第43話 とある先生のハーレム理論
蒸し暑い夏が終わり、ようやくの秋――も一瞬で過ぎ去って季節は冬。スカートを履くのが厳しくなってきたので寒さを我慢するか諦めるかで悩みつつ、いつものように部室へと足へ運ぶ。
そしてドアを開けるとそこには珍しい人物がいた。
「よお、遅かったじゃないか。早く席に着け」
「……なんでオロフがここに?」
俺の記憶が正しければこの赤毛さんはラングット最強の男、オロフ・アルシャルク。サンフレアの事件で怪我を負って現在療養中と聞いたんだが、どうしてそんな人が観察部の部室にいるんだ?
「おいおい、ここではオロフ先生と呼べジルちゃん」
「?」
先生? ……いやそれよりもジルちゃんはやめい。
「ちゃんと説明してやるからとにかく席に着け」
「はあ」
事情が呑み込めぬまま用意された席へと着く。席にはすでにアリサとミュランもいたけど、2人とも首を振っているので詳しいことは知らなそうだ。
「よし、じゃあさっそく教えてやろう。俺はな、今日付けでここユノトリア高等学園の教師になったんだよ。そんで幽霊顧問に代わって俺が観察部の顧問を引き受けてやったんだから感謝しろお前ら」
「はあ!?」
こいつが教師!? 何の冗談だよ。
「あのサンフレアでの大活躍によってレストイアと光の大精霊に恩を売ったからな。かねてから興味のあった教師にしてもらったんだよ。ちなみにジルポッドとかいう奴は『あの子達なら自分がいなくても大丈夫でしょう』とか言って抵抗もせず快く立場を譲ってくれたぜ」
「ふーん」
前から興味があった、ね……。胡散臭い。
(どう思うアリサ?)
能力を使ったテレパシーで、声に出すことなくアリサに質問をする。
(100%ラングットの意向でしょうね。教師に興味があるというのも嘘ではないでしょうが、その程度の理由で国が許可するとは思えませんから。きっと何か企んでいるんでしょう)
(だよな。どうする? 追い出すか?)
俺の中でオロフは初めて会った時の印象が強く、あまりいい感情は持ってない。できれば顧問は“辞退”してもらいたい。
(しばらくはいいんじゃないでしょうか? あれでも最強の1人ですし、学べる所はあるはずです。……それに王子も気に入っているようですしね)
「僕はずっと貴方とお話してみたいと思っていたので感激です! 是非ご教示お願いします!」
ホントだ……。何故かは知らないが懐いている。やめた方がいいと思うけどなー。
まあでもいっか。ミュランにはいろいろ勉強になるだろ。
(OK。しばらくはオロフの観察といきますか)
(はい、2人で見張りましょうね)
「おい、そこの2人。いつまでも見つめ合ってないで俺の話を聞け。俺がこれからとっておきの講義をしてやるからよ」
「講義?」
嫌な予感しかしないぞ。
「そうだ。だがその前にお前らにお友達を紹介してやろう。おーい、入っていいぞ」
「…………」
恥ずかしそうにしながら部室に入って来たのは――。
「ネル!」
オロフの娘リーネルカだ。
彼女とはアリサとの交際が広まって以来、疎遠気味だったから久し振りに会えて嬉しい。
「でもどうして彼女が……?」
「こいつ友達が全くいないからな、ぼっち同士なら仲よくなれるだろうと思って連れてきた」
「やめてよお父さん……!!」
「ぼっち……?」
「……」
いや友達は少ないけどさ、クラスではそれなりに人気あるもん。
「あれから『正体不明の“女”と付き合う変人』扱いされて避けられたりもしていますが、友達くらいいますから」
アリサも珍しく怒りの感情を露わにしている。……可愛いな。
「はいはい悪かった悪かった。友達が少ない者同士仲よくしてくれに訂正するよ。とにかくリーネも観察部のメンバーなんだからよろしく頼むぜ」
「…………よろしく……」
「先生の娘さんなら僕は歓迎するよ!」
ふむ。かなり無理矢理だとは思うが……ネルならいいか。
「俺もよろしくなー」
「……うん」
彼女は嬉しそうに頷き……すぐに恐る恐るとアリサの顔を窺った。
「私も構いませんよ。排他的な部活だと思われるのを防ぐ為にメンバーの増員は考えていましたから」
