第41話 ご挨拶
「ジル様、あーん」
「あーーーん。……うん、美味しい!!」
「じゃあじゃあ私も食べたいです!」
「OK。はい、あーん」
「あ~ん。……ふふ、我ながら上手くいったみたいです。でもこっちの方が自信作なんですよ。是非食べてみてください」
「どれどれ」
見た目がシュークリームみたいなのを食べてみると、クリームの甘さが口いっぱいに広がった。どうやらまんまシュークリームだったようだ。しかし文句などあろうはずがなく、すぐに2つ目へと手を伸ばす。
「甘くて最高!! アリサも食べなよ」
「いえ、私はこちらをいただきます。ん……はむ……れろ……」
「んん……ん……」
アリサの舌が俺の口内を這い回り、隅々まで舐め尽くされる。
「ふふ、ジル様の味がします」
「やれやれ、朝からエッチなメイドさんだ」
――とまあこんな感じで朝から幸せを噛み締めております。
共に夜を過ごし、共に朝食を食べてイチャイチャするなんてまるで新婚みたいだよな……とか思っちゃったりして!! うひゃーーー!! さすがに結婚とか早すぎだろおい!! あーでもウェディングドレスとか1回は着てみたいかも……ってダメだダメ! こうして彼女もできたんだし、俺ももうちょい男らしい行動を心掛けないと!
うんそうだな、ここは俺からデートに誘ってみよう。
「今日はどうしようか? 予定が空いているなら2人でどっか行かない?」
学園もテストの採点で休みだし、丸一日時間はある。
「でしたらジル様に付き合って欲しいことがあるんですが……」
「いいよ、どこで何をしようが喜んで付き合うさ!!」
例え煮えたぎる溶岩の中や極寒の地、地底、宇宙だってアリサと一緒なら楽しいに決まってる。そう、今の俺に怖い物なんてないのだ!!
「本当ですか!? じゃあ私達の関係をスイレン様に報告しに行きま――」
「嫌でござる!!」
おっと、反射的に声が出てしまった。
はは、いけないな。ちゃんと最後まで聞かないと。
「ごめんごめん、もう1回言ってくれる? えーっと、最高級のふかふかダブルベッドが欲しい、だっけ?」
「違います。スイレン様に私達が恋人同士になったことを報告しましょうと――」
「絶対に嫌でござる!!」
あわわわ……なんて恐ろしいことを言い出すんだこの子は……。
スイレンに報告だって……?
そんなの想像しただけでも胃が痛くなってくる。気まずいってレベルじゃねえぞ。まだ魔界に戦争を仕掛けた方がマシだ。言うなれば俺は大親友の娘に手を出したも同然。どの面下げて報告しろと言うのか。
……こう考えると俺ってかなりの鬼畜野郎だなおい。
「遅かれ早かれ私達の関係は周囲の知ることとなるでしょう。反対もされるでしょうが、スイレン様の後ろ盾があるかないかで規模も随分と変わるはずです。私達が取るべき対応にも影響がありますし、これは絶対に避けては通れないイベントなんです。……それにお世話になっているスイレン様には最初にお伝えしたいという私情もありますしね」
「うぐっ」
反論の余地がない。
理に適っているし、アリサの心情も分かるつもりだ。
でも、それでも俺は行きたくないのだ……!!
