第45話 ナンパ
「ではそろそろ行ってきますね」
「ああ、気を付けてな」
朝6時過ぎ、俺はオールテアへ向かうアリサ達の見送りにきた。
まだ早い時間だから辺りは薄暗い上に寒く、おまけに雨がパラついているから人の流れが激しいクロスセブンでも人をほとんど見かけない。でもおかげでゆっくりと話ができて助かる。
「ま、私がいる限り問題は問題でなくなるから安心してちょうだい」
スイレンが得意そうにない胸を張った。
彼女とはアリサとの関係を打ち明けてからしばらく微妙な距離感になってしまったが、最近は普通に会話するくらいの関係に戻っている。……ただ、それは他に誰かいる時だけ。アリサの妙な提案が尾を引いているのか、あれからスイレンは俺と2人っきりにならないよう露骨に避けてくるのだ。
今思うと、アレは俺と距離感が近かったスイレンを遠ざける為に、アリサが企んだ策略なんじゃないかなーとか疑っている。まあ本人は頑なに否定しているけど。
「……それでさ、もう一回確認するけど本当にその格好で学園に通うわけ?」
2人の視線が俺の服装へと固定された。
今さら確認するまでもないと思うのだが、どうやらよほど俺が“女子の制服”を着ているのが気になるらしい。
「もちろん。備えあれば憂いなしって言うだろ? この姿なら女が近寄ってくることはまず有り得ないし、アリサがいない間に浮気をしないっていう証明にもなるだろ?」
「尤もらしいこと言っちゃって……。ただの趣味の癖に」
「まあいいじゃないですか。ジル様の仰る通り一定の効果はあると思いますよ。それよりもう時間ですし、いいかげん馬車に乗りましょう」
「そうね、どうせ言ったって聞かないものね。はあ……何でこんな風になっちゃったのかしらね……。フロルなんて生み出して女になりきっちゃうくらいだから潜在要素はあったんだろうけど――ってこらそこ!! 堂々とキスしないの!!」
水の大精霊様がごちゃごちゃと愚痴を垂れている隙にアリサが唇を重ねてきた。しばらく会えないからと昨晩散々したのだけど、キスされるとまた名残惜しくなってしまってつい舌を絡めてしまう。
「ええい、やめさない!! 人に見られたら私までレズップルの一員だと思われるでしょ!? ほら行くわよ」
「ジル様ー、9日後にまたお会いしましょーー。余裕があればお姉ちゃんもよろしくお願いしますね~…………」
半分引きずられながら馬車に乗り込むと、すぐに馬車は出発した。
俺は見えなくなるまで2人を見送り、寮へと足を向ける。さすがにまだ学園に行くのは早いから部屋に戻ってもうちょい髪を弄ろう。そうだなー、クラウンハーフアップか三つ編み団子にチャレンジしてみようか。んー……でもあえて手を加えずストレートでいくのもアリだよな。
うん、9日もあるんだし初日はそのままでいっか。
「…………」
9日か……。
必ず一度はトラブルに遭いそうだよなあ。
「もしもし、そこのあなた」
「はい何でしょう?」
ボーっとしながら歩いていると、フードを被った年配の男性に声を掛けられた。
若干警戒しつつもソプラノボイスで愛想良く応対する。
「ジル・クロフトさんでいらっしゃいますね?」
「いいえ、違いますよ?」
即座に否定してオジイサンの横を抜けようとするが、片手を広げて行く手を邪魔してくる。
「きひひひひ、とぼけても無駄でございますよ。調べはついているのです。さあ大人しくワタクシに付いてきてもらいましょうか。悲鳴を上げたり、抵抗をすればその美しいお体に傷が――」
やれやれ……。
アリサ達と別れて5分も経ってないのにもうこれか。どうやら退屈だけはしなくて済みそうだな。
「それで兄さん、あのメスはいつ捨てる予定なのですか?」
「うーん、予定は未定かなあ」
「ですが付き合ってもう4ヶ月くらいになりますよね? そろそろ飽きてきたのではないですか?」