その言葉にネルはホッと安堵の表情を浮かべて空いている席へと座った。
「よしよし、それじゃあリーネも加わったことだし新生観察部の活動を始めようか。今日はなんと俺が無知なお前らにハーレムについて詳しく教えてやるぞ!」
「「……」」
部室内に冷たーい沈黙が降りた。
さてと……。
「なあなあ、『甘水』で新メニューが出るらしいからさ、ネルの歓迎会も込めて食事に行こうぜ」
「いいですね! あそこはどれも美味しいメニューばかりなので楽しみです」
「……うん……行きたい」
「僕も入ってるよな!?」
「よっしゃ、全員賛成ってことで――」
「おいこら待てやガキども。なに勝手に盛り上がってんだよ。犯すぞ?」
「だって先生がつまんない冗談言うから」
ハーレムはないだろハーレムは……。
「冗談なんかじゃねえぞ。俺は真剣にハーレムについてレクチャーしてやるつもりだ。こんな貴重な話は聞きたくても聞けるもんじゃないんだからお前らは本当にラッキーだぞ」
「本気かよ……」
なお性質が悪いわ。
「文句は終わった後に聞いてやるから大人しく聞け。ほれ始めるぞ。……そうだな、まずはお前らのハーレムの認識について聞いておこうか。おい、王子。お前はハーレムをどう思う?」
「はい、やはり男たるもの1人の女性だけを愛すべきです!!」
オロフの急な質問にも慌てることなく堂々と答える。
「0点だボケ。立ってろ」
しょぼーんとしながら律儀に立つミュラン。
別に悪くない回答じゃね……?
「じゃあ次、学年首位のアリサ君」
「オスが複数のメスを独占すること、です」
「実につまらん回答ありがとう。ではリーネルカ君」
バッサリだ。
でもアリサは特に気にしていない。
「…………争いの火種」
「……あー、あれだ……ある意味真理と言えなくもないが……俺の場合はちゃんと上手くいってるからな? な?」
そういえばオロフは複数の奥さんがいるんだよな。……ネルは何番目の奥さんの子なんだろ。割と興味はあるけど……失礼だからやめておこう。
「えー、気を取り直してジルっち」
ハーレムか……。
「男の“夢”かな」
「素晴らしい!! パーフェクトだ!! その通り、ハーレムとは男なら誰しもが抱く理想のことだ!! 分かっているじゃないか。うんうん、ジルみたいに男のことを理解している奴はモテるぞ」
「……」
「お父さんの言うことは8割流すくらいで丁度いい」
どうやらそうみたいだな。聞き流すくらいの姿勢でいよう。
「しかしだな、世の中の大半の男は悲しいことにハーレムを夢のままで終わらしている。……いや、実現した奴は意外と少なくないんだが維持できた奴は極端に少ないんだ。その理由の1つが経済的問題だ。ハーレムはとにかく金がかかるんだよ」
そりゃあそうだろうな。
奥さんや彼女が1人増える度に単純計算で倍の出費となるんだから。
「金の切れ目が縁の切れ目というように、無一文になってハーレムが崩壊する事例は後を絶たない。中には借金をしてまでハーレムを維持しようとするも、とうとう返せなくなって奥さんを闇商人に売りとばしたなんて奴もいるからな。3人とも金がない男には気を付けろよ?」
うわあ……それは悲惨だな。
「お金の問題をクリアしてもまだまだ問題はある。理由その2、女の諍い。例えどんなに男と女の仲がよくても、女同士の仲が良いとは限らない。もし馬が合わなければちょっとしたことですぐ喧嘩だ。そして対応を誤れば男も喧嘩に巻き込まれ、そのまま修復できずに解散というケースもある」
だから4人もの女を囲って維持している俺は凄いんだぞと豪快に笑うオロフ。
4という数字にちょっと違和感を覚えはしたが、確かにオロフは凄い男なのかもしれない。何が凄いって複雑な家庭環境家で育ってもネルがオロフを嫌ってない所だ。娘に嫌われないパパってだけで尊敬に値するかも。ククルなんて父様と口では言っているが内心ではそこら辺に落ちているやや綺麗な石ころと同じくらいの好感度らしいからなー……。
