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1.5mの世界  作者: 粗井 河川
2章
92/144

第39話  1人目

「まてまてまてまてまてまて」


 アリサを好きになったって?

 ちょっと胸を触って迫られたくらいでアリサを……?

 正気か?

 落ち着くんだ俺。これは吊り橋効果だ。ドキドキしているのは走った所為。断じて恋ではない。吊り橋なんて渡ってないぞ!! そうそう、勘違いだ勘違い。一時の気の迷いってやつさ。むしろあれすらも俺の妄想だったんじゃないか? あー……俺も彼女が欲しいからって何もアリサで妄想しなくてもいいのにな。手にまだ感触が残っている気がするけど、こんなものまで妄想するなんて随分とリアルだったなー。

 ……いやさすがにそれはちと苦しいか。どのような事情にしろ触ってしまったのは事実なんだから大人しく謝ろう。明日いの一番に謝っておしまい!! きっとアリサも『あれ罰ゲームだから(笑) なに本気にしてんの?』で済ませてくれるさ。そんで今までの関係に元通り!!


「ふぅー……。焦らせやがって」


「もう、逃げるなんて酷くありませんか?」


「ひいいいいいいいいいいいいいいいいい!?」


 アリサが屋上までやってきたヨ!?

 え、うそ? インターバルなしっすか……?


「ジル様はまだ私に何もしていませんよ? 賭けに勝ったんですから勝者の義務を果たしてもらいませんと」


 どんどん近づいてくる。

 なのに俺は逃げることも拒絶することもしないでただ茫然と突っ立っているだけ。


「もしかして先ほどみたく私からされるのがお好みですか?」


 30cm程の所まで近づいてきた。

 息遣いすら聞こえそうな距離に、逃げたい気持ちと離れたくない気持ちがせめぎ合う。理性は逃げろと言っているのに、感情はアリサの一挙手一投足に目を奪われている。


「ジル様?」


 首を傾ける動作が堪らなく可愛い。

 以前ならそう思うだけで終わっていたのが、今は心臓の鼓動が早くなってアリサの事しか考えられなくなる。あの肌に触れたくなってしまう。


「私からしちゃいますよ?」


「――っ」


 だ、ダメだ、このままじゃいけない。考える時間……。この感情と向き合う時間が欲しい……。

 っ、そうだ能力、【自由自在】でやりすごそう……!!

 えーっと……えーっと……。


『自室に転移しますかヘタレ野郎。YES or NO』


 アリサの前で転移していいかのかよく分かんないけど、これしか思い浮かばない。

 YESっと――。


「“それ”ですね?」


「う゛!?」


 画面をタッチする寸前で右腕を掴まれた。

 ま、まさか……。


「私には見えませんがそこに“何か”ありますね? それに触れることによって魔法と同等以上の現象を引き起こす。それがジル様の【能力】。私の推理が正しければ『自身の望みを叶える』能力、だと思うのですがどうでしょう?」


「――」


 この子は本当に――いったいどんな頭をしていれば思いつくんだ……?

 ああ、もう俺の負けだ。ボロ負け。完敗。歴史的大敗北。いっそ清々しいくらいだ。

 だからもういいよな……?


「……アリサを好きにしていいんだったよな? じゃあ俺の質問に答えてくれないか?」


「はい。なんでも聞いてください」


「俺がフロルだってことは知ってる?」


 ――遂に認めることにした。


「ええ、もちろん。ジル様がフロル様……というよりかは御2人が1つの体を共有している、という認識ですけど」


 こっちが決死の思いで打ち明けたのに、アリサは特に驚いた様子も見せず実にあっさりとしている。あまりに反応が薄いもんだから、意固地になって黙っていた俺がバカみたいだとさえ思える。