「そんなことありませんー。毎日が新鮮で楽しいんだから。キスだってするたびにふわふわーってなって心が幸せに染まるし、飽きるなんてとんでもない」
「ふわふわ!? それは危険です! きっとあのメスに変な薬でも飲まされているんです! 悪いことは言いません、一刻も早くヤツとの恋愛ごっこ打ち切るべきです!」
「もう、いつまで経っても兄離れしない子なんだから……」
諸々の雑用を片付け、久しぶりに兄妹だけでの登校。アリサがいないからかククルのテンションはかなり高め。さっきからネコ耳を激しくピコピコさせながら、アリサと付き合うことが如何に不利益なのかを力説している。
俺はそんなククルをしょうがないなーと思いつつ、周囲に目を配る。
特に異変は……ないな。せいぜい「きひひひ」とか笑いそうなオジイサンがほぼ全裸で騎士に連行されているくらい。うん、至って平和だな。
「おや? そういえば今日の兄さんはスカートですね。あまりに違和感がなかったので気付きませんでした。寒くありませんか?」
お、やっと気付いてくれたか。
「すっごく寒い。でも我慢できない程じゃないかな。これなら9日間タイツなしでも大丈夫だと思う」
「口調と声も変わっていますね。……なるほど、余計な虫が寄ってこない様に対策したわけですか」
「うん、そういうこと」
俺だって本当はこんな事したくない。でも大精霊の契約者の彼氏である俺が、他の女に籠絡されないためにも必要なことなのだ。
そうさ仕方なくやっているのだ!!
できることなら今すぐにでも男の制服を着て口調も男っぽく戻したいナー。
「どう考えても違う虫が寄ってきそうですが……兄さんならきっと大丈夫でしょう」
――と、その時だった。
「そこのキュートな君達、ちょっといいかな?」
俺達と同年代くらいの男に呼び止められた。
その人は男の割には長くて綺麗な黒髪で、顔も中性的だから女の子にも見え――いや、服装は完全に男物だけどこの子は女だ!! 雰囲気が男みたいだから危うく間違える所だった。声もけっこう低めだし、初見だと混乱を招くタイプだ。多分ククルは男と勘違いしていそうだな。
「どうかしましたか?」
この時間で私服ってことは学生じゃないな。
観光に来て道にでも迷ったのかな?
「君達はクロスセブンの学生なんだよね?」
「はい、そうですよ」
「くっ」
微笑みながら応対すると、突然苦しそうに自身の胸を抑え出した。
「あのう、大丈夫ですか?」
「あ、ああ、すまない。気にしないでくれ。……そうか、あの学園には君みたいな可愛い子が通っているんだね。ねえ、もしよければ名前を教えてもらってもいいかな?」
む。
もしかしてこいつ、どっかからの回し者か?
でもいまいち判断が付かないから取り敢えず申し訳なさそうに断っておくか。
「ご、ごめんなさい。見ず知らずの方に名前をお教えするのはちょっと……」
「おっと、そうだね。私としたことが君の気持ちを考えていなかった。こんな素性の知れない男に名前を聞かれれば警戒するのも当然だろう」
「え、男なんですか!?」
あれ間違えた?
雰囲気に騙されそうだけど、実はかなりの素材の持ち主だと思ったんだけどなあ。
「そうさ、私は男だよ。男よりも女の子が大好きな、ね。だから可愛い君達に声を掛けたんじゃないか」
ああ、要はただのナンパか。
「そうそう、申し遅れたが私はレイシア・ルイテル・ヘルトだ。気軽にレイシアと呼んでくれて構わないよ」
「ルイテル・ヘルト……。はて、どこかで聞いた覚えが――っ、そうです! あの諸悪の根源リヒャルト伯爵のフルネームがそんな感じでした! ということは貴様、あいつの孫ですね!?」
ここまでずっと黙っていたククルが急に怒り出しながらレイシアに人差し指を突き付けた。……リヒャルトって誰だ?
