第38話 駆け引き
公開テスト。
その名の通り取った点数を公開するテスト。2日かけて体育や魔法も含めた全ての科目をテストするのだが成績には直接影響が無いため、どれほど悪い点を取っても進級に関わることはない。ただし学園内だけでなく世界中に点数が公開されることから普段のテスト以上に皆気合が入っている。ここで良い点数を叩き出せば本国から報奨が出たりモテたり他国から一目置かれてスカウトされるなんてことも有り得るし、逆に悪い点を取ってしまうと国から御叱りを受けたり、周囲からバカにされたと碌な目に遭わない。
かなりおかしな奴らが多い我がクラスも、さすがにこの時期ばかりは大人しい――。
「じゃあテストの成績が1番良かった奴がジルと付き合える……じゃなかった、デート……でもなくて遊びに行けるってことでいいんだな?」
「異論はない。誰が勝っても恨みっこなしだぜ?」
「ああ……楽しみだなぁ……。俺、ジルと手を繋ぎながら街を歩くんだ」
「はいはーい、女子も含めていいんだよね?」
「あああああああああああああああ初っ端からやっちまったーーーーーーーーーー!! ジルとのデートがあああああああああああああああ」
なーんてことはなくいつも通りだ。してもいない約束で盛り上がっている。別に指摘してやってもいいんだが、あいつらのやる気に水を差すのも悪いからテストが終わってからにしようと思う。
……まあそんなわけで方向性は違えど、今は学園中がテストに集中している。
そんな中、俺はというと――ずっとそわそわしっ放しである。テストなんて点数調整できるくらいには余裕だからどうでもいい。それよりも放課後のアリサとの約束だ。
“大事な話”とは十中八九フロルの件だろう。だが俺は聞かれたらどう答えるべきなのか未だに迷っている。話そう、と決めても『でもやっぱり……』と気持ちが傾いてしまい、俺の心はまるでシーソーのように行ったり来たりだ。おかげで昨晩から一睡もしてない。
「むむ……」
ぶっちゃけそこまで頑なに黙秘する程の理由はない。本人が望んでいるのなら打ち明けてしまってもいい気はする。スイレンだってアリサにならいいんじゃない? 的なこと言ってたしな。
それでもこうして俺が悩んでいるのはネタバレした後のアリサの反応が怖いから、なんだと思う。せがまれていざ教えたら途端に俺への態度が一変した……とかなったら立ち直れる自信がないもん。例え少しでも負の感情を抱かれたら絶対へこむね。……うん、まあ突き詰めれば自分が傷つきたくないだけなんだけどさ。
「はぁ~……」
情けないなー。
俺ってこんな情けなかったけ?
「おい、見ろ。ジルが色っぽくため息をついてるぞ」
「くぅ~~~~~~~~~~っあの周辺の空気になりたい……!!」
俺もあいつらみたく自分に正直になれたらもうちょい楽に生きられるのにな……。
迎えた放課後、俺は部室の前までやって来た。
他の生徒達は明日に備えて帰る人がほとんどで、廊下に俺以外の人影はない。
「すぅーーーーはぁーーーーーーー」
部屋の中からアリサの気配を感じる。
彼女の方は準備万端なんだろう。
俺はまだアヤフヤだが知るもんか。
なるようになれ!!