「いつから気付いてた?」


「ジル様と前に屋上で話した時にはすでに確信していましたね」


 やっぱりあの時には気付いていたのか……。


「確信した根拠を教えてもらってもいい?」


「根拠ですか……。それも前に屋上で話したのがそうですね。ですがどれか決定的なものを選べと言われれば『名前』ですかね」


「名前?」


「フロル様のフルネームは『フロル・ファントム・クリマアクト』。これを並べ替えると『アマリルク・ファントム・クロフト』となります。クロフトはジル様の姓ですよね?」


「確かにそうだけど、それだけじゃ何の根拠にもならないぞ?」


 名前の部分が滅茶苦茶だから、こんなの偶然の一言で片づけられる。


「ふふ、とぼけているんですか? 『アマリルク』にはちゃんと意味があります。“ア”は父上の『アルフ』から、“マ”は母上の『マーシャ』、“リ”はククルのお母さん『リンダ』から、“ル”は兄の『ルーファス』、クは妹の『ククル』と、家族の名前の最初の発音を取ったものです。つまりフロル様の名前はジル様の家族が由来なんですね」


 …………。


「そこまで意味があるとしたら『ファントム』にはどんな意味が隠されているんだ?」


「ファントムには“幻影”の意味があるそうですから、フロル様とは実際には存在しない者である……というメッセージだと採れます。そしてその幻影を暴いてあげると『アマリルク』に1つ足りない“ジ”が現れます。言うまでもなくジル様の“ジ”ですね。ですからフロル様の本当の名前はアマリルク・ジ・クロフト……だとあまり名前っぽくないので、少し弄って“マクルリア・J・クロフト”なんてどうでしょう?」


『Congratulations!!』


 アリサの説明が終わると同時に、パーーーンとクラッカーを鳴らしたみたいな音が響いた。


『よくぞ私の名前の謎を解き明かしたわね。すばらしいわ!!』


 そしてどこからともなく上から目線で称賛をする声が聞こえる。

 考えるまでもなく“アイツ”しかいない。


「ふふ、ありがとうございます。でも意外と単純で簡単でしたよ? ジル様とフロル様を結び付ければあっという間です」


 アリサにとって4年ぶりなのに、まるで毎日会話をしていたかのような自然さを感じる。


『その結び付けるってのが難しいのよ。だいたい結び付けても名前の意味を考えるとも限らないしね。スイレンや“ジル”だって気付かなかったんだからもっと誇ってもいいのよ?』


「えっ、そうなんですか!?」


 目を見開いて俺を見た。

 そこが驚くポイントなのか……。


「だって普通そこまで名前なんて気にしないもん」


 フロルが自分で勝手に付けた名だから、もしかしたら意味があるのかなー程度にしか思っていなかった。まさか家族の名を使ったアナグラムになっていたとはね……。『クロフト』を名乗るあたり意外と寂しがり屋なのかもしれないな。


「……まあそれは置いときましょう。フロル様、確かフロル様の名前の謎を解いたら何でも願いを叶えてくれると仰っていましたよね?」


『したわねー。正確には“本当の名前に辿りつけたら”だけど。私的には“ルマクリア”を考えていたのよねー。こっちの方が響きが良くない? でもまあアリサの努力を認めて“マクルリア”にしましょっか』


「では今度からマクルリア様とお呼びした方が……?」


『いいえ、私が正式に世界へ発表するまではフロルのままでいいわ。……話が逸れたわね。それで叶えて欲しい願いがあるの?』


「はい。ジル様を私に下さい!!」


「ふぁっ!?」


『いいわよー』


「いい!?」


 ちょ、なに勝手にOKしてんの!?

 てか今のって告白だよね!?