「もしかして昔おじい様に何かされたのかい? それは申し訳ない。お詫びにディナーを御馳走するから、今夜3人で大人の夜を過ごそう」
「兄さん行きましょう。こいつは女ったらしで有名だそうですから、関わっても碌な目に遭いませんよ」
「う、うん」
ククルに右腕を引かれて強引にこの場を立ち去ろうとすると――パチンと左手首を掴まれた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。“兄さん”だって? じゃ、じゃあこの誰がどう見ても美少女な子が男だっていうのかい?」
「そうです。こんな格好をしていますが兄さんは歴とした“男”です。残念でしたね、男で。さあ、男に用はないはずですからさっさと消えるがいいです」
「男……この美少女が男……」
ククルの啖呵をくらい、レイシアはわなわなと震えだした。余程ショックだったのかもしれな――。
「ふ……ふふ、ふふふふふ、ふはははははははははは素晴らしいじゃないか!!!!!」
「!?」
急に笑い出したぞ!?
あまりのことに壊れちゃったか!?
「男で残念? いいや、むしろ最高だね!! 君こそ私が求めていた人物だったんだよ!!」
「え? え?」
「に、兄さん大変です! こいつ同性愛者でした!」
「そうだね、私も自分はずっと同性愛者だと思っていた。でもどうやらちょっと違ったみたいだ」
興奮しながらレイシアは俺に顔を近づけてくる。その端整な顔立ちは見れば見るほど女としか思えない。
やっぱりレイシアは――。
「本当のことを言おう。実は私は女なんだ。でもそれは人体の構造で男か女かを分けた場合であって、私の本質は男なのさ。なんせ男の格好をしている方が落ち着くし、女の子が好きだし、それに可愛い女の子が大好きだからね!! 将来は美少女に囲まれて暮らすのが夢なんだ。……でもね、家族は『バカ言ってないで男と結婚しろ』なんてふざけたこと言うんだよ!? 酷いと思わないかい!?」
ヤバい、こいつ頭おかしい!!
レズともちょっと違った危険な香りがする!!
だいたい女なのに自分は男とか言って自ら男装するなんて……絶対に変人だよ!!
「そ、そうなんだ。それは酷いね。じゃあ学園に行かなくちゃいけないし俺達はこれで――」
「しかし今日、君という奇跡に出逢えた!! その並の女の子を凌駕するルックス!! 異性に全く興味のなかった私が初めて抱かれてもいいと――いや、むしろ抱きたいと思えた異性だ!! 君なら家族も文句はいえまい、というか言わせない。だからお願いだ、私と結婚してくれ!! 必ず幸せにしてみせる!!」
ひいいいいいいいいいいいいいいい何で会ったばかりの奴に求婚されてるの俺!? 目がマジだしメッチャ怖いんですけど!?
助けを求めようにもククルもあまりの事態に唖然としているし、自分でなんとかするしかない。
「あ、あの、ごめんなさい、俺にはすでに彼女がいますので……」
無理矢理に心を落ち着かせ、希望を与えずにバッサリと切る。
まあ仮にアリサと付き合っていなくても俺より男っぽくて背の高い人とは付き合いたくないから断っていたはずだろう。
「な、な、なんだって……。もうカノ、彼女がいるだって……? じゃ、じゃあ君は女の子の方が好きなのかい……?」
よし、ダメージは大きい!!
「もちろん」
「ぐはあっ!?」
大袈裟によろめいてしゃがみ込んでしまった。
っし、勝ったぞ!!
さ、立ち直る前に早く逃げないと。
俺はククルの腕を引いてそそくさとこの場を立ち去る。
「う、ぐぐぐ、こ、このくらいで諦めてなるもんか……!! 私は絶対に君と結ばれてみせる。例えどれほどの障害が立ちはだかろうとだ……!!」
後ろから何やら聞こえてくるが追ってくる様子はない。
しかし油断はせずに学園へと急ぐ。
「ここまで来れば大丈夫かな」
学園の門をくぐった所で一息。
後ろを振り返ってもレイシアの影はない。
横でククルがぶつぶつと「あのメスに騙された」とか言っているが、今はそれよりも逃げ切った喜びの方が大きい。
「しかしなかなかに強烈な奴だったな……」
俺を知らないみたいだったから、あの出会いは偶然なのだろうけど……おそらくこの9日間で会う人物の中で1番濃いキャラだと断言できる。
願わくば2度とレイシアと遭遇しませんように――っと。