「入るぞー」
ノックをして部室へ足を踏み入れる。
「お待ちしていましたジル様」
部室はいつもとレイアウトが変わっていた。
各自が過ごしやすいようにと持参した家具や食器、小道具などは全て部屋の隅に寄せられ、中央には教室で使っている物と同じ机が1つ置いてあるだけ。メイド服を着たアリサはその横で静かに佇んでいる。
なんか逃げたくなってきた。あの机にはどんな意味が隠されているんだよ……。
「どうぞこちらへ」
尻尾を巻いて逃げるわけにもいかず、促されるまま机に近づく。
そして俺達は机を挟んで向かい合う。手を伸ばせば体に触れられそうな距離だ。
「ふふ、どうしましょう? まずは軽く先ほどのテストについて感想を言い合います?」
「いや、いい。本題に入ろう。“大事な話”があるんだよな?」
ここまできたらもう先延ばしはなしだ。
どうせ世間話をしても頭に入らないだろうしな。
「そうです、とても大事な話です。今後の私達の関係を左右しうるほど大事な――。具体的にどんな話かはだいだい想像が付いているのではないでしょうか?」
「う~ん、わかんないなー。俺ってけっこう鈍いからさ」
アリサが余裕ありげに見えるから俺も対抗して平常心を装ってみたが、果たしてどこまで通用するか……。
「ふふ、その反応だけでジル様に迷いがあることは感じ取れます。まだ自分でもどうすべきか決まっていないのですね?」
「……」
完全に見透かされているな。
そこまで驚きはないけど。
「でしたら1つ提案があります。私と賭けをしませんか?」
「賭け?」
「はい。賭けをして私が勝てばジル様は私がする問いに『嘘偽りなく、勘違いすら排除した絶対的“真実”を答える』というものです」
真実……。
「ルールは?」
尋ねるとアリサはポケットからトランプを取り出した。
「これを使います。スペードのA~9とジョーカーのカードを伏せ、私がジョーカーを引ければ私の勝ち。それ以外ならジル様の勝ちです」
つまりアリサが勝てる確率は10%か。
決して高いと言える数値ではないな。
しかし彼女には【直感】がある。仮に53枚並べたところで彼女なら99%ジョーカーを引くだろう。
ふむ……。
「もしアリサが負けたらどうするんだ?」
「そうですね……。もし私が負けたら――ジル様は私を好きにしていいですよ」
「へえ。エッチな事でも?」
「構いませんよ」
強気だな。
自分が勝者になるという気迫で溢れている。
「どうです? 運命に身を任せてみませんか?」
運命なんて大層な言葉を使っているが、この勝負は俺が99%負ける不公平極まりないものだ。賭けるには博打過ぎる。勝つ気があるのなら降りるのが正解だろう。
「OK。勝負を受けよう」
だが俺はあえて受ける。
「ふふ、それでこそです」
アリサから10枚のカードを預かる。
このカードに俺達の未来を託そう。
「そうそう、一応補足しておきますが、イカサマはしてもらって結構です。そのことで私が文句を言うことはありませんのでご安心を。……ですが私はジル様がどんな手段でこようと必ず望むカードを引き当てる、とは宣言しておきます」
「分かった」
裏を返せばアリサもイカサマをするってことだろ?
はは、いいね。昂ってきたよ。
俺も全力で相手をしようじゃないか。
真実を知りたければ自らの手で掴み取ってみせるといい。
「では私は目隠しをしますので、準備ができたら教えて下さいね」
アリサが懐から取り出したアイマスクを装着する。
よし、スタートだな。
俺はさっそく指をパチンと鳴らし、アリサの体を闇で包む。あのアイマスクにちゃんと目隠しの機能があるかなんて分からんからな。
続いて机のチェック。トランプを置く重要な土台だ。アリサが細工してないか入念に調べないと。……うーんと…………ただの机、だな。魔術的なもんはかけられてないし、実は精霊や生き物ってわけでもない。
「あ」
精霊で思い出した。
アリサにはリコットっていう土の下位精霊がいるじゃないか。彼女(?)はどこだ?
「ちなみにリコットは家でお留守番です。テスト期間中の学園は教師を除いて精霊立ち入り禁止ですからね」
そういや不正防止の為とかでそんな規則があったな。じゃあ精霊を警戒する必要はないか。……サラッと考えを読まれているあたり、まだまだアリサの予測範囲内なんだろうな。
うん、やはり最大の障害は【直感】だ。こいつを先になんとかするのが賢明だな。そういうわけで【自由自在】を躊躇なく発動。アリサの【直感】を一時的に使えなくする。
「おや?」
使えなくなったことに気付いたか。
しかし気付いたところでどうしようもあるまい。ふふ、これで俺の勝つ確率は90%――なわけないよな。サンフレアで能力が使えなくなった経験をしたアリサがこの程度の事態を想定していないわけがない。きっと本命は【直感】ではなく別にあるだろう。