「そうだ! 何もさ、今日行かなくてもいいんじゃない? 俺達ってまだ付き合ってから1週間も経ってないんだし、もしかしてすぐに別れるってことも有り得るじゃん?」
未来なんてどっかの女王ぐらいにしか分からないもんな。
「むう……冗談でも次そんな別れるだなんて言ったらジル様の目の前で自殺してやりますからね?」
冗談っぽい口調だが、目はマジだ。怒らせちゃったか……。
「ごめん、今のはデリカシーがなかったな。取り消すよ」
「……好きって言いながらキスしてくれたら許してあげます」
「好きだよアリサ、ん……」
間髪入れずにキスをする。
「私もですよ、ちゅっ。……さ、愛を確かめ合ったことですしスイレン様にご報告しに行きましょう! ジル様が嫌がるのも分かりますが、ずるずると先延ばしするよりさっさと済ませた方が楽ですよ!」
はぁ……仕方ないか……。
「分かった、行くよ」
黙ったままなのはスイレンを裏切るみたいだしな。
うぅ、でも全く気は進まなねぇ……。
スイレンの屋敷は学園から少し離れたセレブや貴族が集まる高級住宅街の一角に存在する。本人は貴族が集まる場所なんて嫌だから、辺りが木々に囲まれた泉の上に建てるなんて無茶を言っていたが、当然の如く却下された。クロスセブンは中立を旨としている為、例え大精霊であろうと過度な要求はお断りされるのだ。
まあそれでも結構な広さの土地と家をタダみたいな値段で売ってもらったんだから十分優遇されている。目の前の噴水付きの広い庭とか見ていると文句を垂れる方がおかしいと思える。
「アリサだーーー! おかえりーーーっ! 昨日は帰って来なかったからスイレン様が寂しそうだったヨー?」
「あ、ジル様もイルーー!? 2人が一緒なんて珍しーー!」
水の大精霊の住処とあって、周囲には水の精霊がよく集まってくる。出迎えてくれた2人の他にも、ちょっと見渡すだけで20は視界に入るほどだ。
逆に他の精霊は一切見ないけどな。
「ただいま。はい、キャンディーをあげるから皆で分けてね」
「俺もあげるよ。食べすぎちゃダメだぞ?」
「わーーーい、ありがとーーーー! 2人のキャンディーはおいしいから大好き! ……んーあれ? 2人って大人っぽくなった?」
「ホントだーーー! キャンディーの味がちょっと変わってるーーー!? 甘さの中にも苦味がある大人の味だーーー! キャーーーー」
何故だか大はしゃぎをしながら行ってしまった。
「……」
「……」
止めた方が良かった気もするが放って置こう。
それよりもっと重大なことに気付いてしまった。
アリサにとってこの帰宅は朝帰りになるよな? そこに俺が付いて行って俺達交際してますなんて打ち明けたら――しましたって公言するようなもんじゃないか!?
ヤバい、ヤバいよ……。足がガクガクしてきた。
「な、なあ、やっぱり日を改めない?」
「いえ、残念ながらもう遅いです」
アリサが首を振るのとほぼ同時に噴水から、今の俺にとって最も会いたくない人物NO.1が登場してしまった。
「あらら、アリサが帰って来たと思えばジルまでいるじゃない。ちょうどいいわ。これからお茶するところだったからついでに上がって行きなさいよ」
俺とアリサが一緒なのを特に疑問と思わずに微笑むスイレン。そのまま楽しそうにアリサの腕を引っ張って行く。
もう後には引けないぞ……。ああ、ちくしょう、胃が痛いなぁ……。頼むからせめてティリカだけでも出掛けていてくれ……!!
「ティリカー! アリサの分とあとジルのも追加ねー!!」
はい知ってましたー。
どうせティリカもいるに決まってますよねー。んで俺は不機嫌な顔をしたティリカに「何であんたが家に来るのよ」とか文句を言われるんでしょ? そんなん分かってますよーだ。はあ……。
いっそ自棄になれたらいいのに、とか思いつつスイレンに続く。
屋敷の中に入り、ダイニングルームへと移動。そこには紅茶と、やっぱり仏頂面をしていたティリカが待ち構えていた。
「何であんたが……」
疑問4、不快6くらいのおっかない目で睨んでくるが……俺はあまり見ないティリカの私服にちょっと心が和んだ。
「いいじゃない。あなた達はクラスメイトなんでしょ? 皆で楽しくお茶しましょうよ」
「はい、スイレン様がそう言うなら……」
「うんうん、皆仲よくが1番よ。さ、席に着きましょ。お客さんなんだしジルから座っていいわよ」
「それじゃあ……」
深く考えずに手前の席を選ぶ。
するとサッとアリサが俺の隣を確保した。
「んん?」
「うん?」
あまりの素早さに2人がやや面食らっているのが感じ取れる。
が、指摘する程ではないと判断したのか、黙って各々の席に座る。俺の対面がスイレンで、その隣がティリカだ。
……うん、じゃあとりあえずは紅茶を飲みながら談笑し、空気を温めてから本題に入ろう――なんて生ぬるい方法はどうやらアリサの好みじゃなかったらしい。イスを俺のすぐ隣に移動させると、ギュッと腕に抱きついてきた。
ハハハハハ、攻めますねアリサさん。「そんなにくっついていたらカップルみたいだよー」って笑いを取る作戦でしょうか? でもおそらく――。
「……」
「……」
ひいいいいいいいいいいいいいいいいいいいやっぱ空気がとんでもなく重くなったよ!?