「やった!!!! ありがとうございます!!」


『まだまだ頼りないしヘタレだし人生の方向性を見失ったり自惚れたりヘタレだったりするけど“ジル”をお願いね』


「お任せください!!」


『うふふ、それじゃあ後は若い2人で楽しみなさい。私はもう少し眠ることにするわ。大丈夫。そう遠くない未来に完璧な復活を遂げてみせるから。それまでSee you』


 アリサが虚空に向かって一礼する。

 ……奴の気配が完全に消えたな。

 相変わらず俺の意思とは異なる行動を取る奴だ。

 だが不思議と悪い気分ではない。やはり自分の一部だからだろうか? ……わからない。フロルもまた俺との距離が近すぎる。もはや俺ではフロルの全てを理解することはできないだろう。それができるのは俺とフロルの両方を知っているアリサやスイレンくらいなのかもな。

 俺とアリサはそれぞれの思いを胸に、いつまでも虚空を見つめ続けるのであった――。



「なに締めに入ろうとしているんですか?」


「あ、やっぱダメ……?」


 うんダメですよね。


「さすがに往生際が悪いと思います。……ですが私もちょっと遠回しだった面もありますね。なので今度はハッキリ言います」


「――」


 真剣な目で、だけど微かに頬を赤らめながら、アリサは俺が一生忘れることはないだろうセリフを口にした。


「好きですジル様。私と付き合ってください」


「っ」


 顔が沸騰するかと思った。

 それだけ顔が熱い。いや、もしかしたらしているのかも……?

恥ずかしい。とにかく恥ずかしい……。ちょっと落ち着いたはずの心臓もフルスロットルで稼働を開始している。喜び嬉しさ戸惑い疑問幸福、様々な感情がごちゃ混ぜになり頭はパニック寸前。

 逃げ出したい衝動も沸き起こるが――、ここまで言わせておきながら逃げるなんて死んでも嫌だ。

 返事……返事をしないと……。


「俺、フロルだけどいいの……?」


「大丈夫です。私にとってジル様とフロル様は別人です。ジル様にはショックかもしれませんが育ての親とも思っていません。私の親はフロル様とスイレン様だけです」


「女みたいな容姿でも……?」


「全然オッケーです。中身が重要ですから。まあデブでボコボコにされたオークみたいな顔をしていたらさすがにお断りですが」


「それに俺は――」


 アリサを意識したのがついさっきだから、この感情が恋なのか分からないと言おうとしたがやめた。

 いつまでもグダグダ言うのはアリサに失礼だ。

 気の迷いだろうとなんだろうと、たった今抱いているこの気持ちに偽りはないのだ。

 それを思いっきりぶつけよう。


「アリサっ!! 俺もアリサが好きです。どうか俺と付き合ってください――」


「ジル様……!!」


「うひゃあ!?」


 言い終わるか終らないかってところでギュッと熱烈にハグされた!!

 すっごい幸せですはい!!


「本当に、本当に私がジル様の恋人を名乗っていいんですね!?」


「もちろん。むしろ俺の方がアリサと釣り合うために頑張らないといけないくらいだよ」


 彼女は大精霊の契約者。

 対して俺はククルのおまけくらいの認識だろう。

 これから付き合っていくなら余計な邪魔が入らないように俺も立場を変えていく必要があるか……。


「うっ……ううっ……えっぐ……」


「おいおい何で泣くんだよ」


 ま、今は難しいのは後でアリサ優先だな。

 優しく笑いながら背中をあやすようにポンポン叩いてあげる。


「本当に……ここまでくるのにほんっっっっっっっっっっっっっとうに長かったです……。でもようやく……ようやくジル様と……!!」


 大袈裟だなとは言えなかった。

 俺はただ黙って抱きしめる。

 ……こうしているとアリサが背伸びをしていた子供にも思えるから不思議だ。


「……ジ、ジル様、これ、夢じゃないですよね?」


「大丈夫。ちゃんと現実だよ」


「じゃあ夢じゃないって、私達は本当に付き合うんだっていう“証”が欲しいです」


「証?」


 何のことだろうと思ったが、目を閉じたアリサを見てピンときた。

 めっちゃ緊張するが――。


「ん」


 アリサのぷるっとした唇にそっと俺の口を重ねた。


「……えへへ。私達、恋人ですね!!」


 生涯初めての恋人とのキスは、幸せな恋の味がしました――。

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