「んで3つ目が外見の変化だ。ハーレムを作ろうとする連中は美人や美少女が大好きだから、嫁を容姿で選ぶ傾向が強い。だが女も年を重ねればどうしても見た目が変化する。……平たく言えば“老い”だな。その事実に気付いてしまうと男はふと思うんだ。『あれ? このままだと俺はババアに囲まれて生活する破目になるのか?』ってな。後は分かるな?」
「……」
これもキツイ話だな……。
「やはりハーレムなんて碌な物じゃない! 男も女も一途であるべきなんだ!」
ミュランが興奮して机を叩いている。
ここまでの流れだとミュランの方が圧倒的に正しいよな。
「たわけ!! デメリットがどうした!!それでも綺麗な姉ちゃん達をはべらかしたいと思うのが男だろ!! いい子ちゃんぶってんじゃねえ!! お前だって本当は可愛い女の子に囲まれてアレコレされたいはずだ!!」
「!?」
いやなに『青天の霹靂だ』みたいな顔してんのさ。
もっと自分の意見を押し通せよ。
「先の事は考えるな!もっと刹那に生きろ! 自分の欲望に正直になれ! お前は顔がそこそこいけるからその気になればハーレムを実現できるんだぞ? なのに指を咥えて楽園を見過ごすっていうのか?」
「うっ……でも僕は父様のように1人の女性を……」
「そういう青臭い考えも嫌いじゃないが、よく考えてみろ。お前は王子だぞ? 子孫は必ず残さなくちゃいけない。お前が愛した女がたまたま子供のできにくい体質だったり、事故かなんかで亡くなったらどうする? そこで王家断絶だぜ? そうならない為にも複数の女を愛すのは必要だろ。実際に歴代の王の9割以上がハーレムを築いているんだから、遠慮する必要はない。むしろハーレムとは王の義務と思って胸を張るべきなんだよ」
「胸を張る……」
ダメだこりゃ。完全にオロフの言うことを真に受けている。でも子孫を確実に残すという意味では確かに有効だから口を挟みづらいよなー。
「……まあ真面目な話、強大な力を持っている奴は本人が望む望まないに関わらずハーレムになりやすい。人はどうしても“力”に引き寄せられてしまう生き物だからな。だからジルちゃん、お前も覚悟しておけよ。今はまだ実感できんだろうが、世界中がお前に注目し出している。そのうちその力、あるいはアリサ目当てに男……か女が群がってくるぞー。ひょっとすると政略結婚とかもさせられるかもな」
「む」
そんなのは言われるまでもない。最近は実力がアリサと同じくらいって評判になっているし、いずれ何らかのイベントが起こることは分かりきっている。……でもだからってあまり心配はしてない。アリサと一緒なら策略に引っかかることもないだろうし、実力で来られても返り討ちにできる自信もある。俺相手にハニートラップを仕掛けてくる女がいるとも思えないから、俺達はひたすらのんびりと日々を過ごせばいいのだ。
ふっ、無用な心配だったな。
「お、もうこんな時間か。まだ話すことは沢山あるが今日はこのくらいにしておくか。……よし、じゃあ王子、俺が素敵な店に連れてってやるから早く行くぞ。女子3人はもう暗いし寄り道せずに帰れよ!」
「あ、え、どこに――うわあああああああ」
ミュランを脇に抱えたオロフは窓から退場。
療養中らしいのに無茶するなー。
「……ごめんね……お父さんが変な話しして……」
「気にすんなって。結構面白かったぞ?」
しょうもない話だと決めつけていたけど、なかなか侮れない内容だった。
「さ、あの人には寄り道するなと言われましたが、私達は甘水に親睦会をしに行きましょう」
「うん!」
(ジル様)
帰り支度を始めるとアリサがテレパシーで話しかけてきた。
(どうした?)
(ジル様はハーレム、目指したいですか?)
……。
(前はそう思っていたけど、今はアリサがいるからいいかな)
嘘はない。アリサがいてくれれば充分すぎるくらいに満足だ。
(ふふっ、ありがとうございます。嬉しいです。……でも私は“もう1人まで”なら邪魔はしませんからね?)
(……)
アリサの真意が分からない。遠回しにもう1人彼女ができると言っているんだろうか?
そんな事態は考え難いが――仮にそうだとしたら、その子は一体どんな子なんだろうな?