左腕からの幸せな感触を圧し潰す程の重さだ……!! 一応、胸はドキドキしているもののこれって明らかにヤバい方の動悸だろう……。
この重力を作り出しているスイレンとティリカをチラッと見ると、2人ともまるで能面のような無表情っぷり。瞬きすらしていないんじゃないかって錯覚するほどピクリとも動かない。ただひたすら俺をじーっと直視するだけ。
……うっ、何か吐きそうになってきた……。居心地も最悪だし、初めて彼女の家を訪ねた彼氏って皆こんな気分を味わったのかな? なら人を好きになるのって大変なんだな……。
「…………ねえ、ささっきからアリサを腕に引っ付けているっけどさ、そそれって何の遊びなの?」
長い沈黙を打ち破ったのはスイレン。
平静を装っているつもりなのだろうが、動揺が隠しきれてない。
かくいう俺もどう答えればいいかで頭がパニック状態だ。
「ジル様、私から説明しましょうか?」
「……いや」
それでもここは俺から話すべきなんだろう。いや、話さなくちゃいけない。
「あのなスイレン……様、今から説明することを驚くなっていうのは無理だろうから、せめて正気を保ったまま聞いてくr――ください」
「任せて。どんな内容でも静水の如く揺らがにゃいわ」
すでに動揺しているが人の心配をしている余裕はない。
のどがからからに渇いて声が上手く出ない。自分でもどうしてここまで緊張するのか不思議なくらいだ。
だが隣にはアリサがいるんだ、醜態を晒してたまるもんか。
言うぞ――。
「俺達、お付き合いすることになりました!!」
「にこにこ」
「「――」」
よしどうだ!! 言ってやったぞ!! 後はもうどうにでもなーれ!!
「へ、へぇ? そりゃあ、めでたいじゃない。うん、めでたいめでたい。そりゃあ付き合うんだからめでたいに決まってるわよね。……あれ、もうお茶がない?」
「――ま、まさか帰って来た時ジルと一緒だったのは……。っ、不潔、変態!! あたしは断固反対!! 絶対認めないからね!!」
スイレンは引き攣った顔で紅茶を飲もうとしたが手の震えでほとんど零し、ティリカの方はテーブルを叩きながら鬼の剣幕で立ち上がった。
やっぱこうなるか……。
「別に私が誰と付き合おうと、お姉ちゃんの許可を得る必要なんてないから。姉って理由だけで妹の恋愛の邪魔をしないでくれる? そもそも自分が何でそんなに反発するのかきちんと理解してる? 私がジル様の恋人になった以上、根拠のない暴言は許さないからね」
「ぐぬぬ……。スイレン様! これは洗脳です! こいつがアリサを洗脳しているんです! こいつは実力を隠していますから洗脳くらいお手の物ですよ! 早く何とかしないと!」
「やれやれ、困った姉です……。スイレン様、お姉ちゃんはちょっとテスト疲れで頭がパンクしてしまったみたいです。席を外してもらった方が良いのではないでしょうか?」
「……そうね。ティリカ、話が終わるまで部屋に戻ってなさい」
「スイレン様!? ……っ、分かりました……。ふん」
しぶしぶと、だけど俺へギラッとした目で一瞥をくれるのは忘れずに部屋を退出した。
「それで? ジルからどこまで聞いたの?」
ティリカの気配がなくなったのを確認すると、スイレンがアリサに質問。どうやら少し落ち着いたみたいだ。
「大体の事情は聞きました。【自由自在】のことやフロル様、スイレン様とのご関係、そして魔界のことも」
「ふーん……。あの、さ。悪いんだけど1.5m以上離れてみてくれない? いえ、別に疑っているわけじゃないのよ? ただ念の為よ」
「……」
こいつ絶対に信じてないな。
俺が能力を使ってイタズラしているとか思っているぞ。
「これでいいでしょうか? ちなみに私は幻覚や幻術でもなく、本物のアリサ・フィーリアですからね?」
「じゃ、じゃあさ、ちょっとキスしてみなさいよ。恋人同士ならそれくらいするでしょ?」
「はいい!? なに言ってんだ!?」
人前でそんなんできるわけないじゃ?!
「なによ、できないって言うの? ふふ、なら所詮その程度の関係ってことね。いい、ジルとアリサ。恋人と友達は違うのよ? あなた達の関係は“お友達”。ま、良かったわね。私に勘違いを指摘してもらえて」
勝ち誇った顔がとてつもなくウザい……が、このまま曖昧にしておくのはアリかもしれない。いきなり全てを受け入れろってのは難しいだろうし、今日はこのくらいにして後日改めて、ってはどうだろ?
うん、悪くないはず――。
「ジル様」
「ん――んん!?」
アリサがキスをしてきた!?