だから俺は手を抜かず、とことん彼女の手札を潰す。
再び能力発動。彼女の魔法を封じる。『風の瞳』のような魔法を媒介とした感覚機能の補助を阻止。そして三度の発動で俺から半径1.5mまでの空間を隔絶。範囲内にいるのは俺とアリサと机だけ。これで1.5m以上離れた場所にどんな仕掛けをしていようと、この空間内に干渉することも入ることも見ることも出来ない。
……よし。下準備はこれくらいにして、そろそろカードに取り掛かるか。
「うーん、どうしよっかなー」
ふざけた演技をしつつ、10枚のカードを能力で新品にする。アリサがこのカードになにをしようとも新品にしてしまえば――いやまて。手品道具みたく新品の段階で仕込んであるかもしれない。となるとこれじゃあ意味がないから……全く別のトランプに書き換えてしまおうか。俺は10枚のカードを前世で使っていたトランプと同じ物に変えてやる。ふふふ、こいつなら絶対に不正が入る余地はない。
「あとどれくらいかかりそうですか?」
「そろそろかな」
さあ仕上げに入ろうか。
魔法を発動。Aのカードに『見る者を魅了する』効果、4のカードに『嫌悪感を抱かせる』効果、3と5とジョーカーに『興味を失わせる』効果を付与する。そして10枚のカードを伏せて5度目の能力発動。机にカードをランダムに配置する。これで見るだけで無性に取りたくなるAのカードと、嫌悪を抱く4以外のカードがどこに配置されているか俺にも分からない。
「完璧だ」
思いつく限りの対策とイカサマはした。アリサに僅かばかりの可能性を残しつつ、ほぼ確実に俺が勝てる絶妙な塩梅だろう。
「終わりましたか?」
「ああ、目隠しを取っても大丈夫だ」
アリサを覆っていた闇をはらい、空間も元に戻す。
もちろん【直感】と魔法封じはそのままだ。
「では目を開けますね」
アリサの勝率は10%にも満たない。
俺が逆の立場だったら非難するレベルだ。
だがもし、もしここまでやってアリサがジョーカーを引くのならば、俺は潔く負けを認めて洗いざらい全てを話そう。
逆に違うカードを引くようであれば――俺は死ぬまで真実を隠したままだろう。
「…………」
目を開いたアリサはテーブルに置かれたカードを凝視。
そしてほんの数秒で逡巡をやめ、1枚のカードへ手を伸ばした。
その動作に欠片も迷いはない。
「私が選ぶカードはこれです!」
アリサが勢いよくめくったそのカードは――。
「……」
「……」
――スペードのA。
つまり俺のか――。
「私の負けですね。さ、私を好きにして下さい」
「ふぇ?」
いきなりアリサが俺の右手を掴み、自身の胸へと押し付けた。
手には柔らかさと微かに硬い感触が。
気持ちいい……って、あれ? あれ? あれれ?
もしかしてブラしてないとか……?
そもそもなにが起こって……?
「?????????」
「触るだけじゃなくて揉んでも掴んでも引っ張っても構いませんよ? 気の済むままに、欲望のままに私を堪能して下さい」
机を蹴っ飛ばすと、アリサはさらに身を寄せて来る。
右手は彼女の両手でしっかり押さえられていて離すことができない。
「私も今すごくドキドキしているんです。この鼓動がちゃんと伝わっているでしょうか? それともこの布切れが邪魔で伝わっていませんか?」
「うぇ、あう、ええあ、あの、いや、あぅ……」
俺が止めなければすぐにでも服を脱ぎ出しそうだ。
にもかかわらず俺は声が全く出ない。
想像を遥かに超えた展開、手の感覚とアリサの潤んだ瞳、甘い吐息に脳みそが完全にマヒしている。
「あんっ……」
「――」
アリサが手をさらに押し付けたことで、彼女の口から短くも色っぽい喘ぎ声が漏れた。
「ん、はぁ……はぁ……体が火照ってきてしまいました。お願いします。どうかジル様の猛りで鎮めてくれませんか?」
「あう、いいいあ、うぅぅぅえ?」
鎮めるって、え?
するってこと……?
俺とアリサが……?
妹や娘のような存在のアリサを……?
いやいやいやいやいや。
……でも目の前の少女からはどうしようもなく“女”を感じる――。
「ジルさまぁ……」
――っ。
「さらばっ……!!」
「あっ」
俺は突き飛ばすようにして彼女から離れて窓から部室を脱出。無我夢中で壁を駆け上がって屋上へと逃げ出した。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
心臓が痛いくらいにバクバクする。
なんだこれ……?
……。
たぶん……いや、きっと走った所為じゃないな。
「ああ、どうしよう……」
俺、1人の異性としてアリサが好きになっちゃったかも。




