一行から始まっていた。
僕はまさかの一行に目を疑った。
これは……本当に女子からの手紙だったのか?
『きがつくときみを見つめてしまうほど、すきです』
二行目も、これまた胸がもやもやする甘いフレーズだった。
何故かあまり漢字が使われていないのが気になるが、どうやら普通のラブレターのようだ。
『つい、ねるまえにきみのことを思い出してしまい、うまくねられない日もありました』
歪な文字とは裏腹に、まさに少女漫画に出てくる奥手な少女のような、青春が滲み出るような文章が続いた。
『きみのことがもっと知りたくて、きみのそばにいたくて、いつもむねがくるしかったです』
甘い言葉に、にやけてしまいそうになる頬を左手で押さえながら、読み進めた。
『でも、わたしはよわむしだったから、きみに話しかけることもできなくて、ただとおくから見つめていることしかできませんでした』
『いつも、いつもきみを見つめていました。だから、きみのことはいっぱい知っています。きみがほうかご、としょしつでべんきょうしていることも。きみがいつも、学校のかえりにえきまえのコンビニでココアをかっていることも。きみが、いっかげつまえにおこづかいをためて、となりまちのお店にうっているほしかった黒いかわぐつをかったことも。きみがどこでどんなことをしているときも、ずっとずっとずっとずっとずーっと見てたから、きみのことはなんでも知っています』
――ゾクリ、というありがちな効果音が聞こえるほどに、一瞬で全身に鳥肌が立った。
図書室で勉強していることを知っているのはまだ分かる、だけど、帰りによるコンビニはいつも一人で行くし、一か月前に革靴を買ったときも一人でいたはず――なのに、なんでこの女は知っている?
革靴を買ったことに関しては、隣町の店で買ったなんて友達にも言っていないのに……。
僕は急に怖くなって、今すぐにでもこの手紙を投げ捨て走り出したい衝動に駆られた。
しかし、僕の眼は自然と手紙の続きを読もうと動いていた。
恐怖よりも、続きを読みたいという好奇心のほうが勝ってしまったのだ。
『でも、わたし気付いたんです。これはいけないことだって。これいじょうきみをおもってしまったら、わたしはもどれなくなってしまう』
僕はいつの間にか平仮名ばかりの読みずらい手紙を、食い入るように読んでいた。
『これいじょうおもってしまったら、きっとわたしはきみをこまらせてしまう、きずつけてしまう』
『わたしはきみをきずつけたくない。でも、きみをおもう気持ちをおさえるなんてできない。』
『きみ以外いらない、わたしはそうおもえるほどにきみのことがすきなのに、それなのにきみをあきらめるなんてできない』
『きみをあきらめるしかないのなら、こんな世界いらない』
『だから――』
そこで手紙は裏へと続いていた。
きっと、この手紙の裏には良くないことが書かれている。
根拠は何一つないけれど、僕の本能がそう告げていた。
果たしてこの手紙を裏返してもいいのだろうか、今からでも手紙を投げ捨てて家に向かって走り出したほうがよいのだろうか……僕の頭で色んな考えがぐちゃぐちゃに混ざり合っていた。
あまりの緊張感で手先は震え、心拍数が跳ね上がる。
――最初の文章から察するに、この手紙は、相当奥手な女の子が書いたのだろう。
こんなカミングアウトをしたんだ、かなりの覚悟を持って、勇気を振り絞って書いたんだろう。
そんな手紙を最後まで読まずに捨ててもいいのか?
それでいつか読めばよかったと後悔しないのか?
いや――この手紙を最後まで読まずに捨てれば、きっと後悔するだろう。
僕の中で、選択が決まった。
そして、僕はゆっくりと手紙を裏返し、そこに書かれた短い一文を読んだ。
『わたしは、おくじょうからとびおりて死にます』
その一文を読んだ瞬間、さっきまでびくりともしなかった足が無意識に屋上に向かう階段へと動き出した。
しかし、まさかの一文に頭は物事の整理が追い付かず、上手く考えをまとめられずにいた。
それでも、動き出した足はその勢いを止めず、僕の全身を動かし、いつの間にか全力疾走させていた。
そして、今だちゃんと動いていない頭が、それに追い付くかのように高速で動き出し、一つの答えを出した。
――たとえ、名前も知らない手紙の彼女が僕のストーカーで、これ以上関わってしまうのは危険だと分かっていても。
『彼女を死なせたくない』
僕の頭が導き出した答えは、明確な意思に変わり、走る速度を上げた。
きっと奥手な彼女は少し道を踏み外してしまっただけなのだ、こんな手紙を書けるんだ、覚悟も勇気もきっと持っている。
僕が彼女に手を差し伸べれば、きっと彼女は死ななくていいんだ。
死んでしまえば、何もかもがなくなる。
彼女がこの先経験していくであろう、辛いことも、楽しいことも、何もかもがなくなってしまう。
それは、きっとすごく悲しいことなんだ。
彼女が僕のせいで未来を捨ててしまうのは、あまりにも勿体ないんだ。
だから、だから――僕は彼女を死なせたくない!