「ちゅむ……あむ、ちゅっ……ちゅる……れろ……ちゅぅぅ……」
しかもベロチュー。
スイレンに見せつけるような激しいキスで、音もわざとらしく立てている。
「ん、はむ……ふ……ちゅ……」
そしてキスにすっかりやられてしまった俺は、こんな状況でもアリサの舌に迎合してしまう。
「ぷはっ……ジル様……」
顔を離すと、互いに混ざり合った唾液が糸を引く。
「はわわわわわわ」
スイレンは目を大きく見開き、変な奇声を上げながらプルプルしている。
あ、やべ。すぐに反動がくるぞ……。
「ななななな、なにやってんのよ!? 人前でキスするとか正気!? しししししかもあんな濃厚なやつを……!! 不潔! 変態! だいたいなによジル、『アリサは俺の娘みたいなもんだからキリッ』とか言ってた癖に手を出すなんて! あんたは娘にディープキスをさせるわけ!? まままま、まさかティリカもジルの魔の手に――」
「スイレン様」
「な、なによ」
「知ってます? キスってすっごく気持ちいいんですよ」
「はい?」
「エッチとはまた違った一体感が体の芯から悦びが溢れて脳がトローってするんです」
「……」
「ジル様の唇から伝わる熱と甘さと柔らかさと、愛……。1度すれば病み付きになりますよ?」
これは……何だろう? 惚気ているのか?
「……ごくり」
「スイレン様もしてみませんか……? ジル様とのキス」
「「え?」」
話が急に飛躍して異次元になったぞ!?
俺が誰とキスするって?
「赤の他人とキスしてもこの快楽は得られません。するなら好きな人としないと。ジル様とスイレン様ならたぶんいけるはずです」
アリサがスイレンの手を引いて俺の前まで持ってきた。
スイレンはきょとんとしたまま、俺の顔……というより唇を見つめている。
「大丈夫ですスイレン様。私がナビゲートします。言われた通りにすればOKです」
「う、うん」
え? え?
「まず、ジル様の両肩に手を乗せます。そう、そうです。次に顔を近づけてキス。これだけです」
俺は肩を掴まれ身動きできない。
え、なに、マジでするの?
「いくわよジル……――ってそんなのできるわけないでしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」
「ひゃあ!?」
「きゃっ」
スイレンの体から大量の水飛沫が散布され、部屋がまるで誤作動を起こしたスクリンプラーの後みたいに水浸しになった。そして犯人の姿は……どこにもない。
「逃げられてしまいましたか……。失敗ですね……」
アリサはがっくりと肩を落として溜め息をついている。
「……なあ、スイレンを焚き付けて何がしたかったんだ?」
何かの作戦だったんだろうが、どんな狙いがあったのか。
「……私はですね、ベクトルは違えどもジル様とスイレン様が大好きなんです。だから一緒に幸せになりたかったんです。……でもちょっと雑だったので失敗してしまいました。やはりジル様を独占したい気持ちが出てしまいましたね。はぁ……おかげで計画が水の泡です。ほとぼりが冷めるのもいつになることやら……」
呆れた……。
まさか本当にスイレンとキスさせるつもりだったのか。
「バカだな。アリサは大バカさんだ」
俺達は付き合って3日目なのにな。さすがにあそこでスイレンとキスをしたって付き合うなんてことにはならない。たぶん。
……これはお仕置きが必要だな。スイレンの分も入れればかなりのやつをしないと。
「すみませんジル様。本当は事前に説明しようと思ったのですが絶対に反対されると――きゃあ!?」
アリサを押し倒し、制服に手をかける。
スイレンはしばらく戻ってこないから大丈夫だろう。
「……ふふ、いいですよ。ジル様の好きなように――あ、ちょ、ちょっと待ってくださ――んん!?」
抵抗しそうになったアリサの口を俺の口で塞いでやる。
さっきのお返しも込めて、今度は俺から彼女の口内を犯していく。受け入れながらもジタバタともがくアリサはかなりソソる。
「っぷは。……くくく、さてお次はその胸を――」
「ジル様後ろ! 後ろ!」
「ん?」
後ろを振り返ると……一気に血の気が引いた。
「あ、ああああ、あんたって奴は……」
状況を確認しよう。
もし自分の妹がブラをさらけ出した状態で男に押し倒されており、あまつさえキスをされていたらどう思うだろうか?
はい、大変なことになります!
「よりによって人の家で妹を襲うなんて信じられない……!! やっぱり付き合ってるっていうのは嘘だったんでしょ!? この、女の外見をしているけど本性は野蛮なけだもののレイプ魔め、アリサから離れなさい!! あたしがぶっ殺してやるわ!!」
本日の教訓。
周囲の安全確認は大切にね。