心の中でそう叫んだ僕は、やっとたどり着いた屋上へのドアを壊れんばかりに力強く開けた。
そして、そこには――彼女がいた。
僕は来たことに気付いた彼女は、落下防止用にある手すりを越えた先で振り向いた。
その顔には見覚えがあった。
彼女は今年から同じクラスになった子で、名前はたしか、園山 香織。
彼女とは同じクラスになってからほとんど喋ったことはなく、たまに軽く挨拶を交わす程度の仲だ。
そして――僕が密かに恋心を秘めている人だった。
僕はまさかの展開に言葉を出せずにいると、彼女は涙目になりながら震えた声で呟いた。
「なんで……来たの……?」
そんな彼女の目元はまだ泣いていないのにも関わらず、真っ赤になっていた。
そして、僕はふと思い出した。
手紙が少し湿っていたことに。
きっと、書きながらも涙を堪えられなかったのだろう……だから零れ落ちる涙で紙は湿り、上手く字も書けず、平仮名ばかりの文章になったのだろう。
僕は、今すぐにでも彼女を止めたかった。
涙が堪えられなくなるほどの想いで手紙を書いた彼女に、早く手を差し伸べてあげたかった。
しかし、手すりという高い壁に阻まれた彼女に、不用意に声をかけることを僕は迷ってしまった。
そんな迷いから、口を開けても言葉を出せずにいる僕に、彼女はそれを察したのか、小さな声で話しだした。
「わ、私ね……ほんとはきみが来る前に飛び降りるつもりだったの……でもね、怖くて、できなかった……」
今にも零れ落ちそうな涙を必死に堪えながらそう話す彼女を見て、僕は覚悟を決めた。
そして、僕はさっきまでとは裏腹にピクリとも動かなくなった両足を、強引に動かし、彼女の元に一歩進ませた。
「園山さん――僕は君を死なせたくないよ」
彼女を真っ直ぐに見つめ、しっかりとそう言い、二歩、三歩と足を進ませた。
しかし、四歩目を踏み出そうとした瞬間に、彼女が叫んだ。
「来ないでっ!!」
その、彼女からは聞いたことのないような声量の叫び声に、僕は思わず立ち止まってしまった。
「きみは……私と関わるべきじゃないの……これ以上、これ以上きみを想ってしまったら……きみを傷つけちゃうから……」
彼女は喉から絞り出すかのように、そう言った。
そして、彼女はいきなり微笑んで、僕に言う。
「最後の最後に……きみと話せてよかった……命はいつか終わるものだから、やっぱり最後は好きな人を見て死にたかったの……ありがとう。そして、ごめんね」
彼女はそう言い終わると、僕に背を向けた。
「待って!」
僕の口から、反射的に声が出た。
その声に、彼女はびくりと体を震わせたが、こちらを向きはしなかった。
このままでは、彼女は飛び降りてしまう……そんな、そんな悲しい結末は嫌だ!
こんなにも僕のことを想ってくれている彼女を、目の前で失うなんて、僕は嫌だ!
「――園山さん! 僕は園山さんのことが好きだ!!」
僕の口からは、自然とその言葉が出ていた。
彼女を失いたくない――せっかく両想いだったことが分かったんだ。
たとえ彼女がストーカーだったとしても、そんなことは微塵も関係ない。
たとえ彼女の悪いところをいくら知ったところで、それ以上に彼女の良いところを見つければいいだけだ。
これから先、彼女がまた道を踏み外しそうになっても、そのたびに僕が手を差し伸べてあげればいいだけだ。
だから――
「僕は園山さんのことが好きなんだ、だから! 君を目の前で失いたくない!」
そう最大限の想いを込めて言った。
「そんな……そんな優しい嘘つかないで……」
背中を向けたままの彼女の声は、とても弱々しかった。
「嘘じゃない、本心だよ。……園山さん、入学式の時に生徒代表として全校生徒の前で挨拶してたよね……その時に、僕は一目惚れしたんだ」
彼女の背中に、僕は言葉を投げかけ続ける。
「でも、僕は一般クラスで、園山さんは特進クラスだったからさ、一年生のときはほとんど会えなかったし、園山さんは僕のことなんて知らなかったよね……だから、僕は園山さんに少しでも近づきたくて、特進クラスに入るために毎日放課後に図書室で勉強して、なんとか二年生で特進クラスに入れたんだ」
彼女はまだ、振り返らない。
「僕にとっては園山さんは高嶺の花だったから、結局特進クラスに入っても今までちゃんと話せずじまいだったんだけどね。……園山さん、僕が今でも図書室で勉強してるの知ってるよね? 実は今でも勉強についていくのに必死なんだよ」
僕は再び、一歩ずつ、ゆっくりと彼女のほうに歩みを進める。
「園山さんが良かったらさ、今度勉強教えてくれないかな? 学年一位の園山さんが教えてくれたら怖いものなしだよ」
そう言い終って、彼女の近くで歩みを止めた。
すると、彼女はゆっくりと振り向いて、柔らかい頬に大粒の涙を滴らせながら、口を開いた。
「こんな……ストーカーみたいなことした私でも……いいの……?」
「そんなこと言ったら、園山さんに近づきたくて特進クラスに入った僕もストーカーみたいなもんだよ」
園山さんの言葉にふざけるように笑って返すと、彼女は手すりの柵をしっかりと掴み、地べたにペタンと座りこんだ。
「ありがとう……本当に……ありがとう……」
座り込んだままそう繰り返す彼女に、僕も屈んで彼女の顔をしっかりと見つめた。
「あのさ、さっき園山さんは命はいつか終わるものだからって言ったよね。だったらさ、僕は命が終わる最後まで好きな人のそばにいたいと思うよ」
僕が笑みを浮かべてそう言うと、彼女も涙を堪えて晴れやかに笑った。
僕は、彼女のその吊り上がった唇に目を奪われ、今まで互いの間にあった心の壁をすり抜けるように、手すりにある柵の間から手を伸ばし彼女の背中にそっと手を伸ばした。
そして、彼女をゆっくりと引き寄せ、柵の隙間を使い、優しく口づけをした。
というわけで、六つのお題全て見つけられましたか?
今回は結構いい感じに書けたので個人的には満足でした!
最後まで読んでいただきありがとうございました!